ココが知りたい温暖化

Q16コンピュータを使った100年後の地球温暖化予測

!本稿に記載の内容は2024年3月時点での情報です

コンピュータを使った天気予報で1週間先の天気もあたらないのに、コンピュータを使ったって50年後、100年後のことがわかるはずがないのではありませんか。

江守正多

江守 正多 (国立環境研究所)

「気候」とは、日々の天気を平均した状態のことで、気候の変化は地球のエネルギーバランスなどの外部条件の影響によって大部分が決まります。したがって、100年後の天気をあてることは不可能ですが、100年後の気候はある程度予測可能です。 

「気象」と「気候」はちがう

コンピュータによる日々の天気予報と地球温暖化の予測計算は、計算自体にはよく似た方法を用いますが、結果の見方がまったく異なります。そのため、1週間先の天気予報があたるかどうかと、50年後、100年後の温暖化のことがわかるかどうかはまったく別の問題です。簡単に言えば、天気予報の場合には特定の日の「気象」状態(何月何日にどこに雨が降って気温は何度か)が問題であるのに対して、温暖化予測の場合にはそれは問題ではなく、将来の平均的な「気候」状態(ある地域の気温・降水量の平均値や変動の標準偏差などの統計量)のみが問題になります。そして、コンピュータを使って100年後の特定の日の天気をあてることは不可能ですが、100年後の気候を議論することは可能なのです。 

天気予報と温暖化予測はちがう

ここで、コンピュータによる天気予報と温暖化予測の方法について少しくわしく説明しておきましょう。数日の天気予報の場合は大気のみの、温暖化予測の場合は大気と海洋を組み合わせた、シミュレーションモデルを用います。これらのモデルでは、大気や海洋の運動やエネルギーの流れなどを表現する物理法則の方程式をコンピュータで計算して、大気や海洋の状態の変化を、時間を追って求めていきます。このとき、天気予報の場合には、観測データを基に今日の現実の大気の状態をできるだけ正確に推定したものを初期条件に用いるのが重要なポイントです。一方、温暖化予測の場合には、初期条件は非現実的でさえなければどんなものでもよく、むしろ重要なのは、将来予想される大気中二酸化炭素(CO2)濃度などの変化です。これを時間とともに変化する外部条件(シナリオ)として与えながら計算を行います。 

気象は「カオス」だが、気候は?

では、1週間先の天気予報はなぜあたらないのでしょうか。モデルや初期条件が完全でないこともその理由ですが、より本質的な理由は、気象が「カオス」の性質をもつことです。ここでいうカオスとは、単に「混沌」という意味ではなく、数学的に、方程式の初期条件に少しでも誤差があると、それが時間とともにどんどん増幅してしまう性質のことです。これをたとえて、「北京で蝶が羽ばたくとニューヨークの天気が変わる」のようにいうのをあなたも聞いたことがあるかもしれません。

しかし、ある期間の気象の平均状態である「気候」は、地球のエネルギーのバランスなどの外部条件の影響により大部分が決まり、カオスである日々の気象はその平均状態のまわりを「揺らいで」いるだけと見ることができます。すなわち、100年後の気候(たとえば2091~2120年の平均状態)と最近の気候(たとえば1991~2020年の平均状態)とを比べると、その変化はCO2の増加などにより地球のエネルギーのバランスが変わるという外部条件の影響で大部分が決まることが期待されるため、これを予測することには意味があるのです。なお、100年後の温暖化予測が実際にどの程度正しいと考えられるかは、モデルの性能やシナリオの確かさによりますが、その説明は別の機会にゆずります。  

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気象の予測と気候の予測の違い

最後に、もしもあなたが数学的なカオス理論についてくわしければ、以上の説明は次のようにいいかえたほうがすっきりとおわかりいただけるでしょう。「ある日の気象状態を位相空間の状態ベクトルで表したとき、天気予報は状態ベクトルの変化を問題にするが、温暖化予測はアトラクタの変化を問題にする。」 

さらにくわしく知りたい人のために

  • 時岡達志, 山岬正紀, 佐藤信夫 (1993) 気象の数値シミュレーション. 東京大学出版会.
  • 近藤洋輝 (2003) 地球温暖化予測がわかる本 スーパーコンピュータの挑戦. 成山堂書店.
  • スペンサー・R・ワート(増田耕一, 熊井ひろ美共訳) (2005) 温暖化の〈発見〉とは何か(特に第6章「気まぐれな獣」). みすず書房.
  • IPCC第4次評価報告書第1作業部会報告書概要及びよくある質問と回答(気象庁訳). p.4, FAQ1.2:「気候変化と気象にはどのような関係があるか」 http://www.data.kishou.go.jp/climate/cpdinfo/ipcc/ar4/ipcc_ar4_wg1_es_faq_all.pdf

第1-3版 江守 正多(地球システム領域 上級主席研究員)