地球環境研究センター30周年企画 地球環境研究センター30年の歴史(4)
地球環境研究センターは、2020年10月で発足30年を迎えます。8月号から3回にわたり、地球環境研究センターニュースにこれまで掲載された記事をもとに、地球環境研究センターの30年間を紐解きます。
今号では、2000年4月号から2010年3月号に掲載された記事のなかから、地球シミュレータによる地球温暖化の将来予測やIPCCの特別報告書について紹介します
IPCC特別報告書—排出量シナリオ—
1. はじめに
2000年3月15日深夜、ネパールのカトマンズで開かれた気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)第三作業部会第5回会合において、IPCCの新しい排出シナリオが承認された。IPCCではシナリオの作成に当たり、①対策をとらない場合の気候変動の影響を評価するため、②対策を行った場合の気候変動の影響を評価するため、③異なる地域、部門、時間軸の中で、温室効果ガスの排出を抑制する可能性と費用を分析するため、④国家間における削減可能量を取り決めるため、の各入力情報を挙げている(Alcamo et al, 1995)。
地球温暖化がどの程度進むかは、自然の不確実な挙動を別にすれば、われわれ人間社会がどのような方向に発展するかによって大きく左右される。つまり、将来の社会の描き方により、エネルギー利用や 土地利用変化の予想が大きく変わり、温室効果ガスや硫黄酸化物などの排出シナリオが大きく変化する。その結果、温暖化の予測に大きな差が生まれ、温暖化対策にも大きな違いが出てしまう。
今までの地球温暖化予測のほとんどは、IPCCによって1992年に作成された排出シナリオ(Houghton et al, 1992)を前提にしてきた。このシナリオはIS92a(「IPCCで作成した参照シナリオ1992年版のaケース」の意味)と呼ばれ、6つ作られたうちの1つであり、あくまでも一つの社会の発展方向を描いたものに過ぎず、先に挙げたシナリオの目的②〜④のために設計されたものではなく、それらに適したものでもない。
また、このシナリオは1985年のデータを基礎にして描かれ、それ以降に生じたいろいろな社会変化(ソ連崩壊、アジア発展途上国の経済の急激な成長、自由貿易体制の導入など)を当然のことながら考慮しておらず、現在の排出コミットメントについて最新の情報を考慮する必要があった。
さらに、1992年のシナリオには先進国の研究者の一方的な考え方が反映されており、先進国と途上国の所得格差をなくす発展経路の多様性を示すべきとの指摘や、技術進歩の異なったトレンドを示すべきとの指摘があり、新しい温室効果ガス等の排出シナリオの作成が勧告された(Alcamo et al, 1995)。
これを受けてIPCCでは、1996年から特別のプロジェクトチームを組織し、新しい排出シナリオの作成作業を進めてきた。IPCCは本来、既に発表された学術論文の科学的レビューを行う機関であり、このような独自の研究プロジェクトを組織することは例外的である。しかし、排出シナリオは地球温暖化問題を科学的に解明するための基本情報であり、この基本情報の提供がIPCCに求められ、それに応えるためのプロジェクトであった。
このプロジェクトに要した期間は3年半にもなり、経済モデルを含めた大規模なコンピュータ・モデルによるシミュレーション作業に特に多くの時間が費やされた。われわれのチームもこのシミュレーション作業に参加したほか、既存の排出シナリオのデータベースを新たに作成するなど、全ての期間にわたって貢献してきた。
そして、一連の成果を「排出シナリオに関する特別報告書」としてとりまとめ、この5月のIPCC第16回全体会合(モントリオール、カナダ)において、正式のIPCC報告書として刊行される運びとなった。報告書の英文名は “Special Report on Emissions Scenarios” であり、頭文字を取って、この新しい排出シナリオは「SRESシナリオ」と呼ばれている。
2. SRESシナリオの作成過程
SRESシナリオは、既存の排出シナリオのレビュー、叙述的シナリオ(「ストーリーライン」と呼ばれる)の作成、定量的シナリオの作成、インターネットによる公表と意見聴取(オープン・プロセス)、定量的シナリオの改良、という5つの手順を経て作成された。
まず、既存の研究による排出シナリオのレビューは、国立環境研究所においてデータベースを作成することから始まった(Morita and Lee, 1997)。約170のソースから400以上の排出シナリオを収集し、そのうち2100年までを推計期間としている190のシナリオを分析した。図1はこれらのシナリオの全てについて、二酸化炭素排出予測をプロットしたものである。多様な社会経済発展の仮定のもとで非常に大きな幅のシナリオが描かれていることがわかる。
これらの多様な仮定や大きな推計幅は、以下のSRESシナリオの作成過程に反映され、このような幅を網羅するシナリオの作成が試みられた。このデータベースは、新たな結果も含め、国立環境研究所地球環境研究センターのホームページ(http://www-cger.nies.go.jp/cger-e/db/ipcc.html)からダウンロード可能である。
次のステップとして、将来の社会経済の発展について、叙述的シナリオを作成した。これは、シナリオ内において一貫性を持った人口統計的・社会的・経済的・技術的・環境的・政治的将来を、量的でなく質的に記述したものである。
定量的シナリオの作成の前にこうした叙述的シナリオを作成した理由は、研究プロジェクトの各メンバーが複雑な前提条件を一貫性を持って考えやすいようにするため、シナリオを様々な使用者に対して説明しやすくするため、後の政策分析や気候変動の影響分析においていろいろな仮定を追加する際の指針とするためである。
こうして作られた叙述的シナリオは、後で解説するように4つある。それぞれ、人ロや技術進歩などを社会変化の駆動力として、具体的な社会的・経済的・技術的・環境的パラダイムを展開したもので、将来の発展の可能性を全て網羅しているわけではないが、非常に広い範囲にわたる。ただし、モデルによる定量化が難しく、発生の可能性が極端に低いとされる「サプライズ」シナリオ、「大惨事」シナリオは除外された。
1998年に入って、4つの叙述的シナリオをベースに定量化作業が開始された。この作業は次の6つのモデリング・チームが実施した。
- 国立環境研究所(日本)のアジア太平洋統合モデル(AIM)チーム
- ICF Consulting(米国)の大気安定化枠組モデル(ASF)チーム
- オランダ公衆衛生・環境保護研究所(National Institute of Public Health and Environmental Protection: RIVM)の温室効果ガス影響評価統合モデル(IMAGE)チーム
- 東京理科大学(日本)の多地域資源産業配分モデル(MARIA)チーム
- 国際応用システム分析研究所(オーストリア)(International Institute for Applied Systems Analysis: IIASA)のエネルギー供給戦略・環境影響モデル(MESSAGE)チーム
- 国立太平洋北西研究所(米国)(Pacific Northwest National Laboratory: PNNL)の簡略気候評価モデル(MiniCAM)チーム
各チームがそれぞれアプローチの異なるモデルを用いて複数の叙述的シナリオを作成 した。これらのうち、4つの叙述的シナリオに対応して、「マーカー・シナリオ」と呼ばれる排出シナリオが選ばれた。
マーカー・シナリオは、定量化の初期の段階で叙述的シナリオを最もよく反映していたもので、4つの叙述的シナリオ毎にそれぞれ異なるモデルで推計されたものが選ばれた。マーカー・シナリオは他のシナリオに比べてより中心的という意味ではなく、より多くのチェックを受けたという特徴があるに過ぎない。他のシナリオはマーカー・シナリオの人口、GDP及び最終エネルギー量と調和するよう、それぞれのシナリオを調整した。
4つのマーカー・シナリオは1998年6月にホームページに掲載され、寄せられたコメントをもとに改訂が行われた。また、4つのシナリオ群それぞれに対して追加のシナリオがモデリング・チームによって作成され、その結果、改訂された4つのマーカー・シナリオと、他の36の代替シナリオ、計40の排出シナリオが作成された。
3. 4つの叙述的シナリオ
4つの叙述的シナリオは、地球温暖化を軽減させるための政策を含まない4つの異なった発展方向を示したものである。これらのシナリオは、単純に「Al」、「A2」、「Bl」、「B2」という記号で呼ばれる(図2)。以下に、各シナリオの概要を説明する。
Alシナリオは、「高成長社会」とイメージできる。マーケットの利点を活用して、世界中がさらに経済成長を遂げるシナリオである。
過去100年間の平均経済成長率約3%/年が今後100年間も続くとし、2050年の一人当たり所得は世界平均で2万米ドルを超える。特に発展途上国の成長がめざましく、南北の格差が急速に縮まる。これにより途上国の出生率は下がり、世界人口は2050年の90億人から2100年には70億人に下がる。平均寿命は伸び、核家族化が進む。急速な経済の拡大は、大量のエネルギー資源を必要とし、資源開発や新エネルギー開発への投資が加速する。
途上国の食生活が肉食嗜好に急速にシフトし、集約農業に移行する。先進国から途上国への技術移転も進み、途上国の技術革新や自動車保有が早まる。環境問題の解決はマーケットの影響を大きく受け、環境保全というよりも環境管理や創造の観点から解決が図られる。
Alシナリオは、エネルギー・システムにおける技術革新の選択肢が異なる4つのグループに細分される。石炭のクリーン利用技術の大幅な革新を仮定したシナリオ(AlC)、石油と天然ガス関連の技術革新が顕著なシナリオ(A1G)、新エネルギーの大幅な技術革新を見込んだシナリオ(A1T)、そしてこれらの技術革新がバランスして生じるシナリオ(A1B)である。
これらの多様なシナリオは、高い経済成長のシナリオでは技術革新の程度も大きく見込まれ、技術革新のいくつかの方向が温室効果ガス等の排出に及ぼす影響の感度を分析するのに好都合だったために想定された。なお、通常A1シナリオと呼ばれる場合は、A1IBを指す。
A2シナリオは、「多元化社会」と呼べるものを表す。世界の各地域が固有の文化を重んじ、多様な社会構造や政治構造を構築していくことによって、世界の経済や政治がブロック化していくことを仮定している。
このような社会では、国際的な貿易や人の移動、技術移転が制限される。このため経済発展は遅れ、一人当たり所得も2050年で7千ドル程度と伸び悩む。途上国の出生率は下がらず、来世紀末の人口は150億人に達する。地域間の自然資源や資産の格差は、地域間の所得格差をますます拡大させる。資源の少ない地域では技術開発への投資が加速されるが、経済成長が低めであるため一般的に技術革新は遅れ気味となる。環境への関心は相対的に低く、地域的な環境問題の深刻化のみが環境対策の動機づけとなる。
Blシナリオは「持続発展型社会」と呼ぶのがふさわしい。環境や社会への高い関心に基づいて、地球公共財としての環境の保全と経済の発展を地球規模で両立し、バランスのとれた経済発展を図る。
資源利用の効率化(脱物質化)、社会制度、環境保護に集中的に投資が起こる。資源利用の効率化は、資源の供給側面を重視するAlシナリオと違い、資源の需要面に集中する。
また、廃棄物の減量化やリサイクルが進み、環境産業の市場が急速に拡大し、これが経済成長の持続に大きく貢献する。経済成長率はAlシナリオより低いが、2050年の一人当たり平均所得は1万3千ドルに達する。発展途上国では、先進国からの先端技術の移転が進み、教育やキャパシテイビルディング(生産能力育成)も大きく進展する結果、公害対策が著しく進展する。公共交通システムが整備され、都市構造はコンパクト化し、低投入。低負荷型農業が普及する。自然保護を推進することにより農産物価格は相対的に高いが、肉食への食生活のシフトは抑えられる。
B2シナリオは「地域共存型社会」と呼べるかもしれない。環境や社会への関心は高いが、地球規模での問題解決という方向に向かわず、地域の問題と公平性を重視して、ボトムアップの方向で発展を図るシナリオである。
マーケットではなくローカルな政府の政策が発展を牽引する。教育と福祉向上政策により、発展途上国の死亡率、出生率の双方が下がるため、人口は来世紀末で100億人程度となる。国際マーケットよりも地域の共存を重視するため経済成長はやや低めとなり、2050年で一人当たり所得が1万2千ドルとなる。個人間及び南北間の所得格差は縮小する。技術移転などの途上国支援は個別に進められる。地域的な独立性が高まり、地域毎の経済圏や政治システムが発達していく。これにより、エネルギー、食糧、環境などの問題は、各地域の中で主体的に解決が図られる。
4. 排出シナリオ
以上の4つの叙述的シナリオを前提として、われわれのチームも含めた世界の6つのチームが、エネルギーモデルや土地利用モデルを組み合わせた世界経済モデルをもとに、将来のエネルギー利用や土地利用変化、それに工業プロセスをシミュレートし、その結果排出される二酸化炭素(CO2)、メタンガス(CH4)、亜酸化窒素(N2O)、二酸化硫黄(SO2)などを総合的に推計した。
図3は、エネルギー及び工業起源のCO2排出量の推移を示している。CO2排出量は環境を重視したBlシナリオが最も少ない。このような社会を築くと、とりたてて温暖化対策をやらなくても温暖化は食い止められる。伝統的な環境保護論者の理想像に近いB2シナリオは、経済発展至上主義に近いAlシナリオと比べて、来世紀末のCO2排出量がほぼ同じ水準となる。地域を重視して環境問題を解決する方向に働く要因と、経済発展によって技術効率が向上する要因とが、21世紀末におけるCO2排出抑制に対して同じ程度の効果を発揮した。
「多元化社会」を指向したA2シナリオでは、技術移転が遅れる結果、温暖化対策には信じられない程のコストがかかる可能性を示唆している。
図4硫黄酸化物(SOx)の排出シナリオを示す。IS92aなど今までの多くのSOx排出シナリオは、来世紀末まで排出量が伸び続けるというものであったが、今回のすべてのシナリオでSOx排出量が大きく減少するという結果が得られた。これは、途上国の経済発展に伴って一人当たりのGDPが3千ドルから5千ドルに達すると、公害被害への認識が高まり一気に公害対策が進むという、日本を始めとする先進国の公害対策の歴史から得られた知見をモデルの中に組み入れた結果である。
これによってSOx排出量は減少し続けるか、あるいは逆U字の形で来世紀に入って減少する(環境クズネッツ曲線と呼ばれる)かのいずれかとなる。このSOx排出量の減少は、大気中の硫酸エアロゾルを減少させ、硫黄エアロゾルの持つ「冷却効果」を低下させる結果、地球温暖化を加速させることが推定される。
5. おわりに
カトマンズでの会合における各国政府代表による審議の過程では、主として2つの修正が行われた。
第一は、4つのマーカーに加えて2つの準マーカーが追加され、気候モデルの入力条件に2つの準マーカーを加えるよう推奨することになった。
これは、アメリカ政府代表団の強い要請によるもので、その背景には、Blシナリオにおける温室効果ガスの排出量が低過ぎるとの政策担当者の直観をもとに、全体のバランスをとるために高い排出量のシナリオを加えるべきとの認識があったようである。Alシナリオ群の石油と天然ガス関連の技術革新が顕著なシナリオ(A1G、報告書ではA1FIと変更)とともに、新エネルギーの大幅な技術革新を見込んだシナリオ(A1T)から、それぞれ1つの排出シナリオが準マーカーに選ばれた。
第二の修正は、サウジアラビアや中国の意見に従ってSRESシナリオに基づく放射強制力の分析に関する部分の全面的削除である。これらの修正は、SRESシナリオの本質を変えるものではなく、政策担当者への説明のやり方について若干の手を加えたものといえる。
このSRESシナリオの政策決定者のための要約は、http://www.ipcc.ch/からダウンロード可能である。SRESシナリオを用いた新たな研究も始まっている。SRESシナリオは温暖化軽減のための対策を含まないシナリオであったが、IPCCの第三次評価報告書第三作業部会においては、SRESシナリオをベースにした対策シナリオの章が設けられ、このための分析作業が進められている。
この対策シナリオは「Post-SRESシナリオ」と呼ばれ、SRESに参加した6チームを含む9つのモデリング・チームが参加している。この中では、SRESシナリオに描かれた将来の発展方向を前提として、温室効果ガスの大気中濃度をある目標に抑えるための排出削減をシミュレートし、対策のレベルや必要とされる技術革新にどのような違いが出てくるかを分析している。そして、どのような発展の方向に向かったとしても意味のある「ロバスト(頑健)な」対策や技術革新とは何かを明らかにすることが、温暖化対策研究にとって重要な研究領域になろうとしている。
SRESシナリオは、IPCCによって用意された新しい排出シナリオというだけでなく、多くの科学的あるいは政策的な示唆を与えている。
このシナリオが示唆するものは、人類の将来の発展方向は多様であり、これらの発展の方向によって温暖化の程度や温暖化対策の意味は大きく違ってくるということである。今、世界の温暖化対策の議論で最も欠けているポイントは、実はここにある。世界の向かっている方向がどのような社会であるのかをまず議論する必要がある。そして、その社会がわれわれを豊かにし、温暖化対策の方向と大筋で一致しているのであれば、温暖化対策を積極的に進めることが世界の発展を牽引していることになる。
参考文献
- Alcamo, J., A. Bouwman, J. Edmonds, A. Gruebler, T. Morita, and A. Sugandhy, 1995, An Evaluation of the IPCC IS92 Emission Scenarios. In Climate Change 1994, Cambridge University Press, pp.233-304.
- Houghton, J.T. et al. (ed.), 1992, Climate Change 1992. Cambridge University Press, 200pp.
- IPCC, 2000, Special Report on Emissions Scenarios. Cambridge University Press.
- Morita, T. and H. Lee, 1997, Emission scenario Database prepared for IPCC Special Report on Emission Scenarios convened by Dr. Nebosja Nakicenovic. http://www-cger.nies.go.jp/IPCC/aim/.
※編集局コメント
「この原稿の最初の方に「地球温暖化がどの程度進むかは、自然の不確実な挙動を別にすれば、われわれ人間社会がどのような方向に発展するかによって大きく左右される。」との記載があるが、自然の不確実性と同等かそれ以上に、人間がどのような発展形態をとるのかを予測するのは難しい、それでもそれを仮定しなければ地球温暖化の将来予測はできず、対策を考えることもできないのである。研究者は常に挑戦を続けています」
地球シミュレータによる最新の地球温暖化予測計算が完了—温暖化により日本の猛暑と豪雨は増加—
要旨
国立大学法人東京大学気候システム研究センター(CCSR)、独立行政法人国立環境研究所(NIES)、独立行政法人海洋研究開発機構地球環境フロンティア研究センター(FRCGC)の合同研究チームは、世界最大規模のスーパーコンピュータである地球シミュレータを用いて、2100年までの地球温暖化の見通し計算を行った。この計算は、地球全体の大気・海洋を計算するものとしては現時点で世界最高の解像度(細かさ)を持つ。
地球規模の結果は、従来より得られている見通しと同様の結果が得られた。今回は、2100年までの日本の夏の気候予測について、これまでよりも詳細な解析を行った。この結果、気温、降水量とも平均的に増加した他、真夏日の日数、豪雨の頻度とも温暖化が進むにつれて平均的に増加することが示唆される結果が得られた。今後の解析により、地域的な気候変化についてさらなる知見が得られることが期待される。
なお、本研究は文部科学省の人・自然・地球共生プロジェクトにより実施されたものであり、予測実験に使用されたモデルは、CCSR、NIES、FRCGCで開発された、高解像度大気海洋結合気候モデル(K-1モデル)である。
1. 背景
大気中の二酸化炭素など温室効果気体の増加による地球の温暖化について、かねてより世界の各研究機関でコンピュータによる将来の気候変化見通し計算が行われている。
このような計算では、大気・海洋を格子に分割し、その上で物理法則を近似して解く。この格子の細かさを解像度といい、解像度を高くするほど大規模なコンピュータ資源が必要となる。従来は、大気が300 km、海洋が100 km程度の解像度の計算しか行えなかったが、今回、世界最大規模のスーパーコンピュータである地球シミュレータを利用することにより、大気が100 km程度、海洋が20 km程度の、世界で最高解像度の地球温暖化の計算を行うことに成功し、空間的により詳細な気候変化の検討が可能となった。
2. 計算の概要
1900〜2000年については観測された温室効果気体濃度等の変化を与えて計算を行い、2001〜2100年についてはIPCC(気候変動に関する政府間パネル)により作成された将来のシナリオのうち二つについて計算を行った。一つは将来の世界が経済重視で国際化が進むと仮定したシナリオ「A1B」(2100年の二酸化炭素濃度が720 ppm)、もう一つは環境重視で国際化が進むと仮定したシナリオ「B1」(2100年の二酸化炭素濃度が550 ppm)である。
3. 地球規模の結果
地球規模の結果は、従来より得られている見通しと概ね同様であった。2071〜2100年で平均した全地球平均の気温は1971〜2000年の平均に比較して、B1で3.0°C、A1Bで4.0°C上昇、同じく降水量はB1で5.2%、A1Bで6.4%の増加となった(注1)。気温上昇の地理分布は、北半球高緯度で大きく、海上に比べ陸上で大きい(図1)。
4. 日本の夏について
2071〜2100年で平均した日本の夏(6・7・8月)の日平均気温は1971〜2000年の平均に比較してシナリオB1で3.0°C、シナリオA1Bで4.2°C上昇、同様に日本の日最高気温はシナリオB1で3.1°C、シナリオA1Bで4.4°C上昇となった。
日本の夏の降雨量は温暖化により平均的に増加するという結果となった(2071〜2100年平均で1971〜2000年平均に比較してシナリオB1で17%、シナリオA1Bで19%増加)。これは、熱帯太平洋の昇温と関係して日本の南側が高気圧偏差となり、日本付近に低気圧偏差をもたらすと同時に暖かく湿った南西風をもたらすこと、および、大陸の昇温と関係して日本の北側が上空で高気圧偏差となり、梅雨前線の北上を妨げることによると見られる(図2)。
また、真夏日の日数は平均的に増加するという結果となった(図3)。これは、平均的な気温が上昇することによるもので、気温の年々の振れ幅には大きな変化はないと見られる(図4)。さらに、豪雨の頻度も平均的に増加するという結果となった(図5)。これは、平均的な降雨量が増加することに加えて、大気中の水蒸気量が増加することにより、一雨あたりの降雨量が平均的に増加することによると見られる(注2)。
(注1)気温上昇量の絶対値の予測には大きな不確実性があることが知られているので注意が必要である。現在の世界のモデルの結果を総合すると、大気中二酸化炭素濃度を現在の2倍に固定した場合の気温上昇量は1.5〜4.5°Cの幅があると言われている。我々の今回のモデルではこの値は4.2°Cとなっている。
(注2)年々の自然のゆらぎが大きいため、必ずしも真夏日や豪雨が年を追って単調に増加するのではない。また、このことに関連して、特定の年(例えば今年)の異常気象を地球温暖化と関連付けるのは一般に難しい。
※編集局コメント
「地球シミュレータによる数値計算が示した今後100年の地球温暖化影響の予測は、日本の市民にもこのまま温暖化を進行させてはいけないという危機感を与えました。今世紀末に起こる可能性がある予測した事項の中には、もうすでに起きつつあるのではないかと思わせるものもあります。パリ協定が目標にする今後のシナリオはこの計算でもっとも厳しい対策を取った場合にほぼ等しいのです。今後30年、人類はどのような環境で過ごしたいのか、そのために今すべきことは何か、考えていく必要があります」