2015年7月号 [Vol.26 No.4] 通巻第296号 201507_296003

インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 3 モデルによる過去の気候再現から将来の予測へ

  • 野沢徹さん
    岡山大学大学院自然科学研究科 教授
  • インタビュア:小倉知夫さん(地球環境研究センター 気候モデリング・解析研究室 主任研究員)
  • 地球環境研究センターニュース編集局

【連載】インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 一覧ページへ

国立環境研究所地球環境研究センター編著の「地球温暖化の事典」が平成26年3月に丸善出版から発行されました。その執筆者に、発行後新たに加わった知見や今後の展望について、さらに、自らの取り組んでいる、あるいは取り組もうとしている研究が今後どう活かされるのかなどを、地球環境研究センターニュース編集局または地球温暖化研究プログラム・地球環境研究センターの研究者がインタビューします。

第3回は、野沢徹さん(現:岡山大学教授)に、地球温暖化の理解を深める上で非常に重要な過去の気候変化の検出と要因推定に関する研究がどのように行われているかなどをお聞きしました。

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「地球温暖化の事典」担当した章
1.3 温室効果と地球温暖化 / 3.2 大気圏 / 3.11 人間活動の気候変動 / 4.7 過去の気候変化の要因推定

ハドレーセンターのモデルに追いつけ!

小倉

野沢さんは「地球温暖化の事典」で、国立環境研究所在職中に新しい研究として立ち上げた “過去の気候変化の検出と要因推定” について執筆されています。この研究を始めるうえでいろいろと注意された点、苦労された点があったかと思います。

野沢

研究を始めたきっかけをお話します。2001年に公表されたIPCCの第3次評価報告書(TAR)に、イギリスのハドレーセンターが行った温暖化のシミュレーション結果が掲載されました。気候を変えるファクターは自然要因と人為要因に分類できますが、これら両者をモデルに与えて、観測された気温変化を見事に再現しただけでなく、自然要因のみ、人為要因のみを考慮した仮想的なシミュレーションも行い、近年の温暖化は人間活動のせいである可能性が高いことを示したのです。それを見たとき、本当にこんなことができるのかなと素朴な疑問を持ちました。大変失礼な言い方ですが、何かしら特別な処理をしているのではないか? というのがホンネでした。ちょうどその頃、日本では地球シミュレータ(世界最大規模のスーパーコンピュータ)が開発され、文部科学省の「人・自然・地球共生プロジェクト」が立ち上がり、日本でも信頼度の高い温暖化予測を目指して高解像度のモデル開発を行うことになりました。そこで、普通の解像度のモデルでもシミュレーションの例数が多ければ統計解析ができるのではと考え、研究を進めました。人間活動が温暖化の原因であるというのは、もちろん自分でも疑ってはいませんでしたが、気候を変えるファクターをできる限りもっともらしくモデルに与えるだけで、実際に観測された複雑な気温変化がここまで忠実に再現できるのだろうか、さらに最近の温暖化は人為起源の可能性が高いと言えるほど統計的に有意な結果が本当に出せるのか、と思い、二番煎じでもいいから、手を付けてみようと考えたのがきっかけです。ところが、その段階になって、そもそも観測データはどのくらい “正しい” のかと調べ始めたら、とんでもなく大変な作業であることがわかりました。また、不確実性の幅を調べるきっかけにもなりました。

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図1IPCCのTARに掲載された、ハドレーセンターのモデルによる過去の気温推移の再現実験結果。赤線は観測された全球年平均気温を、灰色の陰影はモデルにより再現された全球年平均気温の最大・最小値の幅を、それぞれ示す。(a) 自然要因のみを考慮した実験、(b) 人為要因のみを考慮した実験、(c) 自然要因と人為要因の両方を考慮した実験 [クリックで拡大]

小倉

実際に始めてみると、長期にわたる良質な観測データ収集の難しさもありますが、現実の気候の特徴を再現できるように気候モデルを開発し、スーパーコンピュータで走らせることにも壁がありますね。

野沢

最初はそこがものすごく大変でした。ポスドクの学生だった小倉さんには真夜中までよくつきあってもらいました。プロジェクトの主要なメンバーはモデルの高解像度化にかかりきりになっていましたから、自分が中心となって進めるしかありませんでした。当時はまだ若かったので、やりたいならやってしまえと、とりあえず突っ走りました。

小倉

ハドレーセンターの結果を見て、自分たちの気候モデル(Model for Interdisciplinary Research on Climate: MIROC)でも同じような結果が出るのだろうかと思われたのは、その前に大気海洋結合モデルで温暖化実験をされていたからでしょうか。

野沢

その前段階で、同じIPCCのTARに過去から将来までの全球年平均した気温推移の1本の線をのせるためにシミュレーションをやっていました。当時の私たちのモデルでは、過去の気温の細かい変化は再現できていませんでした。一方、ハドレーセンターはこれを忠実に再現したうえに自然要因と人為要因に分けて解析していました。両者の結果には歴然とした差があることに衝撃を受けました。

小倉

それから、第4次評価報告書(AR4)に向けて、プロジェクトの人数もある程度増えた体制で過去の気温推移の再現に取り組むことになりましたが、はじめはなかなかうまくいかなかったですね。

野沢

最初の頃、とんでもない失敗がありました。海の温度情報をあらかじめ与えて、大気モデルだけで気温を計算してなんとか再現できるところまではきたのですが、海の温度も計算する海洋モデルを入れて走らせてみると、とたんに全体の大気が地球ではあり得ない寒い惑星の温度になってしまいました。今だから笑えますが、本来なら二酸化炭素(CO2)濃度が上がって温暖化するはずなのに、海洋モデルを結合すると温度が下がっていきました。地球を冷やす効果について、観測とは著しく違うパラメータを設定していたのが原因でした。

小倉

過去の気候を再現しようとしたことでモデルの欠点が見えてきて、それを一つひとつ解決してモデルの精度を上げていく開発の過程をたどっていったのですね。最終的に、気温は過去の再現がかなりうまくいったと考えていますか。

野沢

当時としては、うまくいったと思います。東京大学で人・自然・地球共生プロジェクトの代表だった住明正さん(現:国立環境研究所理事長)らにお見せしたら、「よくやった」と言ってもらえたのは嬉しかったです。自然のメカニズムを現状の知識の範囲でモデルのなかに含めていく、その作業の積み重ねできちんと結果が出るという確認ができました。世界の最先端のモデルと同じことができるようになったという喜びがありました。

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図2MIROCモデルによる過去の気温推移の再現実験結果。黒線は観測された全球年平均気温を、赤線および赤色の陰影はモデルにより再現された全球年平均気温のアンサンブル平均とその最大・最小値の幅を、それぞれ示す。上から順に、自然要因と人為要因の両方を考慮した実験、自然要因のみを考慮した実験、人為要因のみを考慮した実験、温室効果ガス(GHG)のみ考慮した実験

「レディング大学に行ってきます」が功を奏して

小倉

シミュレーションの信頼性を独立に検証して高める必要もあったでしょうね。

野沢

ハドレーセンターとは特性がまったく違う数値モデルであるMIROCを使用し、しかもMIROCが得意とし、当時はハドレーセンターが考慮していなかったエアロゾル(大気中に浮遊する微粒子)の気候影響までも含めた計算で、ハドレーセンターと基本的に同じ結果になったのは、AR4で日本のモデルの信頼性を高めるのに貢献できたかなと思っています。

小倉

同じチームで働かせていただいたときに覚えているのは、ハドレーセンターのグループと協力関係をつくり、要因推定の解析の仕方について情報交換をしていたことです。

野沢

それについては、いまでも江守正多さん(地球環境研究センター気候変動リスク評価研究室長)にも言われますが、私はあるときふっと、ハドレーセンターで要因推定の研究をしているグループのメンバーにちょっと会いに行って来ようという気分になりました。当時、年一回、日本側から数人がハドレーセンターまで行き、ディスカッションしていましたが、要因を推定している主要な人たちは、籍はハドレーセンターにありながら、レディング大学で研究していました。私は帰国の途中で他のメンバーと別れて一人でレディング大学に行き、シグナルの有意性を検証する統計解析に必要なコントロール実験がどのくらい長期的に安定しているのか、などの裏情報を根掘り葉掘り聞きました。私たちがその時点で行っていた実験についても紹介し、有益なコメントをいただきました。さらに、具体的な解析手法についてはオックスフォード大学で最先端のものを開発していると教えてもらい、帰国してから再び何人かでオックスフォード大学に行き、情報交換しました。

小倉

レディング大学を訪問したのが大きな転機でしたね。

野沢

今考えると無鉄砲だった気がしますが、結果としてはうまくいったかなと思います。

社会的にインパクトの強い研究へと発展

小倉

人為的要因の影響の研究は、その後、熱波や洪水などの極端現象や、水資源、植物生産性などの地球システムの応答にかかわる部分に対象を広げながら発展を見せています。これまでの物理過程だけではなく、生物、化学過程も考慮した地球システムモデルを使わなければいけなくなり、それに対応した長期間の観測データも整理していかなければいけないなど、必要なことがどんどん増えてきますね。

野沢

幸い優秀な後輩が引き継いでくれて、イベントアトリビューション(過去の特定の異常気象などの要因を「仕分け」する)という研究手法でも論文が出ています(釜江陽一, 塩竈秀夫「地球温暖化の停滞期に猛暑が増加し続ける謎を解明—人間活動の影響が顕在化—」地球環境研究センターニュース2014年9月号参照)。これも、イギリスの研究者らとコミュニケーションが取れたことがきっかけですから、とても重要でしたね。さらに温暖化シグナルの検出とその要因推定に関する国際的な研究コミュニティーIDAG(The International ad hoc Detection and Attribution Group)の人たちとも交流ができ、日本のモデルを使わせてほしいと言ってもらえるようになったことも大きかったと思います。水資源や植物生産性などに応用する際には、ダウンスケーリング的な手法(地球温暖化の事典4.5参照)を用い、複数のシミュレーションをして統計的な情報を出す必要があります。その作業は複雑で計算の分量も多くなりますが、工夫してコンピュータをできるだけ有効に使い、社会的に役に立つ、インパクトの大きい研究ができるようになったことは個人的にはよかったと思っています。

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小倉

一方で、過去の気候変化の要因については、少なからぬ不確実性がまだ残されていることに注意が必要であると野沢さんは事典に書かれています。それは使うモデルによって結果がばらつくということでしょうか。

野沢

それもありますが、たとえば、まだ事例が少ないということもその一つです。今問題視されている異常気象、つまりあまり起こらないが一度起こると被害が大きくなるような現象については、過去に遡ってもそんなに起こっていないので、そのメカニズムがきちんと理解できていないのでは、という不安があります。というのは、イベントアトリビューションを含む温暖化シグナルの検出とその要因推定に関する研究は、その背景には気候変動の物理的なメカニズムを考えているのですが、実は統計に頼るところが大きいからです。したがって、下手をすると統計的に有意な情報を抽出するには情報量(サンプル数)が少なすぎて、実際とは違う結論を導いてしまっている恐れがあります。統計とともに物理的な理屈がともなって初めてより信頼度の高い強固なものになると思っています。統計処理の研究は担当してくれる人がいるのでそちらに任せて、僕自身はあちこちで起こっているいろいろな変化の物理的メカニズムは何なのか、気象ないしは気候の理にかなった(物理法則に基づいた)変化をしているのだろうかということを調べて、人間活動に伴う気候変化シグナルの検出と要因推定について研究ができたらいいかなと思っています。

小倉

野沢さんが北太平洋の水温の応答を理解しようとするのも、人為起源のエアロゾルの影響が北太平洋に現れていることを確かめたいという、メカニズムの理解から迫ろうとしたものですね。

野沢

最近の温暖化の停滞期(ハイエイタス:野沢徹, 横畠徳太「『地球温暖化は進行しているのか?』研究者とメディア関係者の対話」地球環境研究センターニュース2013年4月号参照)との関係でいうと、たまたまだったのかもしれませんが、大気側の応答を見ているとエアロゾルの影響が大きく、海を冷やそうとしているのではないかと感じています。ただし、理由は複数あってもおかしくないので、その点にも留意しながら調べたいと思っています。

長期にわたる良質な気象観測データの入手

小倉

長期にわたる良質な気象観測データの入手はとても難しいと思います。たとえば、ここ十数年気温の上がり方が全球的に遅くなって、ハイエイタスだといわれていたのですが、北極域のデータの質をもう少し上げると、実はそれほど温暖化は弱まっていないのではないかという内容の論文があります。

野沢

最終的には元となる観測データを調べないと納得できないかもしれないと思い、観測データの処理に着手しました。とくに北極域に関してはもともと観測データが少ないのと、ソ連の崩壊以降、シベリア域の観測点がどんどんなくなり、条件として悪くなっているのは間違いありません。幸い私が参加しているGRENE北極気候変動研究事業(GRENE Arctic Climate Change Research Project)で、実際にロシアに行って観測データを集めている人達がいますので、できるだけ話を聞いて情報収集するようにしています。非常に限られた地点ではありますが、10年とか20年の観測データはあるので、複数のデータそれぞれの長所短所を理解した上で、総合的に判断することが必要でしょう。ほかの領域ではすでに一般的にされていることですが、北極域ではことのほかデータ数が少ないので、慎重にやっていかざるをえないのかなと思います。GRENE北極気候変動研究事業のデータもできる限り活用していきたいです。

エアロゾルの気候への影響研究は日進月歩

小倉

野沢さんは「地球温暖化の事典」で “過去の気候変化の要因推定” のほかに、大気圏、人間活動と気候影響などの地球システムについても担当されています。この分野の最新の科学的知見を紹介してください。

野沢

温暖化の基礎知識なので、最新の科学的知見として情報が更新されていくペースは最先端の研究に比べると遅いですが、エアロゾルの気候への影響については日進月歩で新たな理解や知見は出てきています。エアロゾルにはいろいろな種類があり、さらにそれが雲を介して気候に影響を与えます。その作用についての研究は、従来は水雲が中心でしたが、今は氷雲について議論が進んでいます。もう少しすればまとまった形で最先端の研究者としての見解が出てくるのではないでしょうか。

小倉

現在の気候モデルの性能では、雲があるべき季節にあるべき量で出てくれないという悩ましい問題がありますが、雲の凝結核になるエアロゾルとして何がどこにどれだけあるべきなのかというのがまさに今議論されているところですね。

野沢

雲の問題の根幹に関わるところでもあるので、もしかしたら大きく気候モデルのパフォーマンスを変えるかもしれませんし、そんなに影響がないかもしれません。研究が進んでいることは間違いありませんので、今後、より整理された形で改訂がされたらいいのではないかと思います。

温暖化を自分たちのこととして実感してほしい

小倉

次回「地球温暖化の事典」を書くとしたら、書きたい内容はありますか。

野沢

書くことがあまり得意ではないので、そんなに書きたいものはないです(笑)。ただ、きちんと伝えなければいけないと思っていることがあります。

地方大学に異動して、学生向けの講義は当然ですが、一般の方に対しても講演をさせていただく機会が増えました。大学生であれ一般市民の皆さんであれ、地球温暖化の話をすると、「じゃあ、何をすればいいの?」という質問が必ずきます。私は自然科学者ですから、その辺は必ずしも詳しくないのですが、彼らにとっては「地球温暖化全般の専門家」なんですね。ですから、「専門外だから知りません」というのではなく、自分なりの答えをもっておく必要があります。また、環境教育を受けているはずの大学生に地球温暖化の話をしても、大半は環境問題にあまり関心がないからなのか、「自然科学者になんとかしてもらいたい」など、他力本願の人が多く、自分のこととしてあまり実感をもてていません。ですから、地球温暖化の現状をきちんと伝えた上で、一人ひとりがどんなことをすれば温室効果ガスを減らすことができるのかということを、地球温暖化の専門家として、必ずしも環境問題に興味をもっていない人たちに対しても説明しなければならないということがわかりました。大学の一般教養の授業では、学生に地球温暖化の観測事実と基礎知識を数式などは一切使わずに教えた上で、天気予報と同じようなモデルで過去の再現と将来予測を行っていることを伝え、最新の温暖化予測結果を見せています。すると、ほとんどの学生は「地球温暖化がこんなに大変な状況だとは思わなかった」という感想を書いてきます。やはり、地球温暖化についての正しい理解が、この問題を自分たちのこととして実感してもらうには必要なのだということを感じています。

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*このインタビューは2015年5月22日に行われました。

目次:2015年7月号 [Vol.26 No.4] 通巻第296号

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