RESEARCH2020年6月号 Vol. 31 No. 3(通巻354号)

南極海の二酸化炭素吸収:微細藻類の量だけでなく種類が鍵となる 優占群集の違いが夏期の炭素収支を左右していた

  • 高尾信太郎 (地球環境研究センター 大気・海洋モニタリング推進室 研究員)
  • 中岡慎一郎 (地球環境研究センター 大気・海洋モニタリング推進室 主任研究員)

南極海(南大洋)は、人類がこれまで放出してきた二酸化炭素(CO2)の約1割を吸収してきたと見積もられており、地球規模の炭素循環を理解する上で重要な海域です。筆者らと、東京海洋大学、北海道大学、国立極地研究所の共同研究チームは、浮遊性微細藻類(植物プランクトン)の優占*1グループの変化が南極海のインド洋区における夏期のCO2吸収量に影響を及ぼすことを、船舶観測と衛星画像解析により初めて明らかにしました。

1. 研究の背景

海洋は大気中のCO2の主要な吸収源の一つであり、人為起源CO2の2〜3割に相当する量を吸収していると言われています。また、海洋がこれまで吸収してきた人為起源CO2の約4割が南極海で吸収されたと見積もられています。このCO2吸収には海水中に浮遊する微細藻類(以下「植物プランクトン」という)の光合成が重要な役割を担っています。植物プランクトンの光合成によって、海水中に溶け込んだCO2が有機物として固定されると、その一部は食物連鎖によって形を変えながら海洋の表層から中深層へと運ばれていきます(図1。その結果、表層海洋のCO2分圧*2は低下し、その分海洋は大気からCO2を取込みやすくなります。この一連の過程は生物ポンプと呼ばれており、大気中のCO2を除去する重要な過程の一つです。この生物ポンプの効率は、優占する植物プランクトン群集によっても変化すると考えられています。例えば、植物プランクトンのうち、珪藻類(図2右、黄色の矢印)は比較的大型で比重の重いケイ素の殻を持つため、固定した炭素を効率よく中深層へ輸送すると考えられています。一方、ハプト藻類(図2右、白の矢印)に属する円石藻(図2左)のように、炭酸カルシウムの外殻を形成する過程*3においてCO2を海水中に放出する群集も存在します。

図1 大気から海洋へ溶け込んだCO2のゆくえ。
図2 珪藻類とハプト藻類。1 μm(マイクロメートル)は1 mm(ミリメートル)の1/1000。写真提供:東海大学札幌キャンパス 生物学部海洋生物科学科 野坂裕一助教。

近年の研究から、地球温暖化などによる海洋環境の変化に伴って、優占する植物プランクトン群集が変化する可能性が指摘されています。実際、地球上で最も温暖化が進行している場所の一つである南極半島の周辺海域では、植物プランクトンの量や優占群集の変化が報告されています。しかし、このような変化が大気-海洋間におけるCO2の吸収や放出に与える影響については、南極海のごく限られた海域でしか調査されていませんでした(図3、赤点線、黒実線、水色実線で囲まれた部分。そこで本研究では、これまで調査が行われていない南極海インド洋区を広域的に対象として、優占する植物プランクトン群集や正味の光合成速度(純基礎生産力)の変化が海洋のCO2分圧に与える影響を船舶観測と衛星画像解析により初めて評価しました。

図3 東京海洋大学付属練習船「海鷹丸」の観測航路(緑:2006年、青:2008年、赤:2009年)と停船観測を実施した観測点(●印

2. 植物プランクトン群集の変化による海洋CO2分圧への影響を解明

本研究では、南極海インド洋区の季節性海氷域において東京海洋大学付属練習船「海鷹丸」で南半球の夏期(12月〜2月)に実施された船舶観測のデータを用いました。表層海洋のCO2分圧の変化に対する生物的影響を調べるため、純基礎生産力、植物プランクトンの現存量*4、群集組成*5との関係を解析しました。

研究対象海域において、表層海洋のCO2分圧は珪藻類の現存量が増えると減少する傾向にありましたが、その他の群集(ハプト藻類)の現存量との間にそのような関係は見られませんでした(図4。この結果はウェッデル海で報告された傾向とは異なっていましたが、南極半島の周辺海域で報告された傾向とは同様でした(図3。この結果と従来研究との比較から、植物プランクトン群集の変化が海洋のCO2分圧に与える影響は、南極海の中でも海域によって異なることが示唆されました。

図4 植物プランクトン群集(ハプト藻類および珪藻類)と海洋のCO2分圧との関係(現場観測の成果。図中のハプト藻類は、炭酸カルシウムの外殻を持たない種(Phaeocystis antarctica)で、時折、南極海で大増殖する。

次に、船舶観測で得られた海洋のCO2分圧と純基礎生産力の関係を適用して、衛星画像から算出される純基礎生産力分布からCO2分圧の広域分布と長期変動を推定しました。本研究で再現された南半球の夏期(12月〜2月)におけるCO2分圧の10年間平均値の分布は、現場観測データから作成されたTakahashi et al. (2009)の南半球の夏期(12月〜2月)のCO2分圧平年値の分布とよく一致していることが確認できるとともに、より詳細な空間分布を再現することができました(図5

図5 衛星観測から海洋のCO2分圧を推定・比較した解析の流れ。ここでの夏期は南半球の夏にあたる12月〜2月を指す。

さらに推定した海洋のCO2分圧を用いて、1997/1998年から2006/2007年までの夏期の大気-海洋間のCO2収支を計算しました。その後、植物プランクトン優占群集識別アルゴリズムPHYSAT*6を用いた衛星画像解析から、研究対象海域に優占する珪藻類とハプト藻類を推定し、大気-海洋間のCO2収支との関係を調べました。その結果、珪藻類が多く存在する年ほど、大気から海洋へのCO2吸収量も増加傾向にあることが分かりました(図6

図6 大気-海洋間のCO2収支と優占する植物プランクトン群集の関係(衛星画像解析の成果

3. 今後の展望

本研究により、これまで報告がなかった南極海インド洋区における夏期の炭素収支に植物プランクトン群集の種類の変化が影響を与えることが明らかになりました。一方で、その影響は南極海の中でも海域によって異なることが示唆されました。今後も様々な観測プラットフォームを活用し、未調査海域における関係性や既に調査した海域での関係性変化を明らかにすることで、温暖化等の気候変動によって生じる可能性がある植物プランクトンの群集変化が海洋の炭素循環に与える影響の解明に貢献できると考えています。また、こうした知見は、気候モデルの精緻化を通じて気候変動の将来予測の向上に役立ちます。