2016年9月号 [Vol.27 No.6] 通巻第309号 201609_309001

パリ協定の実施に向けた議論が始まる〜APA1、第44回補助機関会合参加報告

  • 地球環境研究センター 地球環境データ統合解析推進室 研究員 畠中エルザ
    (地球環境研究センター 温室効果ガスインベントリオフィス)
  • 地球環境研究センター 温室効果ガスインベントリオフィス 高度技能専門員 小坂尚史

2016年5月16〜26日に、ドイツ・ボンにおいて国連気候変動枠組条約(UNFCCC)のパリ協定特別作業部会(Ad Hoc Working Group on the Paris Agreement: APA)第1回会合、および第44回補助機関会合(科学上および技術上の助言に関する補助機関会合:SBSTA44、実施に関する補助機関会合:SBI44)が開催された。以下、政府代表団による温室効果ガスインベントリ関連の交渉について概要を報告する。APAやSBSTA、SBIの他事項に関する交渉の概要については、環境省の報道発表(http://www.env.go.jp/press/102563.html)等を参照されたい。

1. APAの立ち上げ

今次会合のハイライトは、パリ協定発効および第1回パリ協定締約国会合の開催に向けての準備を行う、APAを立ち上げたことだった。昨年末のCOP21で合意されたパリ協定およびその関連決定は、実施に移していくには多くの未決事項を抱えている。これらを決定する作業が必要とされており、本部会で取り扱うことになっている。

今次会合では、1回目ということもあり、議題の決定に長い時間が費やされ、当初予定の3日後の20日にようやく議題の採択に至った。その後、会合の二週目には、緩和、適応、透明性確保のためのフレームワーク、グローバルストックテイク(詳細は「政府代表団メンバーからの報告:『強制』から『誘導』へ〜各国目標をめぐるパリCOPの成果」地球環境研究センターニュース2016年2・3月合併号参照)、パリ協定の実施・遵守の促進、パリ協定の発効等について、議題ごとに非公式な協議も行われ、各国のパリ協定の詳細についての理解や考え方が表明され、意見が交換された。そして、最終的には、9月末までの期限で、緩和、適応、透明性フレームワーク、グローバルストックテイクについて意見の提出を各国に招請することになった。

2. 途上国の国際協議・分析

今次会合では、途上国の緩和行動の透明性の向上のために行われる国際協議・分析(International Consultation and Analysis: ICA)の一環で、「促進的意見の共有」(Facilitative Sharing of Views)も行われた。ICAプロセスは、2010年にメキシコ・カンクンで開催されたCOP16でその実施が合意されていたもので、途上国が提出した隔年更新報告書(Biennial Update Report: BUR、温室効果ガスインベントリ等を含む、表参照)について、技術分析(Technical Analysis)が行われ、その報告書完成後、SBIの公開の場で質問やコメントを受けることになっている。これが「促進的意見の共有」と呼ばれるもので、今次会合で初の開催となった。各国からプレゼンが行われ、その他の国々がコメントするという構図は、先行して開催されていた、先進国の隔年報告書(Biennial Report: BR)に対する多国間評価とほぼ同様である(表参照)。

今次会合では、技術分析の報告書の作成が済んでいる、ブラジル、韓国、シンガポール、南アフリカ、ベトナム等、13カ国について、促進的意見の共有が行われた。

今回の「促進的意見の共有」の対象となった国々は、その多くがきちんと提出期限(2014年12月末)を守って第1回隔年更新報告書を提出していたこともあり、提出したこと自体を称賛するようなコメントが多かった。その他、どのような体制で隔年更新報告書を作成したのか、そこでの課題は何だったのか、専門的知見をどう維持しているのか、ICAの技術分析はどのように役立ったと思うか、一部途上国が温室効果ガスの排出吸収量の算定に自主的に使用している2006年IPCCガイドラインの使用経験や使用時の課題などについても、日本を含む先進国や、他の途上国から質問が投げかけられた。

途上国側は、関係する省庁等のステークホルダー間の調整や、人員の入れ替わりで知見が失われないようにコンサルタントに頼り過ぎず国内・内部の専門家を育成し体制を維持することの重要性等についてコメントした。また、ICA、とくに技術分析については、BURの改善すべき点の明確化に役立ったというコメントが複数あったと同時に、ガイドラインに不明確な点が多く技術専門家チームに解釈の余地を与える結果となったので、今後のガイドライン改訂においては注意したいといったコメントがブラジルからだされた。2006年IPCCガイドラインについては、最新の知見を反映しているガイドラインを適用するのが重要、といったコメントが先行使用した国からあった。同ガイドラインの途上国での適用は、温室効果ガスインベントリの算定の対象範囲などを先進国と揃えることを意味しており、先進国がとくに注目しているポイントである。

こうして最初のICAプロセスを一通り経た途上国も出て来たわけだが、すでに今年の年末には最初の隔年更新報告書の提出から2年を経ることになり、どれだけの国が次の隔年更新報告書の提出に対応できるのか、注目される。

なお、ICAの手続きは、COP17(2011年、南アフリカ・ダーバン)時の決定では、遅くとも2017年までに改訂することになっており、その議論の過程では、先に述べたブラジルのコメントのような事項が議論の俎上に載るだろう。また、「国際評価・審査(International Assessment and Review: IAR)プロセスの第1ラウンド(2014〜2015年)の結果」というSBI議題の下、先行してプロセスが一巡して手続きの見直しに向けた議論の準備に向けて動いているIARプロセスの方も、上記ICA手続きの改訂を横目に見ながら動くと思われる。

隔年報告書と隔年更新報告書の概要

  先進国 途上国
名称 隔年報告書(Biennial Report、BR) 隔年更新報告書(Biennial Update Report、BUR)
内容 ✓ 温室効果ガス排出量およびその経年推移に関する情報 ✓ 国家温室効果ガスインベントリ
✓ 排出削減目標 ✓ 緩和行動
✓ 目標の達成に向けた進捗状況  
✓ 将来予測  
✓ 資金、技術、キャパシティビルディングに関して実施した支援 ✓ 資金、技術、キャパシティビルディング面のニーズおよび受けた支援
品質担保
の方法
国際評価・審査(International Assessment and Review、IAR)
= 技術審査(Technical Review)
+ 多国間評価(Multilateral Assessment)
国際協議・分析(International Consultation and Analysis、ICA)
= 技術分析(Technical Analysis)
+ 促進的意見の共有(Facilitative Sharing of Views)

*この他、先進国においては毎年温室効果ガスインベントリを提出すること、また、先進国・途上国ともに4年に一度国別報告書を提出することが定められている。

3. 国別報告書の報告ガイドラインの改訂

今次会合では、2018年1月1日までに先進国が提出することになっている国別報告書の作成のためのガイドラインの改訂作業が概ね完了した。隔年報告書を提出するようになって以降、先進国はすでに2回提出し、少なくとも1回は技術審査や多国間評価を経ているが、その過程で明らかになった問題点を中心に改訂を行った。とくに、国別報告書と隔年報告書で報告内容が共通すべき場合に、国別報告書の報告ガイドラインと隔年報告書の報告ガイドラインとで要件に不整合があり、隔年報告書の報告ガイドラインに合わせる形で国別報告書の報告ガイドラインの改訂作業が進められた。国連公用6言語のうち、英語以外の言語で提出する場合には英訳を付すことを推奨する文言の追加に反発している国があるが、この点が決着すれば合意が成立する見込みである。

4. 最後に

筆者らが参加した中では、大型合意があったCOPの後の会合は、概ね立ち上がりが遅い印象があるが、今次会合でも、APAの議論を始めるのに時間がかかった。上述しなかったが、畠中がファシリテーターを担当した温室効果ガスインベントリに関連するSBSTA議題では、技術的に細かな内容を取り扱うため、参加を希望する人が少ないと見込んで小さい部屋を用意していたところ、実際には立ち見が出て、難儀したこともあった。

ただ、パリ協定下の透明性フレームワークの詳細ルール作成にあたっては、上述した途上国のICAやBUR、先進国のIARやBR、温室効果ガスインベントリ、国別報告書等の既存の制度から得られた経験も踏まえることになっており(「政府代表団メンバーからの報告:『強制』から『誘導』へ〜各国目標をめぐるパリCOPの成果」地球環境研究センターニュース2016年2・3月合併号参照)、既存のツールを先進国・途上国共通の形態に変えていこうといった具体的な動きがある議題に関心が集まるのも当然と言えよう。今後も、APAでの大きな議論を見守りつつ、既存制度がどのように変容していくかに注目したい。会合直前の、ニューヨーク国連本部でのパリ協定の署名式では日本を含む175の国と地域が署名して、同時に15カ国が批准書を寄託しており、伊勢志摩サミットでも、G7を含めた全締約国に2016年中の発効へ向けて必要な国内措置をとるよう呼びかける文言が首脳宣言に盛り込まれた。このように、早期発効の機運が醸成されつつあることから、時間を有効に使って2018年までに透明性に関する詳細ルールの議論を進めていく必要がある。招請されている各国意見の内容を踏まえ、次のAPAでは透明性フレームワークが網羅すべき要素を明確化できれば望ましいだろう。

また、末筆ながら、新規に選出されたAPAの共同議長のティンダル氏(ニュージーランド)、バシャーン氏(サウジアラビア)、会合後に新規に着任した、カンクン合意をまとめ上げたCOP議長、エスピノサ新事務局長の3人の女性の活躍を心よりお祈りしたい。

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写真APA開会の壇上に並んだバシャーン共同議長、ティンダル共同議長(スクリーン左から)

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