2014年9月号 [Vol.25 No.6] 通巻第286号 201409_286001
地球温暖化の停滞期に猛暑が増加し続ける謎を解明—人間活動の影響が顕在化—
1. 背景
このところ、「地球温暖化が止まったのではないか」といった声が聞かれるようになりました。世界全体の平均気温は、この15年間ではほとんど上昇しておらず、「地球温暖化の停滞期(ハイエイタス)[参考文献1]」と呼ばれます。ハイエイタスは海洋における自然のゆらぎ(自然変動)の影響で、海の表面に冷たい海水が広がりやすい状態が続いているために起きていると考えられていますが、人間活動の影響で温室効果(放射強制力と呼ばれる)は現在でも強まっており、海洋の内部の貯熱量も上昇し続けているため、地球温暖化が本当に止まったわけではありません。
一方で、最近は世界的に極端な熱波に襲われることが多くなりました。2003年のヨーロッパ、2010年のロシアや日本を含む東アジア、2013年の北米などでは、高温が続いたことで社会的に大きな被害が発生しました。近年の陸上で発生している、極端な高温の発生頻度を調べると、ハイエイタス期にも増加が続いていることが報告されています[参考文献2]。
国立環境研究所と東京大学大気海洋研究所の研究グループは、20世紀後半以降の海洋や大気組成などの情報をもとにした気候モデルによるシミュレーションを行い、この謎を解明することを試みました。
2. モデルによる再現実験と感度実験
最新の大気大循環モデルMIROC5A(大気海洋結合モデルであるMIROC5の大気部分;以下、モデル)に、大気組成(二酸化炭素濃度、エアロゾル)、土地利用変化、太陽活動や海洋の情報(海面水温、海氷分布)を与えることで、これまでの気候の変動を再現しました(再現実験と呼ぶ)。さらに、気候の再現に必要な条件のうち、いくつかを取り除いて実験を行う(感度実験と呼ぶ)ことで、気候の再現にどの条件がどの程度の役割を果たすか、を調べることができます。今回は、再現実験の条件から、人間活動によって海の表面が温まっていること(以下、海の温暖化)以外の人間活動の影響を除いた実験(感度実験A)、人間活動全体の影響を除いた実験(感度実験B)、の二つを行いました。それらの結果を比べることで、再現された気候の変動を次の三つの要因に切り分けました。
- (1)海の温暖化を通した人間活動の影響(ASST効果)
- (2)自然起源外部要因(火山噴火と太陽活動変化)と自然変動の効果(NAT効果)
- (3)海の温暖化以外の人間活動の影響(二酸化炭素濃度の上昇等を通した陸面の直接的な昇温;ADIR効果)
(1) は感度実験Aと感度実験Bの差、(2) は感度実験B、(3) は再現実験と感度実験Aの差によって求めることができます。(1) と (3) を合計すると、人間活動全体の影響を求めることができます。上記の三つに分けて分析することで、海の温暖化が停滞している時期に、人間活動の影響が猛暑を増やしているのか、それとも自然変動によるものなのか、を検証することができます。
3. 猛暑の頻度とモデルによる再現
図1に、北半球陸上で平均した、各年の夏季(6〜8月)平均気温と、猛暑の頻度を示します。ここでは、猛暑は1951〜1980年の平均気温よりも標準偏差の2倍以上暑い月(約2.3%に相当)によって定義し、それを北半球陸上全体で数えることで、頻度を算出しました(図2)。観測データは、アメリカ航空宇宙局ゴダード宇宙科学研究所(GISS)による地上気温データを使用しています。

図1(a) 北半球陸上で平均した夏季(6〜8月)平均気温の1951〜1980年平均値からの偏差(°C)。(b) 北半球陸上の夏季における猛暑発生頻度(%)。黒線は観測、赤線はMIROC5A(モデル)による再現実験を表す

図2猛暑の定義とその頻度の求め方。図は北半球陸上の各地点の気温をもとに、頻度分布を描いたもの。まず、1951年から1980年までの月平均気温を地点ごとに標準化する(黒線の頻度分布)。次に、標準偏差の2倍に相当する気温を求める(黒い太線)。この気温を超える月を猛暑と呼ぶ(黒線の右側)。1951年から1980年までの期間では、約2.3%が猛暑に該当する。しかし最近の期間(2001年から2011年まで)では、標準偏差の2倍を超える頻度が大きく増加している(オレンジ色)
平均気温や猛暑の頻度は、ピナツボ火山の噴火(1992年の低温)やエルニーニョ・ラニーニャ(1998年の高温など)をはじめとした、自然変動の影響による年ごとの変動に加えて、長期的には上昇する傾向を示しています。最近(2001年以降)では、猛暑の頻度は約19%に上昇しており、1951〜1980年の期間に比べて約8倍の頻度に増えていることがわかります。
モデルは、これらの特徴をよく再現することができています。このうち、最近15年間では、ハイエイタスにもかかわらず、北半球陸上の猛暑の頻度は変わらず増加傾向にあることがわかります。
最近の傾向を詳しく分析するため、図3に1980年以降の変動の様子を詳しく示します。モデル実験で得られた値を (1) ASST効果、(2) NAT効果、(3) ADIR効果の三つに切り分けます。長期的な増加トレンドに対しては、海の表層の温度上昇(ASST)が最も重要であるのに対し、ASSTは最近15年間の増加傾向には寄与していません。最近の猛暑の増加には、ADIR効果とNAT効果の二つが重要です。それでは、それぞれどのようなメカニズムが働いているのか、詳しく見ていきます。

図3北半球陸上の猛暑発生頻度の1951〜1980年平均からの偏差。黒線は観測、青・ピンク・赤はそれぞれASST、NAT、ADIR効果
(1) 海の温暖化以外の人間活動の影響(ADIR効果)
大気中の二酸化炭素濃度は、毎年ほぼ一定のスピードで上昇し続けています。ADIR効果は、大気中の二酸化炭素濃度と同様に、一定のスピードで増加し続けていて、これが近年の猛暑の頻発の一因となっています。地域ごとに調べてみると、北半球の亜熱帯から高緯度にかけての広い範囲で、ADIR効果が特に強く働いていることがわかりました(図4の赤丸で囲んだ領域)。これは、これらの地域では、相対的に陸の占める面積が広く、海の上空の気温上昇の影響が陸の上空に伝わりづらいためです[参考文献3]。つまり、人間活動によって大気中の二酸化炭素濃度が今後も増え続けた場合、北半球の亜熱帯から高緯度にかけての広い地域では、たとえ海の温暖化が停滞傾向であっても、猛暑が増え続けていくことがわかります。

図41991〜2011年の期間で平均した夏季平均気温の1951〜1980年からの偏差。モデルによる再現実験の結果と、ADIR効果
(2) 自然起源外部要因と自然変動の効果(NAT効果)
図3を見ると、近年はNAT効果が常に猛暑を増やす方向に働いていることがわかります。これは、海面水温のパターンから説明することができます。近年の海面水温の分布(図5)は、熱帯東太平洋が低く(負の太平洋十年規模振動[1])、北大西洋の海面水温が高い(正の大西洋数十年規模振動[2])、という二つの十年規模変動によって特徴づけられます。このような大規模な海面水温の分布の変化は、大気の流れを変えることで、北米をはじめとした北半球中緯度陸上(図5のピンクの丸で囲んだ領域)に高温をもたらすことがわかりました。つまり、このところの北半球中緯度での猛暑頻発の一つの要因は、近年の冷たい表層の海水にあるという、一見すると逆説的に見えるメカニズムが働いていることがわかりました。

図52001〜2011年の平均値の1991〜2000年からの偏差。夏季の海面水温分布と、地上気温のモデルによる再現と、NAT効果
4. 今後の展望
今回の研究により、近年のように海の表層の温暖化が緩やかな期間でも、北半球の亜熱帯から高緯度にかけての広い範囲では、大気中の二酸化炭素濃度の上昇をはじめとした人間活動の影響が、猛暑の発生頻度を増加させていることがわかりました。特に北半球の中緯度での猛暑の頻発には、海洋の数十年周期のゆらぎの影響も重要であることがわかりました。
本研究の結果は、海の表層の温暖化の停滞傾向が今後も続いたとしても、人間活動の影響で陸上の猛暑発生頻度は増え続けていくことを示しています。また、ハイエイタスと海面水温の分布パターンは密接に関係していると考えられており、ハイエイタスが終了すると、陸上で猛暑の発生しやすい地域が大きく変わることが示唆されます。
今後の気候変動を正確に予測するためには、継続的なモニタリングによる注意深い観察、気候モデルの改良など、気候の変動メカニズムの解明に向けた取り組みを続ける必要があります。近年のハイエイタスは広く一般の関心も高く、気候変動の問題に取り組む研究者にとっては緊近の課題ですが、この問題に取り組むことで気候の変動メカニズムの理解が一層深まると期待されます。
5. 謝辞
本研究は文部科学省の気候変動リスク情報創生プログラム、および日本学術振興会の科学研究費助成事業26281013、26247079の支援を受けて実施されました。
脚注
- 太平洋十年規模振動(Pacific Decadal Oscillation; PDO)
北太平洋中央部と赤道東部太平洋とで広域の海面水温偏差が入れ替わる振動現象。十年から数十年程度の周期を持つ。負のPDOは、熱帯では東太平洋の海面水温が下がり、ラニーニャ状態が卓越することと対応している。 - 大西洋数十年規模振動(Atlantic Multidecadal Oscillation; AMO)
20年から40年程度の周期で、北大西洋全体の海面水温が振動する現象。
参考文献
- 渡部雅浩 (2014) ハイエイタス. 天気, 277-279.
- Seneviratne S. I., Donat M. G., Mueller B., AlexanderL. V. (2014) No pause in the increase of hot temperature extremes. Nat. Clim. Change, 4, 161–163.
- Kamae Y., Watanabe M., Kimoto M., Shiogama H. (2014) Summertime land-sea thermal contrast and atmospheric circulation over East Asia in a warming climate-Part II: Importance of CO2-induced continental warming. Clim. Dyn., doi:10.1007/s00382-014-2146-0.
この内容は、2014年7月25日付で米国地球物理学連合誌「Geophysical Research Letters」速報版に掲載されるとともに、国立環境研究所から7月28日付で記者発表されました。また、本研究の成果が英国科学誌「Nature」に「Research Highlights」のコーナーで取り上げられました。
- 発表論文
- Kamae Y., Shiogama H., Watanabe M., Kimoto M. (2014) Attributing the increase in Northern Hemisphere hot summers since the late 20th century. Geophysical Research Letters, 41, doi:10.1002/2014GL061062.
- 紹介記事
- “Hotter summers despite hiatus”. Nature, 511, 386, doi:10.1038/511386c.
- 記者発表
- http://www.nies.go.jp/whatsnew/2014/20140728/20140728.html