2015年12月号 [Vol.26 No.9] 通巻第301号 201512_301002

インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 8 生物史上第6の大絶滅—ヒトが引き起こす生物多様性減少と帰結としての気候変動—

  • 五箇公一さん
    生物・生態系環境研究センター 主席研究員
  • インタビュア:江守正多さん(地球環境研究センター 気候変動リスク評価研究室長)
  • 地球環境研究センターニュース編集局

【連載】インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 一覧ページへ

国立環境研究所地球環境研究センター編著の「地球温暖化の事典」が平成26年3月に丸善出版から発行されました。その執筆者に、発行後新たに加わった知見や今後の展望について、さらに、自らの取り組んでいる、あるいは取り組もうとしている研究が今後どう活かされるのかなどを、地球環境研究センターニュース編集局または地球温暖化研究プログラム・地球環境研究センターの研究者がインタビューします。

第8回は、五箇公一さんに、地球温暖化と生物多様性や外来生物の関係についてお聞きしました。

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「地球温暖化の事典」担当した章
6.2 温暖化と生物多様性 / 6.6 温暖化と外来生物
次回「地球温暖化の事典」に書きたいこと
地域レベルの生物多様性の現状把握をもとにした全球的な将来予測や分析

生物多様性減少の最大の原因は生息地の減少や破壊

江守

「地球温暖化の事典」では生物多様性の減少をもたらしているさまざまな原因として、温暖化以外は、五箇さんに包括的にお書きいただいていません。生物多様性減少およびそれがもたらす生態系機能の劣化はどのような複合的原因で起きているのでしょうか。

五箇

生物多様性の減少の最大の要因は生息地の減少・破壊です。そのなかでも一番問題なのが熱帯林の破壊です。熱帯林は世界の陸地面積の7%にすぎませんが、生物多様性が非常に豊かで、地球上の生物種の40〜50%が棲息しているといわれています。そこを破壊すると生物多様性の減少になります。さらに、熱帯では温度が高い分呼吸や光合成も速くなり、二酸化炭素(CO2)固定と酸素供給が地球全体に与える影響が大きいと予測されています。ですから、熱帯林破壊は生物多様性の減少と地球温暖化対策という点で地球環境に相当大きなダメージを与えることになります。

江守

ほかに原因はありますか。

五箇

日本では、道路やダムを造ったりすると生息地が分断され、生き物たちのすみかが矮小化してしまいます。また、外来種の問題もあります。グローバル化が進んだ現在、ものすごい勢いでいろいろな生き物が動き、外来種が蔓延することで在来の生態系に悪影響を与えるということがあります。それと、有害化学物質や廃棄物から出てくる汚染物質が分解しきれずに土壌に悪影響を及ぼし、結果的に生物相が変化するということがあります。

江守

外来種の問題は「地球温暖化の事典」にも書かれていますが、外来種が入ってきたときに、温暖化により、定着できないものもいれば、逆に新しい環境に適応して分布を拡大するものもいるというのは、複合的な作用ということですね。

五箇

複合的ですね。しかし概してどんな生き物でも寒いところにいくのはつらいので、温暖化すれば生物多様性は高まるのです。現在はグローバリゼーションと同時に都市化と攪乱が起きています。本来の自然を改変して乾燥土壌を作り、南の生き物ほど棲みやすい環境ができあがり、北の森林の生き物が棲みにくいという生物相の遷移が起きています。加えて、人間による破壊と、温暖化で一層棲みやすくなり遷移に拍車をかけています。在来種と外来種についても、今外来種がはびこっていますが、外来種が直接在来生態系にインパクトを与えているというより、外来種が棲みやすい環境ができていることのほうが問題です。

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セアカゴケグモ オーストラリアの亜熱帯地域原産の毒グモ。1995年に大阪で侵入が確認されて以降、しばらくその存在が忘れられていたが2011年以降急速に分布が拡大し、2015年には北海道でも確認された。 分布拡大の背景には温暖化も影響している可能性もあるが、それ以上に、国内における物流の増大、土地整備や宅地開発などの環境改変、都市化によるヒートアイランド化など人間による移送と環境改変が大きく影響していると考えられる。

江守

農業も生物多様性減少の原因になりますか。

五箇

なります。70億という人口を支えるために森林を伐採して農耕地を広め、単一の種類の生物を植えて育てると土壌は劣化します。そこに人工化学物質として、合成肥料や合成農薬が入りますから、土壌そのものも自然土壌ではなく、攪乱環境になってしまいます。

江守

最近、人類が地球に影響を及ぼし始めてからの時代のことをanthropocene(人類世)という言い方をしますが、特にgood anthropoceneといって、人類の都合のよいように地球に影響を及ぼしてうまくやっていこうという考え方があります。その発想でいえば、食料工場を造って、自然は残しておいて、自然に頼らない食料を作ればいいということで、テクノロジーで解決しましょうという話になっていくかもしれません。

五箇

それはできないと思います。人間は生き物だから、絶対どこかで生き物と接触しないとだめみたいです。空気、水、土壌、微生物、ウィルスからバクテリアレベルまですべてあって、生態系があって、生きられるのです。

温暖化による生物への影響の実証には長期のモニタリングが必要

江守

温暖化すると、温度帯が寒いほうにシフトします。高緯度側、つまり北半球でいえば北上、もしくは山の高いほうに動くので、環境の変化に追いついていけない生物が数を減らしていくとか、生態系で相互作用していたので、追いついていけるものと追いついていけないものとのバランスが崩れるという説明をよく聞きます。

五箇

実証するには長い期間が必要です。国立環境研究所では高山植物モニタリングを進めていますが、10〜20年では結果はでません。今のところ仮説段階といえるでしょう。理論的に考えると、生態系はその土地の環境に応じてセットで進化しているものですから、温度が変わることで、移動能力があるものだけが生き抜けることになります。移動からとり残された生態系のバランスが崩れたり、また移動した先で元の生態系のバランスを崩すということも起こりえます。あるいは、北上した先に棲める環境がなくて、絶滅してしまうこともあります。われわれが思っている以上に生態系は複雑なシステムなので、一個でもネジがはずれればバランスが崩れてしまうということはあります。そのようなバランスの崩れはそう簡単には直らない。特に温暖化を今後10〜20年で元に戻すことはできないとなると、いかにそのほかのインパクトを除去して今の生態系を維持する努力をするかということが、人間が喫緊にとるべき行動でしょう。

新興感染症のウィルスと地球温暖化の関係

江守

温暖化とも関係する生態系を通じた影響の一つとして、野生生物と共生していたウィルスが人間社会に出てきて、新たなパンデミック(感染症)の原因になる可能性があると、以前五箇さんからうかがったことがあります。いろいろな生態系サービスのなかで、この話は一番強烈で、大きなリスクをもたらしうると思いました。

五箇

公衆衛生の分野で世界的に問題になっていることの一つは、新興感染症です。人間は、コレラ、ペストといった旧来の感染症を、抗生物質を使って抑えてきましたが、高度経済成長期にいろいろな新しいウィルスが発生してきました。その起源を辿っていくとアフリカに集中していて、それをさらに遡っていくと野生動物がほとんどです。野生動物由来の感染症が新興感染症として人間社会に入っているのが問題です。

江守

ウィルスが野生生物から人間社会に出てくるメカニズムというのはどんなことが考えられますか。

五箇

単純に人間が動物と接触するだけでも移ります。アフリカから発症する例が多いのは、野生動物を食べるという古い習慣があるからです。また、狩りをするときに血に触れてしまうということからも感染は始まります。さらにグローバリゼーションが進む中で、アフリカに先進国の人が入って現地の人との接触が起こり、アフリカで発症した病気が世界中に出ていきます。

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江守

温暖化、気候変動との関係はありますか。

五箇

野生生物から人間に入ってくるウィルスはかなり強烈ですが、血液感染や動物との接触、医療システムの問題なので、温暖化との関係はほとんどありません。しかし、最近話題になったデング熱など昆虫媒介性のウィルスやバクテリアは、温暖化の影響を相当強く受けることになります。デング熱を媒介するヒトスジシマカは暑いところを好みますから、温暖化すれば分布域が拡大し、病気そのものも広がる恐れがあります。マラリアは温暖化して分布域が北上する恐れがあると警戒されていますが、実はマラリアに関してはちょっと特殊です。マラリアの病原体の最適温度は24℃、それを媒介するハマダラカの最適温度は25℃です。それがなぜ南のアフリカにとどまっているかというと、公衆衛生の発達している北でDDTにより追い出されたためです。感染症については、温暖化より社会における公衆衛生システムの問題のほうが影響があります。ただし、温暖化が進むことで干ばつが起きたり、農業ができなくなったりして経済的な破綻が生じれば、当然インフラの整備や公衆衛生が劣化し、マラリアの感染症が再興するリスクがあると言われています。

江守

温暖化で社会のシステムが狂うことが問題なのですね。ところで、2014年夏、代々木公園でデング熱患者がでてニュースになりました。

五箇

日本での発症については、気候変動は無関係ではないと思います。2015年はなぜ発生しなかったのかとよく聞かれますが、前年の発症を受けて都内を中心に自治体による蚊の防除が強化されたことが功を奏したといえますが、別の理由として7月から8月にかけての空前の猛暑によって蚊の初期密度が抑えられたことも考えられます。

生物が生物を滅ぼす?

江守

温暖化が生態系の劣化の原因なのかと聞かれると、五箇さんは、広い意味で、温暖化も生態系の劣化も人間という一つの生物種が生態系のなかで特異な地位に立ってしまったことによる結果であるという説明をされていますね。

五箇

40億年という生命進化の歴史のなかで、生物の種数は右肩上がりで現在に至っています。その間に地殻変動、隕石落下などのイベントがあり、生物多様性はこれまで5回、90%のバイオマスが滅ぶという大絶滅を経ています。ただし、大絶滅は自然現象として起きていて、生き物が大絶滅をもたらすという現象は過去の歴史のなかではありません。

江守

90%の減少というと、残り10%ということですね。

五箇

バイオマスが10%まで落ちて、その都度新しい種が生まれてきて、という繰り返しの中で、現在は少なくとも種数としては絶頂期にあります。生態系ピラミッドは、強いものほど数が少ないことでバランスがとれています。ところが人間は生態系の頂点にありながら、70億人という極端に大きいバイオマスをもち、生物や資源を食い尽くそうとしている。特に、化石燃料を掘り出してからはものすごいパワーをもち、知恵もあり、人間は本来の動物学的な力以上の力を発揮することができるようになりました。さらに医療によって延命措置もとれるという状況のなかで、かつてない速度で生物多様性を減少させています。恐竜の絶滅には100万年以上もの時間がかかったとされるのに、人間はわずか100年の間に無数の生物種を絶滅に至らしめています。生物学者もこの先何が起こるか読めません。過去にそういうイベントがあれば化石から類推したりできますが、今まで起こったことがなく、しかも破壊のプロセスがぜんぜん違うわけです。人間は土地を改変して無理矢理生産して生きていますが、それも自然のサイクルではないですから、いずれバランスを崩して崩壊するということが起きます。また、他の動物はだいたい繁殖期を終えると死ぬのですが、人間は子どもを産んでからも長く生きます。もう一つ決定的に違うのは、人間は自分の人生を楽しむことができる動物なのです。つまり、エゴイスティックなのです。人間はエゴイスティックなうえに長生きし、物を食い、食ったものを自然に返せばいいのにそれすらしないのですから、われわれはこの地球の一番のコンシューマーなのです。

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生き物がいるから生物圏がある

江守

人間がこれだけ地球に影響を与えて改変しているのというのは、地球の歴史のなかで極めて特異な時期です。この状況を人類がどう捉え、対処していったらよいのか、お考えがあれば教えてください。

五箇

文明の利器こそがきっと人間を救うという考え方の人がいます。それは当たっているかもしれません。楽観的に見るのか悲観的に見るのかは、人の感性の問題もあるのですが、科学的な根拠はどちらにしてもあまりないと思います。

江守

どちらが好きかということでしょうか。

五箇

好きか嫌いか的な結構無責任な理想論です。一番の安全策はあまり触らない方がいいということです。今の人間の知識では先が読めないからです。われわれ生物学者も生態系のメカニズムすべてをわかってはいませんし、生き物の種数すら正確にはわからないのです。たぶん人類の歴史の中で解明することはできないだろうと思います。昨日いた種は明日、もういないかもしれないし、進化するし絶滅するという、動的平衡を繰り返して系が作られているなかで、われわれは一断片しか見られない。永久的な法則は生物学では出てこないでしょう。リスク予測も、機能解析もできないのが生物多様性なのです。ただ、一つだけ間違いがないことは、生き物がいるから地球の生物圏があるということです。

江守

テレビで、生き物はかわいいとか、自然と親しもうという話をしていると、五箇さんは、自然は本来荒々しくて、むきだしの人間が入っていったら死んでしまうとおっしゃっていますね。

五箇

究極的に野生生物は人間にとって宿敵です。すべての生き物は闘いながら生き残る努力をし、進化し続けています。生き物どうしが支え合って生きているとよく比喩されますが、本当はどの生き物も自分の遺伝子を残すことのみが存在意義ですから、生態系とは個体間、種間の資源の争奪戦の戦場です。つまり支えているのではなく足を引っ張り合って、張力でバランスをとっているのが生態系です。

江守

結果的に戦略的な協力関係みたいなのがあるのですね。

五箇

相互の利己が一致するような妥協点として共生があります。自分が得することを優先したらそうなったというだけの話です。それを考えると人間という生き物も同じで、原始社会において、木登りが下手な系統はジャングルから追い出されてサバンナ(熱帯草原)に出なければならなかった。サバンナでは立っていないと先が見えない、だから二足歩行せざるをえなくなった。しかし二足歩行するようになると四足歩行していたときより脚力と腕力が圧倒的に弱くなり、しばらくは喰われまくっていて、たぶん夜行性としてしか生きられなかったと思います。弱いから、社会をつくって寄り添い、敵を常に監視しながら細々と生きていくしかなかった。原始の人間にとってはすべての生き物は敵という状況のなかで、放っておけば絶滅するところだったのに、二足歩行したことで頭が大きくなり、脳が発達して知恵をつけ、武器と火をもつことで野生生物と対峙することができるようになって生き残ったのです。今の繁栄は動物たちとの戦いのなかで勝ち得たもので、今さら自然に戻ろうとしても戻れるわけがありません。

地域レベルの生物多様性の現状把握をもとにした将来予測や分析を書きたい

江守

次回、「地球温暖化の事典」を執筆するとしたら、是非書きたいという内容はありますか。

五箇

執筆時はIPCC第3次評価報告書と第4次評価報告書をベースにしていて、生物多様性の評価は面積当たりの種数や、それと温度とかけ算してというような結構雑ぱくな計算によるものでしたが、もっとローカルに現状を把握し、それを世界、地球レベルにするとどうなるかというのを予測、分析してみたいという気持ちがあります。

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江守

種数の評価については、方法論が進化しているのですね。

五箇

進化というより、実証データが積み重なりつつあります。ただモデリングはあまりに複雑なので、今のコンピュータでも十分対応しきれないところはあります。

江守

グローバルに外挿するところはかなり大雑把になるのでしょうか。

五箇

理論的にしかできません。モデリング的に進めるにはまだまだ時間がかかります。というか現状把握自体がまだできていません。生物多様性及び生態系サービスに関する政府間プラットフォーム(intergovernmental science-policy platform on biodiversity and ecosystem services: IPBES)[注]が2012年につくられて、やっと地域レベルの現状把握にのりだしました。

江守

これが大きく変わったところですね。

五箇

しかし悩みはあります。国際会議でも、生物学者はみんな自分の好きな生き物のことしか話さないのです。問題は統合する能力のある人が少ないことです。

江守

地球環境研究センターの伊藤昭彦さんは、炭素循環/収支のモデリングを始めたとき、他の生物学者からそれがなぜ生物学なのかと言われたそうです。

五箇

彼の仕事には期待したいです。生き物学からみたら面白くないから揶揄されてしまいますが、生態系機能の解明という観点から地球環境という分野では重要です。

脚注

  • 生物多様性と生態系サービスに関する動向を科学的に評価し、科学と政策のつながりを強化する政府間のプラットフォームとして、2012年4月に設立された政府間組織。科学的評価、能力開発、知見生成、政策立案支援の4つの機能を柱とし、気候変動分野で同様の活動を進めるIPCCの例から、生物多様性版のIPCCと呼ばれることもある。(環境省ウェブサイトより引用)

*このインタビューは2015年11月10日に行われました。

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