2016年4月号 [Vol.27 No.1] 通巻第304号 201604_304004
将来の地球温暖化に対する都市の適応力を測る —都市レジリエンス評価のための指標とツールに関する国際ワークショップ—
1. ワークショップの背景
2015年12月7〜10日、東京大学伊藤国際学術研究センターにおいて標記ワークショップを開催しました。このワークショップはアジア太平洋地球変動研究ネットワーク(APN)、国立環境研究所、都市化と地球環境変化プロジェクト(UGEC)、WUDAPT(World Urban Database and Access Portal Tools http://www.wudapt.org/wudapt/)、東京大学サステイナビリティ学連携研究機構の協力を得て、GCPつくば国際オフィスが主催したものです。ワークショップには、ヨーロッパ、アメリカ、アジア、オセアニアなどから、さまざまな機関(都市計画担当、NGO、研究機関、学会)の異なる学問分野(工学、都市計画、環境科学、社会科学など)の専門家が参加しました。ワークショップの目的は、最近増えている異常気象の影響を軽減するために重要となる都市レジリエンス(回復力・強靱さ)の概念について検討すること、つまり、(1) レジリエンスを管理するツール、特に評価のための指針が適切か、また実行可能かを検討すること、(2) レジリエントな都市計画にはオープンソース(自由に利用できる)の地域ベースのインフラの整備が必要となるので、都市に関する情報や知識のネットワークを構築するための協力体制を進めることでした。2日半にわたる参加者からのプレゼンテーションの後、1日半は少人数のグループに分かれた発表と、議論が行われました。
2. 参加者による発表
ワークショップでは、参加者が都市のレジリエンスに関する見解を紹介し、都市計画担当者や政策決定者が方針を決定する際に貢献できるような提案をするには、どんなアプローチをとれば良いかについてそれぞれの考えを発表しました。
まず、Ayyoob Sharifi(GCPつくば国際オフィス)が「都市レジリエンスを評価するための従来のツール」について講演しました。Sharifiは、現在の評価ツールはどうやってできたのか、またその長所と短所は何かという非常に興味深い分析を行いました。
続いて、アジアでの都市レジリエンスについて、注目に値する発表がありました。発表者と講演タイトルは以下のとおりです。
Rajib Shaw(京都大学) | アジアの都市における気候災害のレジリエンス指標:行動型アプローチ |
Pakamas Thinphanga(ISET-International/タイ) | 気候変動による都市レジリエンスの構築—タイとメコン地域から得た知識 |
Vu Kim Chi(ベトナム国立大学) | ベトナム・クイニョンにおける気候変動による沿岸域の都市レジリエンス計画 |
福士謙介(東京大学) | 気候変動と都市化がもたらす健康リスクに関する途上国の都市の脆弱性とレジリエンス |
福士謙介氏の発表に関連し、Jamal Namo氏(ソロモン諸島・ディベロップメント・トラスト)がソロモン諸島でのNGOの体験を紹介しました。
地域社会的な問題(障害や順調に進行しているツール)については、3人から発表がありました。
Lilia Yumagulova(ブリティッシュコロンビア大学/カナダ) | レジリエントな人たちとは脆弱な人たちか? ロシアで社会から取り残されたコミュニティにおける洪水管理機関の長期にわたる事例研究 |
Stephen Sheppard(ブリティッシュコロンビア大学/カナダ) | コミュティの強化:気候変動への意識と気候変動に対するレジリエンスを向上させるための可視化ツール |
Christian Dimmer(東京大学) | 知識を行動につなげる—都市レジリエンス、社会革新、地域エネルギー |
災害リスク管理の観点から実際の事例として2件の報告がありました。
Cate Fox-Lent(米国陸軍工兵隊/アメリカ) | 都市レジリエンス:方法論的基礎とレジリエンスのマトリクスアプローチ |
Judd Schechtman(ラトガース大学/アメリカ) | 災害復帰プロジェクトのレジリエンス評価システム:ニューヨークを襲ったハリケーンサンディとアイリーンの事例 |
都市計画や都市化の影響、都市のレジリエンス評価における空間パラメーターの影響に関して、6人から発表がありました。
Paul Stangl(ウェスタンワシントン大学/アメリカ) | 都市の形態:レジリエンス評価の適用、論点、可能性 |
村山顕人(東京大学) | 都市のレジリエンスを評価するためのウェブサイト上の地理情報システムの開発と活用:名古屋地域における土地利用とインフラ計画 |
Peter Marcotullio(ニューヨーク市立大学ハンター校/アメリカ) | 将来の都市化と都市の高温によるリスクの管理 |
山形与志樹(国立環境研究所) | 都市のレジリエンス評価のための土地利用シナリオ |
山形与志樹の発表に関連して、Linda See氏(国際応用システム分析研究所/オーストリア)とJohannes Feddema氏(ビクトリア大学/カナダ)から、それぞれ「WUDAPTの取り組み:これまでの総括、データ収集および、データの向上」と「WUDAPTの有効性」と題する講演がありました。さらに、レジリエンスの評価や都市の比較のために局地気候帯(LCZ)を利用することや、LCZの将来の活用に関する議論が行われました。
都市のレジリエンスを持続可能性の課題とどう調和させるか、変革の概念をどう取り入れるか、不確実なシナリオにどう対応するかというテーマについては、3人から発表がありました。
Lorenzo Chelleri(グランサッソ研究所/イタリア) | 都市のレジリエンスを統括するもとで何が進行しているのか。レジリエンスの調整と2030年都市計画 |
Marta Olazabal(気候変動バスク・センター/スペイン) | 都市のレジリエンスと変革:評価指標 |
Minal Pathak(環境計画技術センター大学/インド) | 気候変動によるレジリエンスを都市計画や都市開発に組み込むためのアプローチ:アーメダバート(インド)の事例 |
このほか、Md. Humayun Kabir氏(ダッカ大学/バングラデシュ)による「ダッカ市内の住宅におけるエネルギー効率の測定をとおした都市のレジリエンスの強化」と、Perry P. J. Yang氏(ジョージア工科大学/アメリカ)による「エネルギーについてレジリエントな都市システム:設計の観点から」の発表は、都市のエネルギーのレジリエンスに十分注意を払う必要があることを強調していました。
都市計画と気候変動のモニタリングに関する課題や、それをレジリエンス計画にまとめることについて興味深い2つの発表がありました。
Ashish Shrestha(アジア工科大学院/タイ) | 気候変動に対応できる都市開発のための枠組みと指標 |
Susie Moloney(ロイヤルメルボルン工科大学/オーストラリア) | より適応可能でレジリエントな地域を目指したモニタリングと評価の向上:メルボルンの事例 |
レジリエンス評価の枠組みに関して、革新的で都市開発において実践的な(practitioner-oriented)次のようなアプローチが紹介されました。
Stelios Grafakos(エラスムス・ロッテルダム大学/オランダ) | 都市が関連する統合された持続可能でレジリエントな評価の枠組みの開発を目指して |
Fanni Harliani(アジア都市気候変動レジリエンスネットワーク/インドネシア) | 気候変動に対するレジリエンス評価における人と経済のレジリエンス指標の特定 |
丸山宏(統計数理研究所) | レジリエンスのシステム:分類と総合的戦略 |
3. セッションにおける主な議論
最初の2日間の発表を受け、参加者は、少人数に分かれてよりよい政策決定につながるレジリエンス評価の枠組みを開発する可能性について議論しました。
最も重要な議論としては、レジリエンスには2つのアプローチ(成果と過程)があることと、使えるレジリエンスは地域によって異なるので、アプローチが違ってくることが挙がりました。つまり、都市のレジリエンスについて理解しレジリエンスを管理するためのユニークなアプローチを、さまざまな事情(例えば、途上国の都市ではなく、先進国の都市で見られるようなもの)に活かすトレードオフについて議論を深めました。
評価を実施する際には、レジリエンスは一つの過程として見なされるべきであることが参加者の間で確認されました。しかし、実際にどうやって評価するかの問題は残されています。一方、レジリエンスの基準が同じでも都市によってそれぞれ事情が異なることをどのように評価できるかについては、興味深い意見が多く出ました。少人数のグループセッションで適切な都市形態の指針の選択について議論され、実例が取り上げられました。議論されてきたように、いくつかの指針は、まだ他の基本的な問題が山積している居住地には適さないかもしれません。こういう場合、都市形態のレジリエンスは社会的・制度的な課題を考慮しないで評価できるのでしょうか。どういう状況なら、特別な社会的・制度的課題を十分に考慮しないでレジリエンスを評価できるのでしょうか。これについては次のような議論へと続きました。都市はそれぞれ特徴があり成果について解釈も異なるが、都市のレジリエンスの評価の枠組みを開発する際に、先進地域においても途上国の都市においても同じことが課題(予算など)になっているということです。
すべての参加者から、以下のトピックが議論と重要なテーマとして挙げられました。(1) 変化と知識の“蓄積”を見守るコミュニティの重要性、(2) 意識の向上や協力、組織の再構築、自律適応性、問題解決のための協働の過程を通じた、災害からの復興と確実で緩やかな変化に適応するための資金とインフラ(より広範な意味での)を提供する組織の重要な役割。
評価の理念における実質的な問題点として、明らかになったものがいくつかありました。
- どういう状態や過程を評価していくか。
- 望ましいシナリオとは何か。それは持続可能でレジリエントな都市なのか。都市計画と関連性があるのか。しっかりとしたデータベースをつくっているか。
- いつ評価するのか。レジリエンス評価の目的は何か。
まず、指針として社会生態学的なレジリエンスの理論を使うことで、「何のための何のレジリエンスか」という従来からのテーマに答えられるかもしれません。これは、われわれが行っている評価プロセスに限界を設定することを意味します。空間スケール(地区、市、地域レベル)という観点だけではなく、時間スケール(過去、現在、未来のレジリエンス)および、分野(水、エネルギー、都市の形態など、またそれらの組み合わせ)も含まれます。他方、考慮すべき衝撃的な出来事や緩やかな変化(資源不足、多雨期または海面上昇による洪水、地震など、またそれらの組み合わせ)を規定することも重要です。
次に、評価プロセスを都市計画や政策決定プロセスに結びつける必要があります。例えば、都市が現在いかにレジリエントかを診断するのにこの評価を利用しているでしょうか。また、特別な戦略の進捗状況を把握し、この戦略によってどのくらい都市がよりレジリエントになるかという評価をしているでしょうか。
科学的見解および都市開発担当者の見地から関心が集まった議論から、2つの重要なテーマが注目されました。(1) 都市のレジリエンス計画を実施する際の障壁(硬直的な制度、汚職、貧困、環境劣化、文化的側面など)、(2) こうした計画がもたらす変化への応答やコミュニティの関わり、気候変動への適応、資源効率をもたらす可能性のある機会などの状況。
4. ワークショップの成果と今後の計画
今回のワークショップを通じて得られた貴重な意見は、GCPの研究計画の今後の展開に活かされます。WUDAPTとの協力においては、炭素排出を抑制しつつも生活の質を上げながらよりレジリエントな都市を開発するインフラの提供を目的とする枠組みができました。特に今後の目標として、近隣地区を同一視したり特徴付けたりするためデータ量を増やすこと、個々の都市をマッピングすること、シナリオを開発し評価枠組みを展開するためのデータの活用を進めること、都市間で情報交換できるような能力を構築することが挙げられます。また、このワークショップで展開された見解に基づき、論文を準備することも視野に入れています。
本ワークショップ開催にあたり、ご協力をいただきました共催団体のみなさま、特に、資金的なご支援をいただいたAPNと国立環境研究所に厚く御礼申し上げます。
なお、本ワークショップのブログラムと発表スライドはGCPつくば国際オフィスのウェブサイト(http://www.cger.nies.go.jp/gcp/)からダウンロードできます。
略語一覧
- グローバルカーボンプロジェクト(Global Carbon Project: GCP)
- アジア太平洋地球変動研究ネットワーク(Asia‐Pacific Network for Global Change Research: APN)
- 都市化と地球環境変化プロジェクト(Urbanization and Global Environmental Change: UGEC)
- 局地気候帯(Local Climate Zones: LCZ)
*本稿はOLAZABAL Martaさん、SHARIFI Ayyoobさん、山形与志樹さんの原稿を編集局で和訳したものです。原文(英語)も掲載しています。