2020年1月号 [Vol.30 No.10] 通巻第349号 202001_349001

「変化する気候下での海洋・雪氷圏に関するIPCC特別報告書」を読み解く

  • 国立極地研究所 国際北極環境研究センター 副所長
    (変化する気候下での海洋・雪氷圏に関するIPCC特別報告書執筆者)
    榎本浩之

図1 海洋・雪氷圏特別報告書SPMの表紙(左)と裏表紙(右)

変化する気候下での海洋・雪氷圏に関するIPCC特別報告書[1](以下、海洋・雪氷圏特別報告書、または報告書)の表紙は氷山ですが、裏表紙は熱帯の海です。一見、あまり関係のない場所のように見えるこの二つが実は繋がっているというのが、海洋・雪氷圏特別報告書の骨子です。報告書は以下の6章の編成になっています。

  • 第1章:報告書の構成と背景
  • 第2章:高山地域
  • 第3章:極域
  • 第4章:海面水位上昇並びに低海抜の島嶼、沿岸域及びコミュニティへの影響
  • 第5章:海洋、海洋生態系及び依存するコミュニティの変化
  • 第6章:極端現象・急激な変化及びリスク管理

私の専門は雪氷学ですが、報告書では第1章を担当しました。

最初に議論されたのは、なぜ海洋・雪氷圏特別報告書を作成する必要があるのかということでした。世界人口の28%の人が海岸から100km以内に、11%の人が標高10m以内に住んでいます。人口や大都市が集中している海岸域が地球温暖化でどのような影響を受けるのか、また、そういった所に極域がどうかかわっていくかということが問題だからです。

2021年以降に公表されるIPCC第6次評価報告書(AR6)に先立って海洋・雪氷圏特別報告書を含む3巻の特別報告書が作成されましたが、それらはIPCC評価報告書の作成工程と異なり、各巻にWorking Group I(WG I:自然科学的根拠)、WG II(影響・適応・脆弱性)、WG III(緩和策)に相当する複数の分野の執筆者が集められて作成されました。海洋・雪氷圏特別報告書の特徴は、WG I:自然科学的根拠に加え、WG IIの視点を含んでいることです。さらに、より新しい知見を反映するために、海洋・雪氷圏特別報告書には2018年10月に公表された1.5°C特別報告書[2]と2019年8月に公表された土地関係特別報告書[3]の結果も取り込まれています。最近のわかってきた現象も論文が出ていないと取り上げられません。また、信頼性については、confidence level[4]を明示しています。Deep Uncertaintyという深い不確定性にも言及しています。

政策決定者向け要約(SPM)には、以下の3つの視点から概要がまとめられました。SPMには発生確率を示しています[5]

  • A:観測された変化および影響
  • B:将来予測される変化およびリスク
  • C:海洋及び雪氷圏の変化に対する対応の実施

図2 海洋・雪氷圏特別報告書が扱う主要な要素と海洋と海氷の変化、それらと熱(赤線)や水(水色の線)、CO2(緑色の線)の全球的な交換を通した地球システムとのつながりを示す。灰色の〇は氷の変化、白〇は海洋の変化を表している。気候変動は海面水位の上昇や海の熱容量や海洋熱波の増加、貧酸素化や海の酸性化を進行させる。北極の海氷は減少し、南極とグリーンランドの氷床は大幅に消失する。氷河も大幅に消失し、永久凍土は融解が進み、積雪被覆は減少する

A:観測された変化及び影響

(1)観測された自然の(物理的な)変化

最近数十年にわたる地球温暖化の影響で、氷床、氷河の質量が大幅に減少しています(確信度が非常に高い)。海洋の温度は1970年から上昇しており、1993年から温度上昇の速度は2倍を超えて加速しています(可能性が高い)。また海洋の酸性化が進行しています(ほぼ確実)。海面から水深1000mまでは溶存酸素が減ってきています(確信度が中程度)。世界平均の海面水位の上昇は加速しています。これは、グリーンランドや南極の氷床の減少速度が増したこと(確信度が非常に高い)、氷河の質量の減少、海洋の熱膨張が継続していることによるものです。熱帯低気圧により風や降雨が増大していることと、極端な波の増加は、相対的な海面水位の上昇と組み合わさり、極端な海面水位の現象を起こし、沿岸域のハザードを悪化させます(確信度が高い)。

海面水位の上昇について、報告書では2300年(最大5.4m)まで延長された時間軸で予測されており、起こり得る海面水位の上昇は、2100年で最大1.1m(IPCC AR5では最大0.82m)と書かれています。将来予測について今回注目されたのは、地球全体の氷床の90%を占める南極氷床の役割です。南極氷床では地域により氷が増えている地域もあるため、IPCC評価報告書の30年の歴史のなかでも南極氷床の予想・解釈が変わってきました。ですから、2100年までの海面水位の上昇をどれだけ正しく予測できるかというのは、南極氷床の予測精度に依存します。

(2)生態系に対する観測された影響

雪氷圏や関連する水循環の変化は、高山域及び極域の陸域と淡水の生物種や生態系に影響を与えてきました。1950 年頃から多くの海洋生物種が、地理的な分布域を移動させたり季節による行動を変化させたりするようになっています(確信度が高い)。沿岸域の生態系は、海洋熱波の強化、海水の酸性化、酸素の減少、塩水侵入及び海面水位の上昇などの海洋の温暖化の影響を受けるとともに、人間の活動によって海洋や陸上にもたらされる悪影響を受けます(確信度が高い)。

(3)人々及び生態系サービスに対する観測された影響

20世紀半ばから北極圏や高山地域においては雪氷圏が縮小したことで、食料安全保障、水資源、水質、生計、健康と福祉、インフラ、交通、観光とレクリエーション、及び人間社会の文化に、主に負の影響を与えています。これは特に先住民の人々にあてはまります(確信度が高い)。海洋における変化は、海洋生態系及び生態系サービスに対して地域ごとに異なる影響を与えており、ガバナンスについての課題となってきました(確信度が高い)。沿岸域のコミュニティは、熱帯低気圧、極端な海面水位の上昇や洪水、海洋熱波、海氷の消失や永久凍土の融解など、複数の気候に関連するハザードにさらされています(確信度が高い)。

B:将来予測される変化およびリスク

(1)予測される自然の(物理的な)変化

氷河の質量の減少、永久凍土の融解、そして積雪面積及び北極域の海氷面積の減少は、地表面気温が上昇することにより近い将来(2031〜2050年)にわたり継続すると予想されます(確信度が高い)。海洋は21世紀にわたり、水温の上昇(ほぼ確実)、酸性化の進行(ほぼ確実)、酸素の減少(確信度が中程度)及びプランクトンなど純一次生産の変化(確信度が低い)を伴って先例のない状態に移行すると予測されています。海面水位上昇の加速は続いています。100年に一度起きるような海面水位の極端現象が、熱帯においては2050年までに頻繁に(多くの場所において1年に一回以上)起こると予測されています(確信度が高い)。日本周辺では、100年に一回といっていたものが2040〜2060年には毎年のように起きてしまいます。

図3 100年に一回の極端な海面水位イベント。(a)海面水位の上昇により、将来極端な水位イベントはより頻繁に起こる。(b)100年に一回の極端水位イベントがいつ毎年発生するかをRCP8.5(地球温暖化対策をあまりとらなかった場合)とRCP2.6(工業化前からの気温上昇を2°C未満に抑えるために積極的に対策を行った場合)で予測。●はすでに発生している地域、◯は2100年以降発生が予測されている地域、他の色はその間の時期で発生が予想されている地域。(c)RCP2.6の場合、RCP8.5と比較すると、極端な水位イベントが毎年発生する時期が10年遅れる地域がある

(2)予測される生態系に対するリスク

将来起こる陸域の雪氷圏の変化により、生態系の構造及び機能性に変化をもたらしながら種の分布域が大きく移動し、その後に世界全体で固有の生物多様性の喪失が起こり、高山地域や極域における陸域と淡水の生態系が改変し続けます(確信度が中程度)。21世紀にわたり海面から深海の海底にかけての海洋生態系で起こると予測されているのが、海洋動物の群集の世界全体のバイオマス(生物量)の減少、その生産、潜在的漁獲量の減少、並びに種の構成の変化です(確信度が中程度)。

(3)予測される人々及び生態系サービスに対するリスク

洪水、雪崩、地滑り及び地面の不安定化といった変化により、インフラ、文化、観光及びレクリエーション等の資源へのリスクが増大すると予測されています(確信度が中程度)。気候変動による将来の魚類の分布の移動(変化)、並びにその個体数及び漁獲可能量の減少は、海洋資源に依存するコミュニティの収入、われわれの生計及び食料安全保障に影響を与えると予測されています(確信度が中程度)。

報告書には、温暖化緩和策として、再生可能エネルギーの創出(production)、海洋施肥(海に栄養塩をまく)、沿岸緑化(マングローブを育てる)などの対応が提案されています。

C:海洋及び雪氷圏の変化に対する対応の実施

対応を実施する際にも課題が生じます。海洋及び雪氷圏における気候に関連する変化の影響で、適応による対応を策定し実施する現在のガバナンスの取り組みは益々困難になり、場合によってはその限界まで追い込まれてしまいます。つまり、適応策だけではいずれ限界がくるので、緩和が重要だということです。また、最も曝露の度合いが高くかつ脆弱性の高い人々は、対応する能力が最も低い人々であることが多い(確信度が高い)ことも課題です。つまり、先進国は堤防をかさ上げするなど比較的適応しやすいのですが、太平洋の環礁域や熱帯のデルタ地帯、あるいは高山地帯に住んでいる人が気候変動の悪い影響を受けやすいということです。

この報告書には、気候リテラシーということばが初めて出てきました。措置を可能にする条件として、教育及び気候リテラシー(学んだことを利用して社会に貢献する)、監視及び予想、全ての利用可能な知識源の利用、データ、情報及び知識の共有、資金、社会的な脆弱性及び衡平性への対応、並びに制度的な支援も重要であると書かれています。

最後に、報告書に書かれているメッセージ的なことばを紹介して締めくくりとさせていただきます。知識から行動に移さなければなりません。それも時期を得た、野心的な大胆な行動が求められています。これから起こりつつあることは前例のないような大きな変化ですから、科学的な知識と地域に伝統的にあるいろいろな知見、経験をうまく組み合わせて対応を考えていかなければなりません。早く対応することによって持続可能な社会につながるのです。

海洋と雪氷圏はわれわれを支えています。海洋と雪氷圏は温暖化によるプレッシャーにさらされています。海洋と雪氷圏の変化は我々のすべての生活に影響を与えます。今こそ行動の時です。

*環境ジャーナリスト講座2019ジャーナリストが伝える環境とビジネスの最新動向〜企業や市民は、リスクとチャンスにどう向き合うべきか〜(2019年10月16日開催)より

当日の資料はhttp://jfej.org/seminar/からご覧いただけます。

脚注

  1. 変化する気候下での海洋・雪氷圏に関するIPCC特別報告書(An IPCC special report on the ocean and cryosphere in a changing climate)は、9月20日から24にかけてモナコ公国で開催されたIPCC第51回総会で要約(SPM)が承認されるとともに、報告書本編が受諾されました。
  2. 正式名称は、気候変動の脅威への世界的な対応の強化、持続可能な発展及び貧困撲滅の文脈において工業化以前の水準から1.5°Cの気温上昇にかかる影響や関連する地球全体での温室効果ガス(GHG)排出経路に関する特別報告書(An IPCC special report on the impacts of global warming of 1.5°C above pre-industrial levels and related global greenhouse gas emission pathways, in the context of strengthening the global response to the threat of climate change, sustainable development, and efforts to eradicate poverty)。肱岡靖明「1.5°C特別報告書のポイントと報告内容が示唆するもの 気候変動の猛威に対し、国・自治体の“適応能力”強化を」地球環境研究センターニュース2019年1月号を参照。
  3. 正式名称は、気候変動と土地:気候変動、砂漠化、土地の劣化、持続可能な土地管理、食料安全保障及び陸域生態系における温室効果ガスフラックスに関するIPCC特別報告書(Climate Change and Land: an IPCC special report on climate change, desertification, land degradation, sustainable land management, food security, and greenhouse gas fluxes in terrestrial ecosystems)三枝信子ほか「土地は有限—食料・水・生態系と調和する気候変動対策とは?—」地球環境研究センターニュース2019年10月号参照。
  4. IPCCでは確信度を証拠(evidence:種類、量、質、整合性)と見解の一致度(agreement)に基づき、VL(Very low:非常に低い)、L(Low:低い)、M(Medium:中程度)、H(High:高い)、VH(Very high:非常に高い)の5段階で総合的に評価しています。

    出典:環境省「IPCC第5次評価報告書の概要—第1作業部会(自然科学的根拠)—」

  5. 評価報告書の “政策決定者向けの要約(SPM)” と “専門家向けの要約(TS)” では、予測内容ごとの発生確率を「可能性(likelihood)」として下記のように表記している。ほぼ確実(virtually certain、99–100%)、可能性が極めて高い(extremely likely、95–100%)、可能性が非常に高い(very likely、90–100%)、可能性が高い(likely、66–100%)、どちらかといえば(more likely than not、50–100%)、どちらも同程度(about as likely as not、33–66%)、可能性が低い(unlikely、0–33%)、可能性が非常に低い(very unlikely、0–10%)、可能性が極めて低い(extremely unlikely、0–5%)、ほぼあり得ない(exceptionally unlikely、0–1%)。(SPM p4 脚注6、および1.9.2 Fig.1.4)。

ご意見、ご感想をお待ちしています。メール、またはFAXでお送りください。

地球環境研究センター ニュース編集局
www-cger(at)nies(dot)go(dot)jp
FAX: 029-858-2645

個人情報の取り扱いについては 国立環境研究所のプライバシーポリシー に従います。

TOP