SEMINAR2023年4月号 Vol. 34 No. 1(通巻389号)

環境・開発と防災・減災の統合的な推進を 日本学術会議 in つくば公開講演会「持続的かつレジリエントな道筋への移行」報告

  • 地球環境研究センター 研究推進係

2023年2月15日、日本学術会議が主催し、防災科学技術研究所(以下、防災科研)と国立環境研究所(以下、国環研)が共催となり、日本学術会議 in つくば公開講演会「持続的かつレジリエントな道筋への移行」が開催されました。

この講演会は、環境・開発と防災・減災という、学術的背景も国際協調の議論の経緯も異なる2つの分野の統合的な推進が今求められているという観点に立っており、つくばにある防災科研と国環研、関東地区の行政、民間企業、市民組織が協力して、それぞれの視点から、持続的かつレジリエントな道筋への移行について議論しました。

講演会は防災科研における現地会場とZoomウェビナーでのオンライン配信によるハイブリッド開催となりました。事務局の集計によると、参加者は一般の方を含め300名以上とのことでした。本稿では講演会の概要を紹介します。

なお、公開講演会の様子は録画されており、防災科研のYouTubeチャンネル(https://www.youtube.com/watch?v=KH_yD0exlIQ&t=5655s)から公開されています。

日本学術会議会長の梶田隆章氏による開会挨拶、日本学術会議連携会員・防災科研理事長の林春男氏による主催挨拶・趣旨説明の後、茨城大学地球・地域環境共創機構特命教授の三村信男氏が「気候変動への対応と持続可能でレジリエントな社会」と題する基調講演を行いました。長く気候変動問題にかかわってきた三村氏は、IPCC第6次評価報告書(AR6)が示す気候変動の現状認識、気候変動への対応と社会の将来、社会のレジリエンス構築に向けて、という内容で講演しました。なお、公開講演会の司会進行は、日本学術会議第三部会員で国環研地球システム領域長の三枝信子が務めました。

1. 基調講演「気候変動への対応と持続可能でレジリエントな社会」

三村氏は、IPCC AR6が人間の影響による温暖化は疑う余地がないと初めて断定したことを紹介した上で、気候変動がすでに自然環境と人間社会に多くの影響を引き起こしていること、影響のリスクは脆弱な自然環境やアフリカ、南アジア、中南米、小島嶼国などの地域で大きいことを示しました。将来の動向では、ほとんどの排出シナリオで2040年頃までに1.5℃に達する可能性が高いと予測されている一方、気候変動対策のポテンシャルはあるものの現状では十分ではないと説明し、パリ協定の目標である産業革命前からの平均気温の上昇を1.5℃/2℃以下にとどめるためには、次の10年における社会の選択と行動が重要になると解説しました。

では、どういう対策をとったらいいのでしょうか。AR6では気候変動にレジリエントな社会を目指すべきことが強調されています。三村氏は、これは気候変動の悪影響への対処にとどまらず開発のあり方を転換して、社会のレジリエンス(回復力や適応力)を高めるとともに、気候、生態系、人間社会の関係を健全で持続可能なものに変える方向だと述べました。

社会のレジリエンスは幅広い総合力の強化によって構築されるものです。三村氏は、特に環境分野と防災分野は多くの目標を共有しているので、両者の一層の連携強化が重要になると指摘しました。さらに、自然科学と人文・社会科学を含む広い分野の連携が不可欠で、研究コミュニティと社会のさらなる協働や、統合的な解決策やその方法に関する研究の推進が望まれると結びました(写真1)。

写真1 三村氏による基調講演(写真提供: 防災科研)
写真1 三村氏による基調講演(写真提供: 防災科研)

2. 環境・開発、防災・減災の観点からの話題提供

基調講演の後、市民活動、行政の取り組み、民間企業の取り組み、学術分野の取り組みについて、環境・開発、防災・減災の観点からそれぞれ話題提供がありました。

市民活動の取り組みとして、関東地方ESD(Education for Sustainable Development: 持続可能な開発のための教育)活動支援センターの島田幸子氏は、「気候変動による影響と対策に関する学びと実践」のなかで、気候変動、災害に対し、自律的に行動できる人材の育成を目標とした流山市東部中学校での活動内容などを紹介しました(図1)。

図1 流山市東部中学校での気候変動による影響と対策に関する学びと実践の実施概要(島田氏のスライドより )
図1 流山市東部中学校での気候変動による影響と対策に関する学びと実践の実施概要(島田氏のスライドより ) 画像拡大

災害救援ボランティア推進委員会(https://www.saigai.or.jp/)委員長の澤野次郎氏は、大地震対策に加えて気候変動による大規模な被害が想定される2030年代に求められるボランティア活動について、会が4月に開講する気候変動講座とともに、防災・減災分野と環境・開発分野における活動を統合的に進めていくと述べました。

行政の取り組みに関しては、千葉県佐倉市企画政策部長の向後昌弘氏が「佐倉市における環境施策に係る取組とその活用」のなかで、水質が全国ワースト5位の常連だった印旛沼がある佐倉市が、さまざまな環境施策に積極的に取り組んできたことを紹介しました。

つくば市政策イノベーション部長の藤光智香氏からは、官民合わせて150の研究機関があるつくば市の「スーパーサイエンスシティ構想」について説明があり、科学で新たな選択肢を可能にし、人々に多様な幸せを目指すスーパーサイエンスシティを、市民とともに創っていくことが重要と述べました(図2)。

図2 つくば市「スーパーサイエンスシティ構想」の概要(藤光氏のスライドより)
図2 つくば市「スーパーサイエンスシティ構想」の概要(藤光氏のスライドより)

民間企業の取り組みとして、株式会社ウェザーニューズ常務執行役員の安部大介氏は、民間気象サービスは気候変動適応の有効な取り組みの一つであり、今後の課題は、気象・気候サービスを通じて世界80億人の温暖化リスクの低減に貢献することであると話しました。

図3 温暖化に対する気象・気候サービス(安部氏のスライドより)
図3 温暖化に対する気象・気候サービス(安部氏のスライドより)

日本防災産業会議会長の相澤益男氏は、災害リスクの軽減、気候変動適応、持続可能な開発を重視した持続的でレジリエントな道筋への移行において、防災デジタルトランスフォーメーション、災害リスク統合研究、マルチ・ステークホルダーの強力な連携が重要となると述べました(図3)。

学術分野の取り組みのなかで、筑波大学計算科学研究センター教授の日下博幸氏は、都市のヒートアイランド対策(緩和策)と熱中症対策(適応策)は共通するものが多いが、相反するものもあると解説しました。遮熱性舗装はヒートアイランド対策になるが熱中症対策にはならないため、緩和策としては限界があること、暑熱対策としてはテントや日傘は多少効果があるが、藤棚や街路樹の効果はそれらよりもずっと大きいという研究成果を紹介しました。

防災科研研究主監の岩波越氏は、ソラチェク(図4)、雪おろシグナル(安全な雪下ろしに向け、現在の屋根雪の重さを示すシステム、https://seppyo.bosai.go.jp/snow-weight-japan/)といった、生活における一人ひとりの行動につながるような「情報プロダクツ」により、災害リスクを低減する取り組みを紹介しました。

図4 首都圏の極端気象情報を発信しているソラチェク(https://isrs.bosai.go.jp/soracheck/storymap/ 岩波氏のスライドより)
図4 首都圏の極端気象情報を発信しているソラチェク(https://isrs.bosai.go.jp/soracheck/storymap/ 岩波氏のスライドより)

話題提供した8人からはいずれも環境・開発と防災・減災は密接な関係にあり、その連携には多分野の研究領域との統合を進めていくことが重要であるという指摘がありました。

3. 分野、立場を越えて議論したパネルディスカッション

最後に、基調講演をした三村氏と8人の話題提供者が登壇し、パネルディスカッションが行われました。モデレータは日本学術会議第三部会員で土木研究所水災害・リスクマネジメント国際センター長の小池俊雄氏が務めました(写真2)。

小池氏からは8人の話題提供者に、①環境・開発と防災・減災の相違点、②共通点、③どうしたら両者がより密接に協働できるかという質問が出されました。

環境・開発と防災・減災の相違点としては、環境・開発は時空間スケールがより大きく、特に環境は長く将来にわたって保全されることが期待されるが、防災はもう少しローカルなところに着眼点があり、被害回復、災害の未然防止などより差し迫った課題への対応が求められるという意見がありました。

また、環境・開発は主に産業革命以降の人為的な影響によって起こる気候変動や環境破壊に対応する意味をもつ一方で、防災・減災は、地球の進化の一端として起こる地震や噴火、あるいは自然災害としての台風への対策という意味で、人為や自然に対する認識が大きく違っているのではないかという意見もありました。

環境・開発と防災・減災の共通点としては、どちらも社会や人間活動と深いかかわりがあり、一人ひとりが自分自身の問題として捉えたうえで、多くの人と協働して取り組むことが重要であること、環境問題の解決には環境だけではなく、経済やエネルギーの問題など克服しなければならないことがあり、そこに防災も含めて最適解を見つけるのが共通の目標という意見がありました。

どうすれば統合的な構造ができるようになるのかという点については、医療の分野も含めた連携が重要であり、分野・世代間を越え、相互に理解しあって協働していく必要があるということが語られました。

パネルディスカッションの最後に、基調講演を行った三村氏からも両者の協働について発表がありました。

三村氏は、協働を進める際には、各課題における脆弱性をいかに低減させられるかという観点が重要と述べました。環境と防災が共通に目指すべきことを学術の分野でもしっかり考えていく必要があるということ、また、他の分野の人と目標を共通化して一緒に進めていく統合的アプローチや、将来起こることを予見して社会のあり方を考える予見的な対応が必要になってくることを説明しました。

小池氏からは、防災科研、国環研、話題提供を行った4分野それぞれの専門家からの、分野、立場を越えたいろいろな話を聞く機会をもち、問題の全体構造を俯瞰できてよかったとの感想が述べられました。さらに氏は、持続的でレジリエントな道筋を見出すには、地域、市民との対話をもち、研究分野を越えて多様な取り組みを議論していくことが必要になってくると結びました。

写真2 分野、立場を越えた議論が行われたパネルディスカッション(写真提供: 防災科研)
写真2 分野、立場を越えた議論が行われたパネルディスカッション(写真提供: 防災科研)

公開講演会は、日本学術会議連携会員で国環研理事の森口祐一氏の閉会挨拶で終了しました。今回の講演会は分野や立場を越えたさまざまな話題提供によって、より総合的な課題への展望が得られた貴重な機会となったのではないかと思われます。