INTERVIEW2023年11月号 Vol. 34 No. 8(通巻396号)

国環研の研究データがもたらす社会的インパクトへの期待 髙澤哲也理事に聞きました

  • 地球環境研究センターニュース編集局

2023年4月に髙澤哲也氏が国立環境研究所(以下、国環研)理事に就任されました。今回は、今後の国環研および地球システム分野の活動(研究、国際貢献、広報および社会とのコミュニケーション)に期待することなどを、地球システム領域長の三枝信子が髙澤理事にうかがいました。

*このインタビューは2023年8月29日に行われました。

初めての国環研勤務

三枝:はじめに、これまでの経歴や特に国環研との関わりについて、自己紹介をお願いいたします。

髙澤:1992(平成4)年に厚生省(当時)に入省し、産業廃棄物対策室に配属されました。その翌年、環境庁(当時)に移りましたが、最初は大気保全局でした。

その後、建設省、農林水産省、内閣府など他省庁にも出向し、いろいろと勉強させていただきました。そのようななかで、改めて環境省の仕事は裾野が広くて関係者も多い中で重要な問題を扱い、地方組織も小さく限られた人員で進めていることを実感し、大変であるがやりがいのある職場であることを再認識できました。

国環研との関わりについては、これまで中央環境審議会や検討会の委員としてお世話になったり、研究者の方に個別に業務の相談を行うなどのお付き合いはありましたが、つくばに来て国環研の職員として働くのは初めてです。

環境省では廃棄物や水・大気関連に比較的多く携わってきましたので、地球環境や気候変動との関わりは少ないほうと思います。2010年に地球環境局に移り、フロン回収やオゾン層保護の業務を担当しましたが、地球温暖化の本流とはちょっと違う上に、2011年3月の東日本大震災で廃棄物の人材が足りなくなり、廃リ部に急きょ呼び戻されたため、地球環境局に在籍したのは1年くらいです。地球環境や気候変動については業務経験が限られていますので、みなさんに教えてもらって勉強しなければと思っています。同時に、これまでの業務で国環研の多くの方に助けていただきましたので、ご恩返しの気持ちを含めて、研究者のみなさんが日々の研究をより充実して、かつ平和にできるような支援ができればという気持ちでいます。

インタビューの様子

研究実施部門と企画・支援部門とのさらなる連携を

三枝:国環研で勤務するのは初めてということで、かえって新鮮な感覚で見ていただいていると思います。現在の国環研に対してどのような問題意識をおもちでしょうか。また、今後の(次期中長期計画期間を含む)研究所の運営や活動内容をどのように変えていくとよいか(あるいは変えずに継続すべきか)についてお考えがあればおうかがいしたいと思います。

髙澤:全体としてとても自由で居心地のよい雰囲気を感じています。研究者は淡々と研究しているという勝手なイメージをもっていましたが、研究所のなかで様々な委員会や検討会をつくり、所の体制や方向性を決めるときに研究者も入って話し合いながら進めています。国環研のようにあまり大きくない規模だからできるのかもしれませんが、物事を決めるのに、所内のみなさんの話をよく聞きながら進めようとする姿勢は素晴らしいと思います。

私は企画・支援部門担当ですが、研究を支えている企画・支援部門の業務がいかに大変で重要であるかを強く感じています。人数も限られているなかで丁寧に調整するのは大変ですし、業務には手間も時間もかかります。そういったところを研究実施部門にもより理解いただいて、お互いに助け合っていければもっといい方向にいくのではないかと思います。

三枝:確かに、規模の大きな研究所ではトップダウンで物事が決まることが多いようです。それに比べると国環研は一人ひとりが理事に発言できる機会があるので、そこはいいところです。

一方で人の意見を聞きすぎると、物事を決めるのに時間がかかってしまいます。理事からご覧になって、ここは変えた方がいいというものはありますか。特に今後、次期中長期計画の作成の準備に入るので、考え直す方がいいところはありますか。

髙澤:なるべくみなさんの意見を多く取り入れていきたいのですが、うまく形にできるか難しいところがあります。意見をまんべんなく取り入れようとすると焦点がぼけて面白みに欠けるものになってしまうこともよくある話です。2026年度に始まる第6期中長期計画までの期間は限られていますが、研究実施部門と企画・支援部門がより密接にコミュニケーションをとって連携して検討を進めていくことが重要だと思います。これまでの経緯を知りすぎている方が言いづらいこともあると思いますので、知らない者の強みとして気づいた点があれば思いきって検討を試みたいと考えています。

研究成果を面白みをもって伝える工夫を

三枝:気候変動への対応は喫緊の課題であり、世界各国は脱炭素社会に舵を切りはじめていますが、そのスピードは十分とはいえません。そのなかで国環研としてはどのような対応または取り組みを急ぎ、推進すべきでしょうか。

髙澤:今年の夏も大変な酷暑ですね。私が子どものころと今とでは夏の暑さは全く違っています。気候が明らかに変わって危機的状況を迎えていることは、みなさん肌で感じていると思いますが、地球環境の将来を心配するばかりで実際にどう行動していいかわからない人が多数を占めると思います。そういった人に対して、国環研が研究成果や知見を説明して導いていく、対策のヒントを与えることが期待されていると思います。

一人ひとりにどうやって自分ごととして取り組んでもらえるか、より意識を変えてもらえるように研究成果をうまくわかりやすく伝えることを皆が期待しています。国環研の研究成果が社会の変化に影響を与える、社会への実装に貢献することがまさに求められています。

民間企業の技術開発部門との共同研究も進めてほしいと考えます。それが進むと一般の人の目に止まることも多くなり、国環研の素晴らしさをより理解していただけるでしょう。

三枝:国環研も以前に比べれば動画配信などいろいろと発信して努力していますが、国環研を知らない人を含め、多くの人に自分ごとと考えてもらえるように伝えることはなかなか難しい部分もあります。社会とのコミュニケーションをもう一歩進めるために、環境省や他省庁の好事例などはありますか。

インタビューの様子

髙澤:なかなか難しい課題です。環境省も情報発信に関しては決して得意とは言えず、悩みながら進めています。とにかく、地球上に生存していくうえで避けることのできない重要なテーマを扱っているのですから、自信を持って発信していくことです。立場上、あまり大胆なことを言えない面もあり、その点は慎重にならざるを得ませんが、国環研の信頼性を活かして、科学的な根拠や具体的な研究データなどを一般の人へのわかりやすさを意識してなるべく面白みをもって伝えるような努力が必要と思います。

研究データの利活用が広がることに期待

三枝:地球システム領域が担っている長期環境モニタリングやデータベース、スーパーコンピュータの運用支援等については、知的研究基盤の整備という位置づけで推進していますが、国からの交付金が漸減する中で新たな戦略が必要であると認識しています。国内外の研究コミュニティにとって重要な知的研究基盤の整備は今後も継続が必要と考えますが、どのような対応が必要でしょうか。

髙澤:長期モニタリングなどのデータの重要性は国も理解していると思います。一方で、予算も厳しい状況ですので、観測を継続・維持するだけではなく、観測データがいかに世の中のためになっているかを、環境省や財務省などに丁寧に訴えることが必要で、予算の確保のためには説明を工夫する努力が不可欠です。

三枝:長期モニタリングのデータの重要性は研究コミュニティのなかでは共通認識としてあります。例えば高品質の温室効果ガスの観測データが減ると全球の温室効果ガスの動態を再現するモデルの精度が落ちてしまいますから。一般の方に理解してもらいつつ、継続すべきものを継続すると同時に常に新しい付加価値をつけていくことを研究実施部門でも知恵を絞って進めています。

民間企業との協力については、一部の人は始めていますがまだあまり多くありません。理事からご覧になって、私たち研究者は気づいてないが、環境モニタリングのデータは実はこういうところに価値があると思われるところはありますか。

髙澤:研究者から見たら当たり前のデータが思わぬところで役に立つということがあるかもしれません。民間企業でも環境への取組がますます求められていますので、環境データをPRなどに使っていただければ、民間企業のイメージアップにもつながります。うまく協力の機会を増やしていければ、という気がします。

三枝:私が学生の頃、気象観測と天気予報は気象庁が行っていました。そこに民間気象会社が少しずつ増え始め、天気予報をもっとわかりやすく個々の企業に届けることがビジネスになってきました。気象会社が提供するサービスも増えて、気象予報士の資格試験が始まったのが約30年前です。

一方最近では、世界中の研究機関が作成する気候の将来予測モデルのデータから、10年後、20年後、50年後の気候予測情報も作られていますので、今後は、天気予報のように5年後、10年後の世界各地の気候を予測し、そのデータをもっと活用するようになるのではないでしょうか。たとえば、大規模な工場を海外に作りたい企業が、大規模河川の氾濫が起きる場所や、海面上昇の影響を受けやすいところを避けて高台を選ぶなど、意思決定に気候予測情報を使うようになるのではないかと思います。

脱炭素化に向けて日本も遅ればせながら進んでいます。企業が脱炭素対策をするうえで、製品のライフサイクルを自分たちで評価しなければならなくなってくると、気候変化の予測データや世界の食料生産の予測テータなどが利用されるでしょう。また、国環研社会システム領域のアジア太平洋統合評価モデル(AIM)チームの研究による各国の政策に対応する温室効果ガス排出経路のデータなどは、民間のアイデアをもっている人に届けば利用が拡大するのではないでしょうか。データを利用するかもしれない方々につなげていくために何かヒントがありますか。

髙澤:とても興味深いお話です。環境に関する様々なデータを民間企業にどうつなげていくのかというのは、知恵を一層絞っていく必要がありますが、環境省でも問題意識を強く持っています。例えば、社会変革を促す考え方としてカーボンニュートラルに加えて、ネイチャーポジティブ*1、サーキュラーエコノミー*2という3本柱を掲げ、それらについてデータも含めていかに統合して進めていくかが課題となっています。

国環研には、それぞれの研究領域において有益なデータが蓄積されていますので、領域をこえたデータの連携・統合というのが今後の取組に当たっての一つのカギになると考えます。それによって民間が活用できるデータの切り口が大幅に拡大すると思います。

一方で、水・大気保全分野、私が今年3月まで携わっていた環境保健分野など古くからの公害行政的なものは体制・組織が縮小される傾向にあります。大気環境課、土壌環境課など私が在籍した課が組織改編でなくなっているのはさびしい限りですが、引き続き国環研のなかで重要な研究を進めてくれているので、うまく予算要求など検討していければと考えています。

若い人へ: 地球の未来のために力を貸してほしい

三枝:最後に地球環境研究センターニュースを読んでいる若い世代(大学生、大学院生、若手研究者、技術者、教員等)へ励ましのひとことをいただければ幸いです。

インタビューの様子

髙澤:このニュースを読んでくださっている若い方というのは、人一倍環境問題に関心をもっていたり、地球環境の将来を真剣に心配していたりする人だと思います。そういう人に将来の環境行政、環境研究を担っていただければというのが私の願いです。本当に重要な任務なので無責任な人には任せられませんから、地球の未来のために是非とも力を貸していただければと思います。

また、月並みですが、若い方には失敗を恐れずにいろいろなことにチャレンジしてほしいです。いろいろな経験、特に失敗したことの反省は、長い人生の中で必ず活きてきます。

現在の社会は情報があふれていて、正しい情報にたどり着くのが難しくなっていると思いますが、信頼できる人とのつながりを若いときにできるだけ広げていただきたいです。

三枝:理事が就職されたときに厚生省を選ばれたきっかけは何だったのでしょうか。

髙澤:地球はいつの日か寿命が必ず来ると思うので、地球に生まれてきたものとして、その寿命を少しでも延ばすため環境を保つ仕事に関わりたいというのが基本の想いとしてありました。今もそれは変わっていません。

三枝:今日は国環研の印象から始まり、気候変動問題やデータの利活用、次期中長期計画へのご意見、ご自身の若い頃の想いも含めてこれから社会に出ていく若い人へのメッセージなど詳しくうかがうことができました。ありがとうございました。