温暖化影響の全体像に迫る:米国科学アカデミー紀要に特集されたISI-MIPの紹介

  • 地球環境研究センター気候変動リスク評価研究室 主任研究員 花崎直太
  • 地球環境研究センター物質循環モデリング・解析研究室 主任研究員 伊藤昭彦
  • 東京大学生産技術研究所 助教 金炯俊
  • 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 博士課程 佐藤雄亮
  • 地球環境研究センター物質循環モデリング・解析研究室 特別研究員 仁科一哉
  • 社会環境システム研究センター統合評価モデリング研究室 JSPSフェロー 長谷川知子
  • 社会環境システム研究センター統合評価モデリング研究室 研究員 藤森真一郎
  • 地球環境研究センター気候変動リスク評価研究室 特別研究員 眞崎良光

1 はじめに

2013年12月17日に米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, vol. 111 no. 9)電子版の特集号「世界の気候影響:分野横断・複数モデルによる評価」が出版された。これは地球環境研究センターニュース2012年11月号で紹介した地球規模の温暖化の影響評価に関する国際プロジェクトInter-Sectoral Impact Model Intercomparison Project(ISI-MIP; イージーミップと発音)の成果を取りまとめたものである。特集号は2編の総説と9編の各論からなる。各論はISI-MIPの特徴を最大限に活かした画期的で専門性が高い研究成果を報告している。各論のうち8編が日本を拠点に活動する研究者の共著であり、本稿ではこれらの概要を紹介する。

2 ISI-MIPとは

温暖化が自然や社会におよぼす影響を予測する研究は20年以上にわたって行われてきた。温暖化の影響は多岐にわたるため、研究ごとに対象とする分野、地域、期間、将来想定が異なり、地球全体の(あるいは特定の地域の)温暖化影響の全体像を掴むことが難しかった。また、影響の予測には気候の変化が対象にどのように作用するかを表す影響評価モデルを利用するが、利用するモデルによって予測結果が異なるという問題があった。

ISI-MIPは地球全体を対象として分野横断型の影響評価を行った世界初の国際プロジェクトである(図1)。水循環、農業(作物成長)、農業(農業経済)、陸域生態系、健康(マラリア)の5分野を対象に影響評価が行われた。ISI-MIPの最大の特徴は、全分野に共通の将来想定(シナリオ)を用意し、分野ごとに複数の影響評価モデルを利用して計算を行うことで、モデルの違いによる影響予測のばらつき[1]を示せたところにある。

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図1ISI-MIPとPNAS特集号の全体像

ISI-MIPでは将来の気候を次のように想定した。温暖化は二酸化炭素(CO2)をはじめとする温室効果ガスの排出増加により引き起こされるが、今後の排出量は世界の社会経済の発展や温暖化防止をめぐる国際交渉の進展により異なったものになる。ここではIPCC第5次評価報告書でも採用されたRCP2.6、RCP4.5、RCP6.0、RCP8.5[2]の4種類を想定した。温室効果ガスは地球の大気・海洋・陸域の間で吸収・排出されつつ、大気中に残存するものにより気候を変化させる。このメカニズムを完全に計算可能な気候モデルはないため、利用可能なものを5つ選び、上記のRCPそれぞれについての将来気候シミュレーション結果を利用した。これらを組み合わせると5×4の20通りとなる。この他に人口の将来想定も1通りだけ用意された。

[1] 影響予測のばらつき: ISI-MIPで利用された影響評価モデルは各分野のトップレベルのものである。しかし、水循環や陸域生態系、農業、マラリアに関するメカニズムは複雑で、これらのモデルは現実世界の現象を完全には表現できない。このため、同じ条件で計算を行っても、モデルによって結果がばらつくことになる。温暖化の影響の予測において、一般的に、結果のばらつきが小さい場合はモデル間の一致がよいので信頼性が高く、大きい場合はその逆と考えることができる。

[2] RCP: RCPとはRepresentative Concentration Pathway(代表的濃度経路と訳される)の略で、将来の温暖化の進行に関する詳細な想定(シナリオ)である。最後の数字は放射強制力といって温暖化の程度を表し、4つあるうちでRCP2.6は温暖化が最も進行しない想定、RCP8.5は最も進行する想定となる。

3 ISI-MIP特集号の各論

特集号に掲載された9編の各論を表に示す。7編は分野別にまとめられているが、2編は2つ以上の分野のモデルを利用した分野横断的な内容である。

特集号に出版された論文と内容

論文 日本からの共著者 内容
Dankers et al. (2014) 金・眞崎・佐藤 水循環モデルの結果(洪水リスク)
Prudhomme et al. (2014) 金・眞崎・佐藤 水循環モデルの結果(干ばつ)
Schewe et al. (2014) 金・眞崎・佐藤 水循環モデルの結果(水ストレス)
Haddeland et al. (2014) 花崎・眞崎 水循環モデルの結果(河川流量と開発)
Friend et al. (2014) 伊藤・仁科 陸域生態系モデルの結果
Rosenzweig et al. (2014) なし 農業(作物成長)モデルの結果
Nelson et al. (2014) 長谷川・藤森 農業(農業経済)モデルの結果
Elliott et al. (2014) 眞崎・佐藤 農業(作物成長)・水循環モデルの結果
Piontek et al. (2014) 金・眞崎・仁科 農業(作物成長)・水循環・陸域
生態系・マラリアモデルの結果

(1) 洪水リスク(Dankers et al., 2014)

温暖化の影響で降水量の変動が現在より大きくなることなどにより、洪水リスクが高まると予測されている。この論文は、9つの水循環モデルを用いて、洪水の発生頻度が将来どれくらい変わるのかを推定した。洪水の発生頻度は、「年超過確率1/X(再現期間X年)にまでピーク流量[3][4]が増えること」で表した。将来の気候シナリオには、温暖化が最も進行するRCP8.5を使用した。

その結果、冬に雪が積もる地域(北半球の高緯度など)を中心に、再現期間30年のピーク流量が増えることが分かった。これは、将来の融雪期の流量増加を反映していた。また、世界の多くの地域で、過去(1971〜2000年)において再現期間30年の洪水が、将来(2070〜2099年)はより頻発するようになると予測された。特に、世界の陸地面積の5〜30%にあたる地域では、このレベルの洪水の再現期間が5年未満になると予測された。なお、この比較的大きな結果のばらつきは、入力値として利用した気候の予測に幅があったことに加え、水循環モデルによって流出や融雪についてのふるまいが異なったからである。(眞崎)

[3] 年超過確率1/X(再現期間X年)の流量: 統計学の⼿法を使って求めた「その規模を超える洪水が発生する確率が毎年1/Xある」という流量のこと。

[4] ピーク流量: ピーク流量とは洪水で記録される最大の流量のこと。ピーク流量は平均を取る期間によって変わるが、今回は5日間の平均流量を用いた。

(2) 干ばつ(Prudhomme et al., 2014)

温暖化によって干ばつのリスクも増加すると予測されている。この論文では、7つの水循環モデルを用いて、水文学的な干ばつ[5]が、将来(2070〜2099年)どのように変化するかを解析した。

その結果、温暖化によって干ばつが起きる世界の陸域面積は増加することが示された。温度上昇幅が大きいほど面積の増加も著しく、RCP8.5において、モデルによっては世界の砂漠を除いた面積の4割にも達した。南ヨーロッパ、中東、米国南東部、チリ、オーストラリア南西部では、水の安定的な供給に問題がでると予測された。なお、結果のばらつきは大きく、特に、大気CO2濃度や気候に対する植物の生理学的反応を考慮した水循環モデル[6]には、将来の干ばつ発生の規模が現在とほとんど変わらない予測もあることから、それぞれのモデルの予測が何に基づくのかを解析して、不確実性の原因を把握することが重要である。(眞崎)

[5] 水文学的な干ばつ: この論文では流出量が過去の期間(1976〜2005年)の10パーセンタイル値を下回ったときを水文学的な干ばつと定義した。ここで、流出量とは降水として地表面に降った水のうち、蒸発したり土中深くに浸透したりせずに、地表面か地下の浅い層を流れ、河川や湖沼に到達する水量のこと。10パーセンタイル値とは、流出量を降順に並べた時の下位10%にあたる値。今回は流量に着目しているが、降水量や土壌水分量の低下など、干ばつの定義は他にもいろいろある。

[6] 植物の生理学的反応: 植物は蒸散によって、根から吸い上げた水を大気中に放出する。よって、蒸散が盛んになれば、地表付近の土中の水が失われ、流出量は減少する。将来、大気CO2濃度が高くなったとき、植物の成長や気孔の開閉も変わるが、それに伴って蒸散量がどのように変化するか、まだ十分に解明されていない。この効果をモデルでどのように扱うかによっても、流出量の推定結果が異なってくる。

(3) 水ストレス(Schewe et al., 2014)

河川水は人類にとって最も基本的な水資源である。温暖化により気温と降水量が変われば、蒸発量も変わり、河川流量も変化すると予測されている。この論文は、12の水循環モデルを用いて、全球平均気温の上昇に伴って河川流量や水ストレス[7]がどのように変化するかを調べた。

この結果、全球平均気温の上昇が1980〜2010年の平均から+1、+2、+3℃の時、気温の上昇に伴い「慢性的水不足(一人当たりの川の流量が年間1000m3未満)」と分類される地域に住む人口は世界人口の13、21、24%に,その中でも「絶対的水不足(一人当たりの川の流量が年間500m3未満)」に分類されるのは同じく6、9、12%になると推計された。ここで、水ストレスが変化する原因は供給の変化(温暖化による降水や水循環の変化)と需要の変化(人口の増加)に由来する。そこで温暖化が最も進行するRCP8.5について慢性的水不足について調べたところ、例えば全球平均気温の上昇が+2℃の時、人口の増加だけの場合に比べて、温暖化が水ストレス人口を36%増やすことが分かった。(佐藤)

[7] 水ストレス: 水ストレスとは、人が生活するにあたり必要な量の水を安定的に利用できない状態を指す。それを表す指標は複数存在するが、今回の研究では平均流量を人口で除した値を用い、1000m3/年/人未満の場合を慢性的水不足、500m3/年/人未満の場合を絶対的水不足と分類した。水ストレス人口とはそのような地域に住む人口を示す。

(4) 河川流量の変化と人類による開発の比較(Haddeland et al., 2014)

人類はダムを作ったり、川や湖から水を取ったりすることで、地球の川の流れを変えてきた。この論文は、7つの水循環モデルを使って、ダムや取水といった人類の直接的な開発の影響と、温暖化による影響の大きさを比較した。

この結果、アジアの一部やアメリカの西部では、全球平均気温の上昇が+2℃の時、温暖化の影響は現在の人類の開発の直接的な影響と同じくらいの大きさであることが分かった。ここで灌漑のさかんなアメリカのコロラド川、エジプトのナイル川、南アフリカのオレンジ川、オーストラリアのマレー・ダーリング川などでは年間の取水量は流量の5〜15%に達すると推定された。モデル間の結果の違いは大きいが、灌漑用水の需要が全球平均気温の上昇に伴って増加することは多くのモデルで共通していた。温暖化による灌漑用水の不足は東アジアと南アジアで懸念された。(花崎)

(5) 陸域植生の応答(Friend et al., 2014)

温暖化は、植生の生産力や生態系の炭素ストックに影響を与えるが、それは人間社会にもたらす生態系サービスの変化の指標となる。この論文は、7つの陸域生態系モデルを使って、全球平均気温の上昇に対する植生のバイオマス量およびその平均的な回転速度[8]の応答を調査した。

この結果、将来の植生バイオマスの総量は、現在(1971〜1999年平均)と比べて、いずれのモデルでも増加していた。ただし、結果のばらつきは大きく、例えば全球平均気温の上昇が+4℃の時、+52〜+477Pg-Cであった(現在の総量は510〜1023Pg-C)。結果が大きくばらつく要因として、大気中のCO2濃度が変化した時の植物の光合成の応答や、植生の回転速度がモデル間で大きく異なることが挙げられた。全球平均気温の上昇が+4℃を超えた時、多くのモデルは大気中の高いCO2濃度によって植生バイオマスの総量は増加するという結果を出したが、2つのモデルは頭打ち、あるいは減少に転ずるとした。このような推定結果の差は温暖化に伴う乾燥化に対する応答の違いを反映していると考えられ、より注意を払う必要があることが示唆された。(仁科・伊藤)

[8] バイオマス量と回転速度: 植物は太陽光のエネルギーを利用して光合成を行い、CO2を取り込む。取り込まれたCO2は炭水化物となりエネルギーや植物体(つまり葉や幹、根)として利用される。こうして植物体(バイオマス)として取り込まれたCO2は、炭素換算で500Pg(ペタグラム = 10億トン)程度、全球に存在すると考えられている。一方で植物は絶えず呼吸をしてCO2を放出している。また一部が落葉・落枝(リターフォール)したり、枯死したりした後、微生物に分解され、植物体の炭素は再び大気のCO2になる。このように、植物の炭素は絶えず循環しており、生態系の炭素は大気と常に入れ替わっている。さらに生態系レベルで見る場合、種子から新しい植物体が成長する過程(更新)や、この更新時に環境変動に伴い植物種が変化していく可能性が指摘されている。これらの動態が、生態系に炭素が留まっている時間を規定するが、この時間を回転速度という。

(6) 作物生産性の変化に対する経済システムの応答(Nelson et al., 2014)

作物生産性は気温や降水の変化といった温暖化の影響を受けやすい。この生産性変化というショックを経済システムは様々な調整機能で吸収し、需給をバランスさせる。本研究は9つの農業経済モデルを用いて、各モデルが温暖化による潜在的作物生産性[9]の変化に対し、a) 実際の作物生産性、b) 農地面積、c) 食料消費をそれぞれどの程度変化させることで需給をバランスさせるかを調べた。今回想定した世界の潜在的作物生産性の変化は、温暖化がない場合と比べて2050年までに平均で17%減少する(大気CO2による施肥効果[10]を考慮しない)というものである。これは、温暖化が最も進行するRCP8.5を想定し、2つの気候モデルと5つの作物成長モデルから出力された値の平均値である。

この結果、農業経済モデルは平均して、実際の作物生産性の11%減少、農地面積の11%増加、食料消費の3%減少を示した。作物生産性、農地面積、貿易、価格の応答はモデル間で大きなばらつきを示し、食料消費のばらつきが最も小さいという結果が得られた。このモデル間のばらつきは、モデル構造とモデル内部のパラメータが異なること、具体的には土地利用変化、作物生産性の変化、貿易の変化のしやすさについての想定が異なることが原因だと分かった。(藤森・長谷川)

[9] 潜在的作物生産性: 肥料や農薬などを適切に投入したとき期待できる作物収量のこと。後発開発途上国などにおいては、現実の収量(実際の作物生産性)はこの値を大きく下回る場合がある。

[10] CO2による施肥効果: 植物は、大気中のCO2を取り込んで光合成を行う。大気CO2濃度が高くなると光合成が促進されるため、植物の生物体量が増加し、作物ならば生産量が増える効果をもたらす。ただし、農作物の生産性(および自然植生)における施肥効果には大きな不確実性がある。詳しくは、増冨祐司「ココが知りたい温暖化:温暖化で収穫量は減る? 増える?」を参照されたい。

(7) 作物生産性に対する水資源の制約と寄与(Elliott et al., 2014)

水資源は灌漑を通じて作物生産性に影響を与える。この論文では、温暖化が最も進行するRCP8.5において、まず10の水循環モデルを用いて利用可能な灌漑水量を求めた。続いて、その制約を考慮して6の作物成長モデルを用いて将来の作物生産量を予測した。

この結果、主要4作物(トウモロコシ、ダイズ、コムギ、コメ)の生産は、温暖化の影響により、カロリーベースで8〜24%(CO2による施肥効果込み)、24〜43%(同効果なし)の減産となる。つぎに、将来の水資源量の過不足の予測をもとに、灌漑したり、やめたりすることで、灌漑農地と天水農地の面積を変化させる適応策を取ったときの作物生産量への影響を解析した。現在、灌漑農業が盛んな米国西部、中国、西・南・中央アジアでは、2000〜6000万ヘクタールの灌漑農地を天水農地に転換しなければならなくなると見込まれ、これによる減産が予測された。その一方、米国北部・東部、南米一部地域、ヨーロッパ、東南アジアでは将来の水資源量に余裕があると見込まれ、灌漑施設への投資次第では、気候変化による作物減産の影響の一部を緩和できる可能性が示された。(眞崎)

(8) 分野横断型の温暖化影響評価:ホットスポットの特定(Piontek et al., 2014)

温暖化の影響は分野ごとに現れ方が異なるため、温暖化政策などの意思決定のためには複数の分野を俯瞰し横断的に温暖化影響を調べることが重要である。本論文は水循環、陸域生態系、農業、健康の4分野それぞれについて温暖化影響が顕著になる全球平均気温の上昇量(閾値)を調べ、複数の分野に及んで顕著な影響を受ける地域「ホットスポット」を特定した。

その結果、アマゾン南部、欧州南部、アメリカ中部、アフリカ東部などがホットスポットに分類された(図2)。今回の解析では、 全球平均気温の上昇が+3℃ほどになると生態系を中心として2つ以上の分野で顕著な影響が現れるケースが急増した。被影響人口の変化については、全球平均気温の上昇が+4℃になるとホットスポットに住む人口が世界人口の11%に達した(図3)。どの分野においても全球平均気温の上昇が+1〜+3℃の間に閾値を超える地域が最も多く,これはその程度の全球平均気温の上昇を迎える場合に大きな環境の変化が生じうることを示唆している。(金)

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図2全球平均気温が4.5℃まで上昇した場合のホットスポット(2〜4分野に重複して顕著な影響が現れる地域)。この図では各分野の影響評価モデルと気候モデルの全ての組み合わせのうち50%以上に合意が見られた場合を有効としている。この場合には影響が4分野に及ぶ地域はない。ここで、灰色の地域は10%以上に合意が見られた場合を有効にした場合に2分野以上で影響を受けるホットスポットである。Piontek et al.のFigure 2を改変

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図3全球平均気温の上昇量に対して,複数分野の影響を受ける面積の陸地面積に占める割合とその内訳(左側の濃色のバー)および同じく影響を受ける人口の世界人口に占める割合とその割合とその内訳(右側の淡色のバー)。人口は2000年の値で固定している。Piontek et al.のFigure 4を改変

4 ISI-MIPの意義と課題

ここまで紹介してきたとおり、ISI-MIPの活動を通じて、温暖化影響に関する定量的な知見が数多く得られた。それぞれの分野で複数の影響評価モデルが利用され、予測結果の平均とばらつき(不確実性の度合い)が明らかになったことは、温暖化の影響評価研究において重要な進歩である。多くの論文が気候モデル(気候の予測)に由来する結果のばらつきよりも影響評価モデルに由来するばらつきの方が大きいことを指摘した。これまでは一つの影響評価モデルを利用して複数の気候シナリオの結果をみる研究が主流であったが、それでは将来予測の不確実性の幅を捉えきれないことを示唆している。今後、温暖化の影響評価において、複数のモデルを利用することの重要性がますます認識されていくだろう。また、複数のモデルを詳しく比較したことにより、今後モデルのどの部分の精度や理解を向上すべきかの示唆が得られた。さらに、複数の影響評価モデルの結果が体系的に蓄積された。モデルの予測結果は、開発者が許可した場合、無償で公開されることになっている。この情報公開により、より多くの研究者による多面的な結果の解析が期待される。

今後の課題として、まず、分野別に結果のばらつきの原因を特定することが挙げられる。ISI-MIPの後継プロジェクトISI-MIP2が実施されることが決まっているが、その中で、観測の得られる過去の期間を対象として、条件を揃えて複数のモデルのシミュレーションを行い、結果の違いをより詳しく分析する計画が検討されている。次に、分野間の相互作用を扱った影響評価を推進することが挙げられる。例えばElliott et al.は河川流量の変化によって灌漑農地の作物生産性がどのように変わるかというテーマに取り組んだが、これは水循環モデルと作物成長モデルによる計算結果を組み合わせたもので、上流の取水が下流の取水可能量に及ぼす影響などの扱いは限定的である。なお、筆者らの一部は環境省環境研究総合推進費S-10「地球規模の気候変動リスク管理戦略の構築に関する総合的研究」プロジェクトの下、水循環モデル(H08とMATSIRO)、陸域生態系モデル(VISIT)、農業(作物成長)モデルPRYSBIのモデル統合を進めており、こうした相互作用の解析を目指している。

参考文献

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