Q14バイオマスエネルギーは温暖化対策に有効?
!本稿に記載の内容は2013年10月時点での情報です
化石燃料からバイオマスエネルギーへの転換が有望な温暖化対策として期待されていますが、一方で食料生産との競合などその問題点も耳にします。バイオマスエネルギーは将来の温暖化防止に本当に役立つのでしょうか。
木下嗣基 地球環境研究センター NIESフェロー(現 茨城大学農学部地域環境科学科 准教授)
化石燃料の代替としてサトウキビ等の作物由来のアルコールを使用することは、技術的・コスト的に障壁は小さく条件によっては温暖化対策の一つとして有効です。しかし同時に食料生産との競合の可能性も考えられます。食料生産への影響がどの程度であるかは現在研究段階ですが、世界で協力して適切な施策を進め、計画的にバイオマスエネルギーの導入を行うことで、その影響を小さくすることが必要です。作物由来のアルコールに限らず、バイオマスエネルギーの利用については、トータルで本当に二酸化炭素排出削減となるのか、生態系の破壊につながることはないかなど、総合的にかつ慎重に検討することが必要です。
バイオマスエネルギーの利用は温暖化対策として効果的か?
バイオマスエネルギーには、さまざまな種類、利用方法があります。昨今ではサトウキビ等の油脂系植物から作られるエタノールが話題になっていますが、古くからの薪炭材の熱利用もその一つですし、建築廃材や糞・し尿などの木質系・家畜系廃棄物の発電利用などもその一つです。これらの原料は植物由来であり、それに含まれる炭素は大気中の二酸化炭素(CO2)を固定したものであるため、長期的に見れば、これらを燃焼したときに発生するCO2は、大気中のCO2濃度を増加させません。また、ブラジルではバイオエタノール100%の燃料が自動車用に使用されるなど、技術的にも短期間に導入可能な対策であり、温暖化対策としては有効な方法といわれてきました。
しかしバイオマスエネルギーの導入には、いくつかの疑問が投げかけられています。主要な問題としては、(1) それぞれのバイオマスエネルギーの生産と輸送の過程で使用する化石燃料の投入が、バイオマスエネルギーを使用することによって削減される化石燃料の量を上回っているのではないかという疑問、(2) 森林伐採によってバイオマスエネルギーの原料である穀物生産用の農地を拡大することは、伐採された森林や土壌からのCO2排出を促すだけでなく、生態系の破壊や生物多様性の減少といった環境への悪影響があるのではないかという疑問、(3) 原料として穀物を多用することにより、食用への供給が減少し、食料価格が上昇するのではないかという疑問などがあげられます。
バイオマスエネルギーの生産にもエネルギーが必要
バイオエタノールの生産過程にはエネルギーを使用します。エタノールへの変換だけでなく、原料生産のための農業や輸送にもエネルギーを使用します。ライフサイクルアセスメント(Life Cycle Assessment: LCA、製品の一生における環境負荷の評価)による分析では、ブラジル産サトウキビを原料として用いる場合は、投入するエネルギーに比べて得られるエネルギーの方がかなり大きいのですが、米国産トウモロコシの場合は、両者に大きな差がないという結果が得られています[注1]。生産地と消費地の距離が遠ければ輸送によるCO2排出が増えます。また、栽培における肥料の種類や与え方、さらにはアルコール生産方法によってもエネルギー効率は異なりますので、植物の種類や製法、輸送距離を十分に考慮しないと温暖化対策として効果は薄いものとなります。一方、間伐材や製材所廃材・建築廃材などの木質系バイオマスの燃焼による熱利用や発電への利用では、燃料として直接用いることができるため、生産に必要なエネルギーは少なくてすみますが、条件によっては輸送のエネルギーが大きくなります。これらは地産地消で緩和することができます。
森林を農地に転換することによる問題点は?
近年、東南アジアを中心に果肉と種子から油脂の取れるアブラヤシの作付面積が増加しました。この多くは、天然林を切り開いたもので、いくつかの問題点があります。一つには生物多様性の減少をもたらすなど生態系への影響があげられますが、温暖化対策としても問題があります。森林の土壌には多くの有機質の炭素が含まれています。その炭素は微生物の活動により長い時間をかけて分解されCO2として放出されます。土壌中の炭素は樹木などの落葉・落枝によって供給されたものです。森林を農地化した場合、土壌に供給される炭素が減りますが、以前に土壌に蓄えられたCO2はしばらくは森林が存在したときと同じペースで大気中に放出されます[注2]。このような土地利用の変化を行った場合、バイオマスエネルギーを生産することで化石燃料消費を減らしたとしても、数十年間はより多くのCO2が土壌より排出されることになります。
バイオマスエネルギーと食料の競合はあるのか?
過去の例では、植物起原の油の価格は、石油価格と関連して変動しています[注3]。2000年から2013年にかけての穀物価格は、石油価格の高騰に連動した形で上昇しており、バイオマスエネルギー利用による需要増大よりも、実際の需要とは無関係に市場に流入した投機的資金による影響が大きいと考えられています。これは、バイオマスエネルギーに利用されることのない小麦の価格がトウモロコシ以上に上昇していることからも推察されます。しかし、穀物価格の上昇にバイオエタノール生産の影響が含まれている可能性はあります。
バイオエタノール生産が大規模に行われるようになれば、食料価格に影響を与えることは確かですが、将来にわたってその大きさがどの程度になるかよくわかっていません。これは、今後の食料需給に不明な点が多いうえ、エネルギーとして用いられる量も不明なためです。食料需要は、人口の増加、食生活の変化(消費カロリーの増加、動物性タンパクの摂取増加)により暫くは増加します。2050年の全世界の穀物需要は2000年の2〜4倍になると考えられます。一方、食料供給ですが、20世紀は、灌漑、肥料、品種改良により単位面積あたりの収穫量(単収)の増加と、農地面積の拡大により生産量を増やしてきました。しかし単収は1990年以降その伸びが鈍化している可能性が指摘されています[注4]。これらの要因を考慮すると、2050年の穀物生産量は2000年の1.8〜3.5倍程度になると思われます。このように、食料需給の予測には幅がありますが、バイオマスエネルギー利用が拡大すれば、食料に与える影響が小さいとはいえません。ただし、上でも説明したように、投入したエネルギー以上のエネルギーが得られる作物・地域は必ずしも多くありません。そのような作物による生産ポテンシャルが全世界にどの程度あるのかについては、まだよくわかっていません。
一方で、かつて農地として利用されていたが、現在は利用されていない土地(休耕地、放棄農地)が世界には多く存在します。このような土地は、全世界の農地面積の30%近くあると見積もられています。休耕地・放棄農地の利用は森林破壊を伴わないため、環境への影響も小さく、食用への供給が減少することは避けることができます。また、世界には熱帯地方の発展途上国を中心に移動耕作(焼き畑)という農業が営まれています。これは、数年間農業を行い、地力が低下したら別の土地に移動し、地力が回復したら再度農地として利用する方法です。将来的に移動耕作の面積がどのようになるか未知数が多いですが、定置耕作に移行し農地面積が増加することも考えられます。この変化の予測についての研究成果が期待されています。
食料価格の上昇を防ぐための認証制度(休耕地など一定の条件を満たした土地で生産されたバイオマスエタノールであることを証明する)の導入も有効かもしれません。このように、食料との競合の問題に限ってみれば、バイオマスエネルギー導入による食料価格への影響が予想されるものの、その影響を小さくする方法はいくつか考えられます。
このような状況に対して技術的な方策で解決を探求することも行われています。一般に第二世代バイオマスと呼ばれるもので、新たな技術により、従来はアルコールなどへ変換が非効率な木質バイオマスや稲わらを、効率よく燃料に変換する技術です。世界各国で盛んに研究が行われています。この技術を用いると、森林を農地に転換することなくバイオマス燃料が得られます。ただし、完全な実用化にはしばらくの時間が必要だとされており、その効率も含めて不確実な要因があります。
いずれにせよ、「バイオマスエネルギーの利用はすなわち温暖化対策」と思い込むのではなく、さまざまな観点から、その有効性や具体的な施策について、さらにはその負の側面についても注意深く検討を行っていくことが重要です。
- 注1
- 大聖泰弘, 三井物産(株) (2007) バイオエタノール最前線. 工業調査会.
- 注2
- WWF-Indonesia, “Deforestation, Forest Degradation, Biodiversity Loss and CO2 Emission in Riau, Sumatra, Indonesia”
- 注3
- 川島博之 (2008) 世界の食料生産とバイオマスエネルギー. 東京大学出版会.
- 注4
- Brown L.R. (2004) Tough Choice. W.W. Norton & company.
さらにくわしく知りたい人のために
- 大聖泰弘, 三井物産(株) (2007) バイオエタノール最前線. 工業調査会.
- 川島博之 (2008) 世界の食料生産とバイオマスエネルギー. 東京大学出版会.
- 2008-12-04 地球環境研究センターニュース2008年11月号に掲載
- 2013-10-05 内容を一部更新