NEWS2022年10月号 Vol. 33 No. 7(通巻383号)

実験や観測現場の紹介を通して地球環境研究を身近に感じられる日に ~夏の大公開2022における地球環境研究センターのイベント報告~

7月16日(土)国立環境研究所(以下、国環研)は夏の大公開をオンラインで開催しました。地球システム領域地球環境研究センターでは、「100人で海水酸性化実験」と「つくば×観測サイト 生中継ラボツアー」を企画しました。

「100人で海水酸性化実験」は、昨年同様、抽選で選ばれた16人に事前に実験キットを送付しZoomで参加していただきました。また、事前登録された希望者にも実験キットを送り、YouTubeを見ながら実験に参加していただきました。

「つくば×観測サイト 生中継ラボツアー」では、「100人で海水酸性化実験」でも解説を担当した高尾信太郎主任研究員がナビゲータを務めました。ラボツアーは昨年同様YouTubeからライブ配信いたしました。

本稿では、この2つの企画の様子を担当者から簡単に報告いたします。

目次

1. 100人で海水酸性化実験

高尾信太郎(地球システム領域大気・海洋モニタリング推進室 主任研究員)

「夏の大公開2022」での「100人で海水酸性化実験」は昨年と同じくZoomとYouTubeを組み合わせたオンライン配信で実施しました。事前に海水とBTB溶液入りの小瓶を参加者にお配りし、小瓶に息を吹き込むと海水が二酸化炭素(CO2)を吸収して色が変わることを体験する人気の実験です(写真1)。

写真1 海水酸性化実験にて、参加者に事前配布した海水入りの小瓶について説明しました(写真提供:広報室)。
写真1 海水酸性化実験にて、参加者に事前配布した海水入りの小瓶について説明しました(写真提供:広報室)。

昨年の夏の大公開では地球システム領域が独自に撮影や配信を行いましたが、今年のイベントはそれらを国環研の広報室が取り仕切ってくれました。そういった背景もあって担当をお引き受けした当初は「準備もあまりしなくて良いし、楽になって良かった!」と思っていましたが、そういった時こそ魔物は現れるもので…。

昨年のイベントはスマホ内蔵のカメラとマイクだけを使うシンプルな配信機材でしたので、後日行ったアンケートでは「音声が少し聞きづらい」、「説明中に周りの声(子供たちの声)が入っている」(これはこれで個人的にはイベント感があって好きなのですが)等々のご意見をいただいていました。一方、今年の撮影環境はさすが広報室の仕切りといった感じで、テレビ局で見るような何台もの撮影用カメラ、個別のピンマイク、光り輝くLEDライト(撮影風景:写真2)…これはもう何の心配もなく素晴らしい配信ができるだろうと、いざリハーサルへ。

ところが、ZoomとYouTubeを組み合わせる特殊な配信形態が災いしたのか、前日の通しリハーサルなのにZoom参加者を想定した地球システム領域スタッフには映像も音声も一切届かないという、まさかの状況に…。全ての対応を広報室(と動画配信業者)にお任せしているため、我々地球システム領域のスタッフにはなす術もなく、翌日の本番への不安で胸が一杯でした。幸い、広報室のご尽力と居残りリハーサルのおかげで本番では無事にZoom参加者にもキレイな映像と音声を届けることができ、参加してくれた子供達からも沢山の質問をもらいました。この2年間でオンライン実験にも慣れてきましたが、来年こそは是非対面で参加者の皆さんと触れ合いたいものです。

写真2 本番で複数台のカメラに囲まれています(写真提供:広報室)。
写真2 本番で複数台のカメラに囲まれています(写真提供:広報室)。

※「100人で海水酸性化実験」は、YouTube国環研動画チャンネル(https://www.youtube.com/watch?v=7xf8MoD2bJg&t=1152s)からご視聴いただけます。

2. つくば×観測サイト 生中継ラボツアー

ナビゲータを体験して(高尾信太郎):昨年の夏の大公開では横目に見ていたラボツアーのナビゲータ、今年はその大役を僭越ながら務めさせていただきました。自分の担当する実験ならアドリブで何とか対応できますが、ナビゲータはそうはいきません。ツアー全体の流れを把握することに加え、映り方や音声の具合、ツアー担当者ごとのリハーサルなど、想像以上に大変でしたがツアー企画を俯瞰する大変良い機会をいただきました。「見るとやるとは大違い」、まさにそんな体験でした。そして、ご協力くださった地球システム領域スタッフの皆さん、特に研究の合間を縫って駆けつけてくれた撮影担当の両角友喜特別研究員にこの場を借りて改めて感謝いたします!

それでは、それぞれの研究室、観測サイトについて、当日対応いただいた研究者の皆さんに報告いただきます。

(1)温室効果ガス分析室に潜入していただきました

町田敏暢(地球システム領域 大気・海洋モニタリング推進室長)

写真3 航空機内でのサンプリングに使用している金属フラスコを紹介する筆者(右)とナビゲータの高尾信太郎主任研究員(左)。
写真3 航空機内でのサンプリングに使用している金属フラスコを紹介する筆者(右)とナビゲータの高尾信太郎主任研究員(左)。

今年の夏の大公開もオンライン開催となってしまいましたが、参加者の皆様にできるだけリアルな実験室を見ていただくために、昨年に引き続いて温室効果ガス分析室からの生中継をさせていただきました。

温室効果ガスの分析装置や大気のサンプリングフラスコ、さらには民間航空機の模型を使った搭載場所の紹介など、見せるべき基本は昨年と同様の構成にいたしましたが、今年の目玉は手動ポンプを使った大気サンプリングの実演でした。

民間航空機を使った観測プロジェクト(CONTRAILプロジェクト)では飛行する路線によっては、観測者が航空機に乗り込んで手動ポンプを回して空気をサンプリングすることがあります。そこで使われる本物の手動ポンプと金属フラスコを用意し、屋外からチューブで外気を引き込んで実際の手順に沿って大気をサンプリングする様子を中継しました(写真4)。ポンプを回す音、ポンプのリズムで空気が流れ出る音などをマイクを近づけて伝えたり、空気を加圧する際に圧力計の針がぶるぶる震えながらも上昇していく様子を画面を拡大して伝えたりしました(写真5)。見ていただいた方には、サンプリングフラスコの中には空気がぎゅっと詰まって保存されることがイメージできたのではないかと思います。

写真4 航空機でのサンプリングに使われる本物の手動ポンプと金属フラスコを用意し、屋外から黒いチューブで外気を引き込んで実際の手順に沿って大気のサンプリングを説明しました。
写真4 航空機でのサンプリングに使われる本物の手動ポンプと金属フラスコを用意し、屋外から黒いチューブで外気を引き込んで実際の手順に沿って大気のサンプリングを説明しました。
写真5 ポンプを回して空気を加圧すると、フラスコの中の空気は2気圧くらいになります。
写真5 ポンプを回して空気を加圧すると、フラスコの中の空気は2気圧くらいになります。

最後に、生中継は何度やっても緊張します。今年も何度もリハーサルをして本番に臨みました。昨年は初めてでしたので「間違えてもそれがリアルなので」と開き直ることで緊張を和らげましたが、今年は「間違えたらそれもおいしいネタ」と一歩進んだ考えで(少しだけ)楽しみながら中継を行うことができました。

(2)GOSATシリーズの紹介とクロロフィル蛍光実験

野田響(地球システム領域衛星観測研究室 主任研究員)

写真6 クロロフィル蛍光実験を動画で紹介しました。
写真6 クロロフィル蛍光実験を動画で紹介しました。

今回のラボツアーでは10分の持ち時間で、GOSAT衛星シリーズの観測についての説明とクロロフィル蛍光実験、質疑応答を行いました。このうち、説明と実験は録画した動画を流し、質疑応答のみリアルタイムで行いました。

GOSATシリーズはCO2やメタンなどの温室効果ガス濃度の観測を主目的とした人工衛星です。一方、クロロフィル蛍光は植物が光合成の際に発する微弱な光です。GOSATの打ち上げ後に、GOSATのデータから太陽光条件下で地上の植物が発するクロロフィル蛍光を観測できることが明らかになりました。

植物は光合成を通じてCO2を吸収し、植物の光合成活性は地球全体のCO2濃度の時間的変動と空間的分布に大きく影響します。通常、一般の方向けのイベントなどでは、これらの内容についてデータを見せながら時間をかけて丁寧に説明しますが、時間の都合上、エッセンスのみの非常に簡単な説明しかできませんでした。クロロフィル蛍光実験については、別の報告記事に詳しく書いていますのでそちらをご参照ください(森野勇,野田響「北海道の陸別中学校で出前授業を行いました」地球環境研究センターニュース2018年3月号)。

今まで、この実験では、本物の植物とよくできた造花の葉を並べ、近赤外線カメラを通して本物の葉だけが蛍光を発する様子を見せてきました。しかし、昨年の一般公開で実験を行った際、画面越しでは本物も造花もはっきり見えないため面白さが伝わらないと感じました。今回はサボテンを用意し、蛍光を発するのが緑色の胴体の部分だけで、光合成をしない棘からは出ない様子を見せました(写真7)。実験パートも録画としたことで、クロロフィル蛍光を見せる赤外線カメラの映像をクリアに見せることができました。

写真7 近赤外カメラを通したサボテンの映像(上)と人間の目で見える光をはじいて近赤外光だけを通す光フィルターを用いたサボテンの映像(下)。下の映像でサボテンの胴体がくっきりと見えるのは植物が光合成の際に発する光、クロロフィル蛍光がサボテンの胴体からでているため。
写真7 近赤外カメラを通したサボテンの映像(上)と人間の目で見える光をはじいて近赤外光だけを通す光フィルターを用いたサボテンの映像(下)。下の映像でサボテンの胴体がくっきりと見えるのは植物が光合成の際に発する光、クロロフィル蛍光がサボテンの胴体からでているため。

質疑応答では幾つか質問をいただきましたが、質疑応答の終了後にコメント欄に質問をくださった方もいて、皆さんとゆっくりお話できなかったのが少し心残りです。

(3)東京スカイツリーから大気観測のライブ配信

遠嶋康徳(地球システム領域 動態化学研究室長)

写真8 今年は東京スカイツリーからライブ配信しました。
写真8 今年は東京スカイツリーからライブ配信しました。

国環研では大都市東京における人為的な温室効果ガスの排出状況を調べるために複数の地点での大気観測を実施しています。東京スカイツリーもそうした観測点の一つで、地上250m付近のフロアの一角をお借りして温室効果ガスの観測や大気採取等を継続しています。昨年の「夏の大公開」でもこうした観測の様子を伝えるべく現場からのライブ配信を予定していましたが、新型コロナウイルス第5波の拡大局面にあったため生中継を断念しました。しかし、今年はワクチン接種も進み新型コロナウイルスとの共存についてもある程度の理解が得られるようになったことから、現地からのライブ配信を実施しました。

そうはいっても、次第に感染者数が増加しているなかで、ギリギリまで判断に迷う状況でした。さらに、当初の予定では研究者2名(説明担当+撮影担当)で中継するはずが、本番数日前に対応人数が変更となるなど、直前まで混乱もありましたが、どうにか無事に本番を迎えることができました。

本番では、最初にスカイツリーの観測を実施しているフロアの外回りの様子や、大気観測のための大気試料の取り入れ口等(写真9)を事前に撮影したビデオを見ていただき、その後、スカイツリー内部に設置された観測用ブースの様子を現地からライブ配信しました。観測用ブース内では、つくばの研究室で精密分析をするための大気試料をガラス製容器に充填する装置や、大気中のCO2やCH4、COを高精度で連続測定する装置(写真10)等の説明を行いました。最後の視聴者からの質問に答えるコーナーでは、1件しか答える時間がなかったのが心残りとなりました。

写真9 外壁に設置された取り入れ口から空気を採取してタワー内に設置された分析機器で濃度を測定しています。
写真9 外壁に設置された取り入れ口から空気を採取してタワー内に設置された分析機器で濃度を測定しています。
写真10 左側に記載された数値は上からCO2、CO、CH4の大気中濃度のスカイツリーにおける観測結果。バックグラウンドのCO2濃度約420ppmよりスカイツリーの濃度の方が高いのは、都市ではさまざまな化石燃料が使われているため。
写真10 左側に記載された数値は上からCO2、CO、CH4の大気中濃度のスカイツリーにおける観測結果。バックグラウンドのCO2濃度約420ppmよりスカイツリーの濃度の方が高いのは、都市ではさまざまな化石燃料が使われているため。

イベント後に配信を見た研究者に感想を聞いたところ、前半の外回りの様子はわかりやすかったが、後半のライブ配信の部分は少し音声が聞き取れなかったり、説明がわかりにくいところが少しあったりした、とのことでした。やはり、事前に撮影した画像に、音声部分のテロップを入れたり、無駄な画面を削除したりして見やすくした方がよいのかもしれないと思いました。ライブ配信にこだわるのであれば、視聴者からの質問に答える部分を増やすなどの工夫が必要とも感じました。

(4)頻発する自然災害は森林のCO2吸収機能を変えるのか?
~観測研究の最前線~

高橋善幸(地球システム領域 陸域モニタリング推進室長)

写真11 苫小牧フラックスリサーチサイトから生中継しました。左にあるのは土壌のCO2/CH4交換量を測定するためのチャンバーシステム。2004年の台風以前はカラマツの人工林だったが、現在は5m程度の高さのシラカンバや低木が繁茂しています。
写真11 苫小牧フラックスリサーチサイトから生中継しました。左にあるのは土壌のCO2/CH4交換量を測定するためのチャンバーシステム。2004年の台風以前はカラマツの人工林だったが、現在は5m程度の高さのシラカンバや低木が繁茂しています。

今年の夏の大公開では陸域モニタリング推進室と炭素循環研究室のメンバーが中心となって、北海道苫小牧市郊外の苫小牧フラックスリサーチサイトからの生中継を行いました。苫小牧フラックスリサーチサイトは京都議定書に対応した森林の炭素吸収量の評価を目的とし、1999年 9月に活動を開始したAsiaFluxの拠点として整備されたサイトです。2000年に2本の観測タワーを中心とした広大なカラマツ林で本格的な観測を開始して以降、様々な研究分野の学際的交流と技術開発・検証を通して多くの学術的成果を創出してきたアジアを代表する観測サイトです。

このサイトは2004年の強大な台風により、観測施設の多くが被災しただけでなく、90%を超す木が風倒の被害にあったため、森林としての機能が失われるという事態に見舞われました。しかしながら、自然撹乱からの森林機能の回復過程を長期に観測するという観点で極めて貴重な観測現場となり、現在でも観測研究が継続しています。

今回の現場中継では、国環研のメンバーに加え、このサイトで観測研究を実施している北海道大学の平野高司教授による撹乱後の遷移状況の解説が行われただけでなく、現在実施中の環境研究総合推進費課題「2-2006」での土壌CO2/CH4フラックスの多面的観測研究に参画している外部研究グループからも、最新の技術を利用した観測研究の内容について紹介が行われました。この推進費課題の代表者である梁乃申室長(炭素循環研究室)から日本の森林の土壌の多くは火山灰を母材とした土壌であり、これまでの観測データから、有機炭素の蓄積量が多いだけでなく、メタンの吸収能力が非常に高いことが示されていることが紹介されました(写真12)。

写真12 最新の技術を応用したレーザー分光型のメタン分析計(左)を観測機器(右)に増設し、土壌のメタン吸収速度を自動連続測定しています。
写真12 最新の技術を応用したレーザー分光型のメタン分析計(左)を観測機器(右)に増設し、土壌のメタン吸収速度を自動連続測定しています。

遠隔地での観測研究は電源の確保などに困難がありますが、苫小牧フラックスリサーチサイトでは多くの研究者の努力により、電源や通信環境といった観測基盤が整備されており、非常に貴重なデータを効率的に集積することに成功しています。今回の夏の大公開においても、観測サイトに整備した通信設備を活用することで、現場の生中継を可能とすることができました。

時間の制約のある中で、研究内容についての詳細な紹介が困難であり、視聴者との双方向での交流が出来なかったというのは心残りではありますが、現場ならではの臨場感を感じてもらえる内容となりました。生中継に参加したメンバーにより、今回収録した動画を元にグラフや説明テロップを追加して、一般市民にも理解しやすい動画素材を編集しようという機運が高まり、現在、作業を行っている最中です。近い将来、これを多くの人に公開できるようにするので期待してください。

写真13 環境研究総合推進費課題「2-2006: メタン吸収能を含めたアジア域の森林における土壌炭素動態の統括的観測に基づいた気候変動影響の将来予測」の関係者が現地での共同調査を実施するとともに、当日の中継にも参加し、研究内容を紹介しました。
写真13 環境研究総合推進費課題「2-2006: メタン吸収能を含めたアジア域の森林における土壌炭素動態の統括的観測に基づいた気候変動影響の将来予測」の関係者が現地での共同調査を実施するとともに、当日の中継にも参加し、研究内容を紹介しました。

※「つくば×観測サイト 生中継ラボツアー」は、YouTube国環研動画チャンネル(https://www.youtube.com/watch?v=7xf8MoD2bJg&t=6940s)からご視聴いただけます。