2017年1月号 [Vol.27 No.10] 通巻第313号 201701_313003
長野県との協定に基づく高山帯モニタリングの活動とライチョウ会議長野大会の報告
1. 長野県内の高山帯モニタリングのためのモニタリングサイトの新設
日本の高山帯の多くは長野県内や周囲の県境に位置し、日本の屋根と呼ばれている。2016年度は地球環境研究センターニュース2016年5月号(地球環境研究センター交流推進係「高山帯モニタリングに関する相互協力について 長野県と国立環境研究所が基本協定を締結」)でも紹介した長野県との高山帯モニタリングに関する基本協定に基づき、同県内8箇所の山岳地帯にモニタリングカメラの設置を行った。県鳥であるライチョウの生息域をはじめとした積雪・融雪、動物、植物のモニタリングや、山頂や登山道の状況を利用者にリアルタイムに情報発信することで、生物多様性保全と山岳高原観光地づくりの推進を目指すものである。戦後最悪の犠牲者数となった2014年9月の御嶽山噴火は記憶に新しいが、登山が解禁された9合目付近や、御嶽山の周辺を取り囲むように観測点を配置し、9月から一部の観測画像を公開した。そのほか、氷河の可能性が高まっている北アルプス北部のカクネ里雪渓や、八ヶ岳の東斜面を加え、予定通り8箇所の観測点を新設した。これにより、本モニタリングの観測点は25箇所となった。既存のWEBサイト(http://db.cger.nies.go.jp/gem/ja/mountain/index.html)に加え、スマートフォン専用サイト(http://db.cger.nies.go.jp/gem/ja/mountain-mobile/index.html)も開設し、より簡便なモニタリング画像の利用を可能とした(図)。
2. ライチョウ会議・ライチョウサミット
上述の協定に基づく長野県と国立環境研究所の活動状況や高山帯モニタリング事業の紹介を目的として、10月15、16日に大町市で開催された第17回ライチョウ会議長野大会の一般向けシンポジウムにて、パネル展示を行った(写真1)。このライチョウ会議・サミットは、研究、行政、山岳関係者、環境NGO等が一丸となりライチョウに関する調査・研究の充実と情報交換、保護対策を検討する場として毎年開催されているものである。15日の一般向けシンポジウムではライチョウ研究の第一人者である中村浩志氏(国際鳥類研究所理事)らによるリレートークやパネルディスカッションが行われ、市民ら400人が参加した。ライチョウはヨーロッパ北部から北アメリカ北部に至る北極を取り巻く寒冷地に生息しており、1亜種(亜種とは、生物分類学上、種の下の階級。同じ種でも分布する地域により色や形に違いがみられ、地域間で異なるグループに分かれる)であるニホンライチョウは最南端に生息していることになる。2万年前の最終氷期に陸続きとなった大陸から渡り、氷期が終わり温暖化したことに伴い、生息域を寒冷な高山帯に求めて定着したものである。近年、生息数の減少が報告されており、1980年代では3000羽確認されたが、2000年初頭の再調査では1700羽まで減少している。ライチョウの生息を脅かしている理由としては、もともと高山帯には生息していなかったニホンザル、キツネ、テン、ハシブトガラス、チョウゲンボウなどの捕食者が、温暖化によりライチョウの生息域まで上がってきて、卵から成鳥まで捕食していること、ニホンジカやイノシシが高山帯に分布を拡大し、ライチョウの餌となっていた高山植物を食べ尽くしていること、さらには気候変化が原因と考えられる高山帯の植生変化により、生息環境が悪化していることなどが報告された(東邦大学小林篤氏)。ライチョウの脅威となる動物や鳥類が高山域に増加している原因としては、登山者による餌やり、食べ残しの放棄や、里地における人為的な圧力も挙げられた。
2015年、北アルプスの大天井岳付近でニホンザルがライチョウを咥えている写真が大々的に報道されたことは大変な衝撃であったが、今一番危惧されていることは、ニホンザルの食文化としてライチョウの捕食が定着してしまうことである。捕食者としてサルを恐れる習性がライチョウの親子代々に定着するよりも、ニホンザルがライチョウを捉えやすい餌として認識し、食文化として伝播する速度の方が速い場合には、ライチョウにとってかなりの脅威になるであろう。
3. おわりに
日本以外に生息するライチョウとは異なり、ニホンライチョウは人間を恐れない。調査中にライチョウの親子を見かけることがあるが、一定の距離を保ちつつ逃げ出すことはしない(写真2)。これは日本人独特の山岳信仰により神の鳥としてライチョウを崇めていたため、人間を敵としてみなさないという習性が定着してきたからである。氷期の終わりとともに高山帯に生息地を求めたライチョウを、再び新しい脅威が、山の麓から、さらには気候変動といったスケールから追いつめている。突き詰めて考えれば、彼らの生息を直接的・間接的に脅かしているのは他でもない我々であり、高山帯のモニタリングをどう展開し貢献すれば良いか改めて考えさせられた。