2013年4月号 [Vol.24 No.1] 通巻第269号 201304_269004

富士山頂でこそ得られる研究成果を目指して

地球環境研究センター 炭素循環研究室 特別研究員 野村渉平

1. はじめに

NPO富士山測候所を活用する会が主催した第6回成果報告会が、2013年1月27日に東京大学の小柴ホールにて行われました。本稿では、その成果報告会を主催したNPO富士山測候所を活用する会の紹介と、報告会で発表された成果を紹介します。

2. NPO富士山測候所を活用する会

富士山の頂上にある富士山測候所は、気象衛星の発達により山頂での気象観測の必要性が低下した等の理由から2004年に無人化され、観測施設廃止の可能性が高まっていました。これを受け、大気化学の研究者たちが、標高3776mの富士山頂は地上の影響を受けていない自由対流圏に位置し、その大気を定点観測できる測候所が廃止されてしまうのは惜しいと考え、責任ある借受母体として2005年に「NPO富士山測候所を活用する会」を設立しました。この地点の大気観測で得られる大気中成分の測定値は、地上の影響を受けていないバックグラウンド濃度を示し、かつアジア大陸から越境する汚染を捉えられる場所と考えられています。

このNPOが中心となり、2007年から毎年夏期(7〜8月)に大気化学、高所医学や天文学などの研究者が測候所を利用するようになりました。気象関係のみにしか活用されなかった測候所が、現在では幅広い研究分野の活動の場として活用されています。

photo. 富士山測候所

写真1富士山頂剣ヶ峯にある富士山測候所(レーダードームは2001年に撤去されている)

3. 成果報告会

その研究等で得られた成果は、6年前の2008年から毎年、成果報告会で発表されています。2013年の報告会では、富士山頂における夏期・年間の大気中成分(二酸化炭素[CO2]、一酸化炭素[CO]、オゾン[O3]、塩化水素[HCl]、亜硝酸[HONO]、硝酸[HNO3]、二酸化硫黄[SO2]、ラドン[Rn]、窒素酸化物[NOx]、水銀[Hg]、微小粒子状物質濃度、雲凝結核濃度とその粒径分布、エアロゾル粒子の粒径、高エネルギー放射線)の測定結果や、富士山頂での落雷・晴天率・恒星の撮影、富士山頂付近の永久凍土の有無、富士山測候所の落雷対策、富士山登山時の急性高山病・酸化ストレスの発症状況などの調査結果が、10名の口頭発表と19名のポスター発表により報告されました。

それぞれの発表は、研究の背景や得た成果が全く異なるものの、富士山で研究を行う動機は、みな、同様なものでした。それは富士山頂で研究を展開することが、目的の成果を最も捉えられる・深められるはずである、という動機でした。

photo. 口頭発表 photo. ポスター発表

写真2第6回成果報告会の様子(上:口頭発表、下:ポスター発表)

4. 研究成果の一例

当NPOが設立されて以降、どのような成果が出ているのかを簡単にご紹介します。まず筆者が所属する国立環境研究所地球環境研究センターが展開している富士山頂におけるCO2の通年観測についてです。

測候所は、夏期(7〜8月)しか電力が供給されていません。そのため冬期の室温は、室外の気温に近い温度(約−30℃)まで下がります。

このような状況下で、測候所を利用し山頂の大気中CO2濃度を通年計測するために、国立環境研究所では2007年から2009年にかけて、極低温下でも計測可能な機器と、測候所に電力が供給される夏期にバッテリーに充電し、電力が供給されない冬期から春期に、蓄えたバッテリー電力をCO2濃度計測機器に供給するシステムの開発を行いました。その後、開発したCO2計測機器と電力供給システムを2009年から本格稼働させ、測候所付近の大気中CO2濃度を毎日1回、継続的に計測しています。

photo. 機器一式

写真3測候所一室にある大気中二酸化炭素濃度を通年観測する機器一式

計測された富士山頂のCO2濃度は、地上の影響を受けていないバックグラウンド濃度と思われる値であると同時に、大陸からの影響を受けていると考えられ、アジア太平洋地域で富士山頂と同じような高所山岳でCO2のバックグラウンド濃度の観測が行われている中国のMt. Waliguan(標高3810m)やハワイのMt. Mauna Loa(3396m)の濃度とは、若干異なる特有の値を示しています(図)。このことから富士山頂でのCO2濃度観測は、観測の空白地域であった富士山が位置する東アジアのバックグラウンド濃度を示す大変貴重な結果を積み重ねていることが示されました。

このCO2濃度の計測のほかに、測候所に電力が供給されている夏期に大気化学分野の研究者が計測しているCOやO3、微小粒子状物質などについても、富士山が位置する東アジアのバックグラウンド濃度を示すと共に大陸からの影響を捉えているという研究結果が出ています。このように当NPOが設立されて以降、富士山測候所を用いて、地球規模での物質循環の仕組みを明らかにするための興味深いデータが観測されるようになっています。

fig. CO2濃度推移

富士山とMt. Mauna LoaのCO2濃度推移

5. むすび

当NPOは、今後も継続的に富士山測候所を活用しながら有益なデータをとっていき、さまざまな自然観測・観察の拠点、自然科学の研究拠点となっているスイスのユングフラウヨッホのような高所山岳の研究施設として、確立することを目指しています。富士山頂での研究にご興味ある方は、お気軽にNPO富士山測候所を活用する会に連絡ください。

NPO富士山測候所を活用する会ウェブサイト http://npo.fuji3776.net/

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