RESULT2021年2月号 Vol. 31 No. 12(通巻363号)

最近の研究成果 逆解析誤差の高精度推定手法の開発:観測データのインパクト評価や解析結果の正確な解釈に向けて

  • 丹羽洋介(地球環境研究センター物質循環モデリング・解析研究室 主任研究員)

大気輸送モデルを用いて観測データから地表面フラックスを推定する逆解析は、地球表層の炭素収支を把握する上で有力な手法の一つです。近年、気象予報の分野で研究開発が進むデータ同化手法を逆解析に応用し、従来よりも多くの観測データを利用して高解像度にフラックスを推定する研究が盛んに行われています。4次元変分法はそのデータ同化手法の一つであり、現在の逆解析研究において最も用いられている手法です。

しかし、4次元変分法は、理論的に得られるはずの解析誤差共分散行列を容易に求めることはできないという難点がありました。そこで本研究では、4次元変分法においてこの解析誤差共分散行列を精度よく効率的に推定する手法を新たに開発しました。

本研究で開発した手法は、準ニュートン法のアルゴリズムの一つであるBFGS(Broyden-Fletcher-Goldfarb-Shanno)法をベースとし、BFGS公式で用いるベクトル間の共役性を保証する手法を導入することで高精度化を達成しました。さらに、4次元変分法による反復計算を複数に独立に行うことにより、大規模な次元を持つ解析誤差共分散行列を効率的に求めることを可能としています。

解析誤差共分散行列は、逆解析で得られたフラックスの誤差や誤差相関を表す行列です。この解析誤差共分散行列を高精度に求めることにより、観測データがフラックス解析値に対してどれほどインパクトを与えたかを定量的に評価することができます。本研究では、4次元変分法による高解像度のフラックス推定において、観測データのインパクトの詳細な分布を得ることができました(図1)。

図2 CO2逆解析における1月(a)と7月(b)の観測データのインパクトの分布。初期値として与えたものから誤差がどの程度軽減したかを割合で表している。ピンクの三角は逆解析で用いた観測データの位置を示す。ここでは、開発した手法を準一様格子大気モデルNICAM(Nonhydrostatic ICosahedral Atmospheric Model)を基とした逆解析システムに実装して解析誤差共分散行列を導出している

また、逆解析では、観測データが不十分な場所で、フラックスの解析値が正と負の両方向に大きくずれてしまう"ダイポール現象"が、解析結果の解釈を難しくする問題として知られていますが、解析誤差共分散行列の非対角成分(誤差相関)から、このダイポールを把握することが可能です。従来の手法では、推定精度の問題から、特にこの誤差相関を求めることが困難でしたが、本研究では、開発した手法を用いることにより、この誤差相関も十分な精度で推定することが可能であることを実証しました(図2)。

今後、本手法による観測データのインパクト評価やダイポールの把握を通して、フラックス解析値の信頼性を詳細に「可視化」することができると期待されます。さらに、定量的な評価から、最適な観測ネットワークの構築に貢献できると期待されます。

本研究は環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費の研究プロジェクト「統合的観測解析システムの構築による全球・アジア太平洋の炭素循環の変化の早期検出」(JPMEERF20142001)および「温室効果ガスの吸排出量監視に向けた統合型観測解析システムの確立」(JPMEERF20172001)の一環として行われました。

図2 ○で示す地点(28°N, 115°E)で得られたフラックス解析値(1月)の誤差相関の分布(a)。解析誤差共分散を領域ごとにまとめた上で計算された1月の誤差相関(カラー)と誤差(対角線の数字:Pg C month-1)(b)。(a)からは○周辺のフラックスがその南西に位置する地域のフラックスと負の誤差相関を持っている(この地域間でフラックス解析値にダイポールが生じ得る)ことがわかる。(b)では、例えば、Tropical Asia (I)とTemperate Asia (H)の間に負の誤差相関が存在することがわかる。このように、より大きな地域で見ても、フラックスは独立に解析されておらず、ダイポールが生じうることがわかる