2016年12月号 [Vol.27 No.9] 通巻第312号 201612_312002

インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 18 水資源・水利用研究の最前線—モデル・適応・観測—

  • 花崎直太さん
    地球環境研究センター 気候変動リスク評価研究室 主任研究員
  • インタビュア:伊藤昭彦さん(地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室 主任研究員)
  • 地球環境研究センターニュース編集局

【連載】インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 一覧ページへ

国立環境研究所地球環境研究センター編著の「地球温暖化の事典」が平成26年3月に丸善出版から発行されました。その執筆者に、発行後新たに加わった知見や今後の展望について、さらに、自らの取り組んでいる、あるいは取り組もうとしている研究が今後どう活かされるのかなどを、地球環境研究センターニュース編集局または低炭素研究プログラム・地球環境研究センターなどの研究者がインタビューします。

第18回は、花崎直太さんに、水資源・水利用に関する研究の現状と今後の展開についてお聞きしました。

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「地球温暖化の事典」担当した章
7.1 水資源・水利用
次回「地球温暖化の事典」に書きたいこと
水問題の温暖化への適応

地球水循環の講義がきっかけで水文モデルへ

伊藤

『地球温暖化の事典』のなかで、花崎さんは “水資源・水利用” の章を担当されました。花崎さんは東京大学生産技術研究所の沖大幹先生の研究室の学生のころから水文モデルを開発してきました。この分野を選択する原点や契機は何だったのでしょうか。

花崎

私は大学で土木工学を専攻していました。土木工学科では自然のことから社会のことまで幅広い授業を受けたのですが、その中に衝撃的な授業がありました。アメリカ航空宇宙局(NASA)での研究を終えて帰国したばかりの沖先生の地球水循環の授業でした。そこでは、地球上のさまざまな気候がいくつかの基本的な物理法則で決まっていることを教わりました。特に時間的にも空間的にも壮大なスケールの熱塩循環[1]にはとても感動しました。それが地球の研究をしたいと思った出発点になります。

伊藤

水循環は、地球のシステムにおける自然科学的な側面と人間が水をどう使うかという社会科学的な側面があります。最初は何から入っていかれたのですか。

花崎

大学院に進学して沖研究室に入り、念願の地球水循環の研究を始めました。最初は何をしていいのかわからずにいたところ、沖先生がちょうど世界の川の流れのシミュレーションをされていて、そこにダムの操作を入れることを任されました。ダムは世界に40000基以上造られていますが、ダムが地球水循環をどう変えているのか、当時はほとんど知られていませんでした。ダムの操作を考えるにはどうしても下流の水の利用を連動させなければならず、そこから水利用の研究にとりかかりました。

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新しいモデルを開発し、多くの人に使ってもらいたい

伊藤

水は気候、農業、健康問題などに深くかかわっています。このような多くの人がかかわる学際的な分野で研究をうまく進めるコツのようなものはあるのでしょうか。

花崎

自分が学際的な研究をうまく進められているのかわからないですが、そもそも水単独の問題はないのです。たとえば、水不足はそれ自体が問題なのではなく、水が不足することで、農作物の成長が悪くなったり、工場を止めなければならず生産が減ったりすることが問題です。私自身、水問題の専門家だと感じたことはあまりありません。

伊藤

しかし、花崎さんはご自身で全球水資源モデルH08(http://h08.nies.go.jp/h08/index_j.html)を開発して、いろいろな研究をされています[2]。私が感心するのは、花崎さんは自分の研究を進めるだけではなく、きちんとマニュアルを作り、アジアの人たちにトレーニングコースを行っていることです。ああいうモチベーションはどこからくるのでしょうか。

花崎

大学院で水循環の研究を始めたときに、大気大循環モデル(General Circulation Model: GCM)との出会いがありました。当時、真鍋淑郎先生が地球フロンティア研究システムに在籍されていて、1960年代、世界で最初のGCMを一人で開発された話を聞き、自分で新しいモデルを作ることにとてもあこがれました。また、沼口敦先生(故人)が開発した日本のGCM(現在のMIROCという気候モデルの原型)は沖研究室でも何人かの先輩や後輩が利用していましたが、彼らの机の上には先生が作成された200ページものマニュアルがいつもありました。読みやすく使いやすいソースコードとマニュアルがあるから多くの人が使え、GCM研究が大きな広がりになったと教えられて、自分もいつかそうなりたいと強く思いました。私がH08モデルを開発したのは博士課程のときでしたが、その時はとても公開できるものではありませんでした。ソースコードの書き直しとマニュアルの作成を終えて公開したのは2013年です。

トレーニングコースについては、基本的に教えることが好きなのだと思います。2015年にソウル大学(韓国)などの学生さんを国立環境研究所に招き、トレーニングを行ったのは良い思い出です。タイのモンクット王トンブリー工科大学、王立灌漑局、気象局の研究者や技術者とも7年以上共同研究を行っていて、タイで3〜4回集中講義をしたこともあります。

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H08モデルのウェブサイト、マニュアル(一部)、入力データサーバ

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2015年5月、タイの研究者・技術者たちとの会合が国立環境研究所で行われた

日本の将来の水資源量は…

伊藤

“水資源・水利用” では主に世界の水利用のことを書かれていて、日本国内の水資源問題には特に触れておられませんが、日本では将来的に十分に水が利用できると考えてよいでしょうか。

花崎

執筆のときからその指摘はありましたが、当時は自分が進めている研究しか見えてなかったので、世界のことだけ書きました。

世界全体での水資源問題を考えるときに真っ先に見なければいけないのは、水資源量(川の流れ)と水使用量のバランスです。その点からいうと、日本は狭い国土に人口が多いのでかなりの水使用量がありますが、水資源量もそれなりに豊富で、水を効率よく管理する技術も発達しているので、あまり逼迫はしていません。ただし、局地的には問題を抱えています。たとえば、福岡市は流域面積が小さいところにたくさんの人が住んでいて、水不足が潜在的に起こりやすい地域です。

伊藤

私の出身の愛媛県は瀬戸内式気候で割合雨が少ない地域です。将来、もっと雨が少なくなってしまったら大変だなということが実感としてあります。しかし、温暖化が進むと日本全体としては降水量が増えるとみていいのでしょうか。

花崎

温暖化すると日本の年降水量は増えるという予測が多いのですが、やはり局地的にみると、今年の春先起きた関東の渇水のように、その年の気象条件で(たとえば、台風がひとつ来るか来ないかで)大きく状況が変わってきます。

影響評価から適応を重視した研究へ

伊藤

干ばつやゲリラ豪雨など、ここ数年は極端現象が注目されているような気がします。最近の極端現象についても花崎さんは取り上げていきたいと思っていますか。

花崎

私自身が研究するのは難しそうですが、研究コミュニティ全体では、活発に研究が行われています。たとえばゲリラ豪雨については、新しい気象レーダーを使って、豪雨の「タマゴ」を早期に見つける研究などが行われていますよ。

伊藤

将来温暖化が進んでゲリラ豪雨の頻度や強度が増すなら、それをいち早く察知できるようなシステムを構築するのも適応だそうですね。生態系では、適応というと生物が標高の高い方に移動できるよう回廊(コリドー)を造ることなどが挙げられますが、水資源や気象でいう適応は違うということに最近気づいて、面白いと思いました。

花崎

防災に関する適応は、究極的には人命が失われることを防ぐのが最も重要です。洪水をどれだけ早く知ることができるかによって、被害の程度がまったく変わってきます。それがまさに適応ですね。

伊藤

水利用に関する適応については、花崎さんは、「水利用を柔軟に変化させていくこと、つまり温暖化への適応が重要である」と書かれています。

花崎

水資源の適応には、供給を増やすか需要を減らすかという二つと、技術的な解決か制度的な解決かという二つがあります。具体的には、ダムを造ったり地下水を開発したりするのは供給量を増やすことで、灌漑の効率をよくしたり、節水型の機器を導入したりするのは需要量を減らすことです。制度的なものとしては、水に適正な価格をつけて節水意欲を高めることなどがあります。実施にあたってはどれか一つというわけにいかないので、これらを組み合わせることになるでしょう。

『地球温暖化の事典』を書いた頃の研究は影響評価が中心でした。適応の重要性は当時も指摘されていましたが、具体的な研究が少なかったのです。しかし最近、温暖化影響の研究者も具体的な適応策を提案するような論文を発表するようになりました。たとえば、灌漑には、川から直接田畑に水を投入する湛水方式、スプリンクラー方式、チューブを使って作物の根元だけに水をたらす点滴灌漑方式などの方法がありますが、方式を変えることでどれだけ節水できそうか(つまり、温暖化による水資源量の減少に対して適応できそうか)を見積もる研究などが行われています。ただし、節水をすると、塩類を灌漑水で土壌の深くに押しとどめる効果も減るので、乾燥地では塩害が起きるリスクを高めてしまいます。節水できても代わりに塩害が起きるのでは適応にはならないので、慎重な検討が必要です。適応の研究はまだ始まったばかりです。

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2000年以降増えた水資源の指標

伊藤

水資源で使われる指標は『地球温暖化の事典』で書かれている水ストレス指標(年間流出量に対して年間取水量の割合が0.4を超えた場合)以外にもあると思います。そういったものを使って研究することはありますか。また、自分で新しい指標を作ってみたいですか。

花崎

地球規模の水資源の評価では指標がよく使われますが、それには理由があります。地球の水循環や水利用がコンピュータで計算できるようになったのは2000年以降のことです。それまでは基本的に統計書に示されたわずかな種類の情報しかなく、それらを組み合わせた概念的な指標が利用されました。ご質問にある指標もそうしたものの一つです。2000年以降はコンピュータシミュレーションが進み、世界各地の雨、蒸発、川の流れなどが計算できるようになりました。最初はシミュレーション結果を使って従来からある概念的な指標を計算していましたが、その後すぐに、使える情報を駆使したたくさんの新しい指標が提案されるようになりました。最近は指標だけをレビューした論文がいくつも出るというような状況です。ただ、案外すぽっと抜けている要素もあります。たとえば、乾季の水不足と雨季の水余りのコントラストがアジアの特徴ですが、ヨーロッパの研究者はどうもそこに目がいきません。そういう要素をよく表現できる指標ができるといいのではないかと思います。

シナリオに基づくシミュレーション結果

伊藤

最近の花崎さんの研究では、シナリオに基づいて、ご自分のモデルを使った将来のシミュレーションをされていますね。シナリオベースの研究の面白さと難しさは何でしょうか。

花崎

シナリオを利用した将来予測の研究はしますが、正直言って楽しいと思ったことはなく、いつも苦しいと感じています。将来の社会について客観的に予測できる要素はほとんどないので、シナリオは文字通り、主観的な「台本」や「お話」になってしまいます。論文を書くときなどは、本当にこれでいいのかなと考えこんでしまいます。ただ、多くの人が心配していることを定量化するのはとても重要なことで、実際、数字にしてみてはじめて、問題の深刻さがわかります。また、シナリオを大きく変えても結果が全然変わらないとき、根源的な問題の存在に気づくこともあります。

伊藤

自分のモデルで行った将来のシミュレーションを人が信じて何かに使われると、適用可能な範囲で正しく使われているかなどでとても不安になることがあるのですが、ちょっとやそっとでは変わらないような頑健な結果が出てくれば、自信をもって出していきたいということですね。

花崎

個人や企業の具体的な行動や投資の判断に使えるほど詳細で頑健な将来社会のシミュレーションというのは、この先どんなに研究が進んでも難しいのではないでしょうか。しかし情報が普及し地球温暖化問題が世間でよく知られるようになりました。全体像が伝わっているので、一つのシミュレーション結果が独り歩きしたり、曲解されたりすることも以前に比べるとかなり少なくなっていると思います。

観測との協働によるモデル検証に期待

伊藤

地球環境研究センターでは観測とモデル研究者が協働しています。残念ながら水に関する観測はあまり行われていませんが、観測との連携によってモデルを高度化したり、精度を上げていったりすることは考えていますか。

花崎

観測こそすべての科学の基礎であり、個人的には観測に携わる研究者や技術者をとても尊敬していますので、協働の機会があればと思っています。ただ、世界中の川の流れを扱う私のH08モデルは地上観測との連携が特に難しいのです。たとえば、数地点の川の流れの観測データがあったとしても、世界のごくわずかな地域の検証にしか使えません。たくさんの地点を長期間精度よく観測するとなると個々の研究者の力では無理で、どうしても国や地方自治体による現業観測データに頼らざるを得なくなります。

伊藤

地下水に関する観測が少ないと聞いています。GRACE(Gravity Recovery and Climate Experiment)など最新の観測を使えば、モデルが飛躍的によくなりますか。

花崎

衛星重力ミッション(GRACE衛星)の観測データにより、実際、水循環モデルの検証に革命が起きました。従来、モデルの検証は川の流れのシミュレーションと観測と比較することだけで行っていました。GRACEは陸域貯水量といって、陸上の水分全体の変化を観測することができます。H08モデルで計算した土壌中の水や地下水と雪の量、ダムの貯水量などの変動と、GRACEでの観測による変動を比べることでモデルの検証ができます。ちょうど今、その結果を論文にまとめているところです。

その他の衛星観測にも期待しています。たとえば、多くの途上国では主要ダムの操作データを公開していません。エジプト南部からスーダン北部にはナイル川をせき止めて造ったナセル湖という世界最大級のダム湖があるのですが、研究者はダム湖に今どれだけ水があり、いつどれだけ放流しているか、知ることができません。ところが、高精度な高度計を搭載している人工衛星が飛んでいて、地表の水面の標高を定期的に観測しています。同時に衛星写真を撮るとダムの湖面積も出ます。湖面積と水面標高の変化を掛けることでダム湖の水の容量の変動を出せるようになります。いろいろな課題があり、現在はこの技術を適用できるダム湖が少なく、精度も低いのですが、2020年頃打ち上げが予定されている地球観測衛星(NASAによるSWOT)を利用すると、飛躍的に精度が上がるといわれています。こうした技術には期待しています。

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社会的データの収集の難しさ

伊藤

H08には自然科学だけではなく、社会的な要素が入っています。社会的なデータはどうやって集めているのでしょうか。

花崎

直接的なデータ収集はとても困難で、国連機関や各国の発行する公的なデータを使います。食糧農業機関(FAO)のAQUASTATは世界の水資源と水利用に関するデータベースですが、欠損が多くデータが足りないので、現在、協力者と各国のデータを集めているところです。

水問題は社会情勢との連動が強い

伊藤

『地球温暖化の事典』を書かれてから国際的な研究プログラムのFuture Earthが始まったり、2015年には温暖化対策の国際的な枠組みであるパリ協定が採択されたりして、社会情勢が変わっています。水の問題はそういった社会情勢に応じて変化してきているのでしょうか。昔から主要なテーマは一貫していて、それに微修正があるくらいなのでしょうか。あるいはダイナミックなものなのでしょうか。

花崎

2015年に持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs[3])が策定され、国際的な研究プログラムがSDGs達成と低炭素社会の実現を組み合わせていく方向に変わりつつあります。

SDGsのような全球規模のテーマと私の地球水資源の研究は一見近いように見えますが、実は遠いのです。SDGsは、すべての人が安全で安価な飲料水にアクセスできるかなど、個々の人間にとっての水問題を扱いますが、私たちのグローバルなモデルでは、50km四方の水資源量がどれくらいかということを見るので、かなりのギャップがあります。こうしたモデル計算をどうやって個々の水問題と結びつけるのかというのが、次の大きな課題です。

水問題の温暖化への適応を書くべき

伊藤

『地球温暖化の事典』の改訂版が出るとすれば、書きたいことは何ですか。

花崎

やはり、適応について書くべきでしょうね。どこまで研究が進んで、何が足りないのか、整理する必要があると思います。SDGsについては、世界が水問題に関して求めていることを整理して、多くの人に知ってもらうのがいいでしょう。また、私が執筆者になるかどうかわかりませんが、日本の温暖化の影響・適応について新しくわかってきたこともどんどん紹介できればいいかと思います。

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脚注

  1. 海水の温度と塩分による密度の差によって生じる地球規模の海洋の大循環
  2. 花崎直太「世界の水資源のコンピュータシミュレーション」国立環境研究所ニュース 29(3), 2010年8月, 5-8. http://www.nies.go.jp/kanko/news/29/29-3/29-3-03.html
    花崎直太「続・世界の水資源のコンピュータシミュレーション」国立環境研究所ニュース 34(4), 2015年10月, 6-9. http://www.nies.go.jp/kanko/news/34/34-4/34-4-03.html
  3. 2015年9月の国連サミットで採択された持続可能な開発のための2030アジェンダのなかに盛り込まれている。貧困を撲滅し、持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットからなり、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組む。

*このインタビューは2016年10月4日に行われました。

*次回は岩渕裕子さん(地球温暖化防止全国ネット地域活動支援グループ 嘱託職員)に金森有子さん(社会環境システム研究センター 環境政策研究室 主任研究員)がインタビューします。

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