2019年2月号 [Vol.29 No.11] 通巻第338号 201902_338001

地球大気化学研究の次の四半世紀を展望して 2018 joint iCACGP Quadrennial Symposium and IGAC Science Conference(地球大気化学国際会議)開催報告

  • 地球環境研究センター 地球大気化学研究室長 谷本浩志
  • 地域環境研究センター 大気環境モデリング研究室 主任研究員 永島達也
  • 環境計測研究センター 反応化学計測研究室長 猪俣敏
  • 地球環境研究センター 地球大気化学研究室 研究員 池田恒平
  • 地球環境研究センター 地球大気化学研究室 特別研究員 岡本祥子
  • 地球環境研究センター 地球大気化学研究室 共同研究員 坂田昂平

1. 24年ぶりの日本開催

国立環境研究所の地球環境研究センター、地域環境研究センター、環境計測研究センターの3つのセンターの協力により、2018年9月25日から29日にかけて「2018 joint 14th Quadrennial iCACGP Symposium and 15th IGAC Science Conference」(略称:iCACGP-IGAC 2018、日本語では、地球大気化学国際会議)を、美しい瀬戸内海の魅力が目の前に広がる香川県高松市のサンポートホール高松において開催いたしました。本会議は、世界各国から第一線の大気化学者が一堂に集う、大気化学分野においてトップレベルの知名度を誇る国際会議です。現在の大気化学分野では、地球の大気、なかでも人間が住む地表を含む対流圏と、その上に位置する成層圏の大気に存在する、オゾンや二酸化炭素、エアロゾルといった様々な微量化学成分の変動やそれにまつわるプロセス、そして環境や気候、社会への影響が広く研究されています。世界には約4000人、日本国内では約250人の科学者がこの分野の研究に取り組んでおり、地球科学の中でも活発に研究が行われている分野の一つです。

写真1会場からは美しい瀬戸内海が目の前に広がっています

写真2会場周囲に掲げられた歓迎のバナーフラッグ(日本語・英語の両方で作成した)

少しややこしいのですが、2年に一度開催されるIGAC(International Global Atmospheric Chemistry Project: 地球大気化学国際協同研究計画)国際会議は、2回に1回(つまり4年に一度)はスポンサー機関の一つであるiCACGP(International Commission on Atmospheric Chemistry and Global Pollution: 大気化学と地球汚染に関する国際委員会)との共同開催として、iCACGP-IGAC合同会議として開かれるのが、これまでの慣例になっています。第1回のIGAC国際会議は1993年にイスラエルのエイラートで開催され、その後、富士吉田、北京、メルボルン、シアトル、ボローニャ、クレタ、クライストチャーチ、ケープタウン、アヌシー、ハリファックス、北京、ナタール、ブレッケンリッジで開催され、近年では500人程度の参加者が集まっています。このように世界各地を転々とするのは、この会議が、大気化学の世界的な発展と、先進国だけでなく途上国も含めた国際的な研究や活動の推進、そして地球環境問題を中心とする現代社会の諸問題の解決への貢献を目的として開催されているためです。

さて、今回の2018年会議は1994年に富士吉田市で「第8回iCACGP・第2回IGAC合同国際会議」として開催されて以来、実に四半世紀ぶりの日本での開催となりました。富士吉田会議は「日本の大気化学の祖」とも言える先生方が手作りで開催され、約260名(外国人170名、日本人90名)の参加者を集めて、日本の大気化学研究の促進に大きなモーメンタムを与えるとともに、日本の大気化学研究が国際的に認知されるきっかけとなり、その成功は今も世界の研究者の記憶に残る歴史的な一コマとして語り継がれています。

今回の2018年会議の招致にあたっては、(1994年会議には参加していない)いわば大気化学の第二世代が計画を練り、現地を視察し、提案書を作成して立候補し、今後数十年にわたって語り継がれる会議とすべく尽力しました。iCACGPとIGACの両委員会における投票を経て、正式に日本開催が公表されたのは2016年6月1日のことです。それ以降、iCACGPならびにIGACに加えて、日本大気化学会(Japan Society of Atmospheric Chemistry: JpSAC)と日本学術会議IGAC小委員会の4つが主たる開催者として開催に尽力してきました。また、国立環境研究所は、2017年から谷本浩志(地球大気化学研究室長)がIGACの Co-Chair(共同代表)、春日文子(特任フェロー)がIGACのスポンサー機関であるFuture EarthのIGAC担当リエゾンを務めるなどIGACの推進に大きく関与しており、ここ数年、世界の大気化学研究の推進にリーダーシップを発揮するなど大きな役割を果たしてきました。本会議では、地球環境研究センター地球大気化学研究室、地域環境研究センター大気環境モデリング研究室、環境計測研究センター反応化学計測研究室の3センター3研究室がLOC(現地組織委員会)として運営にあたりました。

2. IGACの成り立ちと日本の貢献

さて、少しIGACおよびiCACGPのことについて触れておきます。IGACは国際科学会議(当時International Council of Scientific Unions, 現International Science Council: ISC)傘下の国際気象学・大気科学協会(International Association of Meteorology and Atmospheric Sciences: IAMAS)の中に位置する、iCACGPによって企画され、1989年に誕生しました。一方、ICSUは1986年に地球圏-生物圏国際協同研究計画(International Geosphere-Biosphere Programme: IGBP)の実施を決定しましたが、1990年のIGBP発足と同時にIGACはそのコアプロジェクトの一つとなり、これまで活動してきました。

今や大気化学は学問として成熟した段階にありますが、日本における大気化学研究コミュニティは、このIGACの発足を契機として本格的な組織化が始まり、継続的に発展してきました。IGAC発足から現在まで常に日本の大気化学者がSSC(Scientific Steering Committee:科学推進委員会)委員として研究の推進に貢献しています。国内では、IGACの発足直後である1990年に名古屋大学太陽地球環境研究所の主催により始まった「大気化学シンポジウム」や、1994年の富士吉田IGAC会議を契機として1995年に始まった「大気化学討論会」から研究コミュニティが徐々に形成され、その後1999年に研究者組織としての「大気化学研究会」が発足し、2014年からは「日本大気化学会」として正式に学会化され、通算22年の長い歴史を通じて、合計250名の学会員を数えるまでになりました。その間、大気化学研究のさらなる展開に加え、日本地球惑星科学連合(Japan Geoscience Union: JpGU)にも加盟し、大気化学に関連する地球科学分野との連携強化を推進しています。

3. 怒涛の5日間

1994年の富士吉田会議から四半世紀を経て、再び日本で開催できることは、私たち大気化学研究者にとって、非常に光栄であり、身が引き締まる思いがするとともに、「今の日本のアクティビティを世界に発信したい」という強い気持ちを持って準備にあたりました。

結果として、欧米やアジア、南米やアフリカまで46カ国から、当初予想の500人を大きく超える730人もの大気化学者の参加を得ることができました。また、若手研究者や学生の割合が40%にものぼるなど、日本の大気化学研究やコミュニティを国際的にアピールし、日本における若手研究者が世界の第一線の研究者や同世代の若手研究者と交流を深める良い機会となりました。

写真3世界46カ国からの参加者。秋田県立大学の井上誠さんがドローンを使って撮影してくれました

初日のオープニングセレモニーで、谷本浩志が「iCACGP-IGAC会議は、私たち大気化学者にとって、人生を変えるほどの影響がある会議です。大気化学への情熱を共有し、多くの参加者と交流して、今後の研究の発展のためにおおいに議論しましょう」と呼びかけました。その後、渡辺知保(国立環境研究所理事長)、春日文子そして中島映至先生(東京大学名誉教授、宇宙航空研究開発機構)が全世界からの参加者に向けて歓迎の挨拶とLOCへの労いの言葉がありました。特に、理事長の歓迎挨拶については、IGACから、この24年ぶりの日本開催の機会にぜひという声をいただき実現しました。また、期間中、理事長はIGACのSSCメンバーとの交流の時間をもつことができました。

写真4メインホールでのオープニングセレモニーの様子

写真5開会の挨拶をする谷本浩志(国立環境研究所地球大気化学研究室長)

写真6歓迎の挨拶をする渡辺知保(国立環境研究所理事長)

写真7歓迎の挨拶をする春日文子(国立環境研究所特任フェロー)

オープニングセレモニーに続き、本会議のハイライトのひとつである特別ゲスト講演が行われ、1986年ノーベル化学賞受賞者である、李遠哲先生(台湾中央研究院元理事長、ICSU前議長)から、「大気化学者が地球環境問題の解決に果たした業績と今後の挑戦」と題して講演いただきました。終了時には会場からスタンディングオベーションが起こりました。

写真8今こそ行動を!と語りかける李遠哲博士

本会議のメインテーマは、Atmospheric Chemistry: From Molecules to Global Impacts(大気化学:分子から地球規模の影響まで)で、以下の5つのセッションにおいて、大気化学研究を中心として、その基礎研究から気象・気候への影響、生態系への影響、人間圏とのかかわりなど多様なトピックスが世界各国の研究者により講演され議論されました。

  • 1. Atmospheric Chemistry and Fundamentals (大気化学と基礎研究)
  • 2. Atmospheric Chemistry and Weather/Climate (大気化学と気象・気候)
  • 3. Atmospheric Chemistry and Ecosystems (大気化学と生態系)
  • 4. Atmospheric Chemistry and People (大気化学と人間)
  • 5. Challenging the Future (未来への挑戦)

セッションは5つありますが、本会議は、1つの会場で、全員が同じ講演を聞くことをモットーかつ伝統にしており、会期は5日間あるものの、ステージで講演できる人は11人の招待講演者を含む合計56人のみです。それ以外の人はポスターで発表することが基本となっており、今回は580人のポスター発表がありました。なお、ポスターは全期間にわたって掲示され、2回のポスターコアタイムならびにコーヒーブレイクやソーシャルアワーの時間を利用して活発な議論や意見交換がなされていました。基調講演は3件が行われ、秋元肇(国立環境研究所客員研究員)、イアン ガルバリー先生(オーストラリア・CSIRO)、マギー トルバート先生(米国・コロラド大学)による、それぞれ、大気化学の基礎研究と政策、大気化学の歴史と発展、エアロゾルの多相反応についての示唆に富んだ講演となりました。国立環境研究所からは、町田敏暢(大気・海洋モニタリング推進室長)と岡本祥子(地球大気化学研究室 特別研究員)が講演者に選ばれ、それぞれ、民間航空機を用いた二酸化炭素の観測に関する講演と、気候変化による対流圏オゾンのトレンドの変化に関する講演を行いました。

写真9秋元肇(国立環境研究所客員研究員)は基調講演で大気化学の基礎研究と政策について紹介しました

写真10町田敏暢(大気・海洋モニタリング推進室長)は民間航空機を用いた二酸化炭素の観測について講演しました

写真11岡本祥子(地球大気化学研究室 特別研究員)は気候変化による対流圏オゾンのトレンドの変化について講演しました

現在、科学を取り巻く状況の変化はめまぐるしく、どのように科学研究を次の発展に向けて成長させていくか、どのように次世代を担う人材を育てるか、といったことは世界的な課題となっています。本会議では将来の国際的リーダー候補者の発掘や、発展途上国における若手研究者(英語では、Young Scientistsといわず、Early Career Scientistsといいます)の能力開発および国際交流機会の増進に貢献すべく、国際コミュニティを挙げて多くの取り組みがなされるようになってきました。今回も、若手研究者ショートコース、若手研究者交流プログラム、若手研究者の旅費支援という3つのプログラムが用意され、坂田昂平(地球大気化学研究室 共同研究員)がプログラムの組織委員会メンバーとして参加、東京工業大学の石野咲子さんと一緒に委員会の共同代表を務めました。

Early Career Short Course(若手研究者ショートコース)では、「室内実験・野外観測・モデリングの連携」「将来の大気化学の方向性」「科学と社会のかかわり」についての議論が行われ、Early Career Program(若手研究者プログラム)では、若手研究者間、またはシニア研究者との相互の交流を深めるための、ランチ会やエクスカーションなどのプログラムが企画されました。ここでは、李遠哲先生が “Dare to be Different”(人と違うことを恐れるな)という講演をされ、ノーベル賞受賞に至った半生を振り返って若手研究者を激励されました。また、中堅研究者から、科学者のタイムマネジメント、リーダーシップスキル、ソーシャルメディアとの関わり方についてのショートレクチャーがあり、若手研究者には大いに刺激となったことと思います。

また、今回はLOC独自の企画として、地元高松市の高校生を会議前の7月に国立環境研究所に招いての事前授業、会議の直前には同高校を訪問しての出前授業(IGAC Visiting Class for Global Atmospheric Chemistry)、ノーベル賞学者の講演を聴講する企画(Listen to the Nobel Lecture)、サイエンスカフェなど、次々世代を担う中高生とその先生に大気化学を知ってもらう、世界の大気化学者と交流してもらうというアウトリーチ活動を行いました。サイエンスカフェには30人を超える地元の高校の先生が参加され、「明日授業で使いたくなる大気化学の話」としていくつかのトピックスについて講演がなされ、活発な質疑応答がありました。

こうした大規模な国際会議では、オフタイムの交流も重要です。中日となる3日目の夜にはバンケットとダンスパーティが伝統となっており、今回は「日本ならでは」、「香川ならでは」のものとして、地元の高松商業高等学校書道部による書道パフォーマンスが行われ、拍手喝采を浴びました。また、バンケット後には、地元のジャズバンドであるSwingin’ Wonderland Jazz Orchestra(SWJO)によるジャズとダンスミュージックのライブ演奏で遅くまで盛り上がりました。

写真12高松商業高等学校書道部による書道パフォーマンス(参加者がカメラを向けている様子がわかります)

4. まとめと今後

好天に恵まれ、瀬戸内海とそこに浮かぶ島々を望む美しい景色もあり、アットホームな、明るい雰囲気の中での5日間でした。開催まで1年以上も準備してきましたが、始まってしまうと閉会式まであっという間でした。香川県そして高松市は、例年、台風の進路にもあまり当たらず、近くを通過しても風雨の影響をあまり受けないのですが、2018年はどういうわけか多くの台風が香川県に接近しました。今回、台風24号が会期直後の9月30日に高松市上陸となり、人生で初めて台風を経験する大気化学者も多くいました。また、心配した参加者のために、気象研究所の関山剛さんが気象庁の台風進路予想を毎日解説してくださり、これも記憶に残る思い出となったことと思います。

成功だったかどうかを判断するのは時期尚早ですが、過去最高の参加国・参加人数という記録だけでなく、世界の研究者の記憶に残る会議となり、今後、四半世紀後の日本、アジアおよび世界の大気化学研究に貢献する一助となったものと確信します。

さて、現在、日本の科学者を取り巻く状況は「激動」と言えるかと思います。こうした激動の時代に、どうやって日本の科学を次の段階に向けて発展させていくか、どうやって次世代を担う人材を育てるか、ということは、私たち現役世代に課された大きな使命だと思います。そのためには研究コミュニティの成長が必須であり、具体的には学生や若手研究者、女性研究者の育成に行き着くのではないかと思います。今回の国際会議に関する一連の活動を通じて、国立環境研究所が日本の研究者の国際的な活躍を支える拠点として大きな役割を担っていることが世界に向けて発信されたことと思います。今後も、大気化学だけでなく、広く地球環境に関する研究の推進やコミュニティの育成に国立環境研究所の果たせる役割は大きいと実感した5日間でした。

写真13国立環境研究所のLOCメンバー

*会議会期中に行われた国立環境研究所の展示とキッズアクティビティの報告は地球環境研究センターニュース12月号を参照してください。

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