2014年9月号 [Vol.25 No.6] 通巻第286号 201409_286002

21世紀の大海原を測る 〜新しい商船観測プラットフォームNew Century 2号〜

  • 地球環境研究センター 大気・海洋モニタリング推進室 研究員 中岡慎一郎

1. はじめに

地球環境研究センター(以下、CGER)が商船による大気・海洋CO2観測を始めて来年で20年になります。そのような節目の時に、CGERでは新たな商船に大気・海洋の観測機器を設置し北太平洋での観測を再スタートさせました。その商船とは、鹿児島船舶(株)の自動車運搬船New Century 2号です。その名の通り、“新世紀”(2001年)に就航したNew Century 2号は日本の重要な輸出製品である自動車を北米へと運搬する商船です。本稿では、CGERによる商船CO2観測の歩みとともに、新しい商船での観測がスタートするまでを紹介します。

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写真1米国サンフランシスコ近郊の港に停泊中のNew Century 2号 写真提供:(一財)地球・人間環境フォーラム 山田智康氏

2. なぜ商船海洋観測なのか?

海洋観測を行う際に一般的に用いられる船は研究船(もしくは観測船)と呼ばれ、海洋研究開発機構の「みらい」や「白鳳丸」、気象庁の「凌風丸」が代表的です。研究船には船内に観測や実験のための十分なスペースが確保されており、目的の海域で停船して大気と海洋各層の重点観測を行うことが可能です。一方、商船観測では日本の港から目的地の港まで経済的かつ安全な航路を選びますので、観測したい場所の要望が入る余地はありませんし、観測に使用できるスペースにも限りがあります。また、各層観測も実施できず、あくまでも航行中の洋上大気と海洋表層の観測になります。しかし、商船観測にも重要なメリットがあります。それは、高頻度かつ低コストに観測を行うことができる点です。例えば、New Century 2号は6〜8週間で日米間を往復しており、1年で8〜9回の観測航海を数年〜10年程度継続することが期待できます。同じことを研究船で行おうとすると莫大な燃料費を研究者が用意する必要があり実現可能性はほとんどありません。それにもまして、多目的で作られた研究船を一つの目的のために占有し、同一海域を1年中繰り返して観測すること自体が不可能です。このように研究船、商船それぞれの観測手法にはメリットとデメリットがあり、お互いの強みを生かし協力して全球規模の炭素循環解明に取り組むことが重要なのです。

3. 商船CO2観測の歴史

CGERが商船を用いて大気・海洋CO2の観測を開始したのは、1995年3月のことです。当初カナダ海洋研究所との共同プロジェクトとしてスタートした本事業は、日本-北米西岸域間を航行するSeaboard International Shipping社の材木運搬船Skaugran号で1999年10月まで観測を行いました。当時は給排水配管に取付けたバルブの開閉制御やCO2標準ガスの測定器への導入など多くの作業が自動化されていなかったため、システム全般を手動で制御する必要がありました。Skaugran号から観測を引き継いだ(株)商船三井のコンテナ船Aligator Hope号では、装置制御の自動化と光ケーブル敷設による大気観測室と海洋観測室のネットワーク化が実現し、現在とほぼ同様の観測体制を構築して1999年11月から2001年5月まで観測を行いました。2001年11月から観測を開始したトヨフジ海運(株)の自動車運搬船Pyxis号では、日本と北米西岸/北米東岸間を2013年4月まで11年近くも観測することができました。さらに2005年11月からは日本-オーストラリア・ニュージーランド間を航行するトヨフジ海運(株)の多目的運搬船Trans Future5号で観測を行っています。これまでに得られた観測データは、データ確定作業を経てCGERの船舶観測データベースサイト “Ship of Opportunity”(http://soop.jp)で公開され、さらにSOCAT(http://www.socat.info)で各研究機関の観測データと統合し、全球データセットとして公開されています。

CGERによる海洋CO2観測の歴史

船名 船会社 観測期間(年/月) 観測海域
Skaugran Seaboard International Shipping Co. Ltd. 1995/3 – 1999/9 北太平洋
Aligator Hope (株)商船三井 1999/11 – 2001/3 北太平洋
Pyxis トヨフジ海運(株) 2001/11 – 2013/4 北太平洋
Trans Future 5号 トヨフジ海運(株) 2005/11 – 現在 西太平洋
New Century 2号 鹿児島船舶(株) 2014/4 – 現在 北太平洋

4. 後継船の選定と設置作業

永らく北太平洋のCO2観測を担ってきたPyxis号ですが、就航から25年以上が経過し退役が近いこと、さらに老朽化した観測設備の更新時期が迫ってきたことから、後継船への移行を数年前から検討してきました。Pyxis号での観測経験から、北米向けの自動車運搬船は日本の帰港地が決まっている上に北米の寄港地が航海ごとに異なるため、北太平洋の高緯度域から低緯度域まで広範囲に観測できるので、北太平洋の観測には最適な船舶であると実感していました。そんななか、Pyxis号やTrans Future 5号の運航管理を担当していた鹿児島船舶(株)から、大変ありがたいことにご協力を頂けることになり、New Century 2号に観測設備を設置することに決めました。当初のスケジュールではNew Century 2号は2014年2月頃ドックに入渠(にゅうきょ)する予定でしたので、2013年4月にPyxis号がドックに入渠した際に観測設備等を撤去し、同年末頃までにNew Century 2号への設備設置について入念な計画を立案する予定でした。

ところが2013年5月下旬になって想定外の事態が起こりました。船会社から、荷主の要望によりNew Century 2号のドック予定を半年早め8月下旬とすることが伝えられたのです。この時点でドック入渠まで3ヶ月足らず、全体計画をまとめる時間はありませんでしたので、全体計画を立案してから取りかかることは諦め、ドック入渠とその後の設備設置について仕様が固まったところから順次作業を進めていく方法でなんとか装置設置まで漕ぎ着けました。

5. 観測設備の設置

先に述べたように商船では使用できるスペースに限りがあります。海洋観測では舵機室と呼ばれる船底に近い部屋で物置として使われていたスペースの一角を海洋観測室として使わせて頂くことができました。海洋観測室にはCO2計や平衡器、水温塩分計等を設置し、船底の取水口から観測室までは腐蝕防止処理を施した海水配管を新設し、海水中のCO2を測定しています(海水中CO2測定の詳しい説明は、地球環境研究センターニュース2012年10月号に掲載された「長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— [3] 海洋に溶ける温室効果気体の挙動を探る:海洋二酸化炭素濃度測定システム」を参照下さい)。これまでの観測ではその他に1日3回の採水による栄養塩とクロロフィル濃度の分析を行ってきましたが、今後はさらに硝酸センサーを設置してより詳細な硝酸の時空間分布を調べる予定です。

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写真2海洋観測室の様子

大気観測においては配電盤室の一角を大気観測室として使わせて頂くことができました。ドック入渠時には、大気観測室の装置を設置する箇所と洋上空気の取り入れ経路に部材を溶接し、ドック後の日本帰港時に大気配管やラック、装置等を取付けていきました。Pyxis号での大気観測では、CO2とオゾン、ボトル容器による空気採集を行ってきましたが、New Century 2号では酸素計等を追加設置して観測項目を拡充する計画を進めています。また大気観測室にはデータサーバが設置され、光ケーブルによる通信を利用して大気観測データだけでなく海洋観測データも取得して時系列グラフ表示を可能にしています。これまではプリントしたグラフを常駐の観測員がスキャンして毎日メールで送信し、装置の状態を確認していましたが、今回プログラムの改修を行って出力グラフのPDF化に対応したことで作業の省力化を図ることができました。

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写真3大気観測室の様子

6. いよいよ観測航海へ

このような経緯を経て、Pyxis号での観測停止から約1年後の2014年4月11日、三河港を出港しサンフランシスコ港へ向かうNew Century 2号は初めての海洋観測を行い、7月からは大気観測も開始しました。4月の航海で得られた海洋CO2分圧(pCO2)の経度分布を図に示します。日本近海では310µatm程度までpCO2が低下しており、北米に向かうにつれてpCO2が回復するものの、西経170度から西経150度で一旦低下し、北米西海岸沖で380µatm程度まで上昇する様子が捉えられました。これは植物プランクトンによる光合成活動や水塊の水温変化によるものと考えられます。大気CO2分圧データはまだ得られていませんが、昨年同時期のPyxis号による観測によれば平均約400µatm、変動幅5µatm程度で変化していると考えられます。このように海洋のCO2分布は大気CO2に比べて変動が大きいため、今後も観測データを可能な限り収集し、太平洋のpCO2分布把握と変動要因の解明に努めていきます。

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New Century 2号による三河港-サンフランシスコ航海で観測されたpCO2の経度分布

目次:2014年9月号 [Vol.25 No.6] 通巻第286号

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