RESULT2022年6月号 Vol. 33 No. 3(通巻379号)

最近の研究成果 東アジアの水田が放出するメタン量を推定しました

  • 伊藤昭彦(地球システム領域 物質循環モデリング・解析研究室長)

パリ協定において、世界の国々は危険なレベルの気候変動を回避するため、温室効果ガスの排出量を大幅に削減することに合意しました。二酸化炭素に次いで2番目に寄与が大きいメタンの排出削減は最近特に注目されています。メタンは、同じ重さで比べると二酸化炭素の数十倍(100年間で約30倍、20年間なら約83倍)も温度上昇を引き起こす能力を持っており、早期の削減効果は大きいと考えられています。

稲作を行う水田は、田に水を張って地面が水浸しになる状態でメタンを発生させる微生物が活発にはたらくため、メタンの重要な放出源となります。米を主食とするアジア地域には広大な水田が分布するため、水田のメタン放出の寄与は特に高いと考えられていましたが、その量は正確には分かっていませんでした。そのため、水田のメタン放出量を正確に把握することは、温室効果ガスの排出削減において有用な情報となります。

この研究では、物質循環をシミュレートするモデルを用いて東アジア地域(日本、中国、韓国など)における水田からのメタン放出量を推定しました。国立環境研究所などで開発を行ってきたVISITモデルを用い、水田の分布や気象条件を考慮した計算を実行しました。ここでは、使用する水田マップの違いが結果に与える影響を調べるため、私たちが開発した衛星データの分析に基づくものを含め4種類のマップデータを使用して計算結果を比較しました。

計算の結果、東アジア地域の水田によるメタン放出量は、2000–2015年の平均として年間のメタン重量で約570万トンと推定されました。これはこの地域からの他の人為起源を含む全メタン放出量の約1/12に相当し、水田が大きな放出源であることが確認されました。図1は放出量の分布を示しています。異なる水田マップや設定条件を用いることで、計算結果は上記の平均値から±60%ほども変わりうることが分かりました。

図1 本研究で使用された水田マップの例と、推定された東アジアの水田によるメタン放出量の分布。2000–2015年について複数の計算結果を平均したもの。平野部(例えば中国では華中・華南と呼ばれる地域や日本の関東平野)に水田が多く分布し、メタン放出量が大きいことが見て取れます。
図1 本研究で使用された水田マップの例と、推定された東アジアの水田によるメタン放出量の分布。2000–2015年について複数の計算結果を平均したもの。平野部(例えば中国では華中・華南と呼ばれる地域や日本の関東平野)に水田が多く分布し、メタン放出量が大きいことが見て取れます。

メタンは一年を通じて均等に放出されるわけではなく、イネを育てるため田に水を張り温度も高い夏季に大部分が放出される様子が再現されていました。将来の気候変動を想定して2℃の温度上昇を設定したところ、メタン放出量は約20%増加するケースがありました。一方、水管理の改良を想定してモデル中でイネ栽培期間中の水位を低く設定して計算を行ったところ、温度上昇による増加量に匹敵する程度まで放出量を減少させられる可能性も示されました。

水田は、食料であるコメの生産や農村風景、そして防災や生物多様性など様々な面で私たちの生活を支えています。水田からのメタン放出削減は気候変動対策にもなるので、そのための研究が国内外で進められています。この研究では、最新のモデルとデータを用いてメタン放出量を推定しましたが、このような成果はパリ協定などの温室効果ガス排出削減による気候変動対策に貢献することが期待されます。