ココが知りたい温暖化

Q17気候のシミュレーションモデルはどんな結果でも出せる?

!本稿に記載の内容は2023年11月時点での情報です

温暖化の予測に使われるシミュレーションモデルは、作り方次第でいくらでも過去のデータに合うようにできるし、どんな予測結果でも出せるのではないのですか。

小倉知夫

小倉 知夫 (国立環境研究所)

温暖化の予測に使われる気候のシミュレーションモデルは、基本的に物理法則に基づいて作られています。シミュレーションの結果がモデルの作り方次第で変わり得るのは事実ですが、その影響は限定的であり、どんな結果でも自在に出せるほど自由度は大きいものではありません。

モデルには不確実性がある

温暖化の予測に使われる気候のシミュレーションモデルは、大気、海洋、陸面の状態(たとえば風速、海水温、土壌水分など)の時間的な変化を計算する方程式をコンピュータプログラムで書き表したものです。これらの方程式は「運動量の保存則」や「エネルギーの保存則」のように、正しいと認知されてきた基本的な物理法則に基づいていますが、方程式に含まれる項の中にはそれだけでは表現しきれない部分も含まれます。少し詳しく説明します。

まず、方程式を計算機で扱えるようにプログラムで表現するには、大気、海洋、陸面を空間的に分割して小さな箱の集合体として扱う必要があります。通常、温暖化シミュレーションを行う場合、水平方向でおよそ100 km四方、高さ方向には10 m~1 kmくらいの薄い箱を想像するとよいでしょう(図1)。それぞれの箱の中の平均的な温度や風速などの値を物理法則から計算します。ところで、箱の中の平均気温や風速は、箱の中に含まれる小さな雲や乱流の影響を強く受けます。つまり、箱よりも小さな雲や乱流の影響を方程式に取り入れなければ、箱の平均的な気温や風速は正しく計算できないのです。しかし、スーパーコンピュータを使っても計算能力の限界があるため、箱の中の小さな現象についてまで細かく計算することはできません。そこで、箱の中の小さな現象が平均値に与える影響(未知の数)を平均値(既知の数)を用いて推定します。推定するための数式が観測データや理論的な考察に基づいて構築されており、これを私たちは「パラメータ化」と呼んでいます。 

figure

図1パラメータ化の概念図

①の現在値がわかっており①の将来値を計算したい場合、Bの効果を計算に入れなければならない。そこで①の現在値からAの効果を推定し、②を推定し、そこからさらにBの効果を推定する。

「パラメータ化にはどのような定式化が適切か」は気象学や海洋学の研究課題であり、理論や観測データに基づき活発に研究が進められ、研究論文として発表されてきました。こうして、適切であると認められた定式化が、シミュレーションモデルに採用されます。パラメータ化に問題があるとモデルの信頼性が揺らぐため、その妥当性についてはモデル開発者らが繰り返しチェックを行い、必要に応じて更新がなされます。気候のシミュレーションモデルは、自然に対する私たちの科学的な理解を数式や方程式として表現したものといえるでしょう。研究者が自分の望む結果を得るために恣意的に作り変えることは常識的に考えられませんし、研究の世界ではそのようなことをしても、検証や比較という作業を通して、科学的に合理性がないということがいずれ明らかになります。 

しかし、パラメータ化で構築した数式はエネルギー保存則のような物理法則とは違い、不確実性を含むことは事実です。たとえば、ある人がある観測データを元に構築した数式は、別の人が別のデータを元に構築した数式とは異なる、ということが起こり得ます。このように、パラメータ化は作った人間の自然に対する理解に応じて異なった方式が存在します。そして、「どの方式を選ぶかはモデル開発者の判断次第」という意味で不確実性が残るのです。こうした不確実性の範囲内でモデルを作り変えた場合、計算結果がある程度変わり得ますので、この点では質問者が心配するのはもっともです。では、ご質問のように、作り方次第でいくらでも過去のデータに合うようにできるのかというと、そのようなことはありません。 

モデルはいくらでも過去のデータに合うわけではない

まず、モデルを作る際には満たすべき基準があります。具体的には、①物理法則に反してはいけない、②観測事実に反してはいけない、③地球全体で同じ式を使わなければいけない、ということです。③について補足すると、たとえば「モデルのある地域の雨量が観測値と一致しないため、その地域だけ他とは違う式で計算してよく合うようにする」といったことはしてはいけません。こうした基準は恐らく明文化されたルールではありませんが、研究者の間では常識として共有されていると思います。そして、これらの基準を満たすようにモデルを作ると、計算結果を自由にデータに合わせることはできなくなります。 

実際、モデルで過去のデータ(注1)を再現できるようになるには長い年月がかかりました。気候のシミュレーションモデルの原形である大気海洋結合大循環モデルが開発されたのは1960年代の終わりです。しかし、当時のモデルは現実の気候をうまく再現できず、現実的な気候状態からスタートしても計算が進むうちに寒冷化したり温暖化したりして、まったく別の気候状態が出現してしまうといった症状に悩まされました。その後、大気モデルと海洋モデルのそれぞれに改良を重ねた結果、気候を現実的に再現できるモデルが1990年代の終わりから現れました。さらに、20世紀中の全球平均気温の上昇カーブをモデルで大まかに再現できるようになったのは、2000年頃になってからです。もしもモデルに細工をして過去のデータに自由に合わせることができたならば、気温の再現ができるようになるのに数十年もかからなかったはずです。 

その一方で、20世紀の全球平均気温についてさらに詳しく述べると、観測データは1940年代に極大値を示しているにもかかわらず、それをモデルが再現できないことが問題点として指摘されてきました。ところが最近、観測データの方に問題が発見され、そこを補正すればモデルとの一致がよくなることがわかってきました。もしもモデルを自由自在に観測データに合わせられたならば、1940年代の極大値もモデルで再現できてしまったはずです。しかし実際はできませんでした。モデルの開発者はモデルに細工を加えて計算結果を観測データに無理に合わせているわけではない、ということがこうした経緯からもうかがえると思います。 

モデルはどんな予測結果でも出せるということはない

将来予測の結果についても同様で、どんな結果でも出せるということはありません。ここでは全球平均気温に注目して見てみましょう。世界には各国の研究機関で開発したモデルが現在数十個あります。それぞれが独立に開発してパラメータ化に工夫を凝らすため、出来上がったモデルは少しずつ違った特徴を示します。こうしたモデルを集めて将来の気温変化を計算させると、どのモデルもおおよそ同じ程度の温度上昇を示します(図2、青色)。 

figure

図2全球平均地表面気温の上昇幅のシミュレーション結果。1995~2014年の平均値をゼロとし、年平均値を表示する。黒色が過去の再現、青色が将来の予測。将来予測においては社会経済シナリオとして‘SSP3-7.0’を使用する。実線:世界各国で開発された30の気候モデルによる計算結果の中央値、点線:各モデルの結果、薄い影:10-90パーセンタイル幅、濃い影:25-75パーセンタイル幅。長期的な気候変化で注目される期間(2081-2100年)を灰色で示す。

(出典:Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Working Group I Contribution to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change. Adapted figure from Interactive Atlas. Available from http://interactive-atlas.ipcc.ch/. Cambridge University Press.)

一方、モデルはパラメータ化によって作った数式の中に、不確定な係数をいくつも含んでいます。その係数の値を変更することでそのモデルの「変種」を作ることができます。そこで、一つのモデルについて、このような「変種」を多く作って大気中二酸化炭素(CO2)濃度を共通の条件で増加させたら何が起こるか、確かめる研究が行われました。すると、図2と同様に、ある程度のばらつきはあるものの、どの「変種」についても同じ程度の温度上昇が見られることが報告されています(注2)。 

このように、モデルには不確実性があり、パラメータ化や係数の値の選び方によって予測結果が異なるのは事実です。しかし、その範囲は限定されています。図2の例でいうならば、2000-2100年の全球平均気温の変化はおよそプラス2~5℃に限定されており、マイナスになることはありませんし、プラスの10~20℃にもなりません。どのような予測でも自在に出せるわけではない、ということがこうした結果からわかると思います。 

注1
気候モデルで再現する「過去のデータ」とは、特定の日、特定の場所の天気ではなく、長い期間の平均的な状態を指します(ココが知りたい地球温暖化「コンピュータを使った100年後の地球温暖化予測」を参照)。
注2
Collins M., et al. (2006) Towards quantifying uncertainty in transient climate change, Climate Dynamics, 27, 127-147.

さらにくわしく知りたい人のために

  • 時岡達志, 山岬正紀, 佐藤信夫 (1993) 気象の数値シミュレーション. 東京大学出版会.
  • 江守正多 (2008) 地球温暖化の予測は「正しい」か?. 化学同人.
  • Forest, C.E. and R.W. Reynolds (2008), Hot questions of temperature bias, Nature, 453, 29, 601-602.
  • 河宮未知生(2018)シミュレート・ジ・アース 未来を予測する地球科学.ベレ出版.

第1-3版 小倉 知夫(出版時 地球環境研究センター 温暖化リスク評価研究室 主任研究員/ 現在 地球システム領域 気候モデリング・解析研究室 室長)