2011年12月号 [Vol.22 No.9] 通巻第253号 201112_253005

高山帯植生モニタリング

環境計測研究センター 環境情報解析研究室 主任研究員 小熊宏之

積雪、寒冷、強風といった極めて厳しい条件に存在する高山帯の生態系は、地球温暖化に対して最も影響を受けやすい生態系の一つとして指摘されています。世界各地の高山帯において、動植物の分布域がより高い標高域に上昇しているといった報告もなされており、モニタリングの重要性は国際的な共通認識となっています。高山植物を例にとると、展葉から開花、紅葉、落葉といった植物の季節変化、すなわちフェノロジーは、積雪や融雪時期、さらに生育期間中の気温・日射量によって強く影響を受けます。そのため、気候変動による積雪等の変化は、群落を構成する植生種や分布などにも影響をもたらす可能性があります。しかしながら高山帯での現地調査を多点かつ長期間継続するのは大変な労力が伴い、限定的な調査にならざるを得ません。近年では人工衛星観測により数10cmの解像度をもつ画像が入手できますが、衛星の回帰周期に加え、観測時の天候条件に左右され、高頻度の観測は期待できません。一方、デジタルカメラを観測点に固定し、任意の頻度で撮影を繰り返す、いわゆる定点撮影は、安価に開始できることに加え、高解像度かつ時系列的な変化を観測する手段として非常に有効です。さまざまな山系での標高・斜面方位別に降雪開始時期、融雪の速度、植物の紅葉時期などを把握できるデジタル画像を撮影・蓄積することで、高山帯における植生変化の有無や、その変化要因を探るための科学的知見が得られることが期待できます。

そこで国立環境研究所地球環境研究センターでは、日本最北端の高山である利尻山をはじめ、北アルプスなどの中部山岳地域の高山帯を中心に、自動撮影カメラを多点に設置し、積雪・融雪と、植生フェノロジーの広域把握を目的としたモニタリングを平成23年度から開始しました。平成21年度から試行調査期間を設け、カメラ設置箇所の現地調査を行ってきました。また、立山室堂山荘(富山県中新川郡立山町)の協力により、立山の試行撮影を行い(写真1)、市販のデジタルカメラ画像による融雪速度の算出や、色情報による植生フェノロジーの把握手法の開発を行いました(図1)。

photo. 試行撮影

写真1立山室堂山荘からの試行撮影

fig. 融雪速度の解析例

図1立山室堂山荘のカメラによる融雪速度の解析例

平成23年度からは、前出の立山室堂山荘の撮影を継続すると共に、上高地周辺の北アルプスを中心にカメラの装着を開始しました。同地域はNPO法人「北アルプスブロードバンドネットワーク​(http://www.northalps.net/)」​によって山小屋間の無線LAN環境が整備されています。そこで同ネットワークと、加盟している山小屋の全面的な協力を得て、モニタリング用のカメラを山小屋の壁面等に装着し、長距離無線LANにより画像転送を行うこととしました。まず、対象域の全体をカバーするために槍ヶ岳山荘と蝶ヶ岳ヒュッテにカメラを装着し、継続撮影を開始しました(写真2、3、4)。−30℃まで使用可能な監視用のデジタルカメラを専用の防水ハウジングに格納し、30万画素程度のアナログ動画をリアルタイム転送するほか、500万画素のJPEG静止画像を3分おきに撮影し、同時に転送します。この2カ所からの撮影範囲を確認するため、国土地理院から提供された対象山岳域の標高データ(10mメッシュ数値標高モデル)を用いた解析を行い、撮影範囲を図化したものを図2に示します。梓川を挟んで常念山脈側と槍ヶ岳〜穂高岳間の高山帯がカバーされていることがわかります。カメラの設置場所は冬季間も積雪のない場所を選定しており、厳冬期の撮影と画像転送を継続します。

photo. 観測カメラ

写真2蝶ヶ岳ヒュッテに装着した観測カメラ

photo. 槍の穂先(山頂)〜蝶ヶ岳

写真3槍ヶ岳山荘からの撮影画像 槍の穂先(山頂)〜蝶ヶ岳 2011年11月4日13:22撮影

photo. 前穂高岳〜槍ヶ岳

写真4蝶ヶ岳ヒュッテからの撮影画像 前穂高岳〜槍ヶ岳 2011年11月16日9:22撮影

fig. 撮影範囲の解析

図2撮影範囲の解析 ピンク色が写真3、黄緑が写真4の撮影範囲

平成24年度からは他の山小屋へのカメラ装着を進め、不可視域を極力少なくしたカメラ配置により、高頻度かつ高解像度の撮影ネットワークを構築していくと共に、約50年前に撮影された航空写真と最新の航空写真を用いた対象域の植生判読を行い、高山植物群落の長期変動の有無を確認する予定です。

高山帯の変動要因は温暖化以外にも、シカ等による高山植物の食害をはじめ、過剰な登山客による踏み荒らし、斜面の崩落などさまざまな要因が存在しています。よって短期的なモニタリングのみからでは、温暖化の影響だけを分離して評価することは困難であるため、モニタリング開始から数年間は、気象要素の年々変動がフェノロジーに与える影響を捉えることが最初の課題になると予想しています。同時に、植生のプロット調査など、より詳細な現地データとを統合した研究が必要不可欠であるため、環境省のモニタリングサイト1000をはじめ、大学等の研究者との連携を深めていくことが今後の課題であると考えています。

ご意見、ご感想をお待ちしています。メール、またはFAXでお送りください。

地球環境研究センター ニュース編集局
www-cger(at)nies(dot)go(dot)jp
FAX: 029-858-2645

個人情報の取り扱いについては 国立環境研究所のプライバシーポリシー に従います。

TOP