2013年5月号 [Vol.24 No.2] 通巻第270号 201305_270004

気候変動リスク情報創生プログラム平成24年度公開シンポジウムの結果について(報告)

国立環境研究所 理事長 住明正

1. はじめに(気候変動リスク情報創生プログラムとは)

「気候変動リスク情報創生プログラム」は、数多くの気候変動予測研究の成果を実現した「21世紀気候変動予測革新プログラム(平成19年度〜23年度)」を発展的に継承し、気候変動予測の高度化とともに、気候変動によって生じる多様なリスクの管理に必要となる基盤的情報の創出を目的としています。プログラムの期間は5年となっています。

具体的には、地球シミュレータ等のスーパーコンピュータを活用し、今後数年〜数十年(近未来)で直面する地球環境変動の予測と診断、温室効果ガス排出シナリオ研究と連携した長期気候変動予測、気候変動の確率的予測技術の開発および精密な影響評価技術の開発等のテーマについて、有機的な連携による実施体制のもとで研究開発を進めています。

2. シンポジウムの概要

平成24年度公開シンポジウムでは、プログラムの初年度として、気候変動リスクに関する話題が取り上げられました。具体的には、今後避けられない地球温暖化が及ぼす悪影響の回避手段として注目されている気候工学(ジオエンジニアリング)に関する数値実験技術開発の取組、気候の安定化目標と二酸化炭素排出シナリオの検討、地球温暖化・海洋酸性化の海洋生態系への影響等です。海洋生態系への影響に関しては、当研究所の山野博哉室長(当時主任研究員)が共同で講演を行いました。

  • 日時: 平成25年2月27日(水) 13:30〜16:50
  • 場所: 国連ウ・タント国際会議場

1件目の講演は、『地球を冷やすシミュレーション—「気候人工制御」の現実性検討—』と題し、海洋研究開発機構地球環境変動領域気候変動リスク情報創生プロジェクトチームの河宮未知生プロジェクトマネージャーが、成層圏に微粒子を散布することで太陽光を反射させる技術や、海洋に鉄を散布することでプランクトンの光合成を促進して二酸化炭素(CO2)吸収量を増やす技術に関する最新の研究成果を紹介しました。数値シミュレーション実験では、上空への微粒子散布は地球の平均気温は下げるものの、地域により気温や降水量変化は場所によって異なることや、対策を止めた場合にはリバウンドが大きいという懸念もあることが報告されました。また、プランクトンの光合成促進による海洋のCO2吸収効果は、光合成を行ったプランクトンがどの程度海底に沈降するかなどの非常に複雑なプロセスと関係するため、現時点では不確実性が大きいことなどが報告されました。

2件目の講演は、『将来の気候シナリオと地球温暖化対策の考え方』と題し、電力中央研究所環境科学研究所大気・海洋環境領域 筒井純一上席研究員が、産業革命前からの温度上昇を世界平均で2℃以下に安定化する目標の達成には、CO2等の排出量の大幅削減が必要であり、社会経済の観点から大変厳しいことを踏まえ、CO2排出量と温度上昇の関係に基づいて、2℃目標を柔軟に考える手掛かりを説明し、実現可能な削減シナリオの例を提示しました。このシナリオは現実的な選択肢であるものの、前提となる気候科学の知見には、依然多くの不確実性が含まれます。近い将来の温度上昇に対するリスク管理も含めた適応策の役割については、今後の気候変動リスク情報創生プログラムにおいて、有用な成果が期待できると報告されました。

3件目の講演は、『地球温暖化・海洋酸性化が日本沿岸の海洋生態系に及ぼす影響』と題し、北海道大学大学院地球環境科学研究院の山中康裕教授、国立環境研究所生物・生態系環境研究センターの山野博哉主任研究員により行われました。

山中教授は、CO2濃度上昇による海洋酸性化による脅威を紹介し、気候変動リスク情報創生プログラムでは北海道大学、国立環境研究所等による共同研究により、海水温の上昇と海洋の酸性化の複合影響のシナリオ依存性を評価することを紹介しました。なりゆきシナリオの下では100年後日本近海のサンゴは全滅する可能性があるとの試算がある一方で、低炭素シナリオでは海水温上昇によるサンゴ白化や海洋酸性化が抑制されるとの試算が示されました。山野主任研究員は海水温上昇とサンゴの白化についての具体例を紹介し、サンゴ群集の分布は、年間最大14kmで北上しており、地球温暖化による水温上昇に伴う生物生息域の北上速度としては最も速いと報告しました。さらに、藻類の分布北上なども含め、海洋生物の分布が変化しつつあり、北では亜熱帯性生物の進出が、南ではサンゴの白化が進んでいることを示しました。これらが将来予測する上での基礎データになります。今後は、生物分布データベースの拡充と気候変動予測との連携が重要になり、これらが生物多様性の危機の評価・予測、保全への課題になることを示唆しました。

fig. サンゴの分布北上

3. おわりに

気候変動リスク情報創生プログラムは、今年度で2年目を迎えるプログラムですが、研究の内容が具体的かつ包括的であり、今後の研究成果が地球温暖化への対応に係る政策立案や適応策立案等に資する科学的根拠となることを期待します。

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