2011年9月号 [Vol.22 No.6] 通巻第250号 201109_250003

温暖化研究のフロントライン 14 環境問題を広い分野の知識から総合的な視点でとらえる

  • 馬奈木俊介さん(東北大学大学院環境科学研究科 准教授)
  • 専門分野:環境と資源の経済学
  • インタビュア:谷本浩志(地球環境研究センター 地球大気化学研究室長)

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地球温暖化が深刻な問題として社会で認知され、その科学的解明から具体的な対策や国際政治に関心が移りつつあるように見えます。はたして科学的理解はもう十分なレベルに達したのでしょうか。低炭素社会に向けて、日本や国際社会が取るべき道筋は十分に明らかにされたのでしょうか。このコーナーでは、地球温暖化問題の第一線の研究者たちに、自らの取り組んでいる、あるいは取り組もうとしている研究やその背景を、地球温暖化研究プログラムに携わる研究者がインタビューし、「地球温暖化研究の今とこれから」を探っていきます。

馬奈木俊介(まなぎ しゅんすけ)さん

  • 2002年 ロードアイランド大学大学院博士課程修了(Ph.D.[経済学博士])
  • 2010年より東北大学 大学院環境科学研究科 環境・エネルギー経済研究分野 准教授
  • 地球環境戦略研究機関フェロー、経済産業研究所ファクルティーフェロー、東京大学公共政策大学院特任准教授を兼任
  • 学術誌「Environmental Economics and Policy Studies」共同編集長

主な著作:『環境政策とビジネス—環境経営学入門—』(昭和堂, 2011年[近刊])、『生物多様性の経済学』(昭和堂, 2011年編著)、『環境経営の経済分析』(中央経済社, 2010年)、『環境経済学をつかむ』(有斐閣, 2008年) 等

研究室WEB:http://www.managi-lab.com

資源としての生物多様性

photo. 東北大学大学院環境科学研究科 准教授 馬奈木俊介さん

谷本:まず初めに、馬奈木さんはどのようなきっかけで現在の研究分野を選んだのか、これまでどのような研究をされてきたのか、などを教えてください。

馬奈木:私の専門分野は「環境と資源の経済」と言ったらよいでしょうか。環境だけではなく、エネルギーやアフリカ経済、生物多様性などの研究にも携わっています。環境とは直接関係なくても南北問題は温暖化問題と関連がありますから。

谷本:生物多様性は、どのような関係で研究されているのでしょうか。

馬奈木:生物多様性は資源のひとつだと考えています。地球サミット(1992年リオ・デ・ジャネイロで開催)で気候変動と生物多様性が議論され、温暖化問題は政策的に少しずつ前に進んでいますが、生物多様性の重要性はあまり知られておらず、政策もなかなか変わりません。2010年名古屋での生物多様性条約第10回締約国会議をきっかけに日本では知られるようになりましたが、世界的にはまだまだです。目標はできていますが守られていない状況です。

谷本:資源開発と利害が反するからでしょうか。

馬奈木:それもあります。建築事業を始めるときに緑化面積を増やさなければならないなど、小さい政策は日本でも海外でもいろいろありますが、温暖化対策のように産業界を巻き込んだ議論はまだあまりありません。経済と環境の本質に関わる問題で、生産活動、企業活動は生物多様性とリンクしていると一所懸命説明する人もいますが、わかりにくいですし温暖化と二酸化炭素(CO2)濃度の関係ほど明快ではありません。しかし今後大事な問題なので研究しています。

日本でも進めたい排出権取引

谷本:馬奈木さんはIPCC第5次評価報告書(AR5)のリードオーサーに選ばれていますね。

馬奈木:私は第3作業部会の「排出権取引」の章を担当しますが、私自身のテーマとして、市場の不安定さや初期配分の不明確さを解決するメカニズムもやっていますので、IPCCにも興味をもって取り組んでいます。

谷本:排出権取引はヨーロッパが主導権を握っているという印象をもっていますが、いかがですか。

馬奈木:ヨーロッパはビジョンを示してそれに対応する政策を出していくというやり方で、ビジョン先行型ですね。しかし、カリフォルニアやオーストラリアでは排出権取引を導入することをすでに決めましたし、上海は検討中です。ですから、世界的に統合される可能性も含めて、議論は大事になっています。

谷本:それでは、日本はどうなのですか。

馬奈木:昨年、日本でも排出権取引の議論が進みました。他国が一気に導入する可能性があるので日本もやるべきという議論でした。しかしカンクンのCOP16で温暖化の政策がうまくいかなかったので、日本での議論もストップしてしまいました。私は、日本は日本でやればいいと思っています。

谷本:世界が進めないなら、日本では独自に進めればよいということですね。

馬奈木:排出権取引と炭素税のいずれについても反対している経済学の研究者はいません。政策の研究者は賛成しませんが、彼らとも議論を進めていきたいと思っています。ただ、今すぐ導入すべきと言っているわけではありません。国益を考えて事前の準備はしっかりして、きちんとした包括的な議論をすべきですが、それが行われていません。

コベネフィットで進む中国の温暖化政策

谷本:温暖化問題、環境問題における中国についてはどうお考えですか。

馬奈木:中国では排気ガスによる健康問題や廃棄物問題がありますが、なかなか個別の政策はできませんから、温暖化政策と同時に進めていくことをやると思います。つまり、コベネフィットです。そこで排出権取引のようなものを導入することになりますから、制度的には日本でやっていないものを中国が先にやるかもしれませんね。

谷本:中国は政治が強いので、やると決めたらなんとしてもやるでしょうね。

馬奈木:中国は自国のエネルギー対策としての風力発電設備容量が世界一になっています。太陽光発電もどんどん進めており、輸出もしています。これはCO2削減とは直接的にはあまり関係していませんが、結果的に温暖化対策になるので政策としては重要です。対外的には気候変動政策と言えますし、国内的には健康問題の解決と言えます。今後増えると予想されている新興国の排出量ですが、インドは中国に比べてだいぶ小さいです。ですから経済問題と同じで、アメリカと中国が重要になります。また、今後発展し経済規模が大きくなると予想されるアジアの重要性は増します。経済学では使えるデータの質と量が大事なので、自国や地理的に近い国の研究はやりやすいでしょう。日本を含めアジアの研究者はこの分野では有利かもしれません。

包括的な情報で議論したい原発問題

谷本:今回の大震災による原発事故では、エネルギー問題がクローズアップされています。専門家として感じることは何でしょうか。

馬奈木:原発に反対してもすぐなくなるわけではありません。20〜30年なくなるまでの間原発は必要だということを受け入れていかなければなりませんし、原発が減る分、コストが高くなることも受け入れなければなりません。しかし、みんなが受け入れるのでしょうか。ある調査によれば「安い電力の方がいい」というのが市民感情です。企業は収益が2〜4割下がるから、海外に移転するという話もあります。ですから包括的に情報を整理して議論を進めていくべきです。私はきちんとした合意形成ができるならば、古い原発は20〜30年で止めて、新規に造る場合は既存施設にあるものと置き換えるのみで、長期的に減らしていくこともいいと思っています。今過剰に脱原発に動くとしたら、原発の管理に関する不信感が原因です。廃棄物処理の問題もはっきりしていませんし、コストにうまく反映されていません。専門家もわかっていないなかでは判断のしようがありません。小さな研究グループをつくり、きちんとした計算をして、問題にならない範囲で公表して議論する必要があるのですが、それがまったくできていません。情報提供をして全国民にアンケートをとり、それを土台にして政治家は意思決定していくことです。それをしないのが今の原発の問題だと思います。

政策の成功を産業の成功へ

谷本:私も多くのプロジェクトを同時並行で進める方なのですが、私から見ても馬奈木さんは実に多種多様なプロジェクトを進めていますね。

馬奈木:以前、水産業界の分析をしたことがあります。現在は船が多すぎて乱獲になっていますから、漁船の何割かは必要ない、補助金政策がうまくいっていないからだ、と私は指摘しました。そして補助金は漁業を辞めた人への退職金などとして効率的に使う方がいいと思っています。世界的には、漁業にも排出権取引のような仕組みであるITQ(譲渡可能個別割り当て方式)というものがあり、漁をしてよい権利を売買します。ノルウェーで導入していますが、漁師の収入もよくなり漁業は成長産業になりました。日本の漁業だって成長産業になり得るのです。林業も補助金政策が成功しなかった産業です。補助金で木を切る機械を買ったり、道路を造ったりします。どんどん木を切るため経営も悪くなりました。林業は過去20年くらい生産性が落ちています。産業は、普通にしていれば、淘汰が進み、全体としては生産性が上がるのが普通なのに、です。

谷本:補助金が事業者のインセンティブを上げるように働いていないということですね。

馬奈木:はい。一方、農業はわずかながら生産性が上がっています。温暖化による農業への影響の緩和政策ではありませんが、気候変動の影響を考慮した公共投資のダムなどは、結果的に農業の生産性を落とさずにすんでいます。ですから部分的にうまくいっているということになります。

谷本:補助金の効果については現在、さまざまなところで指摘されていますね。

馬奈木:補助金を与えていた産業を競争環境にしたら、うまくいっている人が儲かる仕組みになります。私事ですが、「環境政策とビジネス—環境経営学入門—」という本を共著で出版し、政策が成功するとビジネスもついてくると指摘しました。私は温暖化問題だけではなく、生物多様性、廃棄物、水産業、農業、自動車など幅広く全体を研究しています。全体のなかでの視点であるという主張をしたいからです。地域的にも日本だけではなく、中国、インド、ヨーロッパ、アフリカも研究対象にしています。そうすると地域的な特徴も言うことができます。モデルとしてすべて繋がってはいませんが、総合的に自分のなかでそれぞれが繋がっていますから、説得力が増すと思っています。残念ながらそういう風に客観的に評価されたことがないのですが、長期的にはうまくいくと信じています。

谷本:同感です。ある一つのことしか研究していないと偏りますから、その視点は大事だと思います。

馬奈木:他には、交通政策については自動車の研究をしています。将来の自動車については、今考えられている燃料電池はどれだけ技術革新してもコストが高すぎますから、大学や研究所で基礎研究として燃料電池を研究している人をもっと支援して、そこから出たブレイクスルーを活かすようなものにすべきです。電気自動車については、このまま技術を上げていけば社会的にも企業にも意味があります。企業にとってだけではなく、社会にとってもいい方向性を見つけようと前向きに取り組んでいる自動車会社と共同研究をしています。彼らは技術開発においてどれを何%コストダウンすればいいかという目標値を決めています。私は経済と技術の両方を総合的に理解した上で提案をします。自動車会社にとってもメリットがあり、私にとってもその提案が活かされれば意味があり、楽しい仕事です。

身近なコミュニケーションから生まれる文理融合

谷本:経済学者としては、馬奈木さんはご自分の研究が社会に活かされたときに充実感があるのでしょうか。その点は、自然科学者にはあまりない魅力ですね。

馬奈木:もちろん研究者としては論文が掲載されれば嬉しいですが、アイデアが実際に政策に生かされたり企業に応用されたりすればそれも嬉しいです。

谷本:経済学者で企業と共同研究を行っているというのは少ないのではありませんか。

馬奈木:企業が依頼している内容と学者の興味が違いすぎるので、あまり多くないと思います。私は学生時代、土木工学専攻でしたから工学系のバックグラウンドがあり、技術的な部分も論文を読めば理解できます。企業の経営戦略と環境問題における政策を理解できるという意味で、工学と経済の理解はもっともいいミックスです。経済学者としての評価で工学の勉強をしていたことのメリットは感じませんが、メディア関係では工学をやっていた人の発言というと、工学と経済の両方を理解しているということで信頼されます。内容より肩書き重視かとも思えますが、人とのコミュニケーションにおいては役に立ちます。ところで私の現在の所属は環境科学研究科です。母体は工学部ですが、工学、経済、社会科学、自然科学との融合がしやすい学科なので、融合研究を立ち上げ、どうやって工学や科学の知見を政策や技術に活かすかを研究しています。

谷本:環境学ではその重要性が叫ばれて久しい「文理融合」についてはどう思いますか。これまでいろいろと試みはありましたが、なかなかうまくいっていないように感じます。

馬奈木:私も融合研究の難しさはよく理解しています。社会科学者は工学がわからないので工学系の人から知見をもらい、逆に工学系の人は技術を出し、これを活かす政策や経営を社会科学の人に求めますが、そんなに簡単なことではありません。自分で両方の学問を勉強しなければなりません。もちろん強みはどちらかにもちながらです。そして自分と反対の強みをもっている人とコミュニケーションをとっていくことが融合に繋がります。

谷本:私も大気と海洋を研究していますが、大気を軸にですが自分で両方の研究を進めることで、海洋化学や海洋生物の研究者と一歩進んだお付き合いができるようになり、より深いコミュニケーションがとれるようになりました。

不確実性を考慮した政策が重要

谷本:温暖化研究の分野で今、研究として欠けていると思うこと、重要だと思うことは何でしょうか。

馬奈木:国立環境研究所でも行っていますが、気候モデルには不確実性がありますよね。一方、経済モデルにも不確実性がかなりあります。温暖化が進むことによる社会的損失(気温が上昇することで洪水が増えインフラが壊れるなど)は、数字でも表されますが、CO2が1t増えることによる社会的損失にはいろいろな数字があり、本質的に不確実なのです。不確実性を低減する努力はすべきですが、限界はあります。不確実なりに、知見としてどう使い、より社会的に望ましい合意を得るかという議論が現在はうまくできていません。できていないから、温暖化問題についても賛成・反対で対立した意見があり、温暖化政策や排出権取引の是非についても分かれています。しかし、完全にはわからないなかでリスクを理解して社会的な合意につなげる研究が必要です。つまり、総合的に不確実性の度合いを考慮しながら社会的合意、正しいメカニズムを構築していくための学際的で文理融合の視点も含めたテーマが欠けていると思います。そういう点では、自分一人でやっていてもシンプルな合意やメカニズムの話で終わってしまうので、いろいろなジャンルの人と勉強会をもつ機会がほしいですね。

環境学を志す人へ

谷本:環境を研究したいと思う人が、初めから環境学にいくのか、化学や物理や生物など既存の学問を学んでから環境を研究する方がよいのか、という選択で迷うことがあります。

馬奈木:能力ややる気があればどちらでも可能です。むしろ、しっかり教えてくれる人、つまり必要なときに最低限のアドバイスをくれる指導者につくこと、きちんとした研究をしている人につくことが重要です。さらに、みんな仲がよい組織だと理想的ですね。

谷本:自分自身が現役の研究者で、研究を大事にしている人ということですね。馬奈木さんは学生にどのように指導していますか。

馬奈木:月に1回セミナーを行い、学生には研究室にいつでも相談に来ていいと言っています。テーマについては、私のプロジェクトと多少関連づけますが、本人の希望を尊重しています。テーマがしっかり決まっていない場合は、こちらからオプションを与えて考えてもらいます。明確にテーマが決まっていて研究費を取れればいいですが、取れなければ違うテーマを選んでもらうこともあります。しかしなるべく本人の希望に合うようにし、むしろそれをプロジェクト化しています。私の研究室では、博士課程の学生は外の大学から来る人もいます。環境学は範囲が広いので大変ですが、いろいろと理解していく中でおもしろさが芽生える分野だと思います。

谷本:文理融合の環境の中で、次世代の人材育成を続けていくということですね。今日は大変興味深いお話しをお聞きすることができました。ありがとうございました。

photo. インタビュー

*このインタビューは2011年8月1日、東京都内で行われました。

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