2011年12月号 [Vol.22 No.9] 通巻第253号 201112_253003

温暖化研究のフロントライン 16 統合された研究から新しい知見が生まれる

  • DHAKAL Shobhakar(ダカール・ソバカル)さん
    (グローバルカーボンプロジェクトつくば国際オフィス 事務局長)
  • 専門分野:エネルギーと炭素システムの分析
  • インタビュア:三枝信子(地球環境研究センター 陸域モニタリング推進室長)

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地球温暖化が深刻な問題として社会で認知され、その科学的解明から具体的な対策や国際政治に関心が移りつつあるように見えます。はたして科学的理解はもう十分なレベルに達したのでしょうか。低炭素社会に向けて、日本や国際社会が取るべき道筋は十分に明らかにされたのでしょうか。このコーナーでは、地球温暖化問題の第一線の研究者たちに、自らの取り組んでいる、あるいは取り組もうとしている研究やその背景を、地球温暖化研究プログラムに携わる研究者がインタビューし、「地球温暖化研究の今とこれから」を探っていきます。

DHAKAL Shobhakar(ダカール ソバカル)さん

  • 1970年 ネパール生まれ
  • 2000年 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了
  • 2000〜2006年 (財)地球環境戦略研究機関において、気候政策プロジェクトおよび都市環境管理プロジェクトに従事
  • 2006年より GCPつくば国際オフィス((独)国立環境研究所内)事務局長

写真撮影はもっとも好きな趣味のひとつです。それ以外では読書、とくに歴史、宗教、哲学に関するものや、旅行や水泳も時間をみつけては楽しんでいます。

多岐にわたるGCPの使命

三枝:ダカールさんは、国立環境研究所地球環境研究センター内に設置されたグローバルカーボンプロジェクト(GCP)[注]つくば国際オフィスの事務局長として、2006年から勤務されています。まず、GCPについて簡単に説明していただけますか。

photo. グローバルカーボンプロジェクトつくば国際オフィス 事務局長 DHAKAL Shobhakar(ダカール ソバカル)さん

ダカール:GCPは地球システム科学パートナーシップ(ESSP)により実施されている国際的な科学プログラムで、国際科学会議(ICSU)と国際社会科学協議会(ISSC)の枠組みのもとで活動しています。GCPの研究テーマは炭素循環と炭素管理です。GCPは炭素循環と炭素管理に関する自然科学や社会科学の分野の研究コミュニティの協力を得て、統合された共通の知識基盤を確立し、研究計画を作成し、高いレベルの革新的な研究を進めます。また、GCPは炭素循環に関する研究を国際的にコーディネートする役割をもち、科学的知見や人的能力が不足している地域に研究コミュニティを立ち上げるなどの、キャパシティ・ビルディングの支援も行っています。さらに、炭素管理に関する科学と政策担当者との連携を強化することもGCPの重要な使命です。

fig. ICSCおよびISSCのもとで活動する国際的な科学プログラム

ICSUおよびISSCのもとで活動する国際的な科学プログラム

三枝:GCPの活動は非常に広い範囲に及んでいますね。ところで特定の研究テーマを選んでそれを深く掘り下げる従来型の研究と、幅広い分野の知見を集めて統合することから始めるGCPのような知識融合型の研究との違いは何でしょうか。

ダカール:それは非常に重要なポイントです。研究は長い時間をかけて一つの学問分野を極めていくことが多いのですが、社会に、より関連のある研究を行おうとすると、特定の分野の研究を掘り下げても答えを得ることができず、どうしてもさまざまな分野の知識が必要となることがあります。そのような場合、誰かが異なるコミュニティや異なる分野の研究者と連携をとって知見を統合しなければなりません。そうやって統合された知識のなかから、従来型の研究では得られない新しい知見が生まれます。

人間的側面と社会科学的分野に力を入れるつくば国際オフィス

三枝:GCPの国際プロジェクトオフィスは世界にどれくらいあるのでしょうか。

ダカール:つくばのほかに、オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)にキャンベラ国際オフィスがあり、二つの国際オフィスは非常に密接に連携しています。国際プロジェクトオフィスは日本とオーストラリアの二つですが、中国と韓国にはGCPの関連オフィスがあります。つくば国際オフィスは特に人間的側面と社会科学的分野に力を入れています。

三枝:GCPつくば国際オフィスの重要な成果として、どんなことが挙げられますか。

ダカール:重要な活動が二つあります。第一に都市と地域の炭素管理(Urban and Regional Carbon Management: URCM http://www.gcp-urcm.org/)​イニシアティブを立ち上げたこと、第二に、全球の炭素収支評価です。私たちは科学者のネットワークやコミュニケーションを創り出し、知識の統合化を行いました。最も重要なのは、IPCC、全球エネルギー評価(Global Energy Assessment: GEA http://www.globalenergyassessment.org)、​地域炭素収支評価(Regional Carbon Cycle Assessment and Processes: RECCAP http://www.globalcarbonproject.org/reccap/)​のような重要な国際的アセスメントに深く携わったことです。とくにRECCAPは地球全体の炭素収支が現在どこでどうなっているかについて最新の知見をとりまとめるためにGCPが立ち上げた活動です。また、GEAでは、私たちは都市の章のとりまとめに重要な役割を果たしました。

専門分野を活かしてコーディネート

photo. 地球環境研究センター 陸域モニタリング推進室長 三枝信子

三枝:多くの研究者は、専門教育を受ける過程で一つの学問を深く学びます。ダカールさんも日本の大学院で学位を取得しましたが、現在はGCPつくば国際オフィスの事務局長として幅広い学問分野を融合するお仕事をしています。私から見ると、一つの専門分野を深く修得させようとする日本の大学院のシステムと、ダカールさんの現在のお仕事の間にギャップがあるように見えるのですが、現在のお仕事をするようになったきっかけを教えてもらえますか。

ダカール:私は東京大学で都市工学の学位を取得し、(財)地球環境戦略研究機関で気候政策プロジェクトや都市環境管理プロジェクトに携わりました。融合型の研究については以前からずっと興味をもっていました。幸いなことに、GCPの活動を行うなかで、同時に自分が興味をもつ研究を進める機会もあるのです。GCPは私がつくば国際オフィスの事務局長に就任する以前に設立されていて、都市の炭素管理に関する分野に取り組もうとしていました。それは私が長く学んできた専門分野です。ですから、私が事務局長として炭素循環や炭素管理に関する幅広いテーマの研究計画を策定しているときに、都市における炭素管理の研究計画のなかで、私自身の専門分野である都市のエネルギーや都市における炭素管理の研究も進めることができるのです。個人的な見解ですが、GCPの事業が成功している理由の一つは、事務局長が自分の専門分野の研究を進めながら、事務局長として行うべき包括的な研究計画の策定を行っていることだと思っています。

GCPと国環研との共同研究がもたらす相乗効果

三枝:GCPつくば国際オフィスが国立環境研究所(以下、国環研)にある意義はどのようなところにあるとお考えですか。

ダカール:国環研のように炭素循環と炭素管理の幅広い分野の研究者のいる組織のなかで仕事をすることは、GCPにとって、とても意味のあることです。国環研の研究者から学問的な支援を得られますし、同時にGCPは、国環研をはじめ国内の研究者が国際的な科学コミュニティで活動する機会を提供することができます。GCPは日本の研究コミュニティと国際的なコミュニティとの架け橋となるのです。これは相乗効果を生みます。たとえば、観測やモデル開発に従事する国環研の研究者がGCPの全球的なプログラムに参加すれば、彼らにとっても研究プログラムにとっても非常にいいことです。つまり、GCPと国環研は理想的なカップルなのです。

三枝:おっしゃるとおりですが、正直に言いますと私から見て両者の間にはまだコミュニケーションが不足していると感じています。国環研をはじめとする国内の研究者らとGCPがもっとコミュニケーションをとって互いを理解し協力するためには何が必要だと思いますか。

ダカール:私の個人的な意見ですが、優秀な研究者に共同研究に参加していただくには二つのものが必要です。一つは資金です。十分な資金があれば特定の研究テーマについて共同研究を始めることができます。もう一つは魅力的な研究計画を作ることです。研究計画が非常に魅力的であれば、たとえ資金がなくても研究者が参加するモチベーションになります。GCPが事業を始めるときいつも十分な資金があるわけではないので、いろいろな人との交流を通して面白いアイデアを考え、まずそのアイデアに賛同する少人数の研究グループを作ります。それがうまく運んだら活動を開始し、研究に資金提供をしてくれるところを探します。異分野の人たちがコミュニケーションをとり、お互いの活動に参加することが重要です。自分の専門分野にこだわらずに、新しい分野を開拓しようとする研究者の意欲も大切です。

三枝:そうした異分野コミュニケーションによってもたらされた最近の成功事例を紹介していただけますか。

ダカール:URCMについては、山形与志樹さん(GCP科学推進委員、地球環境研究センター主席研究員)や甲斐沼美紀子さん(社会環境システム研究センターフェロー)や一ノ瀬俊明さん(社会環境システム研究センター環境計画研究室主任研究員)らと連携し、広島大学、名古屋大学などとも協力し、東京大学のサステイナビリティ学連携研究機構(IR3S)とは共同でイベントを開催しています。RECCAPについては、伊藤昭彦さん(地球環境研究センター物質循環モデリング・解析研究室主任研究員)が活発に協力してくれていますが、もっと日本の研究者に参加してもらおうとしているところです。国際的な研究プログラムはオープンで、議論も活発で、より総合的な知識を創造しようという気運があります。日本人の研究者は、あまり積極的に議論に参加しない傾向がありますから、もっと国際的なプログラムに参加してほしいと思います。そういう架け橋にもなりたいので、私はGCPの科学運営委員会の委員の募集やさまざまな研究プログラムの情報を国環研の研究者に送っています。自分の専門分野に合う国際的なプログラムがあることを知ってほしいのです。

URCMとRECCAPがもたらす可能性

三枝:URCMとRECCAPについて少し詳しく説明していただけますか。いつ頃から行われ、成果としてはどんなものが挙げられますか。

ダカール:URCMは5年前に始まったもので、これまでに国際学術誌に三つの特集号を発表しました。都市のエネルギーと炭素モデリングフォーラムを立ち上げ、この分野の研究者を集めてモデルと分析に関するプレゼンテーションや議論を行いました。名古屋大学、アジア工科大学院(AIT)、国際応用システム分析研究所(IIASA)、ポツダム気候影響研究所、オランダ・エネルギー研究財団、地球環境変化の人間的側面に関する国際研究計画(IHDP)などと一連の会議を共催しました。東京大学のIR3Sとも会議を開催するなど、さまざま国際的アセスメントの支援を行っています。

こうした活動の中で、GCPの活動に直接的・間接的に関係するものをあわせて40以上の論文が発表されています。炭素収支のイニシアティブについては国環研からも記者発表し​(http://www.nies.go.jp/whatsnew/2011/20111205/20111205.html)、​日本でもさまざまなメディアで取り上げられました。しかしこれで十分とは決して思っていません。

RECCAPについては、炭素循環や炭素管理に関する知識や情報が不足していると思われる南アジア・東南アジアをこれから総合的に取り扱っていきます。南アジア・東南アジアの情報不足を埋める上で、国環研をはじめ日本の研究者は重要な役割を果たすことができるでしょう。日本には南アジア・東南アジアに関する幅広い専門分野の研究者が数多くいますから、GCPはこれらの研究者を通してアジアと強いつながりをもつことができます。

三枝:南アジア・東南アジアには観測データにおいても知識においても大きな空白域があります。こうしたギャップを埋めるために、私たちは何ができるでしょうか。

ダカール:南アジア・東南アジアに関する研究をさらに進め、研究者のネットワークを構築し、協力してこの地域での技術的・人的能力の開発を行うことです。その一環として、つい先日、GCPはアジア太平洋地球変動研究ネットワーク(APN)や海洋研究開発機構(JAMSTEC)などとインドでワークショップを共催しました。私は、まず、この地域における統合された知識を得るために必要となる情報は何かということを示さなければならないと思います。RECCAPの評価によりいくつかアイデアはあります。また、RECCAPから得られた知見に基づき、この地域特有のギャップは何かを評価し、情報の基盤を整備しなければなりません。そうすれば、いろいろな地域においてどうやって研究ネットワークを構築するかを検討することができます。こうした地域においては、計画を立案し思考しながら進めていくことが要求されています。

photo. インタビュー

すぐに取り組むべき緊急性の高いテーマは?

三枝:課題はたくさんあります。緊急性の高いテーマは何ですか。

ダカール:2001年に設立され10年が経過したGCPは2011年から第2期が始まり、今後10年間でたいへん重要となる活動があります。雑誌「Current Opinion on Environmental Sustainability」のなかで、炭素循環の研究における将来の方向性を示しました。これは今後GCPが取り組む研究課題のガイドラインです。途上国の森林減少・劣化に由来する温室効果ガス排出の削減(REDD+)や土壌・土地に関する炭素管理、負の排出(negative emission)、地球システムのさまざまな要因と炭素との関係、全球的な炭素観測システムなどは緊急性の高いテーマです。いまからGCPの事業のいくつかを国環研や日本の科学コミュニティと共同で進められれば、成果が得られるはずです。

専門分野を越えた研究に挑戦してほしい

三枝:このニュースレターは若い研究者や学生、地球環境問題に関心のある一般の人たちに読まれています。最後に読者にひとこと、メッセージをお願いします。

ダカール:GCPはとてもオープンな組織でいろいろな機関と共同研究を行っています。一緒に研究を進めたいという人ならどなたでも歓迎します。予算的に恵まれているとは言えませんが、興味深い研究計画や科学的なネットワークがあります。GCPの強みは、研究者のコミュニティをまとめ、研究計画を作成し、研究を促進できることです。また、GCPは、適用・応用を目指した活動も進めたいので、政策決定者や社会に直接貢献できる研究を行っていきたいと思います。GCPの事業はさまざまな学問分野を統合して行っていますから、自分の専門分野を越えた研究に挑戦する勇気のある人を求めています。協力していただけるあらゆる機会、共同研究のあらゆる可能性、どんな提案も大歓迎です。

脚注

  • グローバルカーボンプロジェクト(Global Carbon Project http://www.cger.nies.go.jp/gcp/)​は、地球システム科学パートナーシップ(ESSP)により実施されている国際的な科学プログラム。2001年設立。2004年につくば国際オフィスが国立環境研究所地球環境研究センター内に設置された。

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