SEMINAR2021年4月号 Vol. 32 No. 1(通巻365号)

CONTRAILプロジェクト(この3年間と今後の計画) -コロナ禍でも観測は継続-

  • 町田敏暢 (地球環境研究センター 大気・海洋モニタリング推進室長)

1. CONTRAILプロジェクトとは

写真1 北極域観測中の飛行機から見たシベリアの地表面の様子(2019年4月)

国立環境研究所、気象研究所、日本航空株式会社、株式会社ジャムコ、JAL財団が共同で実施しているCONTRAILプロジェクトは2005年に開始されました。現在では日本航空(以下、JAL)が運航する777型機(ボーイング社の旅客機)に2つの観測装置を搭載しています。

一つは二酸化炭素(CO2)濃度連続測定装置(Continuous CO2 Measuring Equipment: CME)で、飛行中CO2濃度を計測します。もう一つは自動大気サンプリング装置(Automatic Air Sampling Equipment: ASE)で、12本の容器に12か所の上空の空気を採取して持ち帰り、研究室で分析します。

CMEは離陸から着陸まで連続して観測するので、CO2濃度の鉛直分布と水平飛行中は上空の水平分布を観測できます。また、2か月間毎日観測できるので、チャーター機を使った観測と比べて高頻度で広い領域の観測ができます。完全自動化された連続測定装置を使ったCO2濃度の定常観測は世界で初めての取り組みです。

CMEはCO2しか測れませんが、ASEはメタン(CH4)などCO2以外の温室効果ガスを測れます。ASEを搭載できない飛行機には、人が乗ってマニュアルでポンプを動かしてサンプリングする手動大気採取装置(Manual air Sampling Equipment: MSE)を使うこともあります(詳細は、町田敏暢「長期観測を支える主人公-測器と観測法の紹介- 15 CONTRAILプロジェクトにおける手動大気採取装置(MSE)」地球環境研究センターニュース2017年12月号を参照)。

2020年度途中までは10機のボーイング777型機を使って観測していました。10機のうち2機は777-300という大型機で、残り8機は777-200という中型機です。10機すべてがCMEを装備しており、CMEは2カ月ごとに交換され、常に3機が飛行(CO2濃度の観測)しているようにスケジュールされていました。ASEは777-200の5機に装備され、大気収集のため、月に2~3回容器を搭載してもらう運用を行っていました。

今回は2018年以降の3年間のプロジェクトの進捗についてご報告します。

2. 2018年以降のCME観測

観測が開始された2005年から2018年までは世界中の多くの地域に向けて飛んでいましたが、2017年を最後にボーイング777型機によるシドニー便(地球の南北方向に航行)がなくなってしまい、最も重要な南北両半球の分布を観測できなくなりました。また、かつてはデリー便があり、アジア域の大気循環を理解する上で重要なインド上空の観測ができたのですが、2019年以降、デリー便での観測もありません。

2020年は3月まで国際便は普通に飛んでいたので2019年とほぼ同じ観測態勢を維持できましたが、新型コロナウイルス感染症対策の影響を受けて、4月以降は国際線が徐々に減便されてしまいました。しかしそのような状況下でもわずかに残った路線に投入される航空機やチャーター便や貨物便として運航する航空機を選ぶことにより、3月以前と同様に3機の航空機にCMEを搭載し続けることができました(図1)。何より困難ななかでのJALの献身的な協力に感謝しながら2020年4月以降の観測を継続することができました。

図1 CMEの観測地域と頻度(左上: 2005年~2018年、右上: 2019年、左下: 2020年1月~12月、右下: 2020年4月~12月)

観測の結果、羽田空港の上空ではこれまでと遜色ない質と量のCO2濃度データが取れています。また、米国シカゴ上空では夏季の低高度で非常に低いCO2濃度が観測されました。夏季は植物の光合成によって一般的に濃度が低くなるのですが、空港近くでこれほど低い観測値が見られることは珍しく、シカゴ周辺の特異な変動を2020年も捉えることができました。

3. 2018年以降のASEとMSEによるサンプリング観測

2005年から2018年までの観測は東京-シドニー便による南北分布の観測が大部分を占めていました。北極域の観測は、パリ便とモスクワ便で行いました。

ボーイング777型機によるシドニー便が2017年でなくなってしまい、その分を上海、シンガポール、バンコクの3カ所でサンプリングすることにしました。バンコクとシンガポール便は2017年と2018年に試験的に観測しました。

シンガポール便は日本への帰りの便でサンプリングしました。シンガポールから上昇するときに6本を鉛直分布観測用に、残りの6本を上空の経度・緯度分布観測のために使用しました。上海便については羽田上空と上海上空で6本ずつサンプリングし、鉛直分布の観測をしました(図2)。

図2 ASEとMSEのサンプリングポイント(左: 2005年11月~2018年3月、右: 2018年4月~2020年3月)

観測結果の一部を紹介します。シンガポール上空でのサンプルを分析すると、CO2もメタンも高度による濃度の違いが小さいことがわかります。これは、シンガポールでは鉛直方向の空気の混合が盛んで、CO2もメタンもよく混ざっていることを示しています(図3)。

上海便は低高度のところでCO2もメタンも高い濃度が観測されています。おそらく、人為起源の放出の影響を強く受けているものと思われます。一方、CO2濃度が低くメタン濃度は高いサンプルもあります。これは生物起源の放出の影響を受けているといえます(図3)。

図3 シンガポール(SIN)、上海(SHA)、羽田(HND)上空における高度別のCO2濃度(上段)とメタン濃度(下段)の時系列。

バンコク便は東京からの往路便でサンプリングしました。最初の6本を水平飛行中に、残りの6本をバンコク空港への降下中にサンプリングしました。バンコク上空のCO2、メタン、一酸化炭素(CO)の各濃度の鉛直分布について、地表付近の影響を受けやすい低高度の部分を除いた高度3km付近と高度10kmの濃度差(3km~10km)を詳しく見てみました。

CO2濃度の鉛直勾配には季節変動があります。夏になると負の勾配になるのは、バンコク周辺やその風上地域における陸上生態系がCO2を吸収しているからです。

メタンは地表面に放出源があり、上空の大気中でOHラジカルにより分解されるので、上空より地表付近のほうが高濃度を示すのが一般的ですが、バンコクでは、逆に高度10kmより3kmの方が低い濃度になる季節が多く見られます。これはおそらく上空ほど高濃度の放出源からの大気輸送の影響を強く受けているためと考えられます(図4)。

図4 バンコク上空におけるメタン濃度の鉛直分布(左)とバンコク上空3kmと10kmにおけるメタン濃度差の季節変動(右)。

このように東南アジア上空の温室効果ガスは輸送の影響も考えないときちんと説明できません。

COの鉛直勾配はあまり特徴がないように見えたのですが、ゼロ点をずらしてメタンと重ねてプロットしたところ、季節変動の傾向がよく一致することがわかりました。ゼロ点が違うということは、メタンとCOのバックグラウンドでの鉛直勾配が違うということを意味しています。これらの一致から、バンコク上空の濃度分布は大気輸送の季節変動に強く影響されていることが確信できました。まだこれ以上の解析はしていませんが、興味ある観測ができていると思います。

777-300は2020年も高頻度で飛行していましたが、777-300にはASEを積むことができません。MSEでサンプリングすることも可能ですが、時節柄、人が乗って外国に手動サンプリングに行くことはままならないため、MSEによるサンプリングは一度もできませんでした。

そのため、2020年度におけるサンプリング観測は777-200の飛ぶ機会を選んでASEを搭載するしかありませんでした。この1年間、JALの担当者が半月ごとに、チャーター便や貨物便の飛行に関する情報を細かに入れてくださり、そのおかげで、これまで飛んだことのない地域の大気が採取できました。

2020年4月から12月までの北極域観測は、パリ(CDG)1回、ロンドン(LHR)1回、ニューヨーク(JFK)2回の飛行で実施することができました。アジアではバンコク(BKK)3回、シンガポール(SIN)は8回、ソウル(インチョン空港)(ICN)は2回の観測をすることができました。また、国内線でもチャンスを最大限活かしたいと頼んだところ、札幌の千歳(CTS)、沖縄の那覇(OKA)を3回ずつ観測できました(図5)。

図5 ASEによる2020年4月以降のサンプリングポイント

アメリカとヨーロッパ便は水平飛行だけを観測し、バンコクとシンガポール便は鉛直分布観測を行いました。インチョン空港と羽田空港は鉛直分布をとっています。千歳、沖縄からの帰り便では羽田上空で鉛直分布観測を行いましたから、これまでにも増して鉛直分布のサンプリングをすることができました。

羽田上空の鉛直分布は7月から9月に集中しています。これまでは上海に向けて離陸する際に観測をしていたので低高度のサンプリングが難しかったのですが、羽田空港着陸時にサンプリングするとかなり低い地点までサンプルを得ることができました。2020年度は決まった地点での長期的なサンプリング観測はできませんでしたが、これまで観測できていなかった地点でメタンなど他成分の観測ができたことや、羽田着陸時に大都市上空において集中的にサンプリングを行う経験を積めたことは今後につながると思っています。

4. 今後の計画

今後は次世代航空機であるボーイング787型機の改修プロジェクトが始まります。環境省の担当者のご尽力で新規予算が認められ、近い将来にはボーイング787型機で観測できるめどが立ちました。ボーイング787型機はボーイング777型機が飛ばなくなったオーストラリア便やデリー便も運航しています。CONTRAILの787プロジェクトはいよいよスタートの準備ができました。


※この記事は低炭素研究プログラム・地球環境研究センター合同セミナー(2021年1月7日開催)をまとめたものです。