2011年9月号 [Vol.22 No.6] 通巻第250号 201109_250004

地球温暖化研究プログラム プロジェクト3「低炭素社会に向けたビジョン・シナリオ構築と対策評価に関する統合研究」

プロジェクトリーダー 増井利彦(社会環境システム研究センター 統合評価モデリング研究室長)

2011年4月より、国立環境研究所第3期中期計画の地球温暖化研究プログラムを構成する研究プロジェクトの一つとして、プロジェクト3「低炭素社会に向けたビジョン・シナリオ構築と対策評価に関する統合研究」がスタートしました。これは、第2期中期計画における中核研究プロジェクト4「脱温暖化社会の実現に向けたビジョンの構築と対策の統合評価」の研究成果や社会の変化等を踏まえて、温暖化対策研究の枠組みを再編したものです。本稿では、このプロジェクト3の概要についてご紹介します。

第2期中期計画期間(2006〜2010年度)は、温暖化対策にとって激動の5年間でした。社会的には2008年から京都議定書の第一約束期間がはじまり、中長期的な目標設定とともにまさに現実の取り組みが求められるようになりました。さらには、2011年3月11日におきた東日本大震災の被害、福島第一原子力発電所の事故による放射能汚染や原子力発電の停止により、これまで描いてきた考え方、将来シナリオが根底から覆される事態となり、経済的な復興、電力の確保と温暖化対策の両立という難しい舵取りが求められています。研究面では、2007年に公表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次評価報告書で、産業革命前と比較して気温上昇を2℃に抑えるためには、大気中の温室効果ガス濃度をおよそ450ppmに安定化させる必要があり、2020年には先進国は1990年比25〜40%削減することが示されました。2007年にバリ(インドネシア)で開催された第13回気候変動枠組条約締約国会議(COP13)では、温室効果ガス排出削減の2013年以降の枠組みを2009年末のCOP15(コペンハーゲン)で合意・採択するという方針が合意されました(COP15では合意には至りませんでしたが)。これを受けて、わが国においても2008年から中期目標検討委員会が組織され、わが国の中期目標として6つの選択肢が試算されました。最終的には2009年6月に麻生首相(当時)によって国内削減として2005年比15%削減(1990年比に換算すると8%削減)という方針が決められました。しかしながら、2009年8月の衆院選で誕生した鳩山首相(当時)は、国連での演説で「主要国の参加を前提に2020年の温室効果ガス排出量を1990年比25%削減する(国際貢献等を含む)」と表明しました。ここから、25%削減に向けた議論が始まり、2010年4月に中央環境審議会地球環境部会のもとで組織された中長期ロードマップ小委員会では、2010年12月に中間整理として25%削減の姿を提示しました。国立環境研究所においても中期目標検討委員会や中長期ロードマップ小委員会に参加し、これまでに開発してきたAIMモデルを用いて試算結果を提供してきました。

こうした中長期的な目標設定と短期的な温暖化対策の実施が迫られる中、プロジェクト3では、低炭素社会の実現に向けて、日本のみならず世界およびアジアにおける中長期的なビジョン・シナリオを、必要となる政策オプションとともに提示することを目的としています。この目的のために、国内および国際的な制度設計の評価手法についての分析、気候変動緩和策や適応策の評価のための統合評価モデルの開発とそれを用いた将来シナリオの定量化、さらには主要国における気候変動政策に関する意思決定過程や国際交渉に関する分析を行います。以下ではプロジェクト3を構成する3つのサブテーマについて説明します。

サブテーマ1:「アジア低炭素社会シナリオ開発及び社会実装に関する研究」
サブテーマ1では、アジア地域の国レベル、地域レベルのそれぞれにおいて、シナリオアプローチの手法により温室効果ガス排出量を大幅に削減した低炭素社会の実現に必要となる社会経済の動向や対策、政策、制度などの要素について定性的に検討するとともに、ボトムアップアプローチに基づいた低炭素社会検討モデル群を用いて定量的に分析します。また、低炭素社会に向けた道筋を、バックキャスティング手法を用いたモデルにより分析し、長期的目標達成に要する中期的目標のあり方についても考察します。さらに、低炭素社会移行のための具体的な行動を引き出す社会実装を、学術面から支援することも本サブテーマの課題の一つです。想定される成果としては、(1) 日本、中国、インドなどのアジア主要国の低炭素社会シナリオ開発を通じた、気候変動の国際交渉を支援する科学的な基礎データの提供、(2) アジア主要国の低炭素社会シナリオをまとめた成果物を作成することで、政策決定者の科学的な決定の支援、が挙げられます。
サブテーマ2:「日本及び世界の気候変動緩和策の定量的評価」
サブテーマ2では、技術選択型モデルであるAIM/Enduseの日本モデル、世界モデルを対象に部門の詳細化を行い、世界モデルではさらにエネルギーサービス需要量の推計や技術普及過程の高度化などを行い、それぞれで対象とする地域の削減ポテンシャルや限界削減費用の推計を行います。また、応用一般均衡モデルであるAIM/CGEについても同様に、日本モデル、世界モデルについて改良を行い、温暖化緩和策に対する経済影響等を評価します。さらに、経済活動、温室効果ガス排出、気候変動とその影響を一体化した統合評価モデルAIM/Impact [Policy]については、多地域化、簡易気候モデルの改良を行い、気温や濃度安定化など今後予想されるさまざまな温暖化目標に対する排出経路を導出し、AIM/EnduseやAIM/CGEの基礎とします。想定される成果としては、(1) 地域や部門を詳細に分析することが可能なモデルへと改良することを通じた、地域や部門の特性を反映させた温室効果ガス排出削減費用の推計、温室効果ガス排出削減計画の検討、(2) 世界モデルを用いたさまざまなシナリオの提示による、緩和策だけでなく温暖化影響や適応策を踏まえた新しいシナリオ作成、さらに (3) 日本モデル、世界モデルを連携した分析を行うことによる国際的な削減目標に対するわが国の対策の検討、があります。
サブテーマ3:「低炭素社会構築のための国際制度及び国際交渉過程に関する研究」
サブテーマ3では、国際交渉に関して、気候変動枠組条約および京都議定書の下での国際交渉を調査し、交渉を難航させる原因を指摘し、条約外の多様な国際協力を含めた包括的な多層的気候ガバナンスを提示し、合意に至るための道筋を検討します。また、主要国の意思決定過程に関する研究として、国際交渉に影響を及ぼす主要国の気候変動政策に関する国内政治や意思決定過程の分析を行います。上記に示した多層的気候ガバナンスに主要国が合意するための方策を検討するとともに、これらの分析をふまえ、国内の気候変動政策の定性的評価も実施します。想定される成果としては、(1) 次期国際制度に関する国際交渉が難航する原因や、中長期的に目指すべき国際制度の構造を解明することによる、国際交渉に対する日本政府の交渉戦略の策定への貢献、(2) 主要国の気候変動政策に関する意思決定過程を分析することを通じた、主要国にとって受け入れられやすい国際合意の内容の把握、が挙げられます。

以上の3つのサブテーマが連携して、短期的な温暖化対策や国際交渉に関する分析から、2020〜2050年、さらには100年を超える長期的な対策までを包括する総合的な視点で、低炭素社会実現に向けた研究を行います。また、研究にあたっては、地球温暖化研究プログラムのプロジェクト1「温室効果ガス等の濃度変動特性の解明とその将来予測に関する研究」で得られる観測結果や、プロジェクト2「地球温暖化に関わる地球規模リスクに関する研究」で分析される温暖化の影響に関する推計結果とも連携しながら進めるとともに、社会経済活動の将来シナリオについては、社会環境システム研究センターで開始される「持続可能社会転換方策研究プログラム」と情報共有していく予定です。

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