2011年9月号 [Vol.22 No.6] 通巻第250号 201109_250001

「第8回酸性雨国際会議」参加報告

  • 地域環境研究センター 大気環境モデリング研究室 研究員 森野悠
  • 地域環境研究センター長 大原利眞
  • 地域環境研究センター 主席研究員・主席研究企画主幹 清水英幸
  • 地域環境研究センター 広域大気環境研究室 主任研究員 清水厚

1. はじめに

第8回酸性雨国際会議(8th International Conference on Acid Deposition, ACIDRAIN2011)が2011年6月16日から18日にかけて中華人民共和国の北京国家会議センター(写真1)で開催された。本会議は、1975年以降5年ごとに開催されている酸性雨に関する世界最大の国際会議である(2000年につくばで開催された同会議の様子は佐竹からの報告[1]を参照されたい)。初めにZhang(UNEP)が挨拶と基調講演を行い、越境大気汚染が酸性沈着による生態系影響・オゾンやエアロゾルによる健康影響・気候影響などを引き起こしていることを示した後に、越境大気汚染の現状把握と問題解決に向けてUNEPが支援している各地域のプログラムを紹介した。本会議は、7件の基調講演と発生源、大気モデリング、乾性・湿性沈着、大気汚染、気候変動、土壌、森林、生化学、陸水、窒素循環、環境戦略・政策など多岐にわたる分野を取り扱う15のセッションで178件の口頭発表、115件のポスター発表で構成されていた。本稿では、筆者らの専門分野における研究発表の概略を紹介する。(森野)

photo 1. 北京国家会議センター

写真1右手が会場となった北京国家会議センター。オリンピックスタジアムは左奥800mほど先に位置するが、朝のスモッグのため霞んでいた

2. 一般講演

(1) 排出インベントリー

排出インベントリーのセッションでは、全体で12件の講演があり、筆者を含む日本人による2件以外は、全て中国の研究者による講演であった。中国では、最近、大気汚染物質の排出インベントリーに関する調査・研究が盛んに行われ、多くの学術論文や調査報告書が発表されているが、その勢いを示したものと言えよう。以下、筆者が参加した1日目の概況について説明する。

最初に、筆者が、アジア域の排出インベントリー(REAS)の改訂状況と窒素酸化物(NOx)逆推計モデル結果について示した。Tian(北京師範大学)は、中国における石炭燃焼に伴う有害金属成分(Hg, As, Se, Sb)排出量の1980〜2007年の推計結果を発表した。日本ではこのような長期間・全国規模の金属成分インベントリーは見当たらず、中国での研究が進んでいることを示すものである。Xing(Wangの代理;清華大学)は、中国における酸性雨原因物質の包括的な排出インベントリーの結果とそれを使用した酸性雨規制のためのモデル解析結果を示した。Chen(復旦大学)はエアロゾルチャンバーを使って、農業残渣物焼却ガスの粒径分布と多環芳香族炭化水素(PAH)排出係数の結果を示した。農業残渣物焼却による大気環境影響が、中国では懸念されており、今後、室内実験と現地調査を組み合せた排出実態調査・研究の必要性を示唆する発表であった。その他、化学輸送モデルと地上観測結果を比較して炭素性エアロゾル(EC, OC)排出量の妥当性を評価した研究(Fu, 北京大学)、珠江地域で揮発性有機化合物(VOC)成分の精緻な排出インベントリーを開発した研究(Shao, 北京大学)など、排出インベントリー研究を進める上で参考になる数多くの研究成果が発表された。(大原)

(2) エアロゾル観測

筆者はライダー(レーザーレーダー)によるエアロゾル観測を専門としていることもあり、酸性雨そのものよりも大気中に浮遊するエアロゾルの観測に関する発表に注目した。畠山史郎(東京農工大学)は2009年秋と2010年冬に東シナ海上で行った航空機観測の結果として、フライト時の空気塊の経路によりエアロゾル中のイオン・金属濃度とも大幅に変動し高度方向にも複雑な構造があることを示した。Meng(中国環境科学研究院)も2011年春の航空機観測について報告しており、結果の相互比較が今後期待される。原由香里(国立環境研究所)は国環研地上ライダーネットワーク・人工衛星搭載ライダー・物質輸送モデルを利用して球形(微小)粒子の3次元分布と中期変動を示した。またCao(中国科学院)による西安での長期地上観測やPatel(Ravishankar Shukla大学)によるライプル(中央インド)における観測結果では日本の環境基準を遥かに上回る大気汚染濃度が示されており、アジア各地において都市大気汚染が深刻な状況がうかがえた。ライダーに関してはHuang(復旦大学)が上海周辺での観測結果を示した他、展示ブースにも中国企業がオリジナルのライダーを出展しており、今後中国国内でライダー観測網が拡がっていくことを期待させるものであった。なお北京市内の大気汚染は会議期間中相当高レベルであったようで、目視した実感からこのような状況下での光学観測の限界についても考えさせられるものがあった。(清水厚)

(3) 大気沈着の経年変動

酸性沈着の原因物質(硫黄酸化物[SO2]、NOx)の排出量は、特に欧州、北米、アジア域で多く、結果として現在でも酸性沈着量はこれらの地域で特に多い。ただ、欧州や北米では1970年代以降に実施されたさまざまな規制によりSO2とNOxの排出量は減少し、また欧州監視評価計画(EMEP)、米国国家大気降下物測定プログラム(NADP)などの長期モニタリングで測定された酸性沈着量も減少していることが本会議で報告された。Dore、Fowler(ともに英国生態学水文学センター)らは、EMEPを基にヨーロッパの多くの地域で硫黄沈着量は1970年代以降、硝酸沈着量は2000年以降減少していることを示した。また、Lehmann(イリノイ州水資源調査所)は、アメリカでの硫黄沈着量、硝酸沈着量が2000年以降に減少していることを示した。

それに対して、アジアでは2000年以降もSO2とNOx排出量は増大しているため、酸性沈着の動向調査などの研究が特に強く必要とされている。世界最大のSO2・NOxの排出量である中国では国家的に大気汚染の問題に取り組んでいるが、本会議でも中国の研究アクティビティの高さを印象づけられた。Wang(中国環境科学研究院、写真2)は、第11次五カ年計画期間(2006〜2010年)中に実施された大規模な酸性雨研究調査の成果について基調講演し、酸性雨問題が顕著な中国南部における降水中の酸性度は改善の兆しがみられるが、2000年代において酸性雨が中国中部・北部に広がっていること、今後さらなる環境監視が必要であることなどを示した。また、He(清華大学)は基調講演で、中国での大気汚染物質排出量の経年変動の推計結果を示し、1980年以降増大していたSO2の排出量は2006年以降に減り始めたこと、NOx、VOC、NH3、エアロゾルの排出量は引き続き増大していること、第12次五カ年計画(2011〜2015年)で引き続き厳しく排出規制が行われることを示した。

photo 2. 基調講演

写真2Tao Wang(中国環境科学研究院)による基調講演

日本において、佐藤啓市(アジア大気汚染研究センター)は2000年に東アジアで開始されたモニタリングプログラム(EANET)の結果を基に日本における硫酸・硝酸の乾性沈着量は日本海側で高いこと、硫酸の沈着に越境輸送が主要な寄与をもつことなどを示した。筆者らは、1980年以降実施されている環境省酸性雨対策調査の実測と数値実験の結果を基に、日本の窒素沈着量は1990年代以降増大しており、この増大が主に越境輸送量の増大に起因することを示した[2]。これらの研究は、1980年代に酸性雨モニタリングを開始し、継続してきたモニタリング関係者の多大な尽力の下に成り立っている(詳細は村野[3])。今後、酸性沈着・窒素沈着における越境輸送量推計の精緻化と将来的な動向調査が引き続き重要であることから、モニタリングの質・量の維持を強く望むとともに、モニタリングデータを活用した系統的な酸性沈着・窒素沈着の発生源解析を推進することが必要である。(森野)

(4) 生物・生態系影響

本会議における生物/生態系への影響に関係する発表については、大きく2つの方向性が認められた。一方は、Rowe(基調講演の一つ)をはじめ欧州の研究者を中心とした、森林生態系(特に土壌)や湖沼河川生態系の酸性化とその回復過程(石灰散布などによる人為的回復を含む)に関する報告である。窒素酸化物や硫黄酸化物の沈着量の減少、アルミニウム濃度の減少、石灰散布などによる生態系・生物多様性の回復傾向についても、モデルと調査結果を比較した研究発表がなされた。

他方、筆者をはじめ日本やアジアの研究者によって、オゾン等の複合大気汚染による多様な植物種や草本/木本植生(生態系)への影響に関する報告がなされた。これらは近年のアジア地域における経済発展と相まって観測される越境/広域大気汚染の拡大を意識した研究である。最近の筆者はこれまでの中国人研究者らとの共同研究の成果として、ダケカンバやブナの自然林に及ぼすオゾンの影響を水ストレスとの複合影響として評価した調査/実験結果や、これまであまり報告がなかったアジアの乾燥/半乾燥草原域に生育する多様な植物種に及ぼすオゾンや二酸化硫黄の影響評価に関する研究成果を発表した。小池孝良(北海道大学)らはカラマツに及ぼすオゾンと二酸化炭素の複合影響の解析結果を、青木正敏(東京農工大学)らは数種の農作物に及ぼすオゾンと過酸化物の複合影響に関する研究成果を発表した。この他、口頭/ポスター発表を通して、酸性霧や窒素付加等の植物影響に関する報告も行われた。欧米でも、オゾンを中心とした広域大気汚染の植物/植生への影響研究は盛んであるが、欧州で開催された大気汚染と植生(森林生態系)に関する2つの国際会議と時期が重なったため、参加者が少なかったものと思われた。

このように、最近の本国際会議では、酸性雨(窒素負荷が中心)による酸性化(の緩和)の研究と、オゾン等の大気汚染の研究が発表されているが、会議名としては「Acid deposition(酸性沈着)」「Acid Rain(酸性雨)」という言葉が使われている。筆者は連絡の手違いから直接参加できなかったが、会議中に開催された科学委員会では、中国の委員から酸性雨だけでなく大気汚染を含めた会議名称を用いるべきではないかという提案がなされたが、欧州の委員が難色を示したという。アジアでは環境問題の実態に即して、「酸性雨研究センター」が「アジア大気汚染研究センター」と名称変更したが、本国際会議の発祥の地である欧米では「酸性雨」の名称に拘りがある研究者もいるようである。しかし、これまでに述べたように、大気汚染に係る発表が次第に多くなる傾向にあり、さらに多くの関係研究者が参加する方向を真摯に模索し、名称を含めて本会議を発展させるべき時期であるかもしれない。(清水英幸)

脚注

  1. 佐竹研一「西暦2000年酸性雨国際学会について」 地球環境研究センターニュース2001年5月号
  2. Morino Y. et al., J.Geophys.Res., 116, D06307, 2011
  3. 村野健太郎「酸性雨問題の現状と全国環境研協議会酸性雨広域大気汚染調査研究部会の活動」 地球環境研究センターニュース2011年4月号

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