Q1脱炭素とは?
!本稿に記載の内容は2024年09月時点での情報です
脱炭素とは何ですか? なぜ目指さなければいけないのですか? 実現不可能ではありませんか?
増井 利彦
(国立環境研究所)
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第6次評価報告書では「人間活動が主に温室効果ガスの排出を通して地球温暖化を引き起こしてきたことには疑う余地がない」、「気候変動は自然や人間に対して広範囲にわたる悪影響とそれに関連した損失と損害を引き起こしている」と明記されました。このことから、気候変動を食い止めるためには人間活動によって大気中に排出される温室効果ガスを正味ゼロにすることが必要不可欠だとされています。気候変動を引き起こす代表的な人為起源の温室効果ガスが二酸化炭素(CO2)ですので、気候変動を防ぐために温室効果ガス排出量を正味ゼロにするという意味で「脱炭素」という言葉が象徴的に使われています。その実現は技術的には可能ですが、簡単ではありません。
1なぜ「脱炭素」が気候変動抑制を意味するのか? 気候変動問題のメカニズム
気候変動や地球温暖化と呼ばれる現象は、太陽からの熱が大気中に閉じ込められることによって大気の温度が上昇することで、さまざまな要因によって引き起こされます。代表的なものがCO2に代表される温室効果ガスと呼ばれる気体が大気中に蓄積することです。もともと排出されるCO2は海や植物で吸収され、排出と吸収のバランスが保たれていましたが、工業化以降、人間の活動(人為起源)によってCO2が大量に排出された結果、排出量が吸収量を上回り、温暖化を引き起こしています。地球の平均気温は工業化以前は約14℃でしたが、温室効果ガスによって現在では1℃以上も上昇しました。
また、単に気温が上昇するだけでなく、洪水や干ばつなどさまざまな影響や被害をもたらすようになっています。これが気候変動問題であり、こうした気候変動を食い止めるためには、人間活動によって大気中に排出される温室効果ガスをゼロにする必要があります。世界の国々は2015年に採択された「パリ協定」で、「世界の平均気温の上昇を2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求する」という目標(2℃目標、1.5℃目標)に合意し、温室効果ガス排出量の正味ゼロを目指しています。
温室効果ガスにはさまざまな気体がありますが、現在の気温上昇の半分以上がCO2によるものです。このため、気候変動を食い止めることが「CO2排出量をゼロにする」ことと同じ意味で用いられ、「Decarbonization(脱炭素)」という言葉が気候変動問題の解決に向けて象徴的に使われるようになっています。
2脱炭素の目標は「正味の排出量」をゼロにすること
人為起源の温室効果ガスの排出量をゼロにすることは非常に困難です。また、気候変動を防ぐには、大気中に蓄積した温室効果ガスの量をできるだけ低い水準に安定化させることが求められています。人間は、植林などによって大気中からCO2を除去することも可能です。このため、脱炭素の実現には図1に示すよう、人間活動による温室効果ガスの排出量(右上にある蛇口から出ている量)をゼロにするのではなく、温室効果ガスの排出量から吸収量(左下にある排水口から流れ出る量)を差し引いた「正味の排出量」ができるだけ早くゼロになればいいと考えられます。「正味の排出量をゼロにする」という言葉とともに「ネットゼロ」という言葉が用いられることもありますが、これらは同じ意味で用いられています。
また、「脱炭素」のほかに、「カーボンニュートラル(炭素中立)」や「温室効果ガス中立」などの言葉も使われることがあります。厳密には定義が異なりますが、いずれも究極的には気候変動を防止するための目標として使われています。
31.5℃目標のために許されるCO2排出量はどのくらい?
IPCC第6次評価報告書では、工業化前からの地球の平均気温上昇と世界のCO2排出量の累積量が比例関係にあることが示されています(図2)。この図から、1.5℃目標や2℃目標を達成するためにあとどれくらいのCO2の排出が許されるかという目安がわかることから、これを「カーボンバジェット(炭素予算)」と呼んでいます。
図2によると、「50%の確率」で1.5℃目標を実現するには、2020年以降の累積の世界のCO2排出量を約500GtCO2に抑える必要があります。「50%の確率」とは、約500GtCO2に累積排出量を抑えたとしても1.5℃を超えない確率は50%で、残りの50%では1.5℃を超えてしまうことを示しています。より確実に1.5℃目標を実現するためには、累積の排出量を小さくする必要があり、これから使える炭素予算が小さくなります。500GtCO2を現状の世界のCO2排出量で割ると、2030年までにこの予算を使い尽くしてしまうことになります。
このことから、1.5℃を目標とした脱炭素社会の実現は非常に厳しい目標であることがわかります。IPCC第6次評価報告書は、1.5℃目標の実現のためには世界のCO2排出量を2050年までに正味ゼロにする必要があると強調しています。さらに、これから経済発展しようとする途上国には、より多くの炭素予算が必要となりますので、日本をはじめとする先進国には前倒しで脱炭素を達成することが求められています。
4脱炭素は難しい、でも不可能ではない
1.5℃目標の実現は非常に厳しい目標ですが、IPCC報告書はさまざまな対策を導入することでその実現は可能と指摘しています。「効率的な機械を使ってエネルギー消費量を削減する(省エネ)」「電化によって化石燃料の消費量を減らす」「再生可能エネルギーの導入などエネルギー源の脱炭素化を実現する」といった取り組みに加え、「情報技術や循環経済への移行を通じた社会変容によって必要なエネルギー消費量そのものを減らす」ことも脱炭素社会の実現に向けて必要となります。
ただし、これらの取り組みを行ってもどうしても排出が残ることがあります。そうした場合には、大気中からCO2を吸収する植林や、バイオマスエネルギーとCCS(炭素隔離貯留)を組み合わせた「負の排出技術」を用いることで排出量を相殺し、正味の排出量をゼロにすることが可能となります。ただし、「負の排出技術」の一部は開発途上の革新的な技術であり、不確実性も大きいために過度に依存することのないように注意が必要です。
脱炭素社会の実現に向けて必要な技術や対策は、開発途中のものもありますが、多くは既に世の中に存在しています。私たち消費者自身がこうした技術を率先して普及させることで、社会が変わり、脱炭素社会の実現が可能となります。
さらにくわしく知りたい人のために
- IPCC第6次評価報告書 第3作業部会報告書 気候変動2022:気候変動の緩和 政策決定者向け要約(SPM). 経済産業省.
- 西岡秀三編著(2008)日本低炭素社会のシナリオ―二酸化炭素70%削減の道筋. 日刊工業新聞社.
- 第1版:2024-09-26
第1版 増井 利彦(社会システム領域 領域長)