SEMINAR2022年9月号 Vol. 33 No. 6(通巻382号)

国立環境研究所公開シンポジウム2022 「未来につなぐ世界との絆-持続可能な地球を目指して-」

国立環境研究所(以下、国環研)は、2022年6月23日に標記シンポジウムをオンラインで開催しました。

地球システム領域からは、大気遠隔計測研究室の神慶孝主任研究員が「Lidarで繋がる世界の大気エアロゾル観測 -アジアの黄砂から南米の火山灰まで-」と題する講演を行いました。また、すべての講演の後ポスター発表が行われ、物質循環モデリング・解析研究室の伊藤昭彦室長と仁科一哉主任研究員が研究内容を紹介しました。

本稿では、神慶孝主任研究員の講演概要について紹介します。なお、2名のポスター発表は8月号をご覧ください。

Lidarで繋がる世界の大気エアロゾル観測 -アジアの黄砂から南米の火山灰まで-

  • 神慶孝(地球システム領域大気遠隔計測研究室 主任研究員)

1. 大気エアロゾルとは?

大気エアロゾル粒子(以下、大気エアロゾル)とは、空気中に散らばっている小さな粒子のことです。PM2.5も大気エアロゾルの一つです。空気中には、大気汚染の原因となるエアロゾルのほか、春の風物詩である黄砂、森林火災から発生する煙など、さまざまな種類の大気エアロゾルが存在しています。

大気エアロゾルの大きさは1mmの1/1000程度で、肉眼では見えません。極めて小さい粒子は呼吸のときに肺の奥深くまで入ってしまうため、PM2.5などの大気エアロゾルは呼吸器系疾患の原因にもなっています。世界保健機関の報告によると、世界人口の9割が汚染された空気を呼吸して生活しており、年間約700万人が大気汚染が原因で早死にしていると推定しています(世界保健機関, 2018)。

大気環境への影響のほかに、大気エアロゾルが漂うことで太陽光が遮られて宇宙空間に光を戻す日傘効果や、雲の核としての役割があり、気候変動問題にもかかわっています。こうした大気環境や気候への影響を把握するためには、大気エアロゾルを“測る”必要があります。大気エアロゾルの輸送や雲との関わりを知るためには、「どの高さに・何が・どれだけ存在」するか計測することが重要です。そのために「ライダー」が必要なのです。

2. ライダー(Lidar )による大気エアロゾル計測

ライダー(Light detection and ranging: Lidar)はレーザーを使ったレーダーであることから、レーザーレーダーとも呼ばれています。最近では自動運転のための3Dマッピング計測でもライダーが注目されています。

大気エアロゾルを計測するライダーでは、レーザーを上空に照射して大気エアロゾルにあたり反射して戻ってくるまでの時間から大気エアロゾルまでの距離(高さ)を、反射強度から濃度を測定します(図1)。また、偏光の向きを調べることで、黄砂と大気汚染エアロゾルを分離して測ることができます。さらに雲からの散乱光を測ることで雲の高さも計測できます。

図1 ライダー(Lidar)による大気エアロゾル計測
図1 ライダー(Lidar)による大気エアロゾル計測

実際にライダーで大気を測定した例を紹介します(図2)。雲からの信号は比較的強いので、上空の赤色の部分が雲であることがわかります。2017年5月9日や12日は地上付近の信号が弱く、信号の減衰が大きいことから雨が降っていたということがわかります。さらに地面に近いところでは、高濃度のエアロゾルが存在しているということが読み取れます。

図2 ライダーによる大気観測の例。横軸は時間、縦軸は高度を示す。図中、赤系は信号の強いところ、青系は弱いところを表す。
図2 ライダーによる大気観測の例。横軸は時間、縦軸は高度を示す。図中、赤系は信号の強いところ、青系は弱いところを表す。

また、偏光の状態を調べることでエアロゾルを種類別に分けることもできます。このようにライダーを使うと、いつ、どの高さに、どんな粒子が、どれだけ存在しているのかを測ることができます。

3. 東アジアにおけるライダー観測網による黄砂モニタリング

国環研では、ライダーを使って東アジアで大気エアロゾルのモニタリングを行ってきました。東アジアでは黄砂や大気汚染エアロゾルだけではなく、シベリアの森林火災や東南アジアの焼き畑によるスモークなど、さまざまな大気エアロゾルが飛散し、大気環境に影響を与えています。これらのエアロゾルをモニタリングするために、国環研では4か国、16機関と協力して、これまでに約20地点のライダー観測ネットワークを構築してきました(図3)。そして2000年代前半からモニタリングを継続しています。

図3 東アジアにおけるライダー観測網(約20地点)
図3 東アジアにおけるライダー観測網(約20地点)

2002年3月の中国北京での大規模な黄砂の観測例を紹介します。黄砂前はきれいな空気だったのですが、黄砂が飛来したときは数百m先が見えない状態になりました。このときの黄砂濃度をライダーで測定したところ、ピーク時には地表付近で1m3あたり10mgまで達していました。これは日本で観測される黄砂濃度の約100倍になります(図4)。

図4 中国・北京における大規模な黄砂の観測例(Sugimoto et al. 2003を一部改変)
図4 中国・北京における大規模な黄砂の観測例(Sugimoto et al. 2003を一部改変)

このようにしてライダーで観測された黄砂濃度のデータは、環境省の黄砂飛来情報のホームページ(http://www2.env.go.jp/dss/kosa/)を通じて国民に提供されています。また、黄砂濃度のデータは、黄砂と小児喘息の関係性の調査など疫学研究にも活用されています。

4. 観測の空白域・南米におけるライダー観測網の構築

このように、国環研では東アジアで20年以上に渡ってエアロゾルを観測するライダーの技術を蓄積してきました。そして、この技術は2013年頃から南米のエアロゾルのモニタリングにも活用されることになりました。

ことの始まりは2011年6月にチリのプジェウエ=コルドン・カウジェ火山が大噴火を起こしたことです。この大噴火により大量の火山灰がアルゼンチン側に風で運ばれて、アルゼンチン全域で航空路が麻痺しました。噴火した火山の最寄りの空港では、大量の火山灰により、半年にわたって空港が閉鎖する事態になりました。半年も閉鎖することになった理由は、火山活動が継続するなかで、火山灰がどの高さにどれだけ存在しているのかという情報がなかったため、航空機の離発着の判断ができなかったからです。このような経緯からライダーによる火山灰モニタリングのニーズが増大していきました。

この事態を受けて南米の火山灰や紫外線などの大気環境リスクを監視するため、国環研は、2013年度から名古屋大学らとともに、アルゼンチン、チリ、日本の3カ国間国際共同プロジェクト*1を立ち上げ、日本とアルゼンチンが共同出資して、アルゼンチンとチリに合計9台のエアロゾル観測ライダーを整備しました。このライダーには大気エアロゾルを種類別に計測できる国環研の最新技術が導入され、筆者らが現地研究者とともに装置開発・設置作業を行いました(図5)。

図5 現地研究者とのライダー設置作業
図5 現地研究者とのライダー設置作業

5. ライダーで捉えたチリ火山噴火の火山灰

プロジェクト期間中にライダー観測ネットワークが活躍した事例があります。2015年4月にチリのカルブコ火山が噴火し、2011年の時と同じようにアルゼンチン側に大量の火山灰が流れていきました。ちょうどこのとき筆者はアルゼンチンのブエノスアイレスに滞在しており、ブエノスアイレスにも火山灰が飛んできて、現地で非常に大きなニュースとなったのを覚えています。

このときは24時間態勢でライダーによる火山灰のモニタリングが行われました(図6)。このライダーデータはアルゼンチンの航空機関にも共有され、航空機の離発着の判断に有効活用されました。国環研のライダー技術が地球の裏側でのエアロゾルのモニタリングにも貢献したことになります。

図6 ブエノスアイレスにおけるライダーで観測された火山灰の濃度。どの高さにどれだけの火山灰が存在しているかを示している。
図6 ブエノスアイレスにおけるライダーで観測された火山灰の濃度。どの高さにどれだけの火山灰が存在しているかを示している。

国環研は、地球の大気エアロゾルのモニタリングに貢献するため、今後もライダーで世界と繋がっていきたいと考えています。

講演の後、質疑応答が行われました。その一部を紹介します。

Q: ライダーで、大気中を漂うマイクロプラスチックの観測も可能でしょうか。
A: 大気中のマイクロプラスチックは濃度が非常にうすいので、現在のライダーでは検出できませんが、その可能性についても今後研究を続けていきたいと思います。

Q: エアロゾルは人の健康には悪いが、地球温暖化の防止には役立つということになるのでしょうか。
A: エアロゾルが大気中に漂うことによって太陽光がさえぎられ、宇宙空間に光を戻すため、地球を冷やす効果があるといわれています。しかし、エアロゾルは大気汚染物質で人の健康には悪いので、対策をとって削減していかなければならないのです。

※なお、公開シンポジウム2022での講演内容は、YouTube国環研動画チャンネル(https://www.youtube.com/watch?v=im4b9ChGssQ)からご視聴いただけます。