2016年4月号 [Vol.27 No.1] 通巻第304号 201604_304002

COP21座談会:京都議定書から18年、「パリ協定」は新たなスタート

出席者(五十音順):
亀山康子さん(社会環境システム研究センター 持続可能社会システム研究室長)
久保田泉さん(社会環境システム研究センター 環境経済・政策研究室 主任研究員)
松永恒雄さん(環境計測研究センター 環境情報解析研究室長)
向井人史さん(地球環境研究センター長)
司会:
広兼克憲(地球環境研究センター 交流推進係)
  • 地球環境研究センターニュース編集局

京都議定書以来の気候変動に関する国際条約:「パリ協定」

広兼

2015年末パリで開催された国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)では、2020年以降の地球温暖化防止の国際枠組みである「パリ協定」が採択されました。途上国を含めたすべての国が国内で決定する国別約束(Nationally Determined Contribution: NDC)を国連に提出し、5年ごとにそれをブラッシュアップしていくことも決まりました。これにより、地球環境、温室効果ガスに関するさまざまな研究や、地球温暖化防止の具体的な取り組みをさらに進めなければなりません。地球温暖化防止にとって歴史的なイベントとなったCOP21をきっかけに、地球環境研究センターとしても一層地球温暖化問題に関心をもっていただけるよう、努力していきたいと思います。

最初にCOP21とその結果について、ポイントと思う点を挙げてください。

久保田

ポイントは、「パリ協定」という法的拘束力のある国際条約のなかで、産業革命以降の平均気温上昇を2°C未満に抑える目標、さらに努力目標として1.5°C未満について触れたこと、それから今世紀後半に温室効果ガスの人為的排出と吸収をバランスさせるという長期的な方向付けがされたことです。

亀山

「パリ協定」は1997年の京都議定書以降18年ぶりに成立した国際制度です。採択された瞬間は“画期的な合意”と喜んだのですが、1か月たって冷静になってみると、やはりこの程度のことしか国際社会は合意できないのだなという、現実に戻った気持ちが、私のなかにはあります。もちろん合意できたのは素晴らしいことですが、ようやくスタート地点に立ったということだと思っています。

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左から:広兼、亀山、向井、久保田、松永

松永

私は2012年にドーハ(カタール)で開催されたCOP18から参加するようになりました。実際の交渉ではなく、展示やプレゼンテーションでの参加です。COP21でもいろいろな国がパビリオンを構えて、展示だけではなく、各国の意図を十分に含んだサイドイベントやプレゼンテーションを行っていたことが、印象に残りました。そういう意味では「パリ協定」が結ばれる前に、各国は予想されるCOP21の合意内容に対する自国のスタンスをパビリオンで打ち出す方針でこの会議に臨んでいたのだと思います。

向井

私はCOP21には参加していませんが、「パリ協定」が1.5°C未満という厳しい目標にも言及しているのは評価できます。一方、二酸化炭素(CO2)の人為的排出を今世紀末には実質ゼロにするということについては、気になっていることがあります。世界の温室効果ガスの排出と生態系による吸収をバランスさせると、どこかで濃度は増えなくなりますが、排出量ゼロということではありません。排出し続けながら吸収させるという地球の循環にうまく合わせることなので、科学的には検討する必要があります。もう一点、気になっているのは、排出削減目標をたてていますが、削減基準が各国違っていますし、本当に削減されているのかをどうやって検証していくのかいうことです。また、2°C目標に向けて取り組んでいるときに地球の炭素循環の仕組みが変わり、さらに削減が必要になるという事態が生じた際にどう対応するかという議論についても今後考える必要があると思います。

長期目標達成に向けた進捗状況の確認:グローバル・ストックテイキング

広兼

各国が2025/2030年までにこれくらい削減するという目標は集まってきているようですが、2°C目標、1.5°C目標の達成目処は立っているのでしょうか。

久保田

今回、グローバル・ストックテイキングという仕組みが作られました。ストックテイキングとは、「棚卸し」を意味する英語ですが、外交交渉の文脈では、いろいろと行われていることをまとめ、進捗状況を評価することを意味します。「パリ協定」では、緩和に関する長期目標(2°C未満目標や今世紀後半に人為起源の排出と吸収とをバランスさせること)と適応に関する世界目標の達成に向けて、国際社会はどれくらい温暖化対策を進めてきたのかなどを5年ごとに評価するものです。その結果を受けて、2°C未満目標というゴールに向かってどのように進んでいくかを考えることが重要なわけですが、「パリ協定」には、この結果を各国がそれぞれ役立てる、といったことが書いてあるだけです。

向井

自分の国はこれくらい削減したほうがいいのではというコンセンサスは、会議場で生まれるものなのでしょうか。あるいは、中国がチャレンジングな数字を出したから、アメリカも対抗しなければというような、対抗意識のようなものはないのでしょうか。

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久保田

COPの場では難しいでしょう。今回のCOPでは、各国があらかじめ目標を提出していますので、そういう議論はありませんでした。各国の削減目標値を200か国近くが集まる場で話し合うことは難しく、今後もたぶんないと思います。しかし、各国は、どの国がどのような国別約束を出すかを注視しています。

中国、インドとの協力関係

広兼

世界最大の排出国になった中国、今後の排出増加が予測されるインドと、どう協力していくことが必要か、ご意見があればお聞かせ下さい。

亀山

中国とインドについては、研究者が初期の段階で入っていかなければならないと思います。どういう意味かというと、交渉担当者がCOPに行った後で、研究者がサポートできる部分は限られています。研究者はまだ国の意思決定が定まっていない初期の段階で、政府にいろいろな情報を提供していかなければなりません。中国には10年程前から欧米や日本の研究者が入り、中国の研究者と共同研究を5年くらい行い、それでようやく彼らからデータを提供してもらえるようになりました。また、欧米や日本の研究成果を中国の研究者や政府関係者に活用いただけるようになりました。それが、中国の省エネや最終的に約束草案につながっていくわけです。同じことがインドでも起きていて、欧米の研究者はインドでインドの削減ポテンシャルの研究を進めています。インドは中国と比べると、政府関係者だけでなく議会の支持がより重要となりますので、幅広い層を巻き込んでいく必要があるように思われます。

向井

観測では、国立環境研究所(以下、国環研)はインドと研究協力をしていますが、政策のほうではどうですか。

亀山

アジア太平洋統合評価モデル(Asia-Pacific Integrated Model: AIM)チームが研究を開始した直後、1995年頃からインドの研究機関と研究を進めています。

向井

AIMがうまく機能して、インドの排出量の計算にも反映されているのでしょうか。

亀山

AIMのモデルしかないという状態ではありません。インドにはインドエネルギー資源研究所(TERI)があり、いろいろな計算ができています。温室効果ガスを削減するべきと思っている人たちが、自分たちのモデルをもっているということは重要です。

ほかの国際条約との連携の重要性

広兼

久保田さん、ほかの国際的問題、水問題(資源問題)、食糧(農業)問題、人口(生物多様性)問題と気候変動問題の関係について今後、どのような議論が進むと思われますか。

久保田

2015年は持続可能な発展にとっては非常に重要な年でした。9月25〜27日にニューヨークで開催された国連サミットで、持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)が採択されました。SDGsの目標のなかで、温暖化については、国連気候変動枠組条約で話し合った結果を組み込むということになっています。SDGsや「パリ協定」という目標ができたのですから、今後どのように実現させていくかという議論をしなくてはなりません。生物多様性条約、気候変動枠組条約、オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書など、基本的には条約ごとの役割分担がありますが、条約を政策的に連携させていく必要性はますます高まるのではないかと思います。

展示ブースで国としてのPRを

広兼

先ほど、松永さんから、各国が国として強調したいことを展示ブースやサイドイベントに反映させているというお話がありました。国環研がCOPで今後もいろいろなインプットをしていく際に、いいアイデアがあったら聞かせてください。できるなら実現したいと思います。

松永

私が参加してからのCOPでは、各国のパビリオン、展示を含めて、入場制限があり、非常に限られた客層に対する活動が主でしたが、今回、開催国のフランスは、COPの会場外など比較的アクセス制限がゆるいところにいろいろな場(COP21の会場に隣接したClimate Generations areaなど)をつくりました。その結果今まで限られた人たち向けのプレゼンテーションだったものが少し変わった感があります。

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広兼

パリは11月にテロ事件があり、COP21の開催が危ぶまれていた状況ですから、むしろ閉鎖的なのかなと思っていましたが、それは意外です。

松永

一般の観光客は減少しているという話でしたが、もともとCOPに参加しようとした方の数はそんなに減らなかったのではないでしょうか。

向井

COPのサイトイベントや展示ブースで、国の交渉が具体的に進むというケースはありましたか。

松永

各国のパビリオンでは少しあるのかもしれませんが、国環研を含むNGOの展示ブースで交渉が行われることはまずありません。ブースでは交渉に疲れた人たちが立ち寄ってくれたときに、雑談したり、会議の雰囲気を聞いたりすることはあります。今回の展示では、私たちが研究成果を説明した後で、自分の国の学生を受け入れてくれるのかとか、国環研に行くと学位がとれるのか、という質問を毎日のように受けました。

亀山

途上国の方からそういう質問がたくさんありましたね。

久保田

学位授与権限があるところかどうかということですね。

向井

それとCOPとは、関係があるのでしょうか。

松永

とにかくどの国も温暖化問題を科学的に理解している人を増やしたいのだと思います。そのためには教育をしなければいけない。それもたぶん大学院、できれば研究機関とつながりがあるところがいいと思うのでしょう。国環研がどこかの大学の付属機関でこの分野で学位が取れたら良いのかも知れません。

向井

既存の大学の枠組みにとらわれないで、たとえばこの研究所が教育機関となることができるようにするとか、そういった大きな仕組みをつくるのも日本の貢献になるかもしれないということですね。

松永

そういうことですね。

「パリ協定」での適応策の目標は?

広兼

これまでCOPでは緩和策中心の国際枠組みが議論されてきましたが、適応についてはどのような国際的協力が進んでいくと考えられますか。

久保田

京都議定書にはほぼ緩和策のことしか書かれていませんでした。一方、「パリ協定」には、緩和策だけではなく、適応策、資金、技術、キャパシティ・ビルディング、透明性(温暖化に関する各国の情報の提出とレビューなど)が含まれていることがポイントです。なかでも、適応は、緩和と同程度の扱いにしてほしいという途上国からの強い要望がありましたから、適応のパーツなしでは「パリ協定」は合意できなかったでしょう。「パリ協定」のなかの適応については、温暖化影響に対する適応能力を強化する、レジリエンスを高める、温暖化影響への脆弱性を低くするという目標が立てられています。先ほどお話したグローバル・ストックテイキングでは、途上国の適応に向けた努力や先進国から途上国への適応支援に関する評価をすることになっています。ただ、今お話ししたように、非常に漠然とした内容です。

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広兼

緩和策は何パーセント削減とか数字とともに示されるのに対して、適応策は定性的な目標にしかなっていないのでしょうね。

向井

資金は緩和策だけではなく、適応策にも使われるのでしょうか。

久保田

はい。内容については、一部決まったところもありますが、具体的にはこれから議論します。

向井

実際被害が起きたとき、たとえば、海面上昇が起きて住民が移住したときの損害賠償の議論がされましたね。それは資金支援に含まれるのでしょうか。

久保田

損失と損害(ロス&ダメージ)という議論ですが、資金支援には含まれていないと思います。

向井

その損害が本当に温暖化の影響によるものなのかということも含めて、難しいです。

久保田

アフリカ諸国や小島嶼国は、「パリ協定」の重要な柱として、損失と損害を合意に含めることを求めていました。他方、先進国は、損失と損害を「パリ協定」に盛り込むと、それらについての法的責任追及や損害賠償請求といった道を開いてしまうため、強く反対していました。結局、損失と損害は「パリ協定」に盛り込まれましたが、具体的な取り組みは今後検討することになっています。そして、COP21決定では、先進国の懸念に応えて、損失と損害に関する「パリ協定」の規定は、損害賠償請求等の基礎とはならないと書いてあります。おそらく先進国は、国の責任につながらない形の支援にしたいと思っています。何かひどい気象災害が起こったとき、たとえば台風の襲来による被害に対する支援はあるかもしれませんが、気候変動枠組条約や「パリ協定」のもとでの温暖化による損失と損害に苦しむ人たちへの継続的な支援というのは難しいだろうと思います。

松永

「パリ協定」での資金はそういう事態が起こる前に手を打つためのものですね。

「パリ協定」の目標達成に向けて、国環研ができること

広兼

環境省はじめ、行政機関と国環研はそれぞれの立場で「パリ協定」の目標達成に向けて努力していかなければなりません。これから行政と研究所、国民がどんなふうに協力していったらいいでしょう。

向井

これは結構壮大な話で、明確な答えはないのですが、以前亀山さんが、日本の個人の意識は高いので、国の政策より個人ベースの草の根的な対策の方がむしろ機能していくのではないかとおっしゃっていました。確かにそうかもしれません。われわれ研究者は国の政策貢献だけではなく、市民や自治体とともに対策や影響適応などを検討したりすることで状況が開けるのかもしれません。

亀山

地球温暖化については、国環研では、百貨店のようにいろいろな分野の研究を行っていますから、それぞれの研究者がその分野でのリーダーになって、研究成果を発信し続けることが重要だと思います。なかでも社会環境システム研究センター職員は、行政に対してだけでなく、一般市民向けにわかりやすく情報発信する必要があると思います。COP21で久しぶりに世の中が地球温暖化問題について盛り上がったかなと思ったのですが、年を越すと忘れられそうな気がします。この地球環境研究センターニュースやウェブサイトなどで、みなさんの関心を引きつけられるような工夫ができるといいです。

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久保田

2030年度の温室効果ガス排出量を2013年度比で26%削減するという日本の約束草案について、ある新聞記事に、“26%”という数字を知っていた人の割合がたったの6%という調査結果が出ていました。また、約束草案が出た直後の2015年7月の国環研の夏の大公開で、来場者の約2割が約束草案やエネルギーミックスについて知らなかったことに、担当の研究者も驚いていました。

広兼

研究所にいらした方のうち8割近くが知っていたのですから、それは高いような気がしますが。

久保田

約束草案が出た直後でしたし、国環研のイベントに来るのは温暖化問題に非常に関心が高い方々なので、それでも2割近くの方が知らないということに研究者は危機感を表していました。こうすればうまくいくという方法はないのですが、私たちはいろいろなチャネルを使って情報発信していかなければいけないと改めて感じています。もう一つは、今後、自治体が適応計画を作っていくことになるので、自治体が必要としている温暖化に関する情報、特に影響に関する情報を提供し、自治体とのつながりをつくり、自治体が進める新たな街づくりをとおして温暖化問題にもっと関心をもってもらえるようにしたいと思います。

松永

一方、観測やモデリングなどの科学研究の成果をIPCC等に反映させて、そのアウトプットをCOPにつなげていくということをきちんと継続していく必要があります。さらにそれと並行して、先ほどお話したように、キャパシティ・ビルディングや教育に関するニーズにどう応えるのかを考えることでしょう。

*この座談会は1月21日に行われました。

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