最近の研究成果 「森の香り」のブレンド -「葉から出る香り成分」と「葉に含まれる香り成分」の関係-
森にはスーッとした香りが漂っています。この「森の香り」の中身は、テルペンと呼ばれる揮発性有機化合物の1グループで、植物が様々なストレスから身を守るために生成し、放出されると考えられています(図1)。テルペンは、大気中に放出されるとすぐに酸化されて消失しますが、一定の環境条件では、その消失過程からオゾンや微粒子が生成されます。これらは気候変動にかかわる物質であり、オゾンは大気汚染物質でもありますので、心地よい「森の香り」を楽しんでばかりもいられません。
テルペンが大気環境にどう影響するかは、テルペンの種類によっても異なります。このため、どういったテルペンがどの程度の量で放出されているか、さらにそれが気候変動によってどう変わりうるかを、主要な樹種について把握しておく必要がありそうです。我々は先行研究で、スギのテルペン組成がスギの地域的な集団で異なること、気候だけでなく病原菌組成にも影響を受けている可能性があることを示しました(Hiura et al., 2021)。
スギなどの針葉樹が持つ特徴の一つは、葉内にテルペンを蓄積していることですが、それが放出されるテルペンのブレンド(組成比)とどう関係しているのかはよくわかっていません。そこで本研究では、地理的・遺伝的に分化した天然スギの地域集団を対象に、針葉のテルペン含有量と針葉からのテルペン放出速度の関係を調べました。
図2は天然スギ10集団(計30個体)による、標準温度条件でのテルペン放出速度とテルペン含有量です。このテルペン含有量と熱力学的なアルゴリズムを使って、各テルペンの分圧、続いて放出プロファイルを推定し、観測された放出プロファイルと比較しました。その結果、サビネンやα-ピネンなどのモノテルペン(C10H16の分子式を持つテルペン)では推定結果と観測結果に比較的良い一致が見られ、モノテルペンの放出が主に針葉の蓄積分からの揮発によることが示唆されました(図3)。しかし、モノテルペンの放出速度と含有量の間には相関がなく、「含有量が多ければ放出速度も大きい」という関係にはないことがわかりました(図2)。これは、針葉のモノテルペン含有量が、(モノテルペンの放出を最長で数年間支えられるほど)放出量と比べて圧倒的に大きいためと考えられます。放出速度の違いには葉齢など他の要素が関係しているのかもしれません。
一方、ジテルペン(C20H32の分子式を持つテルペン)については、モノテルペンと異なり、観測された放出プロファイルを針葉の蓄積分からの揮発で説明できませんでした。しかし、ジテルペンの放出は、もっぱらジテルペンを含有するスギ集団・個体で検出されたことから(図4)、何らかの揮発メカニズムが関与しているはずです。ジテルペンのように分子量の大きなテルペンは微粒子になりやすく大気環境へのインパクトも大きいと考えられますので、これらがどうやって放出されているのか、(幸いまだ花粉症ではないので)これからも調べていきたいと思います。