陸域観測の最前線で東アジアの若手研究者の交流を促進 ~日中韓フォーサイト事業2024年国際ワークショップ~ 報告
2022年8月から5年間の計画で実施中の日中韓フォーサイト事業(以後、A3事業)のワークショップを静岡県御殿場市および山梨県富士吉田市において開催しました。このイベントについて報告します。
A3事業の概要と今回の国際ワークショップの位置付
A3事業は、我が国と中国・韓国の研究機関が連携して、世界トップレベルの学術研究、地域共通の課題解決に資する研究及び若手研究者の育成を行うことにより、3カ国を中核とした世界的水準の研究拠点をアジアに構築することを目的としています。提示された研究テーマに沿って、広範な学術分野の研究グループから毎年2件の提案が採択されており、今回実施中の課題は「北東アジアにおける生態系の温室効果ガス交換とその気候変動への応答に関する研究(英語タイトル: Study on ecosystem GHGs exchange and its response to climate change in Northeast Asia)」というタイトルで日中韓の陸域生態系の温暖化ガス観測研究ネットワークの関係者が共同で提案し採択されたものです。日本側は国立環境研究所が拠点機関(研究代表者:高橋)となり、日本国内の陸域生態系の温暖化ガス観測ネットワークであるJapanFluxで活躍する研究者を中心に国内の大学・研究機関から約70名が登録メンバーとして参加しています。
3カ国間の研究交流のイベントとして、各国から各10人ほどのコアメンバーおよび若手研究者を集めてA3 Foresight Program 2024 International Workshopというタイトルで各国の研究の進捗報告や共同研究のアイディア出しなどの会合を行っています。過去には韓国・釜山(2023年4月)、中国・北京(2023年9月)で開催しており、3回目の今回は日本側がホストとなりました。
これまでの2回のワークショップでは、各国のグループによる自己紹介的な研究発表とデータ共有体制の構築など共同研究に向けた基盤整備といった内容が中心となっていましたが、参加メンバーも増え、実際にいくつかのコアテーマを設定して共同研究の企画が始まっていることから、より具体的な共同研究を促進することを想定して内容を検討しました。特に重視したことは、データ利用型の研究を得意とするメンバーと、現場観測により集積されたオリジナルデータをベースとしたデータ利用研究を実施しているメンバーの間で、「陸域生態系の温暖化ガス交換」についてイメージをすり合わせることです。この目的に沿って、様々な研究ネットワークが乗り入れる学際的な研究交流拠点「国立環境研究所富士北麓フラックス観測サイト」での共同現地視察を中心とした研究交流の内容を設定しました。会議室でのワークショップでは、これまで実施されてきた観測研究と得られたオリジナルデータを利用した数値モデル研究を中心に、日本側からの研究の動向について紹介を行うとともに、中国・韓国からは若手研究者を中心にテーマを限定しない新規性のある話題提供を行う内容としました。
当初、今回のワークショップは7月下旬を想定して2023年度末から準備を進めてきましたが、結果として8月下旬に開催することとなりました。その背景には、コロナ禍の渡航制限が終わったことによって海外から富士山周辺エリアへの観光旅行客が急増したこと、そのために宿泊施設の確保が難しかったこと、さらには多くのバス会社がコロナ禍で廃業したことにより輸送手段の確保が困難だったことなどがありました。会期を通して全体で合計39名が参加し、日本側の拠点機関である国立環境研究所からは、日本側の研究代表である高橋と事務局を担当する中田幸美(陸域モニタリング推進室・高度技能専門員)、梁乃申(地球システム領域・シニア研究員)、平田竜一(陸域モニタリング推進室・主任研究員)、孫力飛(陸域モニタリング推進室・特別研究員)、両角友喜(衛星観測センター・特別研究員)の合計6名が参加し、研究交流だけでなくワークショップ運営や海外メンバーのサポート等を担当しました。8/27(火)に静岡県御殿場市の時之栖リゾート内のホテル会議室で研究発表会を行い、2日目となる8/28(水)に富士北麓フラックス観測サイトでの共同現地視察を設定し、前後となる8/26(月)、8/28(金)は海外および国内参加者の移動日としました。
各国からの話題提供
8/27(火)の研究発表会では日本側研究代表である高橋が開会挨拶を行ったのち、JapanFluxの新委員長に就任した高木健太郎教授(北海道大学)がJapanFluxの最新の活動の紹介と本A3事業に関連したデータ共有に向けた準備状況などを説明しました。これに続き、本A3事業の研究代表である高橋が、今回のワークショップの大きなテーマとして観測におけるオリジナルデータ集積に対する様々なチャレンジとデータ利用研究への橋渡しがあることを述べたあと、富士北麓サイトで実際に行われた研究に関連した発表を日本側の参加研究者が行いました。
孫特別研究員(NIES)は富士北麓サイトにおける土壌CO2フラックスの観測結果の解析結果としてこれまでの長期時系列データの特徴を解説しました。特に2014-2015年に実施された間伐が林床に到達する光の量を変化させ、光合成有効放射の増加による林床植生の活性の上昇や温度上昇による土壌有機物分解の促進の影響についての解析結果が参加者の関心を集めていました。
次に山貫緋称(千葉大学・大学院生)が土壌フラックスの観測データを用いてデータ駆動型のモデルにより広域評価を行った結果を紹介しました。この研究には梁シニア研究員(NIES)が開発した自動開閉型土壌チャンバーをアジアの広域に展開したこれまでの研究成果が活用されており、手法の統一により得られる高品質なデータの集積が、近年の機械学習アプローチの発展により有効に活用された事例となっています。
これに続く2件の日本側からの話題提供はリモートセンシングに関するもので、秋津朋子主任研究開発員(JAXA)は、GCOM-C(気候変動観測衛星「しきさい」)の検証活動として、タワーサイトでの観測に関連した内容を発表しました。富士北麓フラックス観測サイトはGCOM-Cの検証サイトとして様々な研究活動を実施してきており、衛星リモート観測で得られる情報と、陸域生態系で実際に起こっている現象の関連付けにタワーサイトが非常に重要な役割を果たしていることを印象づけました。
両角友喜特別研究員(NIES)は富士北麓などで実施されている地上での太陽光励起クロロフィル蛍光(SIF)の観測による光合成定量化に関する研究結果を発表しました。SIFは、温室効果ガス観測技術衛星GOSATシリーズなどによる地上植生の光合成梁の広域評価にも応用されており、世界的にも特に注目度の高いアプローチです。日本側からの話題提供の最後の2件は、植物から放出される生物起源揮発性有機化合物(BVOC)についての研究に関するもので、谷晃教授(静岡県立大学)は富士北麓サイトでの群落スケールでのフラックス観測の事例や、実験室での植物の環境操作実験の結果などを紹介しました。
CHEN Zhanzhuo(北海道大学・大学院生)はNIESで開発された生態系プロセスモデルであるVISITを利用して、代表的なBVOCの一つであるモノテルペンのカラマツ林での挙動を再現する研究を紹介しました。この内容はその後Journal of Geophysical Research-Biogeosciences誌に受理され出版されています。さらに、中国・韓国からそれぞれ6件ずつ、大学院生を中心とした研究発表を行いました。中国からの発表では窒素や硫黄などの酸性降下物に関連した話題が3件あり、陸域生態系に対する大気汚染の影響についての関心の高さを感じました。韓国からは農耕地に関連した話題提供が2件あり、農業分野での温暖化ガス交換に関する研究が盛んな印象を受けました。
陸域観測の最前線での現地共同視察
8/28(水)は、富士北麓フラックス観測サイトでの現地共同視察を実施しました。宿泊先からチャーターしたバスに搭乗し、およそ1時間で富士吉田登山口の中の茶屋まで移動したのち、そこからは林道を約15分歩いて、200mx200mのタワーを中心とした調査地域に到達します。今回の日程はちょうど台風10号(国際名:サンサン)が日本近傍で迷走し、各地に記録的な豪雨をもたらした時期と重なっており、航空機の運行の混乱や現地視察への影響だけでなく、サイト視察もキャンセルせざるを得ない状況の発生が懸念されましたが、奇跡的に視察中は風雨も止み、問題なく視察をすることが可能となりました。前夜の雨によりタワー登頂には若干の危険性があると判断したため、タワー最上部の機材の紹介に関しては、各国から3名ずつに限定し、タワーに登らないメンバーへは、林内に展開された様々な観測システムについて日本側の参加メンバーから説明を行いました。短い時間ではあったものの、自動開閉型土壌チャンバーシステムや各種の衛星観測検証用システムの稼働状況を実際に目にしながら、様々な技術情報の交換が行われ、オリジナルデータ取得に関して互換性や一貫性を協力して向上させていくための重要なきっかけとなったと感じています。
若手研究者の交流~まとめ、次世代リーダー達への期待
ワークショップと共同現地視察以外の部分についても、特筆すべき動きがありました。同じ場所に宿泊することで、滞在期間中に各国の大学院生や若手研究者を中心に学術部分以外も含めて盛んな交流があったようで、お互いの国での研究環境の違いやその他さまざまな話題について、ホテルの談話スペースでおやつをつまみながら夜遅くまで歓談している様子を見ることができました。前回のA3事業(2007-2012年のA3-CarboEastAsia)でも感じましたが、研究交流のベースはやはり人と人との結びつきにあり、国を超えて仲良くなることでデータ共有に対する様々な懸念が払拭され、実際の研究を執行する上でのモチベーションが高くなります。今回のA3事業では、前回のA3事業でステップアップした当時の若手研究者が各国のリーダーとして研究交流に尽力しています。以前に比べると、この研究分野では日本人の若手研究者、特に博士課程大学院生が非常に少なくなっていますが、今回のA3事業をきっかけに複数の大学院生が博士課程への進学を決意し、また日本の大学院で研究している中国人大学院生の多くが、積極的に3カ国間の交流の「繋ぎ役」「盛り上げ役」として活躍するなど、若手研究者の育成という目的において、良い流れができてきていることを実感しました。コロナ禍を経てさまざまな状況が変わってしまったことで、以前に比べると国際集会の開催にも多くの困難があり、準備も想像以上に大変なものでしたが、意義深いイベントとなりました。協力いただいた所内外の研究関係者と、準備にあたって協力をいただいた所内の管理支援部門のみなさまに感謝します。