2014年12月号 [Vol.25 No.9] 通巻第289号 201412_289003

低炭素社会は実現できるか? —DDPP報告セミナー及び環境省環境研究総合推進費2-1402報告会—

  • 国立環境研究所社会環境システム研究センター 持続可能社会システム研究室 主任研究員 芦名秀一
  • みずほ情報総研株式会社環境エネルギー第1部 コンサルタント 大城賢

1. はじめに:大幅削減に向けた日本の道筋を再考する

国立環境研究所では、国内の研究機関と連携して低炭素社会実現に向けた研究を進め、2007年に「2050日本低炭素社会シナリオ:温室効果ガス70%削減可能性検討」と題した報告書を公表し、2050年までに日本における低炭素社会が実現可能であることを示しました。その後、2009年度よりアジアに視点を広げて、アジア低炭素社会実現のための研究を実施し、「低炭素アジアに向けた10の方策」(2012年)、「アジア低炭素社会の実現に向けて—10の方策によりアジアはどう変化するか?」(2013年)などの成果を報告してきました。これらの報告書は、http://2050.nies.go.jp/s6/index_j.htmlから参照できます。

このように、低炭素社会研究はその視野を日本からアジアへと広げてきましたが、2011年の東日本大震災やそれに続く福島第一原子力発電所の事故などにより、エネルギーと環境を取り巻く状況は大きく変化しました。例えば、2011年夏期に実施された節電行動は、電力需給のひっ迫が解消されて以降も一定程度定着していることが分かっています[1]。また、2012年7月から導入された再生可能エネルギーに関する固定価格買取制度は、全国的な再生可能エネルギー導入の加速を促しました。このような社会経済状況の変化を受け、私たちは温室効果ガス排出量を大幅削減する道筋について、2014年度から環境省の環境研究総合推進費(2-1402)の支援を受けて、再び日本を中心として検討を進めてきました。

一方、2013年度の気候変動枠組条約締約国会議(COP19)において、「COP21に十分先立ち(可能ならば2015年の第1四半期までに)、すべての国に削減目標を提示することを招請」されており、国際的にも日本の2020年以降の温室効果ガス削減目標値を示すことが求められています(COP19の詳細は、地球環境研究センターニュース2014年2月号などを参照)。目標値提出に向けては、今後日本政府等における検討が進むとは思いますが、政府が方向性を示す前に、研究者の側から研究成果をもとにした議論を実施し、日本にとって望ましい方向性を探ることも重要と思われます。

そこで、国立環境研究所は、地球環境戦略研究機関(Institute for Global Environmental Strategies: IGES)、WWFジャパンと東京工業大学大学院社会理工学研究科との共催により、2014年10月7日に東工大蔵前会館にて「低炭素社会は実現できるか?:DDPP報告セミナー及び環境省環境研究総合推進費2-1402報告会」と題したセミナーを開催し、日本における温室効果ガス排出量大幅削減に向けた研究成果の報告と、それをもとにした議論を実施しました。なお、当日の資料はhttp://www-iam.nies.go.jp/aim/DDPP/index.htmlにまとまっていますので、ご覧下さい。

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写真1多くの皆様にご参加頂きました(報告会の様子)

2. DDPPとは

大幅な炭素排出削減に向けた道筋プロジェクト(Deep Decarbonization Pathways Project: DDPP)は、産業革命前と比べて世界平均気温上昇を2°C以内に抑制するために、世界各国が取り組むべき方策の提示を目的として、国連イニシアチブである持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(Sustainable Development Solutions Network: SDSN)と、フランスの持続可能開発・国際関係研究所(Institute for Sustainable Development and International Relations: IDDRI)の支援を受け、2013年に開始されたプロジェクトです。DDPPには、温室効果ガス排出増への影響の大きい15か国の研究機関が参加し、各機関が独自に自国の2050年までの大幅削減シナリオの分析を行っています。日本からは、AIMプロジェクトチームのメンバー(国立環境研究所、みずほ情報総研)が参加し、環境研究総合推進費(2-1402)の成果をもとに計算結果を提出しています。

2014年7月には、国連の潘基文事務総長に対しDDPPの中間報告書が提出され、「気候変動を回避するためには各国の意欲的な取り組みが重要であり、この報告書はそれが可能であること示している」、と評価されました[2]。また、9月23日にニューヨークで開催された国連気候変動サミットでは、SDSNのディレクターであるコロンビア大学のジェフリー・サックス教授より、世界各国の首脳に向けた報告が行われています。さらに2015年上半期には、DDPPの最終報告書が、2015年末に開催予定のCOP21のホスト国であるフランス政府に向けて発行される予定です。これらの取り組みを通じて、DDPPには今後の気候変動対策の国際的な枠組み検討に関する議論を促す役割が期待されています。

セミナーでは、DDPPのリーダーの一人であるローレンス・トゥビアナ氏(パリ政治学院教授、フランス外務省COP21特使)より、開会挨拶にてDDPPの概要が説明された後、SDSNのエマニエル・ゲーリン氏より、報告書の要点が紹介されました。ここではゲーリン氏の発表のポイントのみを紹介しますが、DDPPの詳細は2014年報告書[3]をご参照ください。

2014年報告書では、2050年までにどの程度の大幅削減が可能となるのかを技術的観点から検討した成果が報告され、2050年のエネルギー起源CO2は、参画した15か国合計で12.3Gtとなる分析結果が提示されました。これは、15か国が2010年に排出した22.3Gtと比較すると約45%の削減に相当します。このような大幅削減を達成する3つの柱として、(1) 省エネルギー、(2) 電力の排出係数低減、(3) 需要部門の燃料転換(特に電力シェア拡大)が挙げられました。

参加した15か国は、それぞれ意欲的な大幅削減シナリオを提示しています。例えばオーストラリア、ドイツなどは、発電電力量に占める再生可能エネルギーのシェアが80%以上に達するシナリオを提出しています。また、英国ではバイオマスCCS(BECCS)[4]の導入により、2050年の電力のCO2排出係数はマイナスに達する結果が示されています。

日本チームは、AIMプロジェクトチームが開発したAIM/Enduseモデル(技術積み上げ型の排出量推計モデル)を用いて、原子力依存度低減の前提の下で、第四次環境基本計画に記載されている日本の2050年温室効果ガス削減目標である、1990年比80%削減に整合する大幅削減シナリオの分析を行い、エネルギー起源CO2排出量が2010年比で84%削減されるシナリオを提示しました(図1左)。

日本のシナリオでも、前述の「3つの柱」は共通していて、様々な省エネルギー対策の導入により、GDPあたりエネルギー消費量は2010年比60%減に達しています。また、再生可能エネルギー、CCS付の火力発電の導入拡大により、電力のCO2排出係数はほぼゼロに近い水準に低下しています。さらに、電気自動車やヒートポンプ技術の導入によって、エネルギー需要に占める電力の比率は、2010年比で24ポイント増の49%に達しています(図1右)。

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部門別エネルギー起源CO2排出量の推移(2010年から2050年) [クリックで拡大]

日本は、2011年の原子力発電所事故以降、火力発電比率の増加に加え、電気料金も高騰しており、電化技術の普及に向けた課題は山積していますが、長期的な大幅削減を達成するには、再生可能エネルギー等の拡大による電力の低炭素化に加え、需要部門の電化促進が重要な方策の一つとなることが示唆されました。

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写真2研究成果を報告する筆者(大城)

3. あるべき日本の削減目標とは何か:共催機関からの研究成果報告

セミナーでは、WWFジャパンの山岸尚之・気候変動・エネルギーグループリーダーより「2030年に向けた気候目標〜NGOの視点から〜」と題した報告があり、WWFジャパンの提示した「脱炭素社会」に向けたエネルギーシナリオ(http://www.wwf.or.jp/activities/climate/cat1277/wwf_re100/)をもとに、日本は早急に削減目標の検討・議論を開始すべきであることと、削減ポテンシャルや短期的コストだけに終始するのではなく、2°C目標達成のために必要な削減量とともに、衡平性を重視した目標設定をすべきであることが指摘されました。また、日本の2030年の排出量削減目標として1990年比40〜50%削減を提起した上で、それを達成するに足る野心的な再生可能エネルギー・省エネルギー目標を持つべきであることも強調されました。

また、IGESの倉持壮研究員からは、「2°C目標達成へ向けた日本の温暖化対策の方向性〜カーボン・バジェットと資源循環の観点から」と題した報告がありました。2°C目標達成のためのカーボン・バジェットの観点からは、現状の排出量が将来も続けば2030年までにバジェットを使い切ってしまうと指摘したうえで、2020–2030年の短中期の目標・行動をより積極的にする必要がある一方、目標・行動の強化によってその後の削減に余裕が出てきて、累積排出量削減も可能になること、クレジットの購入も抑えられて国富の流出防止にもなることが示され、現時点で高排出技術を導入して2050年も使い続けられるような状況(ロックイン)の回避が非常に重要であることが述べられました。資源循環の観点では、高炉転炉法でのスクラップ利用拡大は、CO2排出量削減以外のメリットもあり、今後は低炭素とともに資源循環社会を見据えた幅広い技術開発及び生産構造の転換がいっそう重要になることが指摘されました。

4. まとめ:今後の気候変動政策に向けて

本セミナーでは、わが国において2050年に大幅削減を達成するシナリオを、複数の研究機関から報告し、議論を実施しました。報告で共通していたことは、日本で大幅削減するシナリオはありますが、時宜を外さない対策や政策実施と、それを後押しする野心的な目標設定が重要であるということでした。他方、エマニエル・ゲーリン氏からも指摘があったように、低炭素社会に関わる研究者は、国民や政策決定者に対して「これだけが我々がなすべき唯一絶対の答えで、ほかの選択肢はない」と伝えることではなく、「私たち日本の選択の結果がどのような影響をもたらすのか」を明確にすることが求められていると考えています。

そのためには、これからも従来のモデルやシナリオ分析の手法では取り組まれていなかった新たな視点の考慮とそのための検討手法の開発にも取り組み、2050年の長期目標の実現に向けて、副次効果も含めて広範に将来シナリオを作成、評価することの重要性が指摘されました。また、専門家の議論だけでなく、政策決定者をはじめとした関係者全員での議論を促進していくことの必要性も指摘されました。2015年末にパリで開催されるCOP21では、新たな削減目標の枠組みが決定される予定ですが、今後の気候変動対策に関する国内外の議論活性化に貢献できるよう今後も多様なシナリオ研究の成果を提示していきたいと考えています。

脚注

  1. みずほ情報総研(株)「節電に対する生活者の行動・意識に関する追跡調査」より http://www.mizuho-ir.co.jp/company/release/2014/setsuden0313.html
  2. 2014年7月8日付 SDSNプレスリリースより http://unsdsn.org/news/2014/07/08/ddpp-press-release/
  3. Pathways to Deep Decarbonization 2014 Report http://unsdsn.org/wp-content/uploads/2014/09/DDPP_Digit_updated.pdf
  4. CCS(Carbon Capture and Storage):炭素回収貯留。火力発電所等から排出されるCO2を回収し、地中に貯留する技術。

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