2013年12月号 [Vol.24 No.9] 通巻第277号 201312_277003

インタビュー 「空飛ぶ実験室」が上空の二酸化炭素濃度観測を変える—CONTRAILプロジェクト—

地球環境研究センターニュース編集局

民間定期航空機による温室効果ガス観測、コントレイル(Comprehensive Observation Network for TRace gases by AIrLiner: CONTRAIL)プロジェクト[1]が第19回日韓(韓日)国際環境賞[2]を受賞しました。CONTRAILプロジェクトは、国立環境研究所、気象庁気象研究所、日本航空(以下、JAL)、(株)ジャムコ、公益財団法人JAL財団の産学官連携で進められています。国立環境研究所の担当者である地球環境研究センター大気・海洋モニタリング推進室長の町田敏暢さんに地球環境研究センターニュース編集局の広兼がお話をうかがいました。

Win-Winがもたらす成果

広兼

この度はCONTRAILプロジェクトの第19回日韓(韓日)国際環境賞受賞おめでとうございます。第40回環境賞環境大臣賞・優秀賞(関連記事を参照)に次ぐ受賞ですね。

町田

ありがとうございます。CONTRAILプロジェクトは2005年に始まり、これまでいろいろな賞に応募してきましたが、なかなか受賞できませんでした。今回連続して賞をいただいたことは、このプロジェクトに携わるすべての人にとって励みになると思います。

photo.

町田敏暢さん(地球環環境研究センター 大気・海洋モニタリング推進室長)
「子どもの頃の夢と今のプロジェクトとは何か関係がありますか?」との問いに、町田さんは、「子どもの頃、研究者になろうとは思っていませんでしたが、乗り物は好きでした。大人になった今でも飛行機を見学するのはいつもワクワクします。」

広兼

CONTRAILプロジェクトが高い評価を受けるのはどういうところが優れているからだと思われますか。私はWin-Winというか、企業と研究所がそれぞれ「得意なこと」を担当して一つのプロジェクトを成功させたことだと思いますが。

町田

研究者の視点からは、世界で初めて民間定期航空機に二酸化炭素(CO2)濃度連続測定装置(Continuous CO2 measuring Equipment: CME)を搭載して連続観測し、世界でも例のない高精度のデータを取得、上空のCO2濃度のデータの質と量を飛躍的に向上させたことです。また、大規模な予算を必要とせず、関わっている人員も少ないという極めて効率のよいプロジェクトといえます。社会一般の評価としては、産学官連携プロジェクトの成功例とも捉えられているようです。JALはCSR(社会的責任)を重視していますが、研究成果が加わったことで実際の社会に役立つものになったと思います。このように研究者にとっても参画した企業にとっても協働したことで実りあるものになりました。おっしゃるとおりWin-Winですね。CONTRAILプロジェクトの成功は、国内外の他の産学官連携プロジェクトにもいい影響を及ぼすことができるでしょう。これが今回評価されたことの一つだと思っています。

産学官の協力体制で進められるプロジェクト

広兼

自動大気サンプリング装置(Automatic Air Sampling Equipment: ASE)やCMEは日本独自の開発と考えてよいでしょうか。また、主として国立環境研究所が開発したものでしょうか。国立環境研究所、気象研究所、JAL、ジャムコ、JAL財団の役割分担を教えてください。

町田

日本独自の開発ですが、それ程難しい技術ではありません。ASEはCONTRAILプロジェクトが始まる前から気象研究所が中心に行っていたJALの大気観測プロジェクト(以下、旧JALプロジェクト)で使用されていました。気象研究所がJALと共同で開発したものです。それをCONTRAILプロジェクト用に改良しました。

CMEの開発は、国立環境研究所が1990年代から実施していたシベリア上空の航空機観測がスタートです。その後、NASDA(宇宙開発事業団:当時)が行っていた飛行機観測キャンペーンに、シベリア観測で使用したCO2観測装置を改良して参加しました。この時点で飛行機に搭載する技術が確立されました。さらに、カイトプレーン(小型の無人飛行機)用に小型化・軽量化(本体1kgの制限)に成功しました。そして、旧JALプロジェクトの終了を見据えて次の計画を話し合ったときに、国立環境研究所の小型のCO2濃度測定装置が採用されたのを受けて、CMEを開発したのです。開発は国立環境研究所ですが、製作しているのはジャムコです。ジャムコがネジに至るまですべての部品を航空機用に作りました。

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COMTRAILプロジェクト 離陸から安定飛行への航跡[クリックで拡大]

世界のCO2観測に貢献する技術

広兼

日本発の技術が世界標準となって世界のCO2観測に貢献するということが素晴らしいですね。ところで、ヨーロッパの方式は日本とは大きく違うものでしょうか。

町田

旧JALプロジェクトで製作したASEは限られた機体にしか搭載できなかったので、飛行機を限定した搭載許可を得て観測していました。私たちがCONTRAILプロジェクトを始めるとき、世界標準の装置を作ることが目標でした。それがASEとCMEです。ボーイング777-200ER型機とボーイング747-400型機に搭載できる装置をつくり、米国連邦航空局と日本の国土交通省航空局から搭載許可を取得しました。しかし、世界の同じ型の飛行機ならすぐに搭載できるわけではなく、飛行機を改良した後にはそれなりの許可申請が必要になりますので、世界標準を作りましたが、簡単には広まりませんでした。

一方、ヨーロッパではCONTRAILプロジェクトの前から民間飛行機でオゾンを観測するプロジェクトがありました。その後、CONTRAILプロジェクト開始を受けて温室効果ガスを観測する独自の観測装置の開発を始めました。現在はIAGOS(In-service Aircraft for a Global Observing System)という新しいプロジェクトに変わっています。ヨーロッパではここ数年、レーザーを使った観測装置—キャビティリングダウン分析計—が急速に普及しており、それを搭載しようとしています。

B787にCMEとASEを搭載

広兼

最新機のボーイング787型機にCMEやASEを搭載する予定はあるのですか。

町田

787型機は運行域が広がるので興味があります。将来B787で観測が始まる頃にはCONTRAILプロジェクトでもキャビティリングダウン分析計を使った観測を実施したいと考えています。その前の段階として787型機にASEとCMEを搭載してデモンストレーション飛行をする計画があり、ボーイング社と共同で工事が進んでいます。実は新しい航空機は今までとは異なる炭素繊維(カーボンファイバー)という素材を多く使っているため、JALの整備部門も経験がなく、改修は簡単ではないと聞いていました。しかし、製造元のボーイング社ではCONTRAILプロジェクトのことを知っていて、環境部門の人も関心をもっており、協力していただけることになりました。ボーイング社で行っているエコデモンストレータ-フライト(環境に役立つものを搭載して飛行)の次の計画は787型機で実施する予定ということなので、ASEとCMEを搭載することになり、現在工事をしています。エコデモンストレーターフライトでは、装置は貨物室の空きスペースではなく客室の一部を取り払って設置するなど、完全に民間航空機に乗せる仕様にはなっていませんが、装置が787型機に搭載され、問題なく飛行できたという実績ができますし、飛行中に装置をチェックできます。この経験によって将来の搭載申請もしやすくなると思います。

観測頻度が増すと新しい成果が

広兼

今後データが蓄積していくと考えられますが、データの密度に目標値のようなものはありますか(どのくらいのデータが採れたら満足と言えるのでしょうか)。

町田

ある場所のCO2濃度の変動を理解するには、その場所の季節変化を把握することが必要です。ですから季節変動がとれるくらいの観測密度が必要になってきます。1か月に1回、最低でも年間12回観測できるようにしたいと常に思っています。さらに観測回数が増えると、これまでにない新しい成果が得られます。たとえば、成田空港では毎日のようにCO2の観測ができ、高気圧や低気圧の移動に連動した数日規模のCO2濃度変化が上空でも起こっていることがわかりました(関連記事を参照)。

広兼

離発着の多い成田空港は固定ステーション並みに地上付近のデータ数があると思いますが、昼間のデータしか採れませんね。そのために固定モニタリングステーションほどはデータ価値ないということになってしまいますか。成田空港に固定ステーションを新設すると上空のデータと相まって有効なデータセットになるのでしょうか。

町田

CO2濃度が日変化するのは地上付近だけです。地上から1kmまでの境界層から上は昼夜の差がほとんどありませんから、夜でも変わらない結果になると思います。

広兼

CMEやASEで得られたデータは貴重で、世界の研究者に利用されているとのことですが、何か国、何件ぐらい利用されているのでしょうか。また、その成果はどのようなところに活かされているのでしょうか。

町田

現在までに15か国から約100件のデータ利用申請を受けています。申請数は日本と外国と半々くらいです。ウェブサイト(http://www.cger.nies.go.jp/contrail/)のデータ利用規約に同意していただければ、誰にでもデータを提供しています。学会発表や論文発表で引用するときは、事前に内容を確認させていただいています。

CONRAILプロジェクトの今後の展開:観測項目と観測範囲を広げたい

広兼

JAL以外の日本の航空会社に関心はありますか。

町田

民間の航空会社は採算がとれない路線が変更になったり廃止になったりするので、常に一喜一憂しています。日本のほかの航空会社にも興味はありますが、JALほど路線が広がっていませんし、特に南半球への飛行がないことが研究上の最大の不利な点になっています。

fig.

CME観測ルートのイメージ

広兼

CONTRAILプロジェクトは今後どんな展開を考えていますか。別の温室効果ガスや環境汚染物質を追加して計測する計画はありますか。

町田

ヨーロッパのようにキャビティリングダウン方式により、メタンや一酸化炭素なども観測したいと思っています。キャビティリングダウンはいくつか種類があり、亜酸化窒素を観測できるものも出てきましたから、組み合わせて使い、連続観測を実施したいと思います。それができると温室効果ガス研究の世界は変わります。

広兼

南米、アフリカにはJALは運航されていませんが、ヨーロッパ便がその地域を飛べば世界を網羅することになりますか。

町田

私がアドバイザリーメンバーになっているヨーロッパのIAGOSプロジェクトは南米もアフリカも飛行しますから、CO2観測が開始されればCONTRAILと相補関係になります。アジアはデータの空白域です。デリー、ジャカルタ、バンコック、シンガポールについては地上データもほとんどないので、CONTRAILプロジェクトのデータは貴重です。先日、気象研究所の研究者がインドのCO2の放出・吸収量の推定誤差が縮まったという研究論文を発表しました。このように、南半球と、データ空白域の南米、アフリカ上空は是非進めたいですね。

*このインタビューは2013年10月30日に行われました。

脚注

  1. 日本航空が運航する航空機に二酸化炭素濃度連続測定装置(Continuous CO2 measuring Equipment: CME)と自動大気サンプリング装置(Automatic Air Sampling Equipment: ASE)を搭載して上空大気中の温室効果ガス等を観測。
  2. 日韓国交正常化30周年にあたる1995年、東アジア地域の経済発展と環境保全の調和を図るために毎日新聞社と朝鮮日報社が共同で創設。

関連記事

CONTRAILプロジェクトに関する過去の記事は以下からご覧いただけます。

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