RESEARCH2021年9月号 Vol. 32 No. 6(通巻370号)

計算で挑む環境研究-シミュレーションが広げる可能性【第9回】 世界の水利用の水源を求める 世界の水資源のコンピュータシミュレーション その3

  • 花崎直太(気候変動適応センター 気候変動影響評価研究室長)

現在、コンピュータシミュレーションは環境研究を支える重要な研究方法となっています。天気予報や災害の予測など、私たちの日常生活と深く関係していることもあります。

シミュレーション研究の内容は多岐にわたり、日々進歩しています。このシリーズでは、環境研究におけるシミュレーション研究の多様性や重要性を紹介いたします。

1.はじめに

水資源は私たちの生活や社会に不可欠です。現在の日本では、水資源の不足に直面する場所や期間は限られています。しかし、地球全体では、水利用は増え続けており、気候変動の進行も合わさって、世界のさまざまな場所で深刻な水問題が起きています。そんな中、世界の水資源と水利用を分析するためのコンピュータプログラム、全球水資源モデルH08の開発を行ってきました。H08は世界の陸地を50km程度の格子に区切り、それぞれの格子で河川や地下水などの水循環、農業・工業・生活用途の水利用、主要ダムの貯水や放流などの水管理を日単位で計算することができます。この特徴を活かして、これまでに世界や地域の水問題に関わる数多くのシミュレーションを行ってきました。

ここでは最近取り組んだ3つの研究をご紹介します。なお、この原稿はそれぞれ約10年前と5年前に発表した解説記事「世界の水資源のコンピュータシミュレーション(https://www.nies.go.jp/kanko/news/29/29-3/29-3-03.html)」と「続・世界の水資源のコンピュータシミュレーション(https://www.nies.go.jp/kanko/news/34/34-4/34-4-03.html)」の続編の位置づけです。また、約5年前に行われたインタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと18 水資源・水利用研究の最前線—モデル・適応・観測—(地球環境研究センターニュース2016年12月号)とも内容がよく対応しています。

2. 研究1 人類の水利用の水源の推定

人類はさまざまな水源から水を取り、生活や社会を維持しています。世界の複数の研究機関で地球の水循環と人間の水利用を扱うコンピュータプログラムの開発が行われてきましたが、時空間的に詳細に水源を特定することはできませんでした。

そこで、全球水資源モデルH08の水利用と水管理に関わるデータとコンピュータプログラムを大幅に改良することにより、取水が7つの主な水源、すなわち河川水(湖沼を含む)、遠隔導水*1、貯水池の貯留水、海水淡水化、その他の表流水*2、再生可能な地下水(雨水や雪解け水によって涵養される地下水で、使ってもまた回復するもの)および再生不可能な地下水(長い年月を経て形成された地下水で使うと減っていってしまうもの)のいずれから行われているか、推定できるようにしました。

例えば、地下水の場合、地下水の流れと井戸からの汲み上げを簡単に表現する機能をH08に加えました。雨水は地中を通って地下水を形成し(涵養といいます)、地下水はゆっくりと川へと流れ出します(基底流出といいます)。涵養量と基底流出量が釣り合っていれば、形成された地下水は持続的に取水可能です。ところが、涵養量を上回るほど井戸から汲み上げれば、地下水はどんどん減っていくことになります。これが世界の各地で報告・懸念されている地下水位の低下と地下水の枯渇問題です。こうした自然の水循環と人間の水利用との間の相互作用が、H08という一つのコンピュータプログラムで計算できるようになりました。この機能により、シミュレーション期間中、あらゆる場所・時間・形態の水のフローとストックを追跡することができます。

1979年から2013年までの世界のシミュレーションを実施し、7つの水源からの取水量を世界の地域別に推定した結果が図1です。例えば、日本のあるアジア東部(EAS)の円は青が多く、河川水を主な水源としていることが分かります。一方、北米中央部(CNA)の円は全体の約半分が赤とマゼンタで、地下水を主な水源としていることが分かります。アラビア半島を含むアフリカ北部(SAH)の円には他の地域では見られない黄色が見られ、海水淡水化が相当量利用されていることを示します。水源は、それぞれ再生可能性、開発のための経済的コスト、および使用に伴う環境への影響が異なります。改良されたH08は、水量だけでなく、経済的および環境的側面も考慮に入れた世界水資源評価に向けて、重要な技術となります。

図1 地域別の水源。世界地図の陰影は年間平均総取水量。地域区分はGiorgi and Francisco(2000)に従った。地域ごとの各水源の内訳は、内側の円で示されている。再生可能な地下水はマゼンタ、河川水は青色、導水はシアン、貯水池は緑、海水淡水化は黄色、その他の表流水は灰色、再生不可能な地下水は赤。外側の弧は、集約された情報を示しており、赤、青、および黒の弧は、それぞれ地下水、再生可能水、および再生不可能な水を指している。円内の数字は、地域の総取水量を示している。単位はkm3/年。
 

3.研究2 水資源指標の閾値の「謎」が解けた

研究1で紹介したように改良されたH08を使うと、さまざまな高度な水資源評価ができます。H08の新しい機能を活かして、専門家たちにとって長らく未解決だった問題を解くことができたので、ご紹介します。

水資源が足りるか足りないかは、水資源量と水利用量の相対的なバランスで決まります。このバランスを表現するためにたくさんの指標が提案されてきました。これまでの水資源の報告書では、「水ストレス指標」と呼ばれる年間の取水量を年間の水資源量で割った値と、「一人当たりの水資源量指標」と呼ばれる年間の水資源量を人口で割った値が使われてきました(図2)。「水ストレス指標」では20%を上回る地域を中程度、40%を上回る地域を高い水逼迫と分類し、「一人当たりの水資源量指標」では1,700 m3/人/年を下回る地域を中程度、500 m3/人/年を下回る地域を非常に高い水逼迫地域と分類してきました。これらの指標と閾値に従った水逼迫地域は、専門家の実感によく合うのですが、なぜ20%なのか、なぜ1700 m3/人/年なのかについては説明がないままでした。

図2 「水ストレス指標」と「一人当たり水資源量指標」の定義・閾値・解釈。
 

そこで、改良されたH08を使ってこの謎を探ってみました。H08を使って、大規模な水管理である遠隔導水と貯水池、再生可能でない水資源である海水淡水化、その他の表流水ならびに再生可能でない地下水を使わない状態で、1年を通して必要な分だけ再生可能な水源(河川水と再生可能な地下水だけ)から取水できるかを世界の全格子にわたって計算しました。この計算結果を「水充足率」と呼ぶことにします。つまり、1年を通して必要な分だけ取水出来たら100%、全くできなければ0%となります。

水充足率と「水ストレス指標」および「一人当たりの水資源量指標」を比べると、前者が20%を上回る、あるいは後者が1700 m3/人/年を下回る格子の過半数で、水充足率が99%より小さくなりました。つまり、これらの指標と閾値は、取水が大規模な水管理なしに再生可能な水資源だけでは賄えなくなる転換点を指していたことが分かりました。同じく、それぞれ40%を上回る、あるいは500 m3/人/年を下回る、(非常に)高い水逼迫の格子では、水充足率がそれぞれ80%未満、40%未満となり、大規模な水管理や再生可能でない水資源に頼らなければ、取水量が到底賄えないことを示しています。つまり、「水ストレス指標」および「一人当たりの水資源量指標」と閾値は、「大規模な水管理を行わず再生可能な水資源だけで、どれくらいの取水を賄えるか」を表していたということが分かりました。

さらに、「取水が大規模な水管理なしに、再生可能な水資源だけでどれくらい賄えるか」を代替するための最適な閾値は地域によって異なり、「水ストレス指標」は河川流量の季節変動と、「一人当たりの水資源量指標」は一人当たりの灌漑面積と強い関係があることも分かりました。H08によるこうした分析に基づいて、これらの2つの指標に対する新しい閾値も提案しました。

4.研究3 H08水リスクツールの開発

これまで見てきた通り、H08を使ってコンピュータシミュレーションを行うと、世界の自然の水循環と人間の水利用のさまざまな要素が計算でき、水利用の持続可能性などの評価につなげられます。ここで、将来の気候や水利用を想定することができれば、遠い将来についても水資源評価を行うことができます。

気候や水利用の将来を想定し、コンピュータシミュレーション用にデータを準備するのは大変な作業ですが、大勢で力を合わせてこれを行い、水資源に留まらず、農業や生態系といったさまざまな分野のコンピュータシミュレーションを行うことを目指しているのがInter-Sectoral Impact Model Intercomparison Project(ISIMIP https://www.cger.nies.go.jp/ja/news/2014/140206.html) という国際プロジェクトです。H08は2012年以降ISIMIPに参加し、さまざまな気候や社会の想定に基づいた多数の将来水資源評価を実施してきました。

ISIMIPはほぼ全ての情報を公開しており、皆さんもH08の計算結果をダウンロード(https://www.isimip.org/outputdata/)できます。ただし、公開されているのは50km格子の月単位(場合によっては日単位)のコンピュータプログラムの出力で、専門家以外が解釈したり、利用したりするのは事実上不可能でした。

そこで、結果を分かりやすい指標に変換し、ウェブブラウザを使って見ていただけるようにしたいと考えました。この提案は環境研究総合推進費に採択され、2018年度から2020年度にかけて「企業の温暖化適応策検討支援を目的とした公開型世界水リスク評価ツールの開発(https://www.nies.go.jp/subjects/2018/24559_fy2018.html)」という研究プロジェクトを実施しました。この結果できたのが、H08水リスクツールです(https://h08.nies.go.jp/h08/viewer_j.html*3

H08水リスクツールには大きく分けて、「水リスク指標の地図」「水リスク指標の時系列変化」「指標変化の要因」の3つを表示する機能があります。2021年6月時点でまだ試験公開の段階ですが、H08を利用した最新の世界の水資源評価の結果を手軽にご覧いただくことができます。