2013年12月号 [Vol.24 No.9] 通巻第277号 201312_277004

2013年度ブループラネット賞受賞者による記念講演会 1 ゼロエミッションを前提とした大気CO2濃度の安定化

松野太郎さん(海洋研究開発機構地球環境変動領域特任上席研究員)

地球環境研究センターニュース編集局

2013年度のブループラネット賞受賞者である松野太郎博士(海洋研究開発機構地球環境変動領域特任上席研究員)とダニエル・スパーリング博士(カリフォルニア大学デービス校教授)による記念講演会が、2013年11月1日、国立環境研究所大山記念ホールで行われました。講演内容(要約)を2回に分けて紹介します。

ブループラネット賞および受賞者の略歴については旭硝子財団のウェブサイト(http://www.af-info.or.jp)を参照してください。

これまでの大気CO2濃度の「安定化」の概念に私は疑問を感じました。従来考えられていた安定化よりゼロエミッションの方がいいのです。本日はこのことについてお話しいたします。

photo. 松野太郎さん

1. 従来の「安定化」概念の再検討

国連気候変動枠組条約の第2条には「気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼすこととならない水準において大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させることを究極的な目的とする」とあります。「安定化」は、気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)第3次評価報告書統合報告書に載っている図によると、「増えていた大気中の二酸化炭素(CO2)濃度が一定になり、長い時間をかけて温度も上がらない」ということです。ところが同報告書では、大気中のCO2濃度が一定になっても少量の排出が1000年にわたり続きます。CO2排出の削減努力をあるところで止めてしまうのはちょっと考えると不自然です。これには海洋による吸収が関係しています。

(1) 海洋のメカニズム

海洋がCO2を吸収するメカニズムについて説明します。太陽によって海水が温められますが、温かい水は軽いので安定成層となり混ざりません。しかし、風が吹くと、黒潮のような海流が生まれこれと自転の効果によって温かい水は10〜20年かけて数百mの深さまで届き、循環します。一方、極では冷却により塩分濃度の高い水が熱塩循環で深層水や底層水をつくります。海洋全体をみたす深層水は数千mの深さのところから1000年以上かけてゆっくり上がってきます。現在、海のなかでは産業化以前の空気になじんだ水が9割を占めています。大気—海洋間で自然の平衡状態であったものが、大気中のCO2濃度が増えると、10年位たって水深400mくらいまでよく混じり、大気と表層海洋のCO2濃度は平衡になります。しかし深層は昔のままです。1000年以上かけて深層循環により全海洋の水が混合され、新しい平衡状態に向けCO2を吸収しつづけます。

統合報告書に示された「安定化」では、世界(人類社会)が劇的な排出削減を達成した後に排出削減のペースを遅くしてしまうのですが、なぜでしょうか? これは、「安定化 = 一定濃度を保つ」という前提から逆算して出てきた結果にすぎないからです。炭素循環プロセスにおいて、海洋などの自然吸収があるため、それに対してCO2濃度を「安定化レベル」に保つ(減少させない)のに必要とされる排出量です。そこで、これを排出継続安定化(emissions keeping stabilization)と呼ぶことにします。

(2) 「ゼロエミッション安定化」という従来と異なる安定化概念

「安定化」を目指して削減努力をするのであれば、緩めることなく継続し、目標とする安定化濃度での自然吸収量(現排出の10〜20%程度)より十分低いレベルまで排出量を減らす、つまり実質的ゼロエミッションにすれば、CO2濃度は減少に転ずることができます。同時に温度上昇も頭打ちとなり、ゆっくりと下降します。最終的(約1000年後)には、産業化以前と同じような、何千年も続く「安定な平衡状態」に落ち着きます。

(3) Z650とE450の比較

CO2濃度だけを対象にして2種の安定化を比較します。目標濃度レベル450ppm(産業化以前の水準からの世界全体の平均気温が2°C以下に相当)の従来型安定化E450と、21世紀中のCO2総排出量650GtC(ギガトン = 10億トン炭素換算CO2)のゼロエミッション型安定化Z650です。650GtCにした理由はいくつかあります。Z650はIPCCの温室効果ガス排出シナリオであるSRESシナリオのなかで最も排出量の低いB1を念頭に置き設定しましたので、世界全体で共有可能な目標になるかと思います。B1シナリオでは、2100年時点で産業化前からの気温上昇を2.3°C、21世紀中の排出総量が800GtCとなっています。しかし、B1シナリオは相対的にCO2が多く、メタンなど他の温室効果ガスの寄与は少ないので、それを考慮し650になりました。もう一つのポイントは、2050年に温室効果ガス排出半減というものです。2005年の世界の排出量は8GtCで、途上国と先進国がほぼ同じでした。2050年に先進国は半減可能ですが、途上国はむしろこれからどんどん増えるのですから、元に戻すくらいがちょうどいいということで、2050年には先進国分だけ半減の25%減ですと6GtCです。排出量の減少率については、年2%くらいなら比較的達成可能とみました。650はこういう経緯でできた数字です。

比較結果をご紹介します。Z650のCO2削減については、2160年にゼロ、CO2濃度は一時480ppmでE450より高い値になりますが、その後下降します。温度は1.8°Cを少し超えますがその後下がります。一方E450は、CO2濃度のピークはZ650より低いのですが、ピーク後もだらだらと排出が続きます。450ppmに対応する温度は2°Cですが、安定化後もどんどん上がって2.1°Cに近づいていきます。

fig. Z650とE450の比較

この図からわかるように、Z650では、2030〜2150年の期間、従来の安定化で2°C目標に対応する濃度450ppmを超えピークは480ppmにもなります。しかし、海洋の熱容量のおかげで温度上昇は1.8°Cどまりで、無事危険温度をすりぬけます。2100年より先に排出をゼロに近づけることにより、当面の排出量を大きくしながら温度上昇を実現させないのです。

2. CO2以外の効果を含め2°Cを超えない2種の安定化

メタンなど他の温室効果ガスも考慮し、産業化以前の水準からの世界全体の平均気温が2°C以内となる場合の2種の安定化排出経路の比較をしました。従来型安定化はIPCC第5次評価報告書(AR5)のための温暖化実験用排出および濃度シナリオRCP2.6(放射強制力2.6W/m2)とします。ゼロエミッションではZ520(21世紀中のCO2排出量520GtC)となります。これは新たに自分たちで作成したものです。メタンなど他の温室効果ガスとエアロゾルを合計した正味の放射強制力のつじつまが合うように計算をすると、21世紀中の排出量は520GtCになります。

(1) Z520とRCP2.6との比較

Z520とRCP2.6とを比較してみました。RCP2.6ではCO2以外の温室効果があるので、2°Cを守るためにはCO2濃度を450ppmではなく、400〜410ppmにしなければなりません。温度上昇については、2°C以下の小さなピークのあと少し下がりますが、また安定化温度2°Cに向け上がっていきます。それに対してZ520は2°Cを守るにもかかわらず500ppmを超えることになりますが、その後減少します。温度上昇は2°Cをピークに下がっていきます。2000年と比較した2050年の温室効果ガス排出量は、Z520が54%、RCP2.6が33%となりました。Z520は「2050年半減」よりちょっぴり多いのですが、2°C目標で従来型安定化を目指すRCP2.6は半減どころか2/3減だったのです。

(2) 疑問への回答

動機の一つ、期待したことは、ゼロエミッション安定化なら同じ温度上昇2°Cの制限のもとでも、「2050年の排出量50%削減」よりも多くできる排出経路があるに違いないと思ったことです。2050年半減はRCP2.6で、温度上昇2°C制限から出てくるものだと思っていましたが、結果的にはそうではなかったのです。RCP2.6が、IPCC第4次評価報告書第3作業部会報告書で示された六つの安定化目標と世界平均気温上昇幅との関係を示した表の中のカテゴリーIの代表と考えたからです。ところがカテゴリーⅠのシナリオはすべて2000年から2010年までの現実の排出量の増加を考慮していません。現実と矛盾した仮定のもとに作られていたのです。450ppm相当で安定化(昇温2°C)のための「2050年に2000年に比べて温室効果ガス排出量50%削減」という目標は、不適切なシナリオ研究に基づいたものでした。

2°C安定化を目指すRCP2.6は21世紀後半にマイナスエミッションとなるので温度上昇を2°C以下にとどめるのは無理だと言われていましたが、そうではないということがわかりました。RCP2.6は私が示したゼロエミッションという考え方を入れていない、従来の安定化、目標濃度を決めた安定化だからです。AR5では、2013年9月に公表された第1作業部会報告書も2014年公表予定の第3作業部会報告書も長期の議論で従来の安定化を離れ目標濃度を示していません。

3. 実際問題に適用できるゼロエミッション安定化シナリオの提案

fig. Z650シナリオ

これまでご説明したとおり、Z650は実際に適用できることを念頭に置いて設定したもので、以下の特色があります。

  • 同一の温度上昇制約のもとでは、従来の安定化に比べて近い将来にはより多い排出が許容される。
  • 温度上昇のピークは相対的に短い期間で終わる。
  • 最終的な平衡時の昇温は従来の安定化の場合より低い。CO2排出だけを考慮すると最高温度上昇は1.8°C、メタンなど他の温室効果ガスの効果を加えても2°Cを少し超える程度。

メタンなど他の温室効果ガスを含む場合のZ650 シナリオによる将来予測結果では、先進国が温室効果ガスを2050年に2000年比60〜80%削減できれば、開発途上国へ排出をより多く割り振ることが可能です。途上国は途中で1.5倍くらいまで増やしても構わず、その後2050年に2000年の排出量に戻せばよいことになります。これは社会・経済的に大きな意義があると思います。

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