Q2脱炭素に関する日本の役割
!本稿に記載の内容は2024年06月時点での情報です
日本が率先して気候変動対策を頑張っても意味がないのではないですか?
日比野 剛
(国立環境研究所)
先進国のみならず、ほとんどの世界の国々は脱炭素社会実現の方向に向かおうとしています。日本は1970年代の石油危機以降、省エネルギー対策を頑張ってきましたが、温室効果ガスの排出の削減については、世界的に見て決して進んでいるとは言えない状況にあります。しかし、排出削減に向けて取り組みを率先的に進めていくことは、気候変動対策への貢献のみならず、経済、社会、安全保障などさまざまな面においてメリットもあるので、日本は率先して気候変動対策に取り組んでいくべきでしょう。
1日本の排出量は世界全体の2%に過ぎないが、世界で7番目に多く排出
「地球の温暖化を抑えるためには、温室効果ガスの排出を大幅に削減しないといけないとは分かっているけど、日本はどこまで頑張らないといけないの?日本って、これまでに結構頑張ってきたよね。日本以上にたくさん温室効果ガスを出している国があるし、日本の影響なんて大したことないから、日本よりもそういう国に頑張ってもらえば良いのでは。」あまり大きな声では言えないけど心の中ではそのように思っていらっしゃる方も案外多いかもしれません。本当にそれで良いのか、世界各国の状況を見ながら考えていきたいと思います。
図1は2022年の世界の温室効果ガス排出量に占める各国の割合を示したものです。日本の排出量は世界で7番目で、世界全体の約2%を占めています。世界で7番目に排出していると言ってもそのシェアは2%と聞くと、世界規模で発生する気候変動問題を解決するために日本国民が頑張っても大した貢献にならない、やる必要はないのではないかと思う方もいらっしゃるかもしれません。ただ、日本よりも大量に排出している国々の人口は、中国14億人、米国3.3億人、インド14億人、ロシア1.4億人、ブラジル2.1億人、インドネシア2.7億人で、全ての国が1.2億人の日本よりも大きな人口となっています。人口規模が大きな国はどうしても国全体の排出量は大きくなりますね。
2日本の排出量は一人当たりで見ると世界平均を上回る
図2は、一人当たりの温室効果ガス排出量(各国の排出量を人口で割ったもの)を縦軸、人口を横軸として、一人当たり排出量の大きい順に並べたものです。各国の長方形の面積は一人当たり排出量×人口となりますのでその国の排出量の大きさを示します。2022年における一人当たり排出量の世界平均は6.7 CO2換算トン(注1)です。インドやインドネシアは温室効果ガス排出量はそれぞれ3位と6位ですが、一人当たり排出量は世界平均を大幅に下回っています。一方で排出量が世界1位、2位、4位の中国、米国、ロシアは一人当たり排出量でも世界の平均を上回っています。日本も、世界の平均を上回っている状況です。
日本は省エネが進んでいるので、世界平均を上回っていることや、英国やフランスとの差がこのように大きいことに疑問を感じる方もいるのではないでしょうか。日本は再生可能エネルギー発電の割合が高くないことがこのことの要因になっています。日本の2022年における再生可能エネルギー発電の割合は23%です。10年前(2012年)は10%だったのでそれと比較すると大きく伸びていますが、英国40%、ドイツ39%と比べるとまだまだ低い値です(注2)。
3世界で2050年までにCO2排出量をネットゼロにすることが求められている
ところで、世界は長期的にどの程度の削減を目指すとしていて、各国はどのような目標を立てているのでしょうか。
世界の国々は地球温暖化の悪影響を防止するための国際的な枠組みを定めた条約(注3)を結んでいます。この条約のもと、2015年に採択された「パリ協定」では、「世界の平均気温の上昇を工業化以前と比較して2.0℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求する」という目標を掲げました。その後、 2018年に世界中の気候変動問題の研究者による1.5℃の気温上昇による影響と関連する排出経路の分析(注4)が発表され、0.5℃の違いでも影響には明確な違いがあること、気温上昇を1.5℃に抑えるためには2050年頃には世界の二酸化炭素(CO2)排出量をネットゼロ(排出量から森林などの吸収量・除去量を差し引いた値がゼロ)にすることが必要であることが示されました。2021年英国のグラスゴーで開催された会合(COP26)では「1.5℃に抑える努力を継続することを決意する」とされ、それまで以上に1.5℃を目指すことが強調されるようになりました。 日本では、2020年10月に菅義偉総理大臣(当時)が国内の温室効果ガスの排出を2050年までに「実質ゼロ」(=ネットゼロ)とする方針を表明しました。その後、2021年5月の地球温暖化対策推進法の改定に伴い、2050年までに脱炭素社会の実現を目指すことが明記されました。
世界においても、多くの国々が脱炭素宣言(注5)をしていて、2020年12月時点で124カ国、その後、さらに少し増えて2023年6月時点では149カ国の国が宣言しています(注6)。2020年12月時点で既に多くの国々が宣言しているため、その後の増加数はそれほど多くありませんが、その間に、ゼロ排出の目標が法律の中に明文化されたり、計画などの政策文書に記載されたりした国が合計で7割を超えるようになりました。
4日本が排出削減に率先的に頑張ることに意味はある
気候変動に対応するには、言うまでもなく、世界中の国々が共通の目標を持ちつつ、協調した取り組みを推進していくことが必要です。今のところ、先に示したように温室効果ガスの排出の削減において目覚ましい成果を出しているとは言い難い日本ではありますが、今後、率先的な取り組みを行っていくことで他の国に良い先例を示すことができ、世界規模の大幅な削減の誘引に寄与することができるでしょう。
しかし、手本になるとはいえ、そこに負担が生じるのであれば、それは避けたいところです。実際、脱炭素社会の実現においては、社会や経済の構造を新たなものへと転換させていくことになりますので、その過程にはさまざまな障壁やリスクが生じます。
ただ、脱炭素社会に率先的に向かうことにはさまざまなメリットもあります。
脱炭素社会の実現は世界的な課題であり、世界中がその処方箋を求めています。日本がそのための技術、システム、制度をいち早く開発することに成功すれば、世界全体の温室効果ガスの削減に寄与できるだけでなく、経済的な利益にもつながりますし、次なる脱炭素技術の開発に向けた原資を獲得することもできます。日々の暮らしにおいてはどうなのでしょうか。脱炭素社会に向けて、政府や自治体は、地域でのエネルギー消費を削減するために、住まいや商業・施設などの生活機能をコンパクトに集約させ、公共交通の利便性を高めようとしています。また、住宅内のエネルギー消費を削減するために、新築住宅の基準を強化したり、断熱性を向上させるためのリフォームを推奨したりしています。これらの対策は、エネルギー消費を削減するだけでなく、人々の日々の暮らしを快適なものにしてくれます。
また、太陽光発電や風力発電の増加、そして化石燃料消費の低減によって、エネルギー自給率は大幅に改善します。産油国の情勢変化に伴うエネルギー価格の変動に苦しむことが減ることになります。
このように日本が障壁を乗り越えて脱炭素社会へと転換していくことは、世界全体の脱炭素社会の実現に貢献するだけでなく、日本の持続可能な発展や生活の質の向上にもつながっていきます。我々が今後、長きに渡り、少しでも暮らしやすい世界で生きていけるようにするためには、日本が気候変動対策に率先して取り組むことには、大きな意味があると思います。
- 注1
- CO2換算トン:メタンなどCO2以外の温室効果ガスについても地球温暖化への影響の程度に応じて、CO2に換算して計算した数値。
- 注2
- 再生可能エネルギー発電の割合は国際エネルギー機関 国・地域ごとのデータより引用
https://www.iea.org/countries/ - 注3
- 国連気候変動枠組条約(2024年5月現在、締約国は198カ国)
https://unfccc.int/process/parties-non-party-stakeholders/parties-convention-and-observer-states - 注4
- 1.5℃特別報告書(2018年). 気候変動に関する政府間パネル(IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change). https://www.ipcc.ch/sr15/
- 注5
- 厳密に言うと、カーボンニュートラル、ネットゼロ、気候中立などさまざまな表現で宣言が行われており、これらの定義は本来は異なります。しかし、その定義の説明を行うと長くなりますし、また、必ずしも中身が定義通りになっていない場合も多々あるので、ここでは、まとめて脱炭素宣言としています。
- 注6
- Net Zero Stocktake 2023. Net Zero Tracker.
https://zerotracker.net/analysis/net-zero-stocktake-2023
さらにくわしく知りたい人のために
- IPCC 第6次報告書 第3作業部会 報告書. IPCC.
- IPCC 第6次報告書 第3作業部会 解説サイト. 国立環境研究所.
- NDC 統合報告書. UNFCCC.
- 第1版:2024-06-11
第1版 日比野剛(社会システム領域・研究連携コーディネーター・アジア太平洋統合モデル担当)