2020年5月号 [Vol.31 No.2] 通巻第353号 202005_353004

【最近の研究成果】 全球平均気温が1.5/2.0°C上がるとき北方生態系に起きる影響をモデルで推定

  • 地球環境研究センター 物質循環モデリング解析研究室長 伊藤昭彦

パリ協定では全球の平均気温上昇幅を産業革命前比で2.0°Cより十分低くに保ち、さらに1.5°Cまでに抑える努力をすることが合意されました。それらの目標は海洋と陸域を含めた全球平均気温を対象としていますが、温度上昇の進み方は一様ではなく、海洋よりは陸域、とりわけ極域や高山では進み方がより顕著です。本研究では、1.5°Cや2.0°Cの温度上昇が起こった場合に、北半球高緯度(北緯60度以上)の陸域生態系にどのような影響が生じるかを調べました。この地域に注目したのは、主に亜寒帯林やツンドラが分布し、冬季の低温が厳しく夏季が短いため成長が温度に制限され、温暖化に鋭敏な応答を示すことが予想されたためです。

気候変動の影響モデル相互比較プロジェクト(ISIMIP[1])の生態系セクターに参加した8種類の陸域モデルによる結果(光合成生産、植生バイオマス、土壌炭素[2])を用いて分析を行いました。ここではばらつきを見るため、将来の大気CO2濃度パスとしてRCP2.6(温暖化対策を積極的に進めるシナリオ)とRCP6.0(対策が緩く現状に近いペースで温暖化が進むシナリオ)、それぞれについて4種類の気候モデルによる予測シナリオを使用し、陸域モデルによる2100年まで(RCP2.6のみ2299年まで延長)の予測シミュレーションが行われました。その結果から、全球の温度上昇[3]が産業革命前と比較して1.5°Cまたは2.0°Cに達した時期のデータを抜き出し、高緯度域の応答が大きくなるメカニズムである①温度上昇の進み方、②生態系の感度、について解析しました。

複数のモデル・シナリオの結果から、北半球高緯度の陸域では全球平均よりも1.5倍程度の速さで温度上昇が進む(論文に図掲載)ため影響が現れやすくなっており、さらに光合成生産や植生バイオマスの変化については、全球平均よりも高い感度で生態系が応答する可能性が高いことが分かりました(図1)。土壌については応答速度が遅く、平均気温の変化が気候シナリオの中で1.5°Cや2.0°Cに達する時期では一貫した変化傾向は見られませんでした。現在(産業革命前比で約1°C上昇)と比べ、温度上昇が1.5°C時(だいたい2010〜2051年)には光合成生産や植生バイオマスは20%程度増加する結果となり、生態系の機能や構造への影響はある程度残ることが示唆されました。温度上昇が2.0°C時に予測される影響は、1.5°C時のものよりも明らかに大きく、今後の温度上昇を0.5°C分だけ抑制することで影響を軽減できる可能性があることも分かりました(図2)。いずれの結果でも陸域モデル間の不一致は残されており、今後も不確実性を低減するための研究が必要です。本研究の結果は、高緯度域で植生の光合成やバイオマスが増加するため、温暖化によるプラスの影響に見えますが解釈には注意が必要です。生態系は微妙なバランスの上に成り立っているため、急激な変化によって生物の多様性を維持している関係が崩れたり、火災などの予期せぬ撹乱が増えたりする可能性もあります。モデル計算ではこのような複雑な現実を省略あるいは単純化して扱っています。

図1 ISIMIPに参加する8種類の陸域モデルで推定された(a, d)植生の一次生産 [NPP]、(b, e)植生バイオマス [cVge]、(c, f)土壌炭素 [cSoil] の変化。(a, b, c)1980〜2100年までの変化。太線が平均、色が付いた範囲がモデル間のばらつきを示す。(d, e, f)温度上昇が1.0〜2.5°C時の応答感度。全球平均気温 [global] と北半球高緯度 [NHL] 平均温度の両方についての結果(NHLの結果がglobalより大きければ感度が全球平均より高いことを示す)。各棒グラフが平均値、エラーバーが陸域モデル・気候シナリオが異なる結果間の標準偏差を示す

図2 気温上昇が1.5°C時と2.0°C時の陸域生態系への影響比較。ISIMIP参加モデルによる純一次生産 [NPP] 推定の全シナリオ結果に基づく。(a)影響の差の分布(赤い領域で2°C時に影響幅が大きい)。(b)影響の頻度分布(全球と北半球高緯度について)。1.5°C時の方が2.0°C時よりも特に北半球高緯度で変化幅(横軸は産業革命前と温度上昇時の比較でゼロから外れるほど変化が大きい)が抑えられていることを示す

脚注

  1. 温暖化影響の全体像に迫る:米国科学アカデミー紀要に特集されたISI-MIPの紹介 http://cger.nies.go.jp/ja/news/2014/140206.html
  2. 光合成生産(または純一次生産 [Net Primary Production, NPP])は、植生によるバイオマスの生産能力を示す生態系の機能を代表する指標。植生バイオマスと土壌炭素の量は、生態系への炭素貯留能力や、生態系の構造(植生の高さや密度、土壌の深さなど)を代表する指標となる。
  3. ここでは前後15年を含む31年間の移動平均で判定した。

本研究の論文情報

Pronounced and unavoidable impacts of low-end global warming on northern high-latitude land ecosystems
著者: Ito A, Reyer CPO, Gädeke A, Ciais P, Chang J, Chen M, François L, Forrest M, Hickler T, Ostberg S, Shi H, Thiery W, Tian H
掲載誌: Environmental Research Letters 15: 044006. DOI: 10.1088/1748-9326/ab702b

目次: 2020年5月号 [Vol.31 No.2] 通巻第353号

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