2020年1月号 [Vol.30 No.10] 通巻第349号 202001_349002

地球温暖化に備えるために〜必要な予測、想定すべきリスク〜 統合的気候モデル高度化研究プログラム公開シンポジウム報告

  • 地球環境研究センター 交流推進係 今井敦子

10月21日(月)、東京都千代田区の一橋講堂において、文部科学省統合的気候モデル高度化研究プログラム(以下、統合プログラム http://www.jamstec.go.jp/tougou/)令和元年度公開シンポジウム「地球温暖化に備えるために〜必要な予測、想定すべきリスク〜」が開催されました。

2018年12月に気候変動適応法が施行され気候変動適応への取り組みが進められているなか、気候モデルからわかること、気候モデルへの期待などについて、研究者や自治体の視点を交えながら考えることを目的にこのシンポジウムは開催されました。当日は295名の参加があり、熱心に聴講していました。

統合プログラムのディレクターである住明正氏(東京大学特任教授、前国立環境研究所理事長)は開催の挨拶で、統合プログラムでは、基盤となる気候変動のメカニズムの解明とモデルの高度化を行い、気候モデルの結果を具体的な課題に対して応用してゆくための“橋渡し”の研究を進めていること、適応に向けて行われていた研究(SI-CAT)を取り込み、温暖化対策として緩和と適応を統合的に推進していくことを紹介しました。シンポジウムでは、適応策の策定に向けての課題や具体的な取り組みについて考える機会にしたいと、住氏は述べました。

図1 文部科学省諸プログラムの位置づけ

この後3人の講師による講演がありました。概要を紹介します。

気候変動適応推進のための気候予測シナリオへの期待
肱岡靖明(国立環境研究所気候変動適応センター 副センター長)

国立環境研究所気候変動適応センターの肱岡副センター長は、2018年6月に公布された「気候変動適応法」は、気候変動の影響による被害を防止・軽減する適応に、多様な関係者の連携・協働の下、一丸となって取り組むことを法的に位置づけ、総合的に推進するための措置を講じようとするものだと説明しました。

日本・地域を対象とした気候変動影響に関する研究は、環境省環境研究総合推進費や文部科学省のプログラムでこれまでも進められており、2015年度からは文部科学省の気候変動適応技術社会実装プログラム(Social Implementation Program on Climate Change Adaptation Technology: SI-CAT)が5カ年度で実施されています。そのうち、肱岡が担当している技術開発機関課題③「気候変動の影響及び適応策評価技術の開発」では、自治体レベルにおける気候変動の影響評価や適応策の検討を科学的に支援する技術開発(1km程度の解像度で適応策の効果を考慮可能な気候変動影響評価情報の創出)を目指していると紹介しました。適応策立案に必要な分野と将来の影響を考えるときには、気候の情報が必要になるため、モデル開発者との協力が重要だと指摘しました。さらに統合プログラムに期待することとして、多数の気候シナリオを用いてさまざまな条件で予測し、不確実性の幅を有した予測情報を提供することと、1981〜2000年という少し古くなっている基準年次を更新することなどを挙げました。

気候変動適応の取り組みは始まったばかりです。気候予測情報は適応の取り組みに不可欠で、1kmメッシュを用いた精緻な情報でも不十分な影響分野や項目もあることや、こうした情報が地方公共団体の希望する解像度(市区町村レベルや特定の場所)での提供が期待されていること、専門家による不確実性の捉え方の解説の必要性、極端現象(異常高温や気象災害)の情報の必要性などを、肱岡は列挙しました。

図2 気候変動適応法の概要

気候変動予測データから描き出す将来の災害リスク〜気候変動に適応するために〜
竹見哲也(京都大学防災研究所 准教授/統合的気候モデル高度化研究プログラム領域テーマD)

竹見氏は、災害リスクは今後、高まることはあっても低下することはないだろうし、地球温暖化によりリスクがさらに増進されることが懸念されるので、将来の災害リスクをきちんと提示することが重要だと話しました。

さらに竹見氏から、統合プログラムの領域テーマD統合的ハザード予測で進めている気候予測から影響予測への研究について紹介がありました。高分解能で高精度、アンサンブル数を増やしたモデルの開発を進め、全球から領域にダウンスケールすることにより、稀な事象への確率的な評価が可能となります。

次に地球温暖化による影響の分析として、疑似温暖化実験について解説しました。疑似温暖化実験とは 現在の気候や将来の気候予測データから、海面水温・気温・水蒸気量・気圧など変数別に、将来と現在の状態の差を温暖化差分として算出します。この温暖化差分を過去の気象場に加え、過去の気象現象の再現実験と温暖化差分を加算した疑似温暖化実験とを比較することで、温暖化影響を見積もることができます。こうして、昭和34年に5000人以上の犠牲者を出した伊勢湾台風級の極端台風が、温暖化したときにどこまで強大化し、仮に同じ経路を通った場合に発生する強雨・強風はどう変化するかという想定実験を行った結果、温暖化した状態では、台風の中心気圧も最大風速も強化することがわかったとのことです。さらに、農林水産分野の専門家も領域テーマCに参画し、気候変動による農林水産業への影響も評価できるようになったと説明しました。

高分解能・高詳細な予測モデルの開発が進んでおり、今後はより身近なスケールでの影響予測や評価が可能となるでしょう。後悔しない適応戦略を策定するため、アンケート調査を行い、適応策に活かしていく取り組みも今後展開されていくと竹見氏は述べました。

図3 伊勢湾台⾵級の極端台⾵が温暖化時にどこまで強化するか

気候変動を予測/再現するための地球システムモデルの開発〜地球システムモデルでは何がわかるのか〜
芳村圭(東京大学生産技術研究所 教授/統合的気候モデル高度化研究プログラム領域テーマA)

芳村氏は地球システムモデル(Earth system model: ESM)[注]における陸域モデル開発の背景と現在の取り組みを紹介しました。陸域は大気・海洋と比べて空間的に複雑かつ多様なため、高解像度のモデルが必要となることと、また、人間活動による改変が大きく、自然プロセスだけでは表現できないことが背景としてあると紹介しました。そのうえで、大気・海洋モデル、その他のモデルとも結合可能なフレームワークを構築し、モデルの開発を進めていると述べました。開発指針の一つとして、地球規模の気候・環境問題だけではなく、地域・局所規模の適応の取り組みからの要望にも応えられるようなモデルを目指しているとのことです。一例として、河川・沿岸環境に関する地域適応コンソーシアム事業等からの要請で、土砂動態モデリングから気候変動に伴う河川や沿岸の環境変化について研究を進めていると述べました。また、全球や領域の陸の過去の復元および実時間解析や予報、将来気候予測などさまざまな目的に利用できる統合陸域シミュレータ(Integrated Land Simulator: ILS)というフレームワーク・ツール群を構築し、各要素モデルの開発を進めていることも紹介しました。

今後の開発の取り組みとして、現在全球河川・海岸結合モデル(全球規模で河川洪水・高潮複合水害シミュレーションを表現)を二次元氾濫モデル(沿岸部や小河川における高潮遡上を表現)と結合させることにより、沿岸部や小河川における高潮や洪水の影響が評価できるようになってくることを説明しました。また、開発中の全球人間活動水資源モデルは洪水時のダム操作ルールを組み込むことで過大評価であったピーク流量の精度が改善されていること、全球地下水三次元流動モデル(開発中)では、さまざまな時空間分布での複雑な地下水流動が表現できるようになると解説しました。最後に、「地球システム」から「地域適応」までをつなぐ重要な要素として、今後も陸域のモデル開発を続けていきたいと結びました。

図4 統合陸域シミュレータ(ILS)開発

パネルディスカッション

講演の後、木本昌秀氏(プログラム・オフィサー/文部科学省技術参与/東京大学大気海洋研究所教授)がコーディネーターを務め、3人の講演者に馬場健司氏(東京都市大学環境学部教授)が加わりパネルディスカッションが行われました。

はじめに馬場氏から話題提供がありました。馬場氏は地方自治体の気候変動適応計画と科学的知見との関係について、2016年と2019年に行った調査結果から、適応策を検討し推進していく際の課題として、「国や自治体との情報交換の不足・欠如」は減ってきているが、「科学的知見と行政ニーズとのミスマッチ」は逆に増えてきていると指摘しました。そこで科学的知見を分かりやすく伝える取り組みとして、適応自治体フォーラム・コデザインワークショップにおける科学者と政策担当者との対話によって、政策担当者のニーズを知るようにしたり、専門的知見と現場知の統合化のために、地域適応シナリオ構築にかかわる科学者や政策担当者、ステークホルダー、市民との対話の機会をつくり、適応計画策定に活かせるようにしていると説明しました。

パネリストからは、日本を対象とした温暖化影響評価を行う際に使うことのできる、将来気候の標準的なシナリオを作成することはできないのかという質問があり、コーディネーターの木本氏が、モデルは進歩しているが細かい分解能では計算できていないので、完璧ではないものとして使用していく必要があると答えました。また、モデル開発が進むことやモデルが用いる境界条件データが精緻化されることによって予測精度が上がり、将来のハザードマップなどの信頼性が向上するというコメントがありました。話題提供した馬場氏からは、行政ニーズと科学的知見とのミスマッチを埋めるためには、何が不足しているのかを深く掘り下げ具体化して、ジグソーパズルのように一つずつ埋めていくことが重要との意見がありました。

脚注

  • 大気・海洋・陸域における物理現象を中心に取り扱う気候モデルを核とし、さらに炭素循環をはじめとする地球表層物質循環や、それに関わる生物・化学的なモデルも統合したもの。

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