2015年2月号 [Vol.25 No.11] 通巻第291号 201502_291009

地球環境豆知識 33 コンピュータモデル

  • 地球環境研究センター 気候モデリング・解析研究室 主任研究員 小倉知夫

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自然界で私たちが理解しようとするものは多くの場合、複雑です。複雑なものを理解するため、その姿や性質を簡略に模倣したものをまずこしらえて、その模倣したものについて理解を深める、ということが科学ではしばしば行われます。このように自然界の一部を簡略的に模倣したものを私たちはモデルと呼びます。

モデルは木製の飛行機のように実在する物体であったり、摩擦のない振り子のように仮想的な物体であったり、あるいは理解したいものの性質を記述した方程式であったりします。方程式の場合は数理モデルと呼ばれます。私たちはモデルを作る過程、および出来上がったモデルを操作する過程でモデルの性質を学び、そこで得られた知識から自然界の仕組みを類推します。

数理モデルでは多くの場合、理解しようとする対象の時間的な変化を方程式で表現し、その方程式の解を求めることで対象の振る舞いを学びます。しかし、方程式の解を数学的に厳密に求めることが常に可能とは限りません。解けない方程式も多いのです。そのような時は方程式を近似的に解くコンピュータプログラムを作成して、方程式に含まれる変数がどのような値を持つのかを計算します。こうした操作をコンピュータシミュレーションと呼び、そこで使用されるプログラムをコンピュータモデルと呼びます。

コンピュータモデルの一例として、地球温暖化の研究に使用される気候モデルを挙げることができます。気候モデルで理解しようとする対象は大気、海洋、陸面であり、それらの振る舞いを表現する数理モデルは物理法則の方程式系(連立方程式)です。大気を例に説明すると、大気の状態を気温、風速、空気密度、気圧、水蒸気量という変数で代表させ、これら変数の時間的な変化をエネルギー保存則、運動量保存則、空気の質量保存則、水蒸気の質量保存則、状態方程式で表現しています。

このような物理法則の方程式系を数学的に厳密に解くのは難しいため、コンピュータモデル(気候モデル)を構築します。そのためには複雑な手順が必要ですが、ここでは概略のみを記します。まず、大気、海洋、陸面を「格子」と呼ばれる小さな空間に分割し、各格子に温度などの変数を格子の代表値として割り当てます。次に、物理法則の方程式は多くが微分方程式で、そのままではコンピュータで計算できませんので、計算できるような代数方程式の形に近似します。さらに、代数方程式に含まれる未知の項の値を、既知の格子代表値を用いて推定します。この作業はパラメータ化と呼ばれており、その役割は、格子よりも小さな現象(放射、雲、乱流など)が格子代表値に及ぼす影響を推定することです(図)。以上で、各格子に割り当てられた変数の値は代数方程式を解くことで求まる形になります。最後に、代数方程式を近似的に解くコンピュータプログラムをFortranなどの言語で書き表すとコンピュータモデル(気候モデル)が出来上がります。気候モデルをコンピュータで走らせることにより、大気、海洋、陸面の状態の時間的な変化を全ての格子について計算できます。ただし、その際は入力データとして初期条件(ある時刻での大気、海洋、陸面の状態)と境界条件(地形、太陽放射など)を与える必要があります。なお、気候モデルのように多くの計算を必要とするモデルでは、限られた時間内に計算を終えるためにスーパーコンピュータを使うことが一般的です。

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パラメータ化の概念図。①の現在値が分かっており将来の①を予報したい場合、Bの効果を計算に入れなければならない。そこで①の現在値からBの効果を推定する

コンピュータモデルは、数理モデルの方程式を数学的に厳密に解けない場合であっても近似的に解けますので、強力な研究手段です。その反面、正解が分からない状況で近似的な答えだけを得ることになりますので、得られた答えがどれほど正確か慎重に検討する必要があります。また、コンピュータモデルが近似的に解こうとしている数理モデルの方程式系がどれほど現実を忠実に模倣できているかも重要な課題です。気候モデルの場合、観測データに見られる現在や過去の気候の特徴をシミュレーション結果がどれだけ忠実に再現できるか確かめることで、結果の信頼性を検討しています。好成績が得られればモデルの性能に自信を深められますし、そうでない時はモデルの限界を率直に認め、シミュレーション結果を解釈する時の参考としたり、モデルの改良を図ることになります。

参考文献

  • Frigg, Roman and Hartmann, Stephan, “Models in Science”, The Stanford Encyclopedia of Philosophy (Fall 2012 Edition), Edward N. Zalta (ed.), URL = ⟨http://plato.stanford.edu/archives/fall2012/entries/models-science/⟩.

目次:2015年2月号 [Vol.25 No.11] 通巻第291号

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