2011年9月号 [Vol.22 No.6] 通巻第250号 201109_250005
環境研究総合推進費の研究紹介 7 新指標 “アイソトポマー” から温暖化関連ガスを知る 環境研究総合推進費A-0904「温暖化関連ガス循環解析のアイソトポマーによる高精度化の研究」
1. 環境研究総合推進費A-0904の概要
環境研究総合推進費A-0904「温暖化関連ガス循環解析のアイソトポマーによる高精度化の研究」(代表者:吉田尚弘)は平成21年度に開始され、今年度は最終年度として成果をまとめている段階である。本課題は、1) アイソトポマー計測と解析、2) 大気濃度観測、3) 理論計算、4) 数値モデリングの4つのサブテーマで構成され、国内2つの大学(東京工業大学、上智大学)と2つの研究機関(国立環境研究所、海洋研究開発機構)に所属する研究者が参加しているプロジェクトである(図1)。
地球温暖化をもたらす二酸化炭素(CO2)の濃度モニタリングは、近年、全球規模のネットワークで行われるようになり、発生・輸送・消滅のメカニズムの理解やモデルによる将来予測は高精度で可能となりつつある。しかし、同じく主要な温暖化関連ガスであるメタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)、硫化カルボニル(COS)や二酸化硫黄(SO2)については、天然、人工の発生源が生物過程や物理化学過程など多岐にわたるため、ソース・シンク強度の見積もりの不確実性がいまだ高く、これら非CO2温暖化関連ガスの循環解析の高精度化が求められている。
このようにさまざまな発生源や消滅過程をもつ温暖化関連ガスの循環を解析する上で、アイソトポマー(同位体分子種)の情報が有効であることはこれまでの観測・実験例ですでに実証されている。しかし、その数値モデルを用いた研究は、アイソトポマーの付加に関して予察的な実験が始められたばかりであり、本格的な展開が望まれている。そして、このアイソトポマーモデリングには、モデル検証のための高時空間分解能なアイソトポマーモニタリングとアイソトポマー計測の効率化、主要なパラメータであるアイソトポマー分別係数の精度・確度の高い決定が必要不可欠である。
2. アイソトポマーを用いる利点
安定同位体組成は、物質の循環を推定する上で非常に有効な指標として利用されている。特に、水素、炭素、窒素、酸素、硫黄などの軽元素の安定同位体組成は、大気圏および生物圏におけるさまざまな分子の循環像把握に利用されている。しかしながら、利用されている安定同位体組成情報は、分子中の単一元素の単一同位体比である場合が多い。アイソトポマーは、分子中の多種の同位体の組み合わせからなる同位体置換種の総称である。図2のような多数の異なるアイソトポマーが存在する分子は、単一同位体情報のみでは得ることができない、豊富な多次元情報を保持している。これまでにわれわれのグループでは、地球環境に大きな影響を及ぼす環境物質に着目してアイソトポマー計測法を開発・適用し、定量的な地球環境物質の循環像の把握を行ってきた。例えば、主要な温室効果ガスの一つであるN2Oについては、14N14N16O、14N15N16Oなど12種類の区別しうるアイソトポマーが存在するが、それらのうち15N14NO、14N15NOを区別して計測する方法を確立し、さまざまな試料に適用することで生物圏・対流圏・成層圏中N2Oのソース・シンクの詳細化および定量化を行い、アイソトポマー情報の物質循環解析に対する有効性を例証してきた。近年、計測技術の進歩により、上記N2O以外の地球温暖化関連物質(CH4や硫黄化学種など)についてもアイソトポマー計測が可能となり、地球温暖化関連物質のアイソトポマーに関する知見は集積しつつある。
3. 温暖化関連ガス循環解析の高精度化のために
本課題では、サブテーマ1・2で温暖化関連ガスの濃度・アイソトポマー計測を行い、観測データのアーカイブを作成する。また、実験的・理論的(サブテーマ1・3)手法を用いて各諸過程についてアイソトポマー分別係数を決定する。得られたアイソトポマー分布と分別係数を用い、サブテーマ2・4でアイソトポマーを加えた3次元全球化学輸送モデルを構築し、濃度とともにアイソトポマー観測データとも比較検証することでモデルの拘束条件を増やし、各温暖化関連ガスのソース・シンク強度見積もりの不確実性の低減を目指している。
N2O・CH4に関しては、地上モニタリングステーションや航空機などを利用した定期的な試料採取とこれらの大量の試料を測定するための自動化が行われ、特に、温室効果気体観測網の空白域の一つであるシベリア域についてデータセットの時空間分解能が向上した。また、各発生源のキャラクタリゼーション[1]も進み、本課題では特に、下水処理場由来のN2O、亜熱帯南太平洋由来のCH4、畜産由来CH4についての詳細な知見が得られた。さらに、N2O、CH4アイソトポマーモデルはほぼ現実を再現でき、全球収支解析を通して発生源シナリオの改善の必要性を示唆できた。また、硫黄化学種に関しては、高分解能紫外吸収スペクトルの測定と量子力学に基づく第一原理計算[2]が行われ、各アイソトポマー分別係数がこれまでよりも高精度・高確度で決定され、得られたパラメータを用いて硫黄化学種アイソトポマーモデルを構築することができた。今後は、さらなる広範囲・高頻度のモニタリング、全発生起源のキャラクタリゼーション、分別係数決定の高精度・高確度化を通して各アイソトポマーモデルの精度を向上させ、大気化学モデルの改良に貢献することで温暖化関連ガス循環解析のさらなる高精度化を行いたいと考えている。
脚注
- 各発生源の代表的なフラックス・アイソトポマー値を明らかにするとともにその変動要因を解明し、定式化を行うこと
- 実験結果に依らない、量子化学・統計熱力学に基づく理論による物理定数のみを与える仮想実験