2013年10月号 [Vol.24 No.7] 通巻第275号 201310_275004

IPCC専門家会合参加報告 シェールガス等を含む化石燃料開発に伴う温室効果ガスの漏出

地球環境研究センター 温室効果ガスインベントリオフィス 高度技能専門員 小坂尚史

温室効果ガスは化石燃料の燃焼のみでなく、開発する過程からも漏出により大気中に放出される。最近ではシェールガスをはじめとする従来手つかずであった非在来型石油・天然ガス資源の開発が進行しており、これらの開発に伴う漏出による温室効果ガス排出量について調査が進められている。今般、非在来型も含めた石油・天然ガス資源開発に伴う漏出からの温室効果ガス排出量の算定方法に関する検討が、「IPCC専門家会合:(シェールガス、コールベッドメタン等を含む)石油及び天然ガスシステムからの温室効果ガスの漏出」(IPCC Expert Meeting: Fugitive Emissions of Greenhouse Gases from Oil and Natural Gas Systems [including shale gas, coal bed methane, etc])においてなされた。本会合は2013年8月20日(火)から22日(木)までの三日間、アメリカのワシントンDCで開催され、主催者は、気候変動に関する政府間パネル・インベントリタスクフォース・技術支援ユニット(Technical Support Unit, Task Force on National Greenhouse Gas Inventory, Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC TFI TSU)及びアメリカ環境保護庁(the United States Environmental Protection Agency: USEPA)であった。本稿では筆者の参加した本会合の内容を報告する。

1. 会合開催の背景

国連気候変動枠組条約(United Nations Framework Convention on Climate Change: UNFCCC)の締約国(194か国・1地域)は、IPCCが発行した温室効果ガスインベントリに関するガイドラインに沿って温室効果ガス排出量を算定し、その算定結果をそれぞれの国家温室効果ガスインベントリ(以下、インベントリ)としてUNFCCC締約国会議(Conference of the Parties: COP)に報告することが義務づけられている。石炭、石油、天然ガスの採掘、生産、処理及び精製、輸送、貯蔵、供給時、温室効果ガス(主にメタン)が大気中に漏出するため、この排出量もインベントリのエネルギー分野のカテゴリーの一つとして算定・報告することとなっている[1]。インベントリ算定に用いるIPCCガイドラインの現時点での最新版は、2006年に発刊された「国家温室効果ガスインベントリに関する2006年IPCCガイドライン」(2006 IPCC Guidelines for National Greenhouse Gas Inventories: 2006年IPCCガイドライン)である。近年の石油・天然ガス開発技術の目覚ましい発展に伴いシェールガス、コールベッドメタン等の非在来型石油・天然ガス資源が商業的に開発されるようになったにもかかわらず、2006年IPCCガイドラインにおいては、こうした非在来型資源開発に伴う温室効果ガス排出量を算定する方法が十分に示されていない。シェールガスの商業生産に成功したアメリカでは、当該生産活動に伴う温室効果ガス排出量の算定方法を独自に設定して、自国のインベントリに計上している。今後北米以外の国でも非在来型石油・天然ガス資源開発が進展すると予想される。今回の専門家会合では非在来型資源も含めた当該活動からの温室効果ガス排出量の算定方法の検討が行われた。

さらに近年、インベントリで報告される温室効果ガス排出量の算定結果を検証する手段として、大気観測技術の結果を活用することが検討されている。そのため、化石燃料開発時の温室効果ガス漏出に関係する観測技術についても併せて議論された。

2. 会合の内容

本会合には世界各国から約50名が参加した。初日と二日目の午前に全体会合が行われ、主催者及び参加者によって、石油・天然ガス資源開発時の漏出による温室効果ガス排出量算定に関する発表がなされた。

まず、2006年IPCCガイドラインにおける石油・天然ガス資源開発時の漏出による温室効果ガス排出量算定の方法論の概要が説明された。当該活動からの温室効果ガス排出量は「排出係数」と「活動量」の積で算定される。例えば、天然ガス生産に伴う温室効果ガスの漏出の場合、排出係数は天然ガスの体積当たりの温室効果ガス質量、活動量は天然ガス生産量(体積)で表される。国独自の排出係数が設定できなくても温室効果ガス排出量が算定できるように、IPCCガイドラインでは排出係数のデフォルト値が用意されている。採掘、生産、処理及び精製、輸送、貯蔵、供給時の各段階につきデフォルト排出係数が掲載されている。

次に、当該排出源の各国の報告状況が紹介された。アメリカとオーストラリアでは、我が国でいう温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度(以下、算定・報告・公表制度)に類似する法制度[2]を有しており、各企業が政府に報告した温室効果ガス排出量をインベントリでの報告にも利用することを検討しているという発表がなされた。その後IPCC TFI TSUより非在来型石油・天然ガス開発における排出係数の原案が示された。ただし、発生する温室効果ガスの全量が大気に排出されるのではなく、一部は回収されると想定した値であるとの説明がされた。引き続き、各参加者より非在来型石油・天然ガスの掘削技術、漏出する温室効果ガスの測定技術の紹介、飛行機を用いての大気観測による温室効果ガス排出量測定などのプレゼンテーションがなされた。

photo. 全体会合

全体会合会場で、休憩時間中にも積極的に情報収集する参加者たち。

二日目の午後からは二つの分科会に分かれ、第一分科会は温室効果ガス排出量の算定方法について、第二分科会は大気観測技術のインベントリでの温室効果ガス排出量算定の検証への応用についてを主なテーマに議論がなされた。以下では、筆者の参加した第一分科会の議論の概要を説明する。

第一分科会では、温室効果ガス排出量算定にあたっての問題点が複数挙げられた。例えば、2006年IPCCガイドラインに示されている試掘、生産等の各過程の分類の妥当性、用語の定義の不明瞭さに関する指摘、また、ガイドラインのデフォルト排出係数の分類について、先進国と市場経済移行国、途上国で分類されているが、地質や採掘技術といった分類のほうがより適切という意見があった。さらに、我が国の算定・報告・公表制度のように各企業からデータを収集する法整備を実施したものの、インベントリの基準年である1990年までさかのぼってデータを入手できずインベントリに使用するには時系列の一貫性を担保できない場合もある、などという意見が出された。

それらを踏まえて、非在来型石油・天然ガスに関する新たなデフォルト排出係数設定の必要性、IPCCガイドラインにおける用語の定義の明確化、国独自の排出係数を開発するための指針の必要性などが今後の課題とされた。

また、温室効果ガス排出の活動量として、原油・天然ガスの国内生産量等の各種エネルギー統計データだけでなく、算定・報告・公表制度に類似する法制度によって各企業から得られた温室効果ガス排出量の算定基礎データ、国際的な業界団体による調査等も参考になるという示唆があった。

最終日の午後には参加者全員が集まり、各分科会の成果が各議長より発表された。

第一分科会からは現行の算定方法の問題点と今後取り組むべき課題が提示された。上記の通り、非在来型石油・天然ガスに関する新たな算定方法の設定という提案のみならず、在来型石油・天然ガスに関する算定方法における課題も提起された。

第二分科会からは、様々な大気観測技術の整理とインベントリの検証への適用可能性に関する議論と、その結果が報告された。大気中の温室効果ガスは人工衛星、飛行機、自動車等様々な手段で観測できるが、手段によって把握できる空間規模や時間間隔、頻度、不確実性や費用が異なることが指摘され、一覧表にまとめて報告された。インベントリの検証にあたり、大気観測技術による温室効果ガス測定の不確実性をどの程度許容するのか、また、国の総排出量、特定の排出源、特定の施設といった検証対象によって手法を使い分ける必要があり、どの場面でどの手法を使用することが適切なのかを判断する指針としてデシジョンツリー[3]を用意したほうが良いと示唆された。

3. 今後の展開

今後第二回会合を開催して引き続き当該事項につき検討を行うこととなった。今回は課題点の洗い出しに力点を置いて議論が進んだが、次回はより具体的な議論が展開されると思われる。一連の議論の成果は最終的にtechnical bulletinないし何らかのIPCC技術文書としてまとめられ、当該排出量算定に適用できる新しい排出係数は、IPCC TFI TSUが運営している排出係数データベースに掲載されることになる。

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インベントリ関連のIPCC専門家会合の過去の記事は以下からご覧いただけます。

脚注

  1. UNFCCC附属書I国(先進国及び市場経済移行国)における2011年の石油・天然ガスシステムからの漏出による温室効果ガス排出量は二酸化炭素換算で7.4億トン(総排出量の約5.4%)であり、排出量の約半数はロシア、約3割はアメリカが占める。
  2. アメリカではGreenhouse Gas Reporting Program、オーストラリアではNational Greenhouse & Energy Reporting Schemeという。
  3. デシジョンツリーは意思決定の参考として用いられる樹形図である。択一式の質問が線で結ばれて木のように枝分かれしており、最初の質問に答えると次の質問に誘導され、誘導にしたがって順々に質問に答えていくと、デシジョンツリーが推奨する結論にたどりつく仕組みになっている。

Bikesharing

小坂尚史

会合の開催場所であったワシントンDCの街中で真っ赤な自転車がずらっと並ぶ光景をよく見かけた。ワシントンDCでは最近バイクシェアリングが普及しつつあるようだ。数街区おきに専用の駐輪場(写真参照)が設置されており、併設されている機械にクレジットカードを読み込ませて電話番号等の情報を登録すると、自転車を時間単位で借りることができる。十分な駐輪場数と自転車数を確保しており、借りた場所と異なる駐輪場に返却してもよく、使い勝手がよさそうに思えた。地元の人たちに親しまれているようで、この写真を撮影している合間にも自転車を借りていく人がいた。また、街中を自転車で走っていく人も見かけた。何しろ真っ赤な車体なので、遠くからでもとても目立つ。駐輪場の機械には太陽光パネルが設置されており、バイクシェアリングにより低炭素なライフスタイルを実践することができよう。

photo. バイクシェアリング

バイクシェアリング専用駐輪場

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