REPORT2021年4月号 Vol. 32 No. 1(通巻365号)

遠くなった世界を近くに感じられたオンラインでのNIES国際フォーラム -第6回NIES国際フォーラム セッション企画報告-

  • 高橋善幸 (地球環境研究センター陸域モニタリング推進室 主任研究員)

1月19日から20日にかけて開催された第6回NIES国際フォーラムで、地球環境研究センター(以下、CGER)の梁乃申と高橋善幸がアジアでの観測研究の現状に関連したセッションを主催したので報告する。NIES国際フォーラム(英語では"International Forum on Sustainable Future in Asia")は2016年から毎年開催されてきた。これまでにタイ、インドネシア、マレーシア、ベトナム、ミャンマーの5カ国で開催されたが、2020年以降の新型コロナウィルス(以下、COVID-19)の感染拡大の影響を受け、今回はオンラインでの開催となった。

梁と高橋が主催したセッション1は「COVID-19後の地球環境研究」と題され、アジアの7カ国の観測研究のリーダー8名が発表した。冒頭、国立環境研究所(以下、NIES)の渡辺知保理事長がNIESの沿革や各種活動の他、フォーラムの開催の背景・目的やこれまでの開催内容について紹介を行い、今回のフォーラムは、アジア諸国がCOVID-19を乗り越えて如何に持続可能な社会の構築を達成するかについて話し合う場であると述べた。

写真1 今回はアジア各国から各地の観測研究のリーダー達がオンラインで一堂に会した。

最初の発表でNIESの向井人史は「GHG Monitoring Activities in CGER」と題し、CGERが実施している温室効果ガスに関連した30年にわたるモニタリング事業についての結果を報告し、大気・海洋・陸域を包括する観測網での長期観測が炭素循環や温室効果ガス収支を明らかにしていることを紹介した。この中でCOVID-19が主に中国大陸の経済活動へ与えた影響が、波照間島や富士山頂での温室効果ガスの観測データの増加率の異常として観察されていることを示した。

次の発表者の韓国・ソウル国立大学のJoon KIM教授は韓国のCO2/H2O/エネルギーフラックスのネットワークであるKoFluxの委員長やアジアの地域ネットワークであるAsiaFluxの委員長として長期にわたり、温室効果ガスの観測研究を牽引するだけでなく、その成果を活用して一般市民や政策立案者の意思決定にいかに貢献するかという部分でオピニオンリーダーとしての存在感を示してきた。

KIM教授は、今回のセッションで「The Trilemma in Coping With COVID 19 and Visioneering: Complex Systems View」というタイトルで発表を行った。自然生態系と社会システムの関係性のパラダイムシフトという視点から、COVID-19のパンデミックは深刻な問題を引き起こすものだが、社会システムをresilient(復元力のある状態)からantiflagile(そもそもにおいて壊れにくい状態)へとレジームシフトを促進し得るとの見解を示した。

タイ・カセサート大学園芸イノベーションラボ地域センターのPoonpipope KASEMSAPセンター長は若手研究者の育成支援としてAsiaFluxで2006年より実施してきたAsiaFluxトレーニングコースの第1回参加者であり、その後、タイ国内での観測網の整備や研究分野をまたいだ連携強化において活躍してきた。

今回KASEMSAPセンター長 は「Rethinking Thai Carbon Cycle Research Strategies in the New Normal Post COVID 19 Era」というタイトルで発表を行った。その中で1兆本の木イニシアチブ(On Trillion Trees Initiative)(地球環境豆知識35参照)などを話題として取り上げながら、COVID-19後の研究活動では、分野間の断絶をまたぐ戦略が重要であり、炭素循環研究をより社会のニーズに寄り添うものとする必要があると述べた。そして、タイではゴムの木の栽培が盛んであり、炭素収支の観点において天然ゴムは合成ゴムを使用するよりもより環境にやさしいことから、ゴム園での炭素収支観測にフォーカスした観測研究を行っており、その結果について報告した。

マレーシア森林研究所の森林・環境部の部長であるIsmail PARLANはSmart Forestシステムと呼ばれるインフラを利用した森林管理について「The Use of Smart Forest System in Post COVID 19 on Forest Management and Conservation」というタイトルで発表を行った。

マレーシアではCOVID-19の感染拡大により人々の強力な移動制限措置がとられており、森林管理の作業にも支障をきたしている。その中で、オンラインで遠隔モニタリングを可能とする方法が重要性を増してきている。マレーシア森林研究所では、複数のセンサー類を林内に配置しそのセンサー間を無線通信網で接続し、集約的にクラウドサーバーを介して共有するSmart Forestシステムの導入を始めており、そのことによって期待される利点について解説した。またマレーシア国内で実施してきた様々な環境モニタリングシステムの活用事例についても紹介した。

東京大学・東京カレッジのMarcin Pawel JARZEBSKI特任助教はSDGsを念頭において、加齢と人口減少が進むと予想される近未来の社会を「Ageing and Population Decline: Implications for Sustainability in the Urban Century in Japan and Globally」というタイトルで様々な視点から考察した。

具体的には、今後の人口の動態に対応するための手段として(1)ヘルスケアと移動手段のイノベーションを促進すること、(2)移動範囲を拡大し、緑地のデザインを改良すること、(3)社会的包摂(social inclusion)を改善すること、を挙げた。

インドネシア泥炭復興庁の Harris GUNAWAN研究開発副局長はインドネシアでの泥炭地やマングローブの復元活動に関する取り組みを「Bringing Science and Innovation for the Future of Indonesia's Peatland Landscape Restoration」という題名で発表した。

泥炭地はインドネシアの国土の8%以上を占めているが、開発により生じた各種の劣化が人々の暮らしに荒廃をもたらしており、持続可能な将来に向けて泥炭地に関するさまざまな研究活動を実施している。特に泥炭地の復元には水環境の管理が重要であり、科学的な知見に基づいた施策が必要である。適切な管理を行いながら、より環境に優しくより経済的な土地利用をすすめていくにあたり国際的な協力を戦略的に推進している。

モンゴル国立大学教養学部のBayarsaikhan UUDUS准教授はCOVID-19がモンゴルの遊牧と多様性を主とした自然保護問題へ与える影響について「COVID 19: Its Effect on Nomadic Pastoralism and Nature Conservation Issues in Mongolia」のタイトルで発表した。

COVID-19の感染拡大についてはウィルスがコウモリや他の野生動物からどのように人間に伝搬したかということが問題になっているが、病原体の伝染は双方向性を持っており、野生動物も人間や家畜から病原体の感染の危機にさらされている。重要なことは人間と他の生物の間の「距離」について配慮することであると述べ、モンゴルでの事例として2020年に発生したネズミの仲間を宿主としたペストの発生分布の時間的変動を紹介していた。ペストというと何世紀の前の病気のような印象を持っていたが、近年でもアフリカやアジア諸国でしばしば流行を繰り返している。この発表の中で、気候変動によるネズミの生息環境の変化が分布に影響を与えることで人間と野生生物間の距離が変化し、微生物などによる感染症のリスクが変化することを述べた。

中国科学院地理科学・資源研究所のGuirui YU名誉研究員は中国のフラックス観測ネットワークであるChinaFLUXの委員長として中国国内の温室効果ガスフラックス観測網を整備するとともに、長期生態系観測など多くの研究分野の連携を推進している。「Observation and research of Chinese Ecosystem Network」と題された発表では、CERN(中国生態系研究ネットワーク)の進展状況などを報告した。CERNでは様々な生態系・土地利用タイプの観測拠点を網羅的・体系的に整備し、複数のスケール-複数の要因-複数のプロセスの共同観察研究を意識して観測を推進しているとのことであった。

全体を通して、モンゴルの草原から熱帯の泥炭地までアジア特有の多様な生態系・土地利用形態において、その地域固有の様々な環境問題があること、そしてそれぞれの地域で研究者達が活躍している様子をリアルに感じることができて大変印象に残るセッションであった。その中でこのような陸域生態系での調査研究は真理の探求だけでなく、それぞれの地域の持続可能性を実現するために必要な科学的知的基盤の確立において重要度を増している。

COVID-19の感染拡大は、人間の移動を大きく阻害しているが、こうしたオンラインでの交流を通して、調査研究を効率的に推進するための技術的知見の共有を進める機会の有用性を実感することも多くなった。

今回のセッションでは、発表を行ったパネリストの他に、196名の参加登録があり、セッション中も常時80名以上の聴講を確認した。アジア域からの参加者が多かっただけでなく、欧米からの参加者も少なくなかった。人間の移動が制限された中でもこうしたオンラインでの情報共有・発信のノウハウを集積することで、アジア域の陸域生態系の観測研究のおかれている現状や、課題克服に向けたチャレンジを世界に積極的に発信していくことの有用性を確認することができた。

各講演者のスライドの中には各地での調査研究の現場で活躍する若手研究者の姿を多く見ることができた。観測データを正しく理解・解釈し利用するためには、その事象が起きている現場を正しく知ること、そして正しい技術を用いて、エラーやアーティファクト(データの誤り)を適切に検知し判断する能力を高めることが必須である。そうした意味で、我々がAsiaFluxネットワークで取り組んできたトレーニングコースなどのキャパシティビルディングに関わる努力は今後も重要性を失うことはないだろう。コロナ禍が早く終息し、またアジア域の大勢の研究者とともに現場で悪戦苦闘できる日々が戻ってくることを願う今日この頃である。

写真2 セッション中、スタジオの役割を果たした交流会議室の様子。たくさんのPCを利用し操作する必要があったため、意外と忙しかった。

※NIES国際フォーラムに関するこれまでの記事は以下からご覧いただけます。