2017年8月号 [Vol.28 No.5] 通巻第320号 201708_320001

ペースアップが望まれるパリ協定の実施指針の議論 〜APA第1回会合(第3部)、第46回補助機関会合参加報告〜

  • 地球環境研究センター 地球環境データ統合解析推進室 主任研究員 畠中エルザ
    (地球環境研究センター温室効果ガスインベントリオフィス)
  • 地球環境研究センター 温室効果ガスインベントリオフィス 高度技能専門員 小坂尚史

2017年5月8〜18日に、ドイツ・ボンにおいて国連気候変動枠組条約(UNFCCC)のパリ協定特別作業部会(Ad Hoc Working Group on the Paris Agreement: APA)第1回会合(第3部)、および第46回補助機関会合(科学上および技術上の助言に関する補助機関会合:SBSTA46、実施に関する補助機関会合:SBI46)が開催された。以下、政府代表団による温室効果ガスインベントリに関係する事項の交渉について概要を報告する。APAやSBSTA、SBIの他事項に関する交渉の概要については、環境省の報道発表(http://www.env.go.jp/press/104066.html)等を参照されたい。

1. APA第1回会合(第3部)

今次会合では、緩和・適応・透明性・グローバルストックテイク(各国の排出削減目標が十分なのかを5年おきに確認する仕組み、詳細は地球環境研究センターニュース2016年2・3月合併号参照)等の議題ごとに分かれて、各国が会合前に提出した意見や事前に開催されていたワークショップでの議論などを踏まえて、パリ協定の実施指針等が議論された。2018年末が作業期限となるため、今回は議題によっては概念的な議論からより焦点を絞った技術的な作業に移行したものもある。筆者らの関わっている温室効果ガスインベントリ等を含む透明性の議論は、国家温室効果ガスインベントリ報告書等の章立てを議論し始めるなど進捗があった。途上国の従来のインベントリ報告においては、どういった算定方法を用いて計算したのかを報告する義務はないため、かねてより不十分な点があるが、透明性に関する共同議長のインフォーマルノートという文書において、章立て案として方法論・パラメータ・データ等の項目が明示的に書き込まれた。本文書は、その名の通り、あくまでも未確定の内容の非公式文書であるが、よい方向に議論が向かっていると言えるだろう。

透明性の議題の今後の動きとしては、9月末日までに上記の章立て案を踏まえた各国意見の提出を招請し、さらには、11月のCOP23会合の直前に、ラウンドテーブルという円卓方式の非公式協議を開催し、議論を深めておく予定である。しかし、2018年末までの議論の期限を考えると、ペースは遅い。会期中も、以前ならば10〜18時という正規の会合の時間外の、夜の時間帯に会合を入れていたものだが、昨今は一部の国の反対によりあまり開催していないため、こういった追加的な日程の確保が益々重要になってくるだろう。

なお、今次会合では、APAの共同議長のティンダル氏(ニュージーランド)、バシャーン氏(サウジアラビア)の続投も決まった。

2. SB46会合

補助機関(Subsidiary Bodies: SB)会合は、科学的・技術的な詳細や、実施に関する詳細を議論する場となっている。また、COPやSBなどで過去に採択された決定事項(特定の議題を特定のSB会合で議論開始する等)を履行していく機能を果たしている。温室効果ガスインベントリに関わる多くの議題では、議論を先送りしてSB50会合において再開しようという結論に至った。これは、パリ協定の実施指針等の策定期限の2018年末を過ぎた最初の会合がSB50会合であり、そこまでは技術的事項の議論の場をAPAとSBに分けずAPAに集約しておきたい等の考え方の国が多いためである。また、今次会合では、前回に引き続き先進国のMA、途上国のFSVが実施された。

3. 先進国の第2回多国間評価(MA)

今次SB会合では、先進国の第2回多国間評価(Multilateral Assessment: MA)の続きが実施された。日取りは、5月12日、13日の2日間で、カナダ、キプロス、フランス、ギリシャ、アイスランド、アイルランド、日本、カザフスタン、リヒテンシュタイン、ルクセンブルグ、モナコ、ポルトガル、ルーマニア、ロシア、スロベニア、スペイン、アメリカの17カ国に対して行われた。再生可能エネルギー政策や運輸部門での政策等の、対象国特有の政策・制度に関する質問、隔年報告書(Biennial Report: BR)の技術的審査報告書での指摘事項やMAの事前質問の内容を深掘りする質問が多くを占めた。(BR等の内容の詳細は地球環境研究センターニュース2016年9月号の表参照)

上記の通り、今回は日本も対象となり、約50分間でプレゼンテーションと質疑応答が行われた。質疑応答では、8カ国から、再生可能エネルギーの導入目標や、運輸部門の主要政策、政策・措置の定量的な効果把握の現況、気候変動政策とエネルギー政策間の調整のしかた、2020年目標への二国間クレジット制度(JCM)の寄与度、途上国における石炭火力発電への支援を日本からの資金・技術協力の一部として隔年報告においてカウントしているか否か、どの緩和策の削減費用が最も小さいのか等に関する質問があり、また、安全確保を含めた原子力政策に関する更なる情報提供が求められた。

本MAは、始まった頃の盛り上がりは落ち着いてきた印象だが、公開の場で、削減目標への進捗等について各国がお互いに質疑応答をする貴重な場となっている。

なお、今回は米国も対象となり、約40分間でプレゼンテーションと質疑応答が行われた。冒頭、米国の代表は、政権内で気候変動政策をレビュー中であるためとして、最新のBR(前政権中に提出したもの)に記載されている政策や、政策の想定に基づく将来推計の部分にはプレゼンテーションで触れないと前置きした。また、新政権は2020年目標についての立場を明らかにしていないが、競争強化や経済成長などの新政権の優先事項と矛盾する行動はとらないとした。具体的な政策の話には入らなかったが、3月に発表された、火力発電所からの二酸化炭素排出を規制するクリ-ン・パワー・プランのレビュー等を含むエネルギー・経済成長に関する大統領令を紹介した。質疑応答では、終始技術的な内容に限って回答をした。プレゼンも、前回MAではホワイトハウスからの担当者が対応していたが、今回は国務省からの代表団代表者が対応しており、淡々としたものであった。

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写真日本の多国間評価(質疑応答では8カ国からさまざまな質問があった)

4. 途上国の第1回促進的意見の共有(FSV)

今次SB会合では、途上国の第一回促進的意見の共有(Facilitative Sharing of Views: FSV)の続きが実施された。5月15日に、インド、インドネシア、イスラエル、マレーシア、モーリタニア、モンテネグロ、モロッコ、モルドバ、タイ、ウルグアイの10カ国に対して行われた。温室効果ガスインベントリ・隔年更新報告書(Biennial Update Report: BUR)の作成における課題や、国内体制の構築における教訓・優良事例、再生可能エネルギー政策に関する質問が多く挙がった。前回のFSV以降、シンガポール、チュニジア、ブラジルの3カ国が2回目のBURを提出している。第1回BURの提出国は、前回のFSV以降に出した国は1カ国増えて全部で36カ国しかないが(本稿執筆時点)、ルールに沿って着実に二年ごとに報告を続ける体制ができている国とできていない国との間に、差が開いてきている印象である。

5. 最後に

本稿執筆中の6月1日、トランプ米大統領がパリ協定からの離脱を宣言した。アメリカの企業や労働者にとって不公平な環境基準に従うことを強いるものであるとみなしたためであるが、パリ協定では5年おきに目標を更新する仕組みにはなっているものの、それは自国で決定するものであり、各国間交渉の結果削減目標が固定されていた京都議定書第一約束期間と比べれば柔軟性の高いものとなっているため、離脱の表明は残念なことである。

本稿で報告しているAPA第1回会合(第3部)、SB46会合は、この発表に先立つものであるが、アメリカ政府代表は、少なくとも筆者らの担当していた温室効果ガスインベントリ等の議題においては従来と交渉の立場も温度感も変えている印象はなかった。MAでも説明があった通り、気候変動政策は全般的にまだレビュー中とのことであるが、次回会合では変化が生じるのか気になるところである。

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