ココが知りたい温暖化

Q4脱炭素と食との関係

!本稿に記載の内容は2024年07月時点での情報です

温暖化問題の解決のために肉食をやめる人が増えてきていると聞きます。菜食主義は本当に環境に良いのですか?

土屋一彬

土屋 一彬 (国立環境研究所)

菜食主義は環境に良い影響を与えうるものです。もし菜食主義の広がりが食べ物の生産のあり方に波及し、肉類の生産が減少すれば、温室効果ガスの排出を減らすことができます。なぜなら、肉類の生産は、穀物や野菜の生産よりも多くの温室効果ガスを排出するからです。なお、菜食主義が唯一の選択肢ではありません。より柔軟な「フレキシタリアン」などの食生活も提案されていますので、自分にあった選択肢を考えてみませんか。

1食と温暖化

食と温暖化が結びつけて語られることはあまり多くありません。特に日本国内では食分野が温室効果ガスの排出に占める割合が小さいので、脱炭素の対策として食への注目が少ないことは自然なことであったかもしれません。しかし、国際社会が脱炭素を目指す中で、世界全体の温室効果ガス排出のおよそ20~30%程度を占める食分野にも注目が集まっています(図1)。海外からの輸入に依存する日本の食生活も、こうした世界の動きと無縁ではいられません。

食分野からの温室効果ガスの排出の多くの部分は、肉や乳製品などの畜産物を作ることと関係しています。ウシのげっぷに含まれるメタンが温暖化の原因になるという話は聞いたことがあるかもしれません。げっぷ以外に家畜の排せつ物もメタンや一酸化二窒素の排出源になります。メタンや一酸化二窒素は、二酸化炭素(CO2)と同じく温室効果ガスの仲間です。さらに、動物のエサの生産に使われる肥料も温暖化に関係しています。作物に吸収されなかった肥料の一部が一酸化二窒素となるためです。肥料は人が直接食べる穀物や野菜の生産にも使われます。しかし、人が食べる畜産物1キロカロリーを得るために必要な肥料は、穀物や野菜を1キロカロリー分作るための肥料よりも多いです。これらのことから、同じ1キロカロリー分をつくる際に排出される温室効果ガスの量は、畜産物のほうが穀物や野菜よりも大きくなります。

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図1食の生産、加工、流通、小売の各段階の排出量の内訳と、生産の中での畜産・非畜産の内訳

Hannah Ritchie (2019) “Food production is responsible for one-quarter of the world’s greenhouse gas emissions”Published online at OurWorldInData.org. 掲載図を著者和訳


2フードシステムの考え方と菜食主義による効果

菜食主義(ベジタリアニズム、実践する人はベジタリアン)と温暖化の関係を考える前に、日々の食事が温室効果ガスとどのように関係しているかを考えてみましょう。食べ物が消費されるまでには、生産、加工、輸送、調理などのさまざまな段階がありますが、この全体をフードシステムと呼びます。フードシステムは川の流れに例えて川上・川中・川下と整理されることもありますが、温室効果ガスの排出が最も大きいのは川上の生産の部分です。そのため、食事に伴って排出された温室効果ガス全体を知るためには、フードシステムを食べ物の作られる時までさかのぼって考えることが重要になります。

菜食主義にはさまざまなタイプがありますが、肉を食べないということは共通しています。もし菜食主義の広がりが生産のあり方に波及すれば、肉の生産は今よりも少なくてすみます。すると、温室効果ガスをもたらすさまざまな副産物―ウシのげっぷ、家畜の排せつ物、エサのために必要な肥料―も少なくてすみます。このことが、菜食主義が環境に良い影響を与えうると言われる理由です。大豆ミートなどの代替肉の普及も、こうした変化に関係しています。多くの人が代替肉を選ぶことで肉の生産が結果的に少なくなれば、温室効果ガスの排出を抑えられます。

3菜食主義以外に提案されている食事

肉が食べたいという人も安心してください。菜食主義が唯一の選択肢ではありません(図2)。環境に良いけれども食品の種類をほぼ制限しない食事も提案されていて、柔軟な食事という意味で「フレキシタリアン」とも呼ばれます。世界の食の専門家の集まりである「EAT–Lancet Commission」が2019年に提案したフレキシタリアンの食事は、栄養・健康と環境の両面が考慮されています。例えば、この食事では、牛肉、羊肉、豚肉を合計1日平均14g、鶏肉を1日平均29g食べることを推奨しています。牛肉と豚肉の合計は日本人が平均的に食べている量のおよそ4分の1と少ないですが、鶏肉については日本人が平均的に食べている量とあまり変わりません(出典:国民健康・栄養調査)。肉の中でも牛肉などの反芻動物の生産は温室効果ガスの排出が多いことが知られており、計算方法によっては鶏肉や豚肉のおよそ5〜6倍の排出量となるため、フレキシタリアンの食事においても牛肉等の推奨量は低くなっています。豚肉と鶏肉では温室効果ガス排出量は大きな差がないことが多いですが、フレキシタリアンでは健康面を考慮して鶏肉を相対的に多く推奨しています。ちなみに、肉は食べないけれども、魚介類は食べる場合をペスカタリアンと呼びます。魚介類の方が肉よりも温室効果ガスの排出が少ないため、ペスカタリアンも環境に良い食事の候補になります。

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図2ベジタリアン(菜食主義)、フレキシタリアン、ペスカタリアンの食事と現代日本の食事の構成比
比率は重量単位。フレキシタリアンはWillet et al. 2019、ベジタリアンおよびペスカタリアンはSpringmann et al. 2018 を参考に作成。現代日本の食事は令和元年国民健康・栄養調査より作成。なお、全ての食事について、砂糖・甘味料類や油脂類は比率に含まれていない。現代日本の食事では、菓子類、嗜好飲料類、調味料・香辛料も比率に含まれていない。


4菜食主義で温室効果ガスが増える可能性はないの?

肉類の消費量は国や個人によって異なるものですから、菜食主義への転換の効果が同一ではないのは自然なことです。では、一般論として菜食主義やフレキシタリアンが環境に良いとしても、場合によってはむしろ温室効果ガスが増えてしまう可能性はないのでしょうか。菜食主義で温室効果ガスが増えてしまうひとつの例は、食べる総量が増えてしまう場合です。たとえば、菜食主義の中には肉は食べないが乳製品は食べるというタイプもあります。もし肉を食べる量が減っても乳製品を食べる量が非常に多くなると、畜産に伴う温室効果ガス排出がかえって増加してしまうこともあるかもしれません。

もうひとつの例は、現在、食べている量がそもそも少ない国の場合です。グローバルサウスに属するこうした国では、菜食主義やフレキシタリアンなどによって食べる総量が増えると、温室効果ガスの排出が増加する可能性があります。つまり、食事のタイプの間で温室効果ガスの排出量を比較する場合には、食べる総量にも留意する必要があります。合計カロリーなどの条件をそろえた分析では、少なくとも日本を含む多くの先進国では、菜食主義やフレキシタリアンによって現在の食事よりも温室効果ガスの排出が少なくなる可能性が高いです。

5個々の食事の変化がフードシステムの転換につながるかどうかが重要

食に関係した温室効果ガスの排出量削減対策については、これまでにも、農業生産における技術的対策や、フードマイレージの削減(例:地産地消の推進)、フードロスの削減などが議論されてきました。これらの対策に対して、菜食主義やフレキシタリアンの広がりは、「そもそも何を作るのか」から転換をはかるという意味で、より大きな温室効果ガス排出削減効果が期待されます。他方で、消費転換策ならではの難しさもあります。少数の人が食事を変えるだけでは、食べ物の生産のあり方を大きく変えることはできず、大規模な温室効果ガスの排出量削減につながりません。重要なことは、フードシステム全体が温室効果ガスの排出が少ないものに転換していくことです。多くの人が食事を変えることがマーケットへのシグナルとなり、食べ物の生産が変わることで、初めて大きな意味が出てきます。

食事は価値観や文化に根ざしたものであり、強制的に変えられるものではありません。他方で、食事は毎日選択するものですので、日々の小さな変化が数十年で大きな変化をもたらす可能性があります。実際に、日本の食事は過去大きく変化してきました。将来、民間企業が代替肉などの生産におけるイノベーションを進めることや、政府食料農業政策における温室効果ガス排出対策をいっそう強化することは、脱炭素型のフードシステムへの転換を後押しするでしょう。

さらにくわしく知りたい人のために

  • ジェシカ・ファンゾ(2022) 食卓から地球を変える あなたと未来をつなぐフードシステム. 日本評論社.
  • 下川哲(2021) 食べる経済学. 大和書房.
  • 第1版:2024-07-01

第1版 土屋 一彬(社会システム領域・地球持続性統合評価研究室 主任研究員)