温室効果ガスの衛星観測と循環研究の動向 ~日本地球惑星科学連合2022年大会参加報告~
1. はじめに
日本地球惑星科学連合(JpGU)の2022年大会が2022年5月22日から6月3日にかけて開催されました。今回は、千葉市幕張メッセの現地会場とオンラインを併用したハイブリッド形式となり、前半の5月22日から27日が現地会場での口頭発表とそのライブ中継および現地でのポスター発表で、後半の5月29日から6月3日はオンラインでのポスター発表の期間でした。
JpGUは地球惑星物理の多くの学協議会が参加する大規模な組織で、その大会は毎年5月下旬に開催されます。しかし、新型コロナウィルス感染症まん延の影響を受け、2019年の現地開催を最後に、2020年と2021年の大会は完全オンラインで開催されました。今回は3年ぶりに現地開催が再開されました。コンビーナ、発表者、参加者はそれぞれの都合で現地参加かオンライン参加を選ぶことができました。筆者は、1日だけ現地参加し、残りはオンラインで参加しました。
本稿では、筆者の業務に関係する二酸化炭素(CO2)やメタンなどの温室効果ガスの衛星観測や循環解明・収支推定に関する研究動向や、衛星観測センターで実施した展示について紹介します。
2. 温室効果ガスの衛星観測の動向
人工衛星からの地球観測は、地球全体を広範に観測できるという利点から、近年ますます重要性が増しています。本大会でも衛星観測のセッションが多く開催され、筆者は地球大気の観測に関するセッションにオンラインで参加しました。ハイブリッド期間中の口頭発表では、オンライン参加者用にすべての現地会議室でライブ中継がされており、カメラは、話者を映すもの、座長から客席方向、会議室後方からスクリーン方向など複数台設置されており、オンライン参加でも会場の雰囲気がかなりわかるようになっていました。その分、機器の設置・設定等、大会運営関係者や会場係の皆様のご苦労は大きかったと想像します。
さて、筆者が参加した5月23日の“Satellite Earth Environment Observation”(衛星による地球環境観測)の国際セッションでは、今日地球環境の観測に不可欠となっている衛星観測について、観測精度向上への取り組みや高度なデータ解析技術、将来の地球観測衛星計画等のさまざまな観点からの発表が行われました。宇宙航空研究開発機構の可知氏から、現在運用中の全球の降水や水蒸気を観測するセンサAMSR2と2023年度打ち上げ予定の衛星GOSAT-GWに搭載予定のセンサAMSR3の紹介がありました。続いて国立環境研究所(以下、NIES)の松永衛星観測センター長からは、センターが実施しているGOSAT・GOSAT-2プロジェクトの最新の状況・成果とともに、GOSAT-GWに搭載予定のセンサTANSO-3のプロダクト作成に向けた準備状況が紹介されました(図1)。AMSRシリーズ、GOSATシリーズは日本が主導している地球観測のセンサと衛星で、いずれも3世代目となり、長期にわたる水循環・炭素循環の変動を捉えるためにも、今後の観測の継続が期待されているところです。
5月24日の「将来の衛星地球観測」のセッションでは、11件の口頭発表のうち5件が静止衛星による観測の提案であり、これまでの周回軌道の衛星と比べて、日本を含むアジア域を高い時空間分解能で観測する必要性が近年増していることが感じられました。温室効果ガス関連では、情報通信研究機構の笠井氏から、アジアの上にある静止軌道衛星から温室効果ガスと大気汚染物質を観測する、それも排出量のリアルタイム評価まで実施しようという構想が紹介されました。
3. 温室効果ガスの循環の研究
5月26日は幕張メッセへ赴き、数年ぶりに現地会議に参加しました。“ Global Carbon Cycle Observation and Analysis”(グローバル炭素循環の観測と統合解析)の国際セッションでは、まず、NIES地球システム領域の伊藤室長から、2023年に1回目が予定されているグローバルストックテイクへ向けた温室効果ガスのモニタリングの構想について、インベントリ、数値モデル、大気観測を複合的に用いることにより、信頼性の高い温室効果ガスの収支推定を目指す取り組みの紹介がありました(写真1)。
続いて、海洋研究開発機構(JAMSTEC)のChandra氏、Patra氏、千葉大学のBelikov氏から、温室効果ガスの大気観測データと大気輸送モデルを用いた手法によるCO2、メタン、一酸化二窒素の収支推定の最新の結果が報告された他、領域モデルを用いた関東域の1km解像度のCO2のシミュレーション結果(JAMSTECのBisht氏)、地球システムモデルの予測値を用いた熱帯雨林の総一次生産量の評価結果(千葉大学の田口氏)など、さまざまな時空間スケールでの研究成果が報告されました。
同セッションのポスター発表は、同じ日に現地のポスター会場または翌週のオンラインポスター期間に開催され、NIESや千葉大学から最新の研究成果が発表されました。オンラインポスターセッションでは、ポスター発表のコアタイム終了ぎりぎりまで議論が盛り上がりました。
その他、温室効果ガスの観測や収支推定に関する発表は、「大気化学」や「陸域生態系の物質循環」「北極域の科学」「Environmental, Socio-Economic and Climatic Changes in Northern Eurasia」など多くのセッションで行われ、関連する分野の広さを感じました。NIES地球システム領域からも多くの発表がありました。
4. 展示
JpGUの大会ではポスター会場に併設して展示場が用意され、企業や大学研究機関がブースを出展します。今回の大会では展示についても現地とオンラインの選択が可能となっていました。現地の一般展示会場の様子を写真2に示します。幕張メッセの大きな展示ホールの手前が展示会場、中頃から奥がポスター会場となっています。例年はホールの手前から奥まで展示やポスターパネルがびっしりと並ぶところ*1、今回はホールの半分ほどに収まっていました。コロナ禍でまだまだ様子を見ている参加者・出展者が多かったようです*2。一方、国際会議場での口頭発表の会場が不足したらしく、展示ホールの一角に2つの口頭発表用の特設会場が設けられており、これは初めて見る形態でした。
衛星観測センターではここ数年JpGU大会で展示を行っており、今回もオンラインで参加しました。衛星観測センターは、NIESの「衛星観測に関する事業」を実施しており、温室効果ガスを観測する一連の地球観測衛星GOSATシリーズ(GOSAT、GOSAT-2、GOSAT-GW)のプロジェクトを推進しています。今回の展示は、これら衛星の概要や最新の情報、衛星観測としては他に類を見ない長期にわたるCO2とメタンの観測の成果、GOSAT観測データから人為起源CO2排出を検出する方法、GOSATシリーズプロジェクトで研究する若手研究者の紹介、YouTube動画等をオンライン会場に掲載するとともに、大会企画のクイズラリーに参加しました。図2に衛星観測センターのオンラインポスターの一部を示します。YouTube動画はNIES動画チャンネルで公開されています*3。衛星観測センターの事業については、センターウェブサイト*4やインスタグラム*5で常時紹介しています。
5. おわりに
はるか昔、筆者が大学院生の時に炭素循環の勉強を始めた頃、温室効果ガスの衛星観測はまだ実現していませんでした。衛星観測による温室効果ガスの観測は、観測頻度の高さや広範な観測域などの長所があるものの、リモート観測ゆえに現在もバイアスや精度の問題があります。しかしこういった課題も多くの研究者・技術者の努力により改善されつつあり、研究論文も多く出版され、炭素循環の研究コミュニティも飛躍的に大きくなりました。最近では温室効果ガス排出量削減へ向けた行政目的のため、衛星観測による人為起源排出の観測・検出の期待もある一方で、衛星観測の精度はまだまだ現場観測に及びませんので、地上・船舶・航空機プラットフォームなどによる現場観測と衛星観測のそれぞれの特徴を生かしつつ、高分解能の大気モデルや高度な解析技術も併用し、温室効果ガスの循環研究や収支評価を押し進める必要性を改めて感じました。