2015年12月号 [Vol.26 No.9] 通巻第301号 201512_301003

地球温暖化研究プログラム・ステークホルダー会合について

  • 地球環境研究センター 交流推進係 広兼克憲

1. はじめに

2015年9月25日(金)15時より18時までの3時間、東京・御茶ノ水の会議室をメイン会場に、インターネットを介してつくばの国立環境研究所地球温暖化研究棟会議室ともビデオで中継し、研究所として初めての試みとなる「地球温暖化研究プログラム・ステークホルダー会合」が開催されました。これまで研究評価委員会などで専門家からコメントをいただく機会は数多くありましたが、ステークホルダー[注]として幅広く外部の方々から研究に対するご意見・コメントをいただき、対話する機会は一度もありませんでした。本稿では、ステークホルダーの皆様からのご意見と当研究所研究者とのやりとりなどを簡単に紹介いたします。今回、ステークホルダーの皆様のご発言は所属する組織を代表するものではなく、個人の立場から自由なご発言をお願いしました。なお、紙面の都合上、すべての内容を伝えきれてはおりません。あくまで筆者の印象の一部をご報告するもので、すべての文責は筆者にあることをあらかじめお断りしておきます。

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ステークホルダー会合(東京メイン会場)の様子

2. メンバー

ステークホルダー側

  • 市川博美 様 (一般社団法人地球温暖化防止全国ネット 企画・広報グループ長)
  • 上田壮一 様 (一般社団法人Think the Earth 理事、株式会社スペースポート 取締役社長)
  • 江藤仁樹 様 (日本航空株式会社 コーポレートブランド推進部シチズンシップグループ アシスタントマネジャー)
  • 堅達京子 様 (NHK編成局 コンテンツ開発センター チーフ・プロデューサー)
  • 後藤敏彦 様 (環境監査研究会 代表幹事、特定非営利活動法人サステナビリティ日本フォーラム 代表理事)

研究所側

  • 江守正多 (地球温暖化研究プログラム総括、プロジェクト2リーダー)
  • 向井人史 (地球環境研究センター長、プロジェクト1リーダー)
  • 三枝信子 (地球環境研究センター 副センター長)
  • 増井利彦 (社会環境システム研究センター 室長、プロジェクト3リーダー)
  • 亀山康子 (社会環境システム研究センター 室長)
  • 花岡達也 (社会環境システム研究センター 主任研究員)
  • 花崎直太 (地球環境研究センター 主任研究員[趣旨説明担当]) ほか 東京会場全16名、つくば会場全15名

3. ステークホルダーと研究所とのやりとり概要

(1) 導入

まず会合の趣旨について江守総括から、ご意見をいただきたいポイント等について花崎主任研究員からがありました。続いて、江守総括がプログラム全体について紹介しました。

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花崎主任研究員からの趣旨説明

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江守総括からの全体説明

(2) プロジェクト1(温室効果ガス等の濃度変動特性の解明とその将来予測)

向井リーダーがプロジェクトと成果の概要を説明し、以下のようなやりとりがありました。

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向井リーダーによるプロジェクト1の説明

「CO2濃度が400ppmを超えたという事実は、非専門家は知る機会が少なく、日本を代表する研究所がこの事実を発表する意味が大きい。」(NHK・堅達様)

「何がわかっていなくて、何を明らかにしようとしているのかをより明確に。」(Think the Earth・上田様、地球温暖化防止全国ネット・市川様)

「最近数年の日本では環境問題への関心が下がっており、この状況下で成果をどう説明するか工夫が必要。」(環境監査研究会・後藤様)

「CO2濃度400ppm超過は、研究者にとっては自明のことであるが、そこは一般の方と感覚の違いが大きな点。」(日本航空・江藤様)

説明者(研究者)が当たり前と思うことでも、非専門家が知ってなるほどと思うことはありますし、よりわかりやすい説明が研究所や研究者に期待される場合もあります。一方で、専門家がすべての事象をわかっていないことも多いのです。特に地球温暖化にかかわる現象では地球上の非常に多くの事象と気候変動との関係を解き明かさなくてはなりません。このことの説明は非常に難しいのです。とはいえ、非専門家がある程度正確に理解でき、そのことに関心を持てるように説明することも重要です。最近は以前のように環境問題というだけでは関心を持ってもらえない状況があるということなど、研究所側にとっても大変参考になりました。

(3) プロジェクト2(地球温暖化に関わる地球規模リスクに関する研究)

江守リーダーがプロジェクトと成果の概要を説明し、以下のようなやりとりがありました。

「世界では、拘束力のある厳しいルールより、自主性のある柔軟なルールが好まれている。他方、企業にとって温暖化はリスク要因だけではなくチャンスでもあり、企業戦略・行動を変えようとしていることに留意が必要。」(後藤様)

「天気予報に降水確率が導入されて分かりやすくなったように、この研究が進み、異常気象の確率が数字で出せるのであれば、地球温暖化への理解・関心が深まると感じた。さらに、温暖化によって災害の確率が高くなると言えると分かりやすい。」(上田様)

「将来の温度上昇について “1.5°C、2.0°C、2.5°C上昇の影響の差は小さい” と説明した場合には、非専門家には、“2.5°C上昇で良いのか” と誤解されてしまい、真意と危機感が伝わらないので工夫が必要。」(堅達様)

「研究結果の見せ方、バイアスのかけ方、専門家としての覚悟についても検討すべき。専門家の知見を市民に分かりやすいように伝えるためのインタープリタ(通訳)など、研究結果の咀嚼方法は今後も検討を続けてほしい。」(市川様)

「市民に何を伝えるかについては、自分は講演する際、自分の意見を持ってくださいと言っている。通訳については、基本的には研究者自身ができるようになりたい。ただ、メディアやNPOが仲介してくれるのはありがたい。」(江守)

「2°C目標について、例えば4°Cでは何故いけないのかという違いが、一般の方々にはよく分からないのでないか。ティッピング要素という用語も一般にはあまりなじみがない言葉だと思われるので、より噛み砕いた表現であるとわかりやすい。アマゾンの旱魃の起きやすさが、温暖化の影響で何倍になったかという点について、シミュレーションを多数回行ってみて確率的に検証する研究は、研究者以外の多くの方にも非常に興味深いと感じられると思う。」(江藤様)

「ティッピング要素は、温度上昇がある程度進むと、グリーンランドの氷床が解け続けてしまうといった “ある温度を超えると不連続に起きる変化” のこと。」(江守)

(4) プロジェクト3(低炭素社会に向けたビジョン・シナリオ構築と対策評価)〜全体に関する議論

増井リーダーならびに花岡、亀山サブテーマリーダーがプロジェクトとその成果の概要を説明し、以下のようなやりとりがありました。そこから次第に全体に関する議論に入っていきました。

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3人の研究者によるプロジェクト3の説明

「日本において温室効果ガスを2050年に90年比80%削減と閣議決定で決まっているのなら、当然どうやって実現していくのかわかると思うのだが、プロジェクトの説明ではそれに対する答えがよくわからない。こういうことが理解できるとさらに良い。ステークホルダーの定義自体について利害関係者というのは誤訳で本来は関心のある人。そうすると関係者が無限に広がり日本文化は嫌がる。従来型の日本の考え方を意図的に変え、組織としてもっと真剣にやったらコミュニケーションが深まる。」(後藤様)

「2050年までの過程の考え方についてはDDPP(Deep Decarbonization Pathways Project)というプロジェクトで公表して議論している。政府がCOPに対して示した2030年目標策定時はモデル分析をする研究者は入っていなかったので、実際にどういう数値が決まったのかが追えない。政府の方針でそうなったと思われるが、研究サイドからは具体的にはわからない形になっている。」(増井)

「NASAはCG専門の職員がいて成果をビジュアルでわかりやすく伝えている。ただし、普段から研究に接することがない外注者がこれをやっても効果は少ない。国立環境研究所がもっと情報公開すれば何かできることがあるかもしれない。アウトリーチからパブリックエンゲージメントの時代になってきた。例えば、惑星探査の研究者たちも予算がつく前から、土星の衛星探査を一般と対話しながら進めていると聞いた。予算を取る前から研究者が市民としっかり対話ができる環境があるといい。今の学生は、知識はあり、自分たちのためだけでなく社会の課題に貢献したいという人が多い。JAMSTECの研究者が深海で6000mに潜るときの様子をニコニコ動画で生放送した。深夜にも関わらず多くの若い人がこの放送を見たが、研究者のパーソナリティも大きかったと思う。その後、一般向けの報告会を夜のカフェで行った。人は人に対して興味を持つ。人となりを知るというのはすごい入口になる。居酒屋のような雰囲気で話をするのも良かった。すごい研究をしている人が同じ目線で話してくれるというだけで関心が高まる。この会合自体が企業やNPOとどのように協働するのか検討することになって良かったと思う。」(上田様)

「市民が食いつきやすいテーマから始めて、研究成果を入れるというのも手段の一つ。例えば今回、関東東北水害が起こった。これが温暖化とどのように関連しているかということについては科学的に検討できる。そして、さりげなく研究成果を放り込む。そういったことを入口にしてということもある。1年に一回くらいタイミングをみたらいい。残念ながら気候変動とか低炭素とか炭素循環とかのグラフはとても難しい。たとえば池上彰さんのような解説の専門家に出てきてもらって要点をわかりやすく伝えることが重要。」(堅達様)

「我々も、研究成果の報告についてはいろいろ取り組んでいるが、様々な不確実性がありどの程度の内容を伝えていいか不安な面があった。皆様の話を聞いて、もっとアクセルを踏んでも良かったのかと思った。先日、所の国際アドバイザリボードからもアウトリーチについてもっと積極的になるようにとのコメントをもらった。Webを使った成果発信の仕方など、まだまだいろいろなやり方・工夫がある。」(増井)

「科学のストライクゾーンからずれたり、色がついたと思われたらだめ。でも、目的は温暖化防止、低炭素社会構築ということで、ぎりぎりのところを攻めてほしい。たとえば新三本の矢に低炭素がなぜ入らないのか、科学者の発信が足りない部分もあるかもしれない。ぎりぎりのところまで科学的エビデンスに基づく旗を上げて頑張ってほしい。NHKでもステークホルダー会合をやっているが、環境の専門家が出ていれば、こういう報道があったけど…という指摘をし、さらなる報道につなげていけることもある。より一層、理解を深めてもらうことが重要」(堅達様)

「国立環境研究所の研究は、環境面での政策にも大きく関わり、実際に貢献していることをより多くの方々に知っていただきたい。JALでも同様に航空機による大気観測を行うことで、社会のお役に立ちたいという思いがある。研究者の皆さんが大切にする研究データを開示する際の中立の立場も確かに重要だが、ある程度の示唆もあって良いと思う。危機感を持っている研究者の思いを具体的に伝えることで、企業や社会の興味・関心にもつながると考える。」(江藤様)

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メンバーの皆様から非常に積極的なご意見を多数いただきました

つくば会場の原澤英夫理事から、「研究だけやっていい時代は終わって、きちんと情報を残して伝えないといけない。環境問題の関心が下がっていることは重要課題。福島など大震災のあとに人々の関心は安心安全という方向に行ったと思うが、温暖化に対してのリスク認知はまだ低い。今回、厳しいご質問もあったが、我々が色々考える機会になりとても有意義だった。」と受け止めがありました。

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つくばの国立環境研究所から原澤理事がコメント

最後に江守総括が、「中立性の話は大事な問題。でも真ん中かどうかではなくてバイアスがかかっているかどうかがポイント。都合のいいように情報が曲がっていると良くない。相手が曲がっている時には批判する必要がある。そのためにも、自分が曲がってはいけない。次期中期計画において社会対話協働推進オフィスというのを提案している。双方向の対話をすることとコミュニケーションのプロを雇うということを目標にしていた。これを実現したい。」と締めくくりました。

4. 終わりに

ステークホルダー会合という機会を初めて設け、これまでにない観点から多くの有益なアドバイスをいただくことができました。研究所が独りよがりにならないためにも、このような機会を設け、成長を実感しつつ研鑽を積んでいきたいと感じました。

脚注

  • 「利害関係者」と訳されることが多く、その解釈には幅がありますが、今回は、『我々の研究活動の利用者、協力者、関係者、興味を持って下さる方々』としました。

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