2019年10月号 [Vol.30 No.7] 通巻第346号 201910_346003

多岐にわたる温室効果ガス研究 —第8回二酸化炭素“以外”の温室効果ガスに関する国際シンポジウムに参加して—

  • 地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室 主任研究員 丹羽洋介

1. はじめに

2019年6月12〜14日の3日間、オランダ・アムステルダムにおいて開催された二酸化炭素以外の温室効果ガスに関する国際シンポジウム(International Symposium on Non-CO2 Greenhouse Gases: NCGG)に参加した。今回のNCGGは8回目であり(NCGG8)、前回のNCGG7は2014年なので、5年ぶりの開催となる。NCGGはその名の通り、二酸化炭素以外の温室効果ガスを対象とした研究集会である。筆者は二酸化炭素を対象とした国際会議ICDC(International Carbon Dioxide Conference)は過去3回参加した経験があるが、NCGGは今回が初めてとなる。NCGG8の参加者はおよそ300名ということで、ICDCより規模は小さいものの、インベントリからモデリング、大気観測まで、また、対象物質もメタンや一酸化二窒素、ハロカーボンなど幅広い分野をカバーしており、バラエティーに富む会議であった。会議は毎日最初に2、3の招待講演がプレナリーセッション(写真1)で行われ、その後、6つのセッション会場に分かれてテーマごとの講演が行われた。以下では、筆者が参加したセッションで印象に残った講演について報告する。

写真1 NCGG8のプレナリーセッションの会場

2. TROPOMI

TROPOMI(TROPOspheric Monitoring Instrument)は2017年10月に欧州宇宙機関が打ち上げた地球観測衛星Sentinel-5 Precursorに搭載されたセンサーで、大気汚染物質を観測対象としている。このTROPOMIはオランダが中心となって開発されたため、オランダ開催のNCGG8では主役の一つと位置付けられていた。特に、TROPOMIのメタン観測に関する研究成果は、2日目のオランダ宇宙研究所のIlse Aben氏による招待講演で紹介されたほか、衛星観測セッションでもアムステルダム自由大学のSander Houweling氏による発表があった。日本では環境省、国立環境研究所、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の3者が共同で進めている温室効果ガス観測技術衛星GOSAT(2009年1月打ち上げ)およびGOSAT-2(2018年10月打ち上げ)があり、主要な温室効果ガスである二酸化炭素やメタンを観測している。TROPOMIは二酸化炭素の観測は行わないものの、メタンは主要な観測項目とされており、長期にわたってGOSATの観測を続けてきた日本にとって注目すべきセンサーである。特に、7km × 7kmという分解能で広い観測幅(2600km)を有している点がGOSATやGOSAT-2とは異なる特徴であり、講演ではこの特徴を活かした観測事例として、中央アジアや北米で捉えられたオイル・ガス生産からのメタン放出イベントが紹介された。また、これらの事例では一部にGHGSatの結果も併せた解析が行われていた。GHGSatはカナダの民間企業が打ち上げた温室効果ガス観測衛星で、10km × 10kmという狭い観測範囲ではあるものの50mという高い分解能で観測を行なっており、異なるタイプの観測を組み合わせることで得られる相乗効果の創出が試みられていた。打ち上げから1年半の時間を経て、データの蓄積や検証がひと段落し、研究成果が出始めたという段階であろうか。今後、TROPOMIによる新たな研究成果が次々と出てくるであろうと期待させる講演であった。

3. Verification

NCGG8ではGlobal(またはRegional)Verificationというタイトルのセッションに多くのコマ数が割かれており(最初の2日間はほぼ終日開催された)、筆者はこのセッションの発表を多く聴講した。このセッションでは、大気の温室効果ガス濃度から全球や各地域の排出量の推定を行うトップダウン・アプローチと呼ばれる研究の成果が多く発表された。また、トップダウン・アプローチとは対をなすボトムアップ・アプローチの研究(統計やモデルで得られた排出量の見積もりを全球へとスケールアップする研究)や、その両アプローチを比較する研究の発表もあった。なお、この両者を比較する行為が、このセッションのタイトル “verification(照合)” という意に沿うものであろう(辞書でverificationを引くと、「(真実であるかどうか)検証する」という言葉も出てくるが、ここではやや強すぎる言葉に感じるため、「照合」の訳を用いる)。この研究の目的は、それぞれ独立のアプローチで見積もられた排出量を照らし合わせて互いに整合的であることを確認し、その見積もりに対する信頼度を高めることにある。しかし実際は、両者が整合しないことは多いため、各々の確度を上げるべく、観測の拡充や研究手法の高度化が試みられている。セッションでは、この “照合” を行った研究として、グローバル・カーボン・プロジェクト−メタン(Global Carbon Project-CH4: GCP-CH4)の成果が、フランス気候環境科学研究所のMarielle Saunois氏によって発表された。このGCP-CH4は、筆者も参加しているプロジェクトで、複数のトップダウン・アプローチ、ボトムアップ・アプローチの結果を統合的に解析するプロジェクトである。GCP-CH4の解析は定期的に行われており、過去に2回、結果が論文としてまとめられている。今回の解析は3回目であり、講演では、緯度別の放出量長期変化傾向について、トップダウン・アプローチとボトムアップ・アプローチの推定結果が前回の解析と比べてより整合的になっていることが示された(前回の解析では、熱帯と北半球中緯度の増加傾向の大小がアプローチ間で逆転していた)。メタンの排出量の増加や変動の要因については未解明な点が多く、この統合解析をもってしても確定的な示唆が得られていないのが現状であるが、両アプローチの歩み寄りが見られたことは朗報で、今後は、このような両者を “照合” しながら解析を進める研究がより進展していくのではないかと感じた。

4. ハロカーボン

NCGG8ではハロカーボン類を対象としたセッションも開催された。ハロカーボン類の多くは自然界には存在せず人為的に製造される。これらハロカーボンの一部は成層圏のオゾンを破壊する物質として働くもの(日本ではフロンとして有名)があるが、強力な温室効果を持つものもあるため、各地で継続的な観測が必要とされている。このセッションのMartin K. Vollmer氏(スイス連邦材料試験研究所)による講演では、HFO-1234yfという物質が近年、スイスアルプスのユングフラウヨッホで検出されるようになってきているという観測結果が紹介された。HFO-1234yfは、最近、自動車のエアコンの冷媒として用いられるようになった新しい物質で、温暖化の影響は小さいものの、人体や環境への影響はまだよく分かっていないとされている。この新たな物質が、山岳地帯で検出されるほど大気中にリークされているという観測事実を明瞭に示されたのを見て、新たな物質であっても観測できる態勢を整え、継続的に監視を続けることの意義を強く感じた。

5. 航空機観測

最終日に開かれた航空機観測のセッションにて筆者は発表を行った。発表では、東京-バンコク間の民間航空機による上空のメタン観測について、大気輸送モデルを用いた解析結果を示した(本研究は(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(2-1701)「温室効果ガスの吸排出量監視に向けた統合型観測解析システムの確立」のもとで実施している)。この航路では、夏季に様々な場所で地上よりも高いメタン濃度が観測されており、本研究では、大気輸送モデルを用いた逆追跡によって、これら高濃度の空気塊が中国や南アジア、インドシナ半島から輸送されていることを、その輸送プロセスと同時に明らかにした(図1)。この観測は、国立環境研究所や気象研究所が中心となって実施しているプロジェクトCONTRAIL(Comprehensive Observation Network for Trace gasses by Airliner)によるものであるが、同セッションで、ヨーロッパのグループが同様に民間航空機を用いて実施している観測プロジェクトIAGOS(In-service Aircraft for a Global Observing System)について、カールスーエ工科大学のAndreas Zahn氏が講演を行った。講演ではプロジェクトの概要のほか、対流圏界面付近の定常的な観測という特徴を活かした気象・気候モデルの性能評価システムの構築という将来の計画も紹介された。IAGOSはヨーロッパを中心とした航路で観測を展開しており、アジアを中心とした観測網を持つCONTRAILとは相補的な関係となっている。今後、CONTRAILとIAGOSが密な連携をとっていくことで、温室効果ガスの動態把握に資する全球的な観測網の構築ができると期待される。

図1 大気輸送モデルNICAM-TMによる上空10kmにおけるメタン濃度分布(2017年9月12日)。白い三角はCONTRAILによるサンプリング観測の地点を示す。メタンの濃度が高い空気塊がアジア大陸から上空へと輸送されている様子がわかる

6. おわりに

NCGG8では最初に述べたとおり6つのパラレルセッションが同時進行するため、非常に多くのテーマについて、講演、議論が行われた。近年、二酸化炭素以外の温室効果ガスも研究対象とし始めた筆者にとってNCGG8は様々な問題を網羅的に知ることができる良い機会であった。一方、あまりにもパラレルセッションが多すぎて、インベントリなど少し馴染みのないテーマのセッションには出席することができなかった。次回のNCGG9に参加する機会を得ることができれば、研究の幅を広げるため、できるだけ馴染みのないテーマのセッションにも出席してみたいと思う。

オランダの運河と自転車

丹羽洋介

NCGG8が開催されたアムステルダムは、街中に張り巡らされた運河(写真2)が有名である。この運河は、アムステル川の河口に堤防が築かれ(なので、アムステル + ダム(堤防))、街が形成、発展する過程で建設された。オランダでは、このような運河がアムステルダム以外の街にも多く見られる。この運河のある風景は、干拓を繰り返してきたオランダの歴史を象徴しているといってもいいのかもしれない。低地に住まうオランダ国民は温暖化問題への意識が高いと、以前、オランダの研究者から聞いたことがある。温暖化に伴う海面水位の上昇は熱帯の島国にとって脅威というイメージが強いが、ここオランダという先進国もその脅威にさらされているということを、この美しい運河の景色から実感した。

ところで、オランダは、起伏が少ない土地柄のせいか、自転車が主要な交通手段となっていることでも有名である。街を歩く際は、自動車にはもちろんのこと、かなりのスピードで往来している自転車にも注意する必要がある。運河に見とれてぼーっと歩いていてはいけない。

写真2 アムステルダムの運河と自転車

*NCGGのこれまでの記事は以下からご覧いただけます。
MAKSYUTOV Shamil「二酸化炭素以外の温室効果ガスにも注目」2015年1月号

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